| 西暦2012年7月某日。 元蟹座の黄金聖闘士マニゴルドは、自身の誕生日に冥界の神々からプレゼントされたポルシェに乗り、聖域の皆からプレゼントされた日本の観光名所の高級ホテルペ ア宿泊券を携え、しばらく前から付き合い始めた彼女(と言ってもまだキスしかしていないが)を旅行に誘うべく待ち合わせ場所に向かった。 マニゴルドが旅行に誘うと、『彼女』はにっこり笑ってこう言った。 「やっだー、マニったら何ジョーダン言ってるの?マニと二人で旅行なんて行ったらそれ、カンペキ浮気じゃない。…あれ?何そんなにビッ クリしてるの?だって私、彼氏持ちだって言ったじゃない。…え、言ってなかった?そうだっけ、ごめんね!あ、でもマニの事は人間として好きだから!これ からも良い友達でいようね!」 そういう訳でこの日、マニゴルドの女友達がまた一人増えたのだった。 ああ畜生、運命の女神様が俺に与えてくれやがった女運ゼロ人生が有難くて有難くて、涙が零れそうだぜ。 意中の彼女に見事に振られたのに、そんな自虐ネタを内心で呟ける程度にはマニゴルドは冷静だった。こうなる事は心のどこかで予想していたからか、振られることに慣れたのか、こうなった時の保険をかけていたからか。 せっかく会ったんだからお茶でもどう?と言う彼女の誘いを紳士的に断って彼は車に戻り、保険をかけていた相手に電話をかけた。 …相手はなかなか出ない。 (何だよオイ、『結果が出たら即座に知らせろ、お前と相手の女が待ち合わせる時間から携帯の前で待機してるからな!』とか言ってたのはどこのどいつだよ) 軽くイラッとしかけた時に相手が出た。こう言うタイミングの良さは正に神がかり的と言えよう。 『俺だ』 「おせーよ。携帯の前で待機してるんじゃなかったのか?」 『まさかこんなに早く結果報告が来るとは思っていなくてな。で?どうだったのだ?』 「…俺の誕生日パーティーの時の約束、覚えてるか?」 『意中の女を口説きに行って玉砕して、婚前旅行が傷心旅行になったその時は、お前に女運ゼロの運命を与えた妹の責任を兄貴の俺が取って、お前の日本一周傷心旅行に付き合う…というあれか?』 「そそ、それ」 相手が約束をきちんと覚えてた事にほっと安堵しながら、マニゴルドはポルシェの助手席に置いたペア宿泊券を眺めた。 「見事に当たって砕けたからよ、約束守って欲しーんだけど。とりあえず会って旅行の相談しねぇ?タナトス様」 空は青く澄み渡り、燦々と輝く太陽は空気の温度を必要以上に高くして、湿気が多いせいか余計に体感的な暑さを増幅させる。 マニゴルドは緩く開いたシャツの襟元をバタバタして思わず呟いた。 「あちー…」 星矢から「日本の夏は纏わりつく暑さ」と聞いていたが、まさかここまでとは。 このうだるような暑さの中でもきっちりとネクタイを締めて涼しい貌をしているビジネスマンや紫外線対策で完全武装した妙齢の女性を見送って、日本人スゲーな…と思いながら、マニゴルドは待ち合わせ場所であるセルフ式のコーヒーショップに入った。 店の中は適度にエアコンが効いていて、その涼しさに生き返った気分になりながらマニゴルドは客席を見回した。 …待ち合わせの相手がテーブルに番号札を置いて携帯を触っているのを確認して、彼は注文カウンターに向かった。 Lサイズのアイスコーヒーをテーブルに置くと、携帯を触っていた銀髪の男…死神タナトスが顔をあげてパチリと携帯を閉じた。 「呼び出しといて遅れちまって、悪いなタナトス様」 「別に構わん。…それにしてもマニゴルド、まるでビジネスマンのような格好だな。見ているこっちまで暑くなる」 「一応、俺の表向きの身分はビジネスマンだからな。それにこの格好でアンタと話してれば、いかにも仕事の打ち合わせしてるように見えるだろ」 「ふむ」 「で、今日の本題だけどよ…」 「キャラメルプリンモカフラペチーノ、お待たせしました」 マニゴルドが鞄からパンフレットを出そうとした時、店員が盛大にクリームの乗った飲み物(パフェ?)を運んできた。 営業用スマイルで礼を言うタナトスの姿にうっとりと頬を染めながら、店員は丁寧過ぎるほどゆっくりとグラスを置き、紙ナプキンとストローとパフェスプーンを並べて番号札を回収して戻って行った。 タナトスは早速、舌を噛みそうな長ったらしい名前のフローズンデザートにストローを挿して飲み始めた。 本当、甘い物を目の前にしたタナトス様はガキみてーだな。 そんな事を思いながらマニゴルドはアイスコーヒーを一口啜ってパンフレットをテーブルに置いた。 「改めて本題だけどよ、旅行先はどこがいい?候補が多すぎても選べねーだろうから面白そうなところを絞り込んでみたんだが」 「…………」 ふとタナトスが真顔になってマニゴルドをしげしげと見つめた。 完璧に整った顔立ちのタナトスが真顔になると正に神がかり的な美しさで、その神に正面から見つめられると落ち着かない事この上なくて、マニゴルドは妙な居心地の悪さを感じながら尋ねた。 「な…何だ?ひょっとして汗臭いか?制汗スプレーはして来たけど…」 「そうではない。意中の女に振られたと言うのに余り落ち込んでいないように見えたのでな」 「え?あ、ああ、そりゃまぁアレだ、神様に『お前の人生女運ゼロ』って言われてりゃーな。今回も駄目なんじゃねーかなーって嫌な予感はしてたし、想定の範囲内の結果に今更落ち込むほど俺は純情じゃねーよ」 「…そうか」 返ってきた答えに微かに笑みを浮かべてフラペチーノを掬うタナトスの姿に、マニゴルドはわざとらしくムッとした顔を作って尋ねた。 「ンだよ。俺がへこんでないからガッカリしたとでも言いたいのか?」 「いや、安心した」 「へ?」 危うく飲みかけたアイスコーヒーを口から零しかけた。 今、『安心した』って聞こえたような気がしたが、聞き間違いか? タナトスはスプーンを口に運んで、マニゴルドが驚愕に目を見開いているのに気付いて言葉を続けた。 「神も人も、愛する者を失った時は自分の感情を抑えきれず自暴自棄になり、とんでもないことをやらかすことがあるからな」 「あ?ああ、アポロンが失恋した時の逆切れは神話になるくらいスゲーらしいな。オルフェウスも奥さんの後追い自殺しちまったし」 「お前の人生が女に恵まれないものになってしまった責任の一端は俺にもある故、酷く落ち込んでいるようなら何かしらの対策を考えねばと思っていたのだが…杞憂だったようで何よりだ」 「え…あ…うん、まぁ…そう、だな。………」 タナトスが人間の機嫌を取るなど太陽が西から昇るほど有り得ないことだし、彼が心にもないリップサービスを言えるキャラではないことくらいマニゴルドも分かっている。つまり死神の発言も整った顔に浮かんだ安堵の微笑みも偽りない彼の本心と言う事だ。 (はぁ…なるほどな。タナトス様を良く知る奴が『タナトスは無自覚天然最強タラシ』と評する理由がよーーーーく分かったぜ。確かにこりゃ厄介だわ) 自分とタナトス両方が男で良かったと思うべきなのか、どちらかが女だったらむしろ話は単純だったのか…などとアイスコーヒーを飲みながらマニゴルドが答えの無い難問を考えていると、タナトスがパンフレットに手を伸ばしてパラパラと中身を見た。 「北海道、沖縄、島根に石川か。…で?何を基準にこの四か所に絞ったのだ?定番の京都や奈良が入っていないようだが」 「クソ暑い夏だから気候の良い北海道、クソ暑い夏だからこそクソ暑い沖縄、大和の神様の本拠地出雲大社がある島根、旅館ランキング一位の旅館がある石川」 「この中から選ぶなら石川だな」 「決めんの早いなオイ」 「移動手段がお前の車だからここから一番近いところを選んだのだが。…ん?ひょっとして飛行機や電車で旅行に行くつもりだったのか?」 …実に御尤もな理由だった。 ………… 海に大きくせり出したテラスに立つと、潮の香りを孕んだ風が鼻をくすぐって吹き抜け、タナトスの銀髪がふわりと揺れるのが視界の隅に入った。 日本海側も暑いには暑いが、海が目の前にあるためか潮風が吹いているためか暑さは余り気にならない。マニゴルドは手すりに肘をついてぼんやりと海を眺めつつ、先日自分を振った女を想った。 (俺は結構、本気であいつを好きだったんだなぁ…) はぁ…。 マニゴルドは盛大にアンニュイな溜息をついた。 そんな彼の姿を見遣ったタナトスは、これは余計なことは言わずにそっとしておいた方が良いだろうと気を利かせて静かにその場を離れた。 …夏休みの時期だからなのだろう、高速道路のパーキングはかなり混雑していた。駐車場は一杯だし、昼食時でもないのにレストランはほぼ満席だし、土産物 屋もぼんやり歩いていたら人にぶつかる程度には混雑している。そのおかげと言うべきか、目深に被った帽子ひとつで『日本では突っ立っているだけで人目を引 く』タナトスがいらぬ注目を集めずに済むのは有難かった。 面白い物を見つけたら冥界の皆への土産に買っておくか…と思いながら菓子や雑貨を物色していると、目の前に饅頭の乗った皿が差し出された。 「名物の温泉饅頭です!ただいま出来たてのお味の紹介中です、ご試食どうぞ!」 見れば、店の菓子売り場の一角に湯気の立つ温泉饅頭が入ったセイロが置いてあった。勧められるまま一切れ食べてみると、出来たてだからなのか驚くほど美味い。 皆への土産はこれにするか。いやいやしかし、この先もっと面白くて美味い物が見つかるかもしれぬし、賞味期限の事もある。それに、マニゴルド自慢のポル シェにいきなり土産の温泉饅頭を摘みこんだらふざけんなと文句を言われそうな気もする。しかしこれは確かに美味いから、この先『これは!』と思う土産が見 つからなかった時の為に買っておいても良いのではないか…。 タナトスが温泉饅頭を前に真剣に悩み始めたその頃。 たっぷり感傷に浸ってとりあえず気が済んだマニゴルドは、大きく伸びをして振り返った。 「なぁタナトス様、軽く飯でも食っていくか…って、いねぇ!!」 ほんの数分前まで隣で海を眺めていたタナトスがいない。 マニゴルドがいつまでたそがれているか分からないから土産でも見に行ったのだろう。恐らく彼に気を使って、声もかけずに。小宇宙は抑えているとは言え神 様だから身の安全は心配ないが、それ以外のところが問題だ。地上の常識は概ね把握しているが時々とんでもないところでヌケている死神様だ、下手にトラブル でも起こされた日には彼に同行しているマニゴルドの責任が問われることになる。 (こーゆー時に限っていらねぇ気を利かせて黙っていなくなるんじゃねーよクソ神!!) 慌てて携帯を取り出して電話をかけたが繋がらない。着信音が聞こえないほどうるさい場所にいるのか、それともサイレントモードにしているのか。 一瞬イラッとしかけて、タナトスの小宇宙を辿ればいいと言う当たり前のことを思い出し、やっぱ失恋の痛手で色々な感覚が鈍ってるのかね…とマニゴルドは頭を掻いた。 …死の小宇宙を辿って土産物屋に入ると、真剣この上ない顔で試食の温泉饅頭を食べ比べているタナトスの姿が見つかった。どうやらトラブルは起こしていないらしいと分かり、ホッと安心しながらマニゴルドは大股に死神に近づいた。 「おいタナトス様。黙っていなくなって何やってんだと思えば温泉饅頭食べ比べか?アンタそれでも神様かよ、庶民的にも程があるだろ」 「ん?お前を待っている間の暇を潰そうと思ったのだが、勧められて食べてみたらこれがなかなか美味でな。皆への土産に良さそうだから、どれにしようかと…」 「まさかアンタ、目的地に着く前から土産を買い込む気だったのか?これから温泉宿に行くのに?途中のパーキングで温泉饅頭を?しかもそれ、俺のポルシェに積んどく気だよな?泊まりがけの旅行の間ずーっと」 「………………」 マニゴルドがジト目で追及すると、タナトスは温泉饅頭を喉に詰まらせたような顔でスーッと視線を逸らした。 ああ全く、この神様は。 んーな子供みたいな反応されたら怒るに怒れねーじゃねーか。 マニゴルドはふーっと息を吐いた。 「旅行の間に良い土産が見つからなかったら、帰り道でこのパーキングに寄って温泉饅頭買ってけばいいだろ。饅頭は逃げねーんだしよ」 「ふむ、それもそうか」 「んじゃそろそろ出発するかね。宿のチェックインの時間もあるからな」 マニゴルドが駐車場に戻ろうと店を出ると、素直に温泉饅頭を諦めたらしいタナトスも後をついて来た。 …何か、小学生の修学旅行を引率してる先生みたいな気分だぜ。 そんな事を考えたマニゴルドが何気なく後ろを振り返るとまたタナトスがいない。驚いて周囲を見回すと、銀色の死神はソフトクリームの屋台の前で立ち止まっていた。 「マニゴルド、地元名物の塩ソフトだそうだ!これなら今買ってもいいだろう?」 「………。勝手にしろよそのくらい…」 ああもう、旅行初日からこれじゃ先が思いやられるぜ。一体どんな面白いことをやらかしてくれるのか見当もつかねーや。 ズキズキと痛み始めた頭を押さえて盛大に溜息をついた彼の口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。 |
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き、そうそうたる顔触れにビクビクしながら参加させて頂いたタナマニアンソロ『DeadendGame』に投稿した作品の、加筆修正版です。とは言えこの
前半部分は投稿作品にはほとんど含まれず、作品寄稿後にCMを兼ねて書いたものです。 当サイトタナはB級グルメがお気に入りなので、待ち合わせにはスタバとかドトールとかミスドとかのセルフ式の店を使っています。「今年の夏はスタバでプ リンの入ったフラペチーノがヒットした」とかいう新聞記事を見た覚えがあったのと、ツイッターの某タナトス様がプリン大好きなので、「フラペチーノを出す ならスタバかな」と漠然と思っていたのですが、そう言えばスタバのコーヒーサイズはS・M・Lではなかったような…。…まぁフィクションですから細かい事 はいいんだよ!の精神でお願いします(笑)。 で。傷心旅行の行き先候補は、このSSに取りかかってから考えました。先に投稿した「後編」で石川県をイメージした描写を入れたので、タナトスが候補の 中から石川県を選ぶとしたら他にどこが選択肢だったんだろう?というところから考えて、「車で移動すると時間がかかり過ぎる場所」と言う事で北海道・沖 縄・島根となりました。日本神話についてはギリシア神話ほど詳しく調べていないので、「出雲大社=10月に神様が集まる場所」程度の認識ですorz とり あえずマニさんは「大和神の本拠地=出雲」と解釈した、と言う事で。 ところで、東京から石川県に車で行こうと思ったら、今もやっぱり関越自動車道を通ってひたすら山とトンネルの道を通って行くんでしょうか。タナトスは短 気だけど、トンネルばっかりで退屈な風景でも特に文句は言わずにラジオとか聞いてそうです。で、マニさんが話しかけて来た時だけ話相手になって、関越トン ネルを通る時に「ここは日本で一番長いトンネルなんだと」と説明されて「ほぉ〜」と言いながら「今、○km地点を過ぎたぞ」とか「群馬県を抜けたな!」と かはしゃいでればいいと思います。 山を越えたら後は海沿いの道を走っていたイメージがあるので、今回のSSで出て来た「パーキング」は海の近くをイメージしてみました。いやしかし、トン ネルを抜けてすぐのパーキングで温泉饅頭なんて売ってる?という疑問もありまして。マニさんとタナトスが立ちよったのは高速のパーキングではなく、石川県 の中心から温泉街に向かう有料道路のパーキングなのかも…などと細かい事を考えていました。 そして、タナトスが出来たての温泉饅頭を試食して「これは美味い、土産にしよう」と考えるエピはかなり早くからありました。昔、私が温泉に行って出来た ての温泉饅頭を食べたらビックリするほど美味しかったのを覚えていたので…。投稿作品では削ってしまったのでこちらに持ってきましたが、投稿作品でタナト スが温泉饅頭をリクエストしてるのは、ここで食べて美味しかったからです。冥界の皆にお土産=冥闘士全員に配る=100個以上買う、なのでマニさん大迷惑 です。タナトスが温泉饅頭を買いたがって、マニさんが「今でなくても良いだろ!」と羽交い締めにして引っ張っていく展開も考えました(笑)。マニさんがガ ミガミお説教しても、ヒュプのガミガミに慣れてるタナトスは正に馬耳東風で、お説教の途中で「それよりアレが気になる」と言って興味を惹かれたものを見に 行ってしまう話も考えましたが、ちょっとタナトスがマニさんに対して配慮が無さ過ぎる気がしたので没になりました。 そしてこのSSの最後、タナトスがマニさんの分のソフトクリームも買ってきて、「買う前に『お前も食べるか?』くらい聞けよ、貰うけど」と呆れるマニさ んと、「そんなことわざわざ聞く必要があるか?」と素で不思議がるタナトス…というエピを入れようとして、上手くオチが決まらない+タナトスが断りなくマ ニさんの分も買ってくる理由を簡潔に説明できない、という理由で没になりました。タナトスは子供の頃からずーーーっと、おやつも食事もヒュプや兄弟達と分 けて来たと思うのです。だから一緒にいるのが兄弟でなく人間でも、「美味しい物を自分ひとりだけで食べる」という発想が全く浮かばない。ついでに「相手の 好みを聞く」という発想も無いです(笑)。 後は、「マニさんが目を離したすきにまたタナトスがいなくなって、急いで探したら胡散臭い占い屋で胡散臭い占い師の話を熱心に聞いてた」と言うエピも書こうかと思ったのですが、後編のネタバレになってしまうそうだったので没に。 投稿した「後編」部分の解説は、イベント後に書けたら…いいなと思っています。 それから、サブタイを「驚愕」にしたので、前編でも後編でもマニさんには「驚愕」して頂きました(笑)。 |