死刑執行人の憂鬱
後編


 ノートとペンとおかわりのコーヒーを買ってきたマニゴルドは、椅子にどっかりと腰を降ろしてノートを広げた。

「んじゃタナトス様、アンタが分かってる事を教えてくれ。失敗は赦されねぇからきちんと紙に書いて確認しねーとな」
「分かっていることと言われてもな…いくら俺でも先程言った以上の事は分からぬぞ。あの銀行に入って、死ぬ運命にある人間を間近に見ればもう少し詳しいことも分かろうが」
「へ?え、じゃあ、作戦は銀行に入らねーと立てられないってことか?そうなると、強盗が来るまで銀行に居座る理由から考えなきゃならねーってことか?」
「どうせ強盗が来て有耶無耶になるのだから、理由など何とでもでっち上げればよい。例えばお前が借金をしたいと相談するとか…」
「んーな厄介なことさせんじゃねーよ!」

 ルールールー、ルルルルルー♪
 マニゴルドが真顔で抗議した時、テーブルに置いてあったタナトスの携帯が鳴った。すぐに着信音が切れたところを見るとメールが届いたらしい。携帯を見たタナトスは実に楽しげにニヤリと笑って無言で携帯を差し出した。
 何かいい情報でも来たのかね、とメールを見たマニゴルドは目を見開いた。

『From:コエンマ
件名:本当は規則違反なんじゃがなw

本文:件の銀行で死ぬ予定の人間の情報をお知らせするぞい。詳細な死の状況、及び死亡時刻じゃ。何かの参考になると幸いじゃの。
最初の被害者:相生 祐子(銀行員・28歳)
午後2時45分死亡。強盗が銃を突きつけて脅した時に通報ボタンを押そうとしたので射殺される
二人目の被害者:水上 麻衣(銀行員・23歳)
午後2時47分死亡。パニックを起こして叫び出したため射殺される
三人目の被害者:笹原 幸治郎(自営業・46歳)
午後2時48分死亡。携帯で警察に電話をしようとしたため射殺される。
四人目・五人目の被害者:桜井誠・泉夫妻(無職・共に70歳)
午後3時20分死亡。犯人に人質に取られた後、警察との交渉途中で射殺される

犯人のデータは現在捜索中じゃ。分かり次第またメールするぞい』

 絵に描いたようなドヤ顔をしているタナトスに勝るとも劣らない最高の笑顔を浮かべてマニゴルドは携帯を返した。

「持つべきものは話の分かる友達ってことか」
「友情・努力・勝利という奴だな」
「アンタがいつ努力したのかは知らねーけど、これでかなり作戦が立てやすくなったな。閻魔の情報がいつ来るか分からねーからある程度犯人像の目星はつけておこうぜ。得物が飛び道具だから断言は出来ねーけど、立て続けに殺してるところをみると犯人は複数かね」
「一人で金を脅し取るにはあの銀行は広すぎるだろう。客が逃げ出さないよう見張りもいるだろうし、犯人は二人以上と考えて良いだろうな」
「二人なら俺とタナトス様で一人ずつ捕まえればいいが、三人以上だったら厄介だな」
「銃の入手が困難なこの国で銃を持ち、金を奪う手段としてはリスクが高すぎて割に合わない銀行強盗、しかも無駄に罪を重くするだけの殺人までする…犯人は『普通の人間』ではない可能性が高いな」
「天然のイカレ野郎か、刑務所に入りたい訳アリの奴…ってとこか」
「あるいは組の幹部に認められる為の試験」
「タナトス様、仁侠映画の見すぎだぜ。…さて、問題はここからだ」

 メールの内容をノートに書き写してマニゴルドは顔をしかめた。
 仮にも神と黄金聖闘士だ、銀行強盗が銃を抜くのを見てからでも余裕で対処は出来る。しかし、閻魔の了解があるとは言え『不正』をしているのは事実なの で、なるべく大立ち回りは演じずに、大和の神に黙認してもらえる程度の穏便さでカタをつけるのが望ましい。かと言ってタナトスの神様パワーで偶然を装って 被害を未然に防いでも手柄にならないのでダメである。タナトスとマニゴルドが、『普通の人間』が出来る範囲の行動で、銀行強盗を捕まえなくては意味が無いわけだ。
 憂鬱な溜息を吐いたマニゴルドは、もう事件は解決したと言いたげな様子で呑気にコーヒーを飲んでいるタナトスに目を向けた。

「で?どーするんだよタナトス様、作戦は」
「ここまで詳細な情報が分かったのだ。強盗が銃を抜いた瞬間に飛び掛って押さえれば良かろう」
「いやいや、普通の人間は咄嗟にそんな行動できねーから。あんまり超人的な動きをするのはまずいだろ。強盗捕まえるだけで結構目立つんだから、必要以上に目立つことは避けないと」
「…では強盗が銃を撃った時に弾詰まりを起こさせるか。想定外のトラブルが起きれば強盗も隙を見せるだろうから、そこでお前が犯人を押さえつける。俺の通訳兼ボディーガードのような顔をしていればさほど不自然ではあるまい」
「一人はそれで捕まえられるな。けど、強盗の残りはどうするよ?行員を脅した奴の他に一人か二人、銃を持った仲間が一緒にいると思うぜ」
「そうだな…。敵が何人で、どのような位置に立つかにもよるが…」
 
 
 


 …作戦会議を終えたタナトスとマニゴルドが銀行に入ると、案内担当らしい行員が笑みを浮かべて近づいてきた。

「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょう?」
「リョウガエ、シタイデス。ドルトユーロヲ、エンニシテクダサイ」
「畏まりました。こちらの番号でお呼びしますので、少々お待ちくださいませ」

 打ち合わせ通りに片言の日本語でマニゴルドが言うと、行員は笑顔で頷いて番号札を差し出した。番号札を受け取ったタナトスとマニゴルドはカウンター内にいる行員の名札をさりげなく確認して、最初に殺される予定の行員がいるカウンターから一番近い椅子に座った。

「最初に殺される予定の『相生』は右端のカウンターにいる奴だな。次に殺される行員は多分、俺達に声をかけてきた女だろ。警察に通報して殺されるオヤジはどっちか分からねーな。人質の老夫婦はそこの二人か」
「二人目に死ぬ男は新聞を読んでいる方だ」
「あっちか。結構バラけてんな」
「銀行の広さを考えると、行員を脅すのに一人、出入り口付近で客を脅すのに二人の計三人の可能性が高そうだな。あとは外で待機している仲間がいるかもしれんが。…ん」

 タナトスの懐でメールの着信音が鳴った。届いたメールを確認した銀の死神は淡く笑んでマニゴルドに底知れぬ透明な目を向けた。

「マニゴルド。俺の仁侠映画の見すぎも無駄ではなかったようだぞ」
「ん、閻魔からの追加情報か?あー、何々?『銀行強盗の犯人は三人。組の上司に認められるために強盗殺人を…』ってマジかオイ」
「これではっきりしたな。犯人どもの目的は金ではない、『強盗殺人』という前科だ」
「ったく傍迷惑な話だぜ。カタギに手ぇ出すなんてマフィアの風上にも置けねーや。上に認められたいなら敵の大将首でも取りに行けっつーの」
「大将首を取りにいく度胸も無い小物だから銀行強盗なのだろう。変に肝が据わった面倒な奴が来るより簡単に対処できるから、我々にとっては好都合ではないか」
「まぁな。…さて、2時35分か。そろそろ犯人様がお出ましかね」
「では今のうちに、犯人を捕まえた後に祝杯をあげる店でも探しておくか」

 タナトスがラックに入っていたホットペッパーを眺め始めて数分後。
 自動ドアが開いて『いかにもその筋で駆け出したばかりの三下』という風貌の三人組が入ってきた。そこそこ値の張りそうな黒いスーツをわざと着崩して、ポケットに両手を突っ込み、周囲の 客を睨み付けるように見回して、いかにも『ガイジンサン』なタナトスとマニゴルドをジロジロ眺めつつ、一人がつかつかと一番右端のカウンターに歩み寄った。
 マニゴルドはタナトスが広げたホットペッパーを見る振りをしながらボソッと呟いた。

「コッテコテすぎて逆に違うんじゃないかと思うような三人組だな」
「小物ほど上っ面の形に拘るということであろう」
「なーる。お、始まるみてーだぜ」

 明らかに様子のおかしい客に行員が戸惑っていると、男はわざとらしい所作で懐から銃を取り出して彼女に突きつけた。途端にざわめく客に他の仲間 が銃を向けて『騒ぐんじゃねぇ!』と脅している。タナトスとマニゴルドは状況が飲み込めていない振りをしながら、カウンターに歩み寄るなり『相生』の名札をつけた行員に銃を向けた男に注意を向けた。

「ありったけの金、出してもらおうか。念のために言っておくがこの銃は本物だ、妙な真似するんじゃねーぞ」
「は、はい…」
「通報ボタン押そうなんて考えたらぶち殺すからな!こんな風に…」

 ガチッ!!
 躊躇うことなく銃の引き金を引いた男は、行員よりも驚いた様子で銃を見てイラついた顔で悪態をつき始めた。

「畜生、こんな時にジャムりやがった!おい店員、妙な真似しないでさっさと金を…ぐあっ!?」

 ドゴッ!
 マニゴルドが強盗に体当たりして床に押し倒すなり、腕をひねり上げ銃から手を引き剥がした。その鮮やかな対応に、銀行内の二つの出入り口それぞれに立っていた仲間二人が顔色を変えてマニゴルドに銃口を向けた。

「このガイジン、プロのボディーガードか!?」
「動くな!妙な真似をすると撃つ…グエッ!!」

 長身の男に背後から首を絞められた強盗は、こめかみに銃口を突きつけられて真っ青になった。…二人がマニゴルドに気を取られている間に、タナトスが銃を 拾って仲間の一人の後ろから近づいていたのだ。ゴリ、と銃を押し付けられた男は蒼白な顔で銃取り落とし、ガクガクと震えながら両手を挙げた。残った一人はあまりにも予想外すぎる展 開に驚いて銃を構えたまま呆然としている。
 マニゴルドは一人目の強盗を押さえたまま、三人目に向かってわざとぎこちない日本語で叫んだ。

「アー、エステス。ムダナテイコウハヤメテ、ブキヲステロ。サモナイト、ウツゾ!」
「はぁ?銃も持ってないくせに何を言ってやがる、それはこっちの台詞だ!そ、そ、そうだ、そっちの銀髪!」

 三人目は銃口をマニゴルドに向けてタナトスを指差した。無表情のまま銀色の目を向ける死神に震え上がり、滝のように冷や汗を流しながら震える声で必死で叫んだ。

「銃を捨てろ!さもないと、お前の仲間を殺すぞ!ほ、本当だからな!だから早く銃を捨てろ!」
「…………」
「何を黙ってるんだ!お前の仲間を殺すと言ってるんだぞ!?お、おい、そっちのお前!お前も何か言え!このままだとお前、俺に殺されるぞ!」

 涙目で喚き散らす気の毒な銀行強盗に、マニゴルドは芝居がかったしぐさで肩を竦めて苦笑して見せた。

「スイマセーン。ワタシタチ、ニホンゴ、ワッカリマセーン」
「そんな馬鹿な話があるか!日本語が分からない奴が日本に来るんじゃねーよぉぉぉ!!つか空気読めよ、言葉が分からなくても状況で言いたい事は分かるだろーが!!」
「あーあ、小物は往生際が悪くていけねーや。おいタナトス様。アンタの足元に落っこちてる銃、俺に寄越せるか?」
 
 マニゴルドの言葉(勿論ギリシア語だ)に無言で頷いたタナトスは、二人目の強盗が落とした銃をマニゴルド目掛けて蹴った。絶妙のコントロールで手元に来た銃を拾ったマニゴルドは銃口を三人目の強盗に向けて先程と大体同じ台詞を言った。

「ブキヲステテ、リョウテヲアゲロ。サモナイト、ウツゾ!」
「ああ…何で日本語の通じないガイジンが二人もいるんだこの銀行は…畜生、運が悪いにも程があるぜ…」

 ガチャーン。
 投げやりな態度で銃を床に放り捨てた三人目の銀行強盗が両手を挙げると、マニゴルドは鷹揚に頷いてカウンターの中にいる行員達(あまりの展開に全員固まっている)を振り返った。

「何か一件落着したみたいなんで、警察呼んでもらえますかね?あと、こいつら縛る物があったら貸して欲しいんですけど。気絶するまで殴っておとなしくさせるのは流石にまずいと思うんで。あーあとそこのオヤジ。銃拾っておいてくれや」

 …マニゴルドの流暢な日本語にその場にいた全員がポカーンとして、三人目の強盗が半端に両手を挙げたまま怒鳴った。

「ちょ、おま…日本語は分からないんじゃなかったのか!?」
「ハァ?あんなん嘘に決まってるだろ。お前がさっき言ってたじゃねーか、『日本語分からない奴が日本に来るな』ってよ。日本語分からねぇ振りをしてた方が面倒が少ないからわざと分からない振りしてたんだよ」
「な…。じゃ、ひょっとしてお前も?」
「フフ…絶望であったろう?脅しの文句も銃も通じぬ相手は。此度は確かにお前達は運が悪かった…次からは相手を見て喧嘩を売るのだな。お前達に次があれば、の話だが」
「…………」

 甘く冷たい蜜のような死神の囁きを耳から流し込まれた強盗は、糸の切れた操り人形のように膝から崩れ落ちた。
 タナトスは強盗から取り上げた銃をくるりと回して背筋が寒くなるほど美しい笑みを浮かべた。

「…チェックメイトだな」




 …簡単な事情聴取を終えたタナトスとマニゴルドは、強盗を乗せたパトカーを見送りながら駐車場に向かった。
 一般人のレベルにおさまる範疇で手柄を立てたタナトスは、沙織との貸し借りを無しにしたはずなのにどこか不満そうな顔をしていた。

「何だよタナトス様、しけた面してんな。計画通りにアテナとの貸し借りもチャラにしたのに嬉しくねーのか?」
「高速道路で素直に止まっても銀行強盗を捕まえても、警察に行って時間を取られるという結末は同じではないか。アテナとの貸し借りはなくなったが閻魔には借りが出来たし…結局プラスマイナスゼロだ」
「そんなことないと思うけどな。死の神タナトス様がスピード違反で捕まったなんて情報が流れたらアンタの印象が悪くなるけど、強盗捕まえたって情報は印象を良くするだろ。アンタの信仰集めにはプラスになってると思うぜ」
「ふむ…。命を繋いでやった人間共も数日中には命を落とすようだし、俺の苦労は全くの無意味であったかと思ったが…信仰集めになるのならまぁ良かろう」

 本当コイツ、子供みてーなのな。
 信仰集めにはプラスになったと聞いた途端に上機嫌になったタナトスの姿にマニゴルドは知らず微笑んで、すぐに口元から笑みを消した。

(俺達が守ったあの連中も近いうちに死んじまうのか…確かに、今日死ぬ運命だったのを捻じ曲げたんだから長生きさせると色々と不都合が出て来るんだろうけど)
(それにしてもタナトス様、急遽変更になった人間の寿命も分かるんだな。死神の名は伊達じゃねーってことか)
(ん?だったら…)

 不意にマニゴルドの頭に素朴な疑問が浮かんだ。死刑執行人を自称する男は、車のドアを開けようと鍵を取り出した死の神に何かを考えるより先に言葉を投げていた。

「なぁタナトス様。アンタ、自分の管轄外の人間でもいつ寿命が来るのか分かるんだよな?じゃあ当然、アンタの管轄内の人間の寿命も分かってるんだな?」
「俺を誰だと思っている?世界中に五万といる職業死神ではない、生粋の『死そのもの』の神だぞ」
「…じゃあさ、マジで素朴な疑問なんだけどよ」

 アテナの聖闘士は…いや、ポセイドンの海闘士もハーデスの冥闘士も、それを志した時点でギリシアの神々の支配下に入る。それは即ち、死と運命に関しては冥界の神々の管理下に入るということだ。
 …ならば。

「俺がいつ死ぬかも分かってるワケ?」
「…実に下らぬ問いだ。正に愚問だな」
「ああ?………」
 
 文句を言いかけたマニゴルドは、目を上げたタナトスが笑っていないことに気付いて口を噤んだ。
 傾きかけた太陽の光が銀色の髪を輝かせ、完璧なラインを描く頬の輪郭を彩っている。表情を無くした透明な貌の死の神は息を呑むほど美しくて、その姿を直視することすら躊躇われた。
 近づくことすら出来ずに立ちつくすマニゴルドに、銀の神は感情を孕まない眼で彼を視たまま形の良い唇を淡々と開いた。

「三日後だと言ったらどうする。自暴自棄になるのか?二百年後だと言ったらどうする。自堕落に生きるのか?己に残された時間の多寡で生き方を変えるような…お前はそんなつまらぬ人間だったのか?」
「…え」
「だったら興醒めだ。俺の傍に置く価値はない」

 タナトスの静かで穏やかな貌も声も清廉で美しい。
 感情豊かな死の神がマニゴルドに初めて見せた無色透明は即ち、何の興味も惹かれない『その他大勢』に対する無関心そのものだ。
 …お前に対する興味は失せた。
 そう言われたような気がして、マニゴルドは慌てて叫んだ。

「ちょい待て!俺は『俺がいつ死ぬのか分かるのか』としか聞いてねぇだろ!話を飛躍させた揚句に勝手に落胆してんじゃねーよ!!」
「……………」

 一度瞬きしたタナトスの白い貌と銀色の眼に感情の色が戻ってくるのを見ながら、マニゴルドは殊更に怒ったように指を突きつけて続けた。

「大体な、残った寿命の長さで生き方変えれるほど俺が器用な人間に見えるか?アンタの言う事をすんなり信じるほど素直な人間に見えるかよ!!」
「…確かにそうだ。お前は愚直で、そのくせ疑り深い。だから面白いのだがな」

 タナトスの唇が笑みの形を作り、銀の眼が眇められる。
 死の貌に感情の色と己への興味が戻った事に安堵した自分に気付き、マニゴルドは不機嫌な顔でガリガリと頭を掻いた。
 その不機嫌顔をどう解釈したのか、タナトスはクスクスと笑いながら彼を促した。

「いつまでもこんなところで立ち話をしているわけにも行くまい。車に乗れ、マニゴルド。無礼を言った侘びという訳ではないが、お前の自宅まで送ってやろう」
「ケッ。新しい玩具を乗り回す理由が欲しいって正直に言えよ、タナトス様」

 台詞とは裏腹に嬉しそうに笑いながら、マニゴルドは助手席のドアを開けた。





 …帰宅ラッシュの時間に差し掛かった大通りは渋滞が始まる少し手前の混雑具合で、流石の神様の車もノロノロ運転を余儀なくされていた。とは言えタナトスも特に不満があるわけではないらしく、ふたりはとりとめもない雑談をしながら街を走っていた。
 赤信号で車が停まった時、マニゴルドは交差点に建っている小洒落たレストランを眺めながら何気なく尋ねた。

「あのさぁタナトス様。彼女同伴でそこそこ気軽に入れてセンスのいいレストラン知らねぇ?あ、予算は最高一万程度な」
「彼女?それは恋人のことか?」
「今の話の流れでそれ以外の解釈があるのかよ」
「何だと?お前に恋人がいたのか!?」
「ちょ、ひでーなオイ!いくら浦島太郎でガイジンサンな俺でもいい雰囲気になってる女の一人くらいいるぜ?そこまで驚くこたねーだろ失礼だな!…ま、正確に言うならこれから告白してオトすつもりだから『彼女(予定)』だけどよ」
「ならば聞くだけ無駄だ。告白したところで玉砕するのが確定して…。…………」
「…………」

 マニゴルドは思わずタナトスを見遣った。
 告白が失敗に終わると言われた事に腹を立てたからではない。彼が縁起でもないことを言うのはいつものことだが、縁起でもないことを言いかけてハッとした顔で慌てて口を噤むのは珍しい。と言うかマニゴルドが知る限り初めてだ。
 急にビシビシと嫌な予感を感じ始めたマニゴルドはジト目でタナトスの顔を覗き込んだ。

「おいタナトス様。何でそこで黙るんだよ」
「信号が青になったからな、発進することに気を取られていたのだ」
「そーかい。じゃあ滞りなく発進したから俺の質問に答えてくれよ。何であそこで黙ったんだよ。しかも『しまった!』って言いたげなツラで」
「ん?それは、ほら、アレだ、お前の恋が成就するとは思えぬが、いざそうなった時に、『あの時アンタが不吉な予言をしたから』などとお門違いな文句を言われても困るのでな」
「嘘だ。絶対に、嘘だ」
「なっ…何を根拠にそう言い切るのだ?」
「アンタが人間相手にそこまで気ィ使うわけねーだろ。俺が振られたところで『それがお前の運命だったのだ』って面白そうに笑ってやがるのがタナトスっつー神様だ」
「……………」

 マニゴルドが言った『運命』という言葉にタナトスが明らかにギクリとした。
 何だこの不吉な反応。これがあの胡散臭い眠りの神なら『このクソ神、迫真の演技でビビらせやがって』で済むが、この死神様は変なところで馬鹿正直なところがあるから…。
 嫌な予感が急速な勢いで膨らみ始めるのを感じながら、マニゴルドはハンドルを握るタナトスに詰め寄った。

「おいタナトス様、ひょっとしてマジなのか?告白予定の彼女に俺が振られるのはマジで運命なのか?」
「…言えぬ」
「イエスって言ったも同然だ!畜生、ヘラヘラ笑いながら『その通りだ』って言われた方が嘘を疑えるだけ救いがあったのによー!何で真顔でマジレスすんだ!つか何で俺の告白結果までアンタが知ってるんだよ!」
「人間界で言うところの『守秘義務』という奴だ。秘密を漏らしたところで明確な罰則があるわけではないから暗黙の了解のようなものではあるが…」
「罰が無いなら言えよ!アンタのことだ、『うっかり口を滑らせちゃいました、テヘ☆』で片付くだろ!」
「罰はなくとも一族から顰蹙は買う。『またうっかり口滑らせたの、馬鹿兄貴』とエリスあたりに言われよう」
「そんなんいつものことだろ!アンタだって俺に会うたび『秘密を話しちゃいけないなー』ってモヤモヤすんの嫌だろ!ズバッと言っちまえよ!」
「マニゴルドよ。お前は、王の耳がロバの耳だと知ってしまった床屋にも同じことが言えるのか?」
「そんな言い方されたら余計気になるっつーの!」
「む…」

 眉間に皺を寄せて口をムズムズさせているタナトスの姿にマニゴルドもムズムズしてきた。
 理性は『これ以上追求はするな、あのタナトスが言いよどむような秘密は聞かない方がいい』と言っているが、それ以上に好奇心が勝っていた。己の職務に忠 実ではあるが普段はあけっぴろげで何も考えずデリカシーの無い発言をするタナトスが、口を開くことをここまで躊躇うとは…彼が知っている秘密とは一体何な のか。
 マニゴルドは憤然と腕を組んで前を睨みつけながら必死に頭を働かせた。

(これ以上しつこく話せ話せと詰め寄ってもタナトス様は口を割らねぇだろうな。何かカマでもかけたいところだが…)
(しっかしタナトス様は、何で俺の告白結果を知ってるんだ?俺の寿命を知ってるのは死神だから当然だが、運命は担当外のはずだろ?)
(運命か…俺の『運命』って言葉に異様に反応してたな、このクソ神)
(ん?そう言えば、運命を担当する神様って確か…)

 ヒントに思い至ったマニゴルドは赤信号に捕まったタイミングでぼそりと言った。

「あのさぁタナトス様。俺が地上に蘇った時、新しい運命を与えたのってアンタの妹だったよな。確か、モイライ三姉妹とか言う運命の女神。ひょっとしてアンタ、妹さんから俺の運命に関して何かネタバレ情報みたいなもの聞いたのか?」
「うっ…」
「アンタ本当分かりやすいな。もういい加減ゲロっちまえよ、楽になるぜ」
「…………」
「安心しろよ、俺はネタバレ情報聞いても実際見るまで信じねぇタチだから。さっき言ったろ?『アンタの言う事をすんなり信じるほど素直な人間に見えるかよ』ってさ」
「…そうか」

 マニゴルドの追求に気の毒なほど冷や汗を流していたタナトスは、彼の言葉に虚を突かれたように銀色の目を瞬いた。

「ふむ…ネタバレ情報を聞いたところで信用しなければ、それは聞いてないのも同然か」
「おうよ。むしろネタバレ聞いたほうが、バレ通りの展開なのか違う展開来るのか分からないワクワク感があって二度おいしいぜ」
「そうか、それなら話しても問題ないな!言いたくて言いたくてたまらないのに言ってはならぬと思って苦しんでいたが、そういうことなら教えてやろう!」

 苦悶の表情を消したタナトスは思わず見とれてしまいそうな晴れやかな笑顔をマニゴルドに向け、実に楽しそうに言った。

「お前の運命についてモイライに雑談がてらに尋ねたらな、『兄様の顔を殴るなどと無礼を働いた人間ゆえ、罰として女性との良縁に恵まれない運命を与えたわ』と言っていたぞ。つまりお前は一生、恋人も妻も得られぬというわけだな!」
「…………」
「はぁ…これで、お前に会う度に秘密を漏らさぬよう会話に気を使う必要がなくなったわけだ。実に清々しいな」
「ちっとも清々しくねぇよぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
「何故だ?お前は、俺の言う事をすんなり信じるほど素直な人間では無いのだろう?」
「うっせぇーーーー!!何だよ畜生、俺の人生女運ゼロかよ馬鹿野郎ぉぉーーーーーーーーーーー!!!!」

 車の中にマニゴルドの魂の叫びが響き渡った。
 ああ、秘密なんて無理に聞き出すべきじゃなかった。今更後悔しても時は戻らないが、悔やまずにはいられない。
 憂鬱のどん底に沈みながら頭を抱え込んだマニゴルドの脳裏に、師匠セージと最後に会った時の言葉が甦った。

『お前はまだ若い。未来も、希望もある。平和になった時代で自分の出来ることを模索するのも良い。自分の為に存分に生きるも良い。自分の道は自分で決め て、自分の生きる意味を見つけるのだ。お前は生きよ、マニゴルド。生きて、命を全うして、叶うならば幸せになれ。それが私の最後の望みだ』

 すまねぇお師匠。俺、お師匠の最後の願いを叶えるの、無理かも。
 秘密を吐き出してスッキリ爽やか上機嫌な銀の死神の横で、死の神の使いを気取っていた男は、師の名を呼びながらさめざめと泣いていたらしい。


END


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 話の大まかな流れは決まっていたので概ねスムーズに書き上げることが出来ました後編です。当初の予定ではコエンマの協力は無く、銀行に行ったマニさん+ タナトスコンビが割と行き当たりばったりで強盗を捕まえる流れを考えていました。でもそれじゃ都合が良すぎるなーと思って、コエンマから事前に情報を受け 取っていたという展開に変更しました。日本語が分からない振りをして強盗を煙に巻きつつ、『ニホンゴ、ワッカリマセーン』と言うマニさんと銃を構えるタナ トスはまぁまぁ予定通り入れることが出来て満足です。当初はタナトスが銃を撃って(神様パワーで弾道の調整をして)強盗の野球帽だけ吹っ飛ばすみたいな展 開も考えていたのですが、当初の予定よりはおとなしめの展開になりました。
 強盗捕獲後のタナトスとマニさんの会話は以前ブログで書いたSSをほぼそのまま持って来ることが出来ました。マニさんは普段から『アンタ、真顔にしてれ ば超イイ男なのに何でそんなに感情を顔に出すんだよ。無表情でいろよ』と言ったり思ったりしてたけど、いざ無表情タナトスを目にすると、『無表情=無関 心』の目を向けられることに焦りを感じたみたいな裏設定があります。『タナトスにとってのその他大勢』と認識されるのが嫌だと思う程度にはタナトスに惹か れているマニさん、というイメージです。
 そして最後。『守秘義務』があるから歯切れ悪くモニョるタナトスと、秘密が気になって気になって仕方なくて無理に聞き出したはいいけどいざ聞いちゃった ら激しく後悔するマニさんの流れも大体のイメージはありました。ちなみにタナトスは『マニゴルドは俺の言うことなど信用しないから』と素で思っているので 秘密をばらした罪悪感は皆無です。一方のマニさんはタナトスの言葉を信じているので憂鬱のどん底。『ネタバレ情報通りの展開になるとは限らない』と自分に 言い聞かせても、やっぱり恋人が出来ないので信憑性は増すばかり。自分でも『女運ゼロ人生』はネタにしつつもずーっと気にかけていた時、タナトスから『女 運ゼロ人生が事実とは限らない』と聞いて(SS『驚愕』後編)多少前向きになっています。でも相変わらず彼女が出来ない現状には変わりが無いので、『彼女 が出来ないのは運命のせいではなくマニさんの女性に対する接し方がまずいのでは』説が浮上している今日この頃。