| 西暦2012年晩秋。 野暮用で聖域の施設を訪ねた俺は、本来ならこの場にいるはずの無い人物が廊下にいるのを見て足を止めた。 褐色の肌、緩く波打つ鉛丹色の髪、スティールブルーの眼、文句なしのイケメン面、全身から漂うナルシスト全開オーラ。腕を組んで壁に寄り掛かった姿勢も、なんつーかこう、『自分の外見がハイレベルだと分かった上で計算してやってます』感がパねぇ。 奴の名前はシラー。この時代の蟹座の黄金聖闘士で、要するに俺の後輩なんだが、正直あんまり関わりたくないキャラなんだよな。遠回りしてもいいから奴の前は通りたくないんだが、生憎と廊下は一本道で逃げ道はない。 頼むから話しかけてくんなよ、と強く念じながら軽く会釈して奴の前を通り過ぎようとした途端。 「マニゴルド先輩、ちょっといいかな」 呼びとめられた。 無視して立ち去りたかったが、それをやったら余計面倒なことになりそうが気がしたから、渋々俺は足を止めた。 「何だよ。俺も忙しいから、用件なら手短に頼むぜ」 「…キミは、タナトス神のマネージャーをしてるんだってね」 「先輩を『キミ』よわばりかよ」 「何故タナトス神はキミをマネージャーに選んだのかな。子供の頃から死に憧れ、崇拝し、恋焦がれてきたこの僕ではなく、『死に憧れていたがそれ以上に憎かった』などと不遜なことを言った上にタナトス様に有り得ない無礼を働いたキミを」 シラーは俺のツッコミは華麗にスルーして肩にかかった髪を背中に払った。 壁から背を離す動きも、俺に歩み寄る所作も、『フワァサッ』と効果音が聞こえそうな髪の払い方も、ついでに髪を払った時の指の角度とかも、全てが『いかに自分をカッコ良く見せるか』という計算がミエミエで、なんかこう、ムズムズする事この上ない。 とにかくとっとと話を終わらせたい。 「俺をタナトス様のマネージャーに任命したのはアテナだろ。文句があるならアテナに言えよ」 「僕の登場が後一年…いや、せめて半年早かったら、そのポジションにいたのはキミではなく僕だったと思わないか?」 「何だよ登場って」 「実に不愉快だが、キミの立ち位置が決まってしまったのはどうしようもない。その事実は潔く受け入れよう」 「会話のキャッチボールをする気がねーなら壁に向かってお喋りしてろやナルシスト」 「ちょっと待った。話の途中で席を外すなんて無礼じゃないかな」 深刻な頭痛がして来たからこの場を立ち去ろうとすると、シラーは俺の肩を掴んで引き留めた。仕方なく俺が立ち止まると、ポケットからハンカチを出して俺の肩を掴んだ手をゴシゴシ拭いてやがる。どっちが無礼だオイ。 俺はあからさまに『お前と話をするのは嫌なんだけど』って溜息をついて(どうせコイツには通じないだろうが)、もう一度さっきと同じ事をより簡潔に言った。 「俺に何の用だ?」 「僕を、タナトス神に会わせて欲しい」 「ハァ?んなもん、俺を通さなくても正規の手続き踏んで謁見願えばいいだろ。黄金なら簡単に許可が下りるだろうし」 「正規の手続きを踏んでの謁見は基本的に一対一だし堅苦しい雰囲気だろう?もっとこう、友達を交えて、お茶でも飲みながら、気さくな雰囲気で…アテナの聖 闘士としてではなく、タナトス様のファンとして個人的に彼に会ってお話をしてみたいんだよ。分からないかなぁ、僕のこの気持ち」 お前のナルシスト炸裂ドヤ系困り笑顔にもムカつくが、その説明でお前の気持ちが分かった自分にももっとムカつくぜ。漸く会話のキャッチボールは成立したが、これ以上こいつを相手に話をしてたら血管が切れそうな気がしたから、俺はとっとと話を切り上げることにした。 「分かった。お前がタナトス様のファンで、『ファンとして』会ってお話したがってるって事は伝えておく」 「本当に!?ありがとう、恩に着るよマニゴルド先輩!」 「お、おう…」 手を差し出されたので反射的に握り返したら、握手を終えたシラーはまたハンカチで手を拭き始めた。ンなことするなら最初から握手なんか求めんじゃねーよこの野郎。 本気でこいつを殴りたくなってきたから俺はさっさと帰ろうとして、ふと重要なことを聞き忘れていたことに気が付いた。 「ところでシラー。タナトス様がお前と会うのをOKしたら、お前は誰か『友達』を連れて来るのか?」 「ああ、双子座のパラドクスに同席を頼もうと思っているよ。彼女は僕の相談に親身になって乗ってくれたからね」 「…………」 電波系ナルシストが電波系ヤンデレを連れてきやがるか。 タナトス様は神がかり的天然ボケだから電波系ふたりを相手にしても大丈夫かもしれないが、何か不測の事態が起きたら俺ひとりで対処できる自信はない。万一に備えて(正直そんな備えしたくないが)俺も味方を連れて行きたいところだ。 「お前が友達同伴なら、俺も友達同伴でその場に同席しても問題ねーな?」 「そうだね、大勢の方が間が持つし。だけどシオン教皇や童虎様は遠慮してほしいな、緊張してお話しできなくなってしまいそうだ」 「…りょーかい」 一番連れて行きたかった奴らを早々に却下されちまった。そうなると、次に頼りになりそうなのは…。 …タナトス様に『今の蟹座の黄金聖闘士がアンタのファンで、個人的にお話してーんだと。半端なくナルシー入ったアレな奴だけど会ってくれっか?』とお伺 い立てると、『なかなか面白そうではないか』と了解の返事が返ってきた。タナトス様は人間からの信仰を集めることにハマってるからな、ちょっと会って話を してやることで信仰心が高まるならそのくらいお安い御用って事なんだろう。 ま、シラーもパラドクスも冥界の神様相手に無礼をするとは思えないし、会ってお喋りするだけなら何も問題ねーだろ。 …と、この時の俺は安易に思ってたんだよなぁ…。 そして当日。 俺は『友達』の貴鬼とハービンジャーを同伴して双児宮を訪ねた。メルヘンチックに飾り付けされたここが茶会の会場らしい…のだが、テーブルについてるのはパラドクスひとりで肝心のシラーの姿が無い。 自分から謁見願っておいて遅刻か?と思っていると、俺の疑問に気付いたらしいパラドクスが妖艶に微笑みながら椅子を勧めた。 「シラーは念入りに身支度を整えているわ。タナトス様にお会いするために失礼があってはいけないから、お風呂にも入って来るそうよ」 「はぁ…風呂にもねぇ…」 「憧れの方にお会いするとは言え、凄い気合の入れようですね」 「ひょっとしてあいつ、デートか見合いと勘違いしてたりしてな!」 笑えねぇ冗談を言うんじゃねーよハービンジャー。お前のその空気読めないスキルは別の場面で発動してくれ。 ハービンジャーの発言はまるっとスルーしてパラドクスは笑顔のまま首を傾げた。 「ところでタナトス神は?ご一緒ではないの?」 「タナトス様ならアテナと仕事の話をしてるよ。話が終わり次第、アテナがテレポートで送ってくれるってさ。その連絡はテレパシーで貴鬼に送ってくれる算段になってる」 「ふうん…随分と念入りに前準備してるのね」 「憧れの神様が突然お出ましになったら、心の準備が出来てねぇシラーが感激のあまり気絶でもしたら場が白けるだろ」 「シラーだけに場がシラーっとなるのか!ガハハハハハハ!!」 「牛乳並みに白い冗談ですね…って、あ」 俺以外の唯一の真人間である貴鬼、ナイスツッコミだぞ。で、『あ』って何だ? …貴鬼の視線を追った俺とハービンジャーはあんぐりと口を開けた。 真っ白なスーツを着込んで真っ赤な薔薇の花束を持ったシラーがやって来る。しかも小物は蝶ネクタイとポケットチーフで、スーツと言うより、むしろこう…。 「あのさ。シラーの奴、タナトス神にプロポーズする気なんじゃないのか?結婚式の新郎みたいな服着てるし」 「マジ頼む、真顔で笑えねぇ冗談言わねーでくれ」 「『白いスーツを好んで着る奴は変態』って誰の発言でしたっけ」 「座布団十枚やりたい名言だな」 「あらあら、シラーったら。随分とおめかししたのね」 パラドクス、お前の感性がズレてる事は百も承知だがちったぁ疑問を感じろ。これはあくまで神様を交えたお茶会であって結婚式じゃねーんだぞ…と俺が内心で突っ込んでいると、シラーは得意気な顔で蝶ネクタイを整えた。 「当たり前じゃないか、何を言っても冥王臣下であられるタナトス様にお会いするんだからね。失礼があってはいけないから正装を誂えてきたよ」 「お前、わざわざこの為だけにそのホストみてーなスーツ用意したのか。その心意気は見上げたもんだけどよ」 「ひょっとして勝負パンツも履いて来たのか?」 「当たり前だろう、ハービンジャー。何があるか分からないからね、その辺に抜かりはない」 「いや抜かれよ。何があるか分からないって何があるんだよ」 「ねぇシラー、タナトス様相手だったらあなたは右側?それとも左側?」 「お前も腐女子かパラドクス!」 「タナトス神のご希望に応じて右でも左でも、僕は変幻自在さ」 「そこは否定しろ、お前が言うと洒落に聞こえねぇだろうがぁぁぁぁーーーー!!!!」 「つーかそのレースが付いてヒラヒラのポケットチーフ、パラドクスのパンツみたいだな」 「ハービンジャー…あなた何故私の下着のデザインを知ってるの?」 「そう黒くなるなよパラドクス。俺の宮にお前の洗濯物が飛んできてたんだよ。届けに行ったら留守だったからテーブルの上に置いて来たけど、女がパンツを外に干すのはやめた方が良いと思うぜ」 「あら、そう言う事だったの。分かったわ、気を付ける」 「そこで納得すんのかよ!つかパンツをテーブルの上に置くんじゃねーよ!まさかこのテーブルじゃねーだろうな、そのパンツを置いたテーブルって!」 「あのー、アテナからテレパシーです。『タナトス様とのお話が終わったので今からテレポートで送る』と」 ナイスタイミングだ貴鬼。今はお前のその冷静さが俺の心の拠り所だぜ。 貴鬼の言葉に流石の変人共も真顔になって椅子から立ち上がった。冥界の神々が地上に来る時しか会う機会の無いこいつらにしてみれば、まだまだタナトス様は特別な存在なんだろう。ま、そのイメージも本人を相手にすればすぐに壊れるだろうが…。 俺がそんな事を考えていると双児宮の庭にアテナの小宇宙が満ちて銀色の光が弾け、タナトス様が姿を見せた。 膝をついて歓迎の意を表している黄金聖闘士達に目を向けてタナトス様は営業用スマイルを浮かべた。 「出迎え感謝する、アテナの聖闘士達よ。此度はあくまでもプライベートな訪問故、そう畏まる事はないぞ」 「ハ」 「では私、お茶とお菓子を用意してきます」 パラドクスが茶を用意しに行くのを見送ったタナトス様は、シラーと貴鬼とハービンジャーを順に眺めると、俺に歩み寄ってこそりと耳打ちした。 「で、俺に会いたがっている蟹座はどれだ?」 「蟹座の顔くらい覚えといてやれよ…。結婚式の新郎みたいな格好したアイツだよ。…ほれシラー、いつまでも畏まってねーでタナトス様に椅子くらい引いてやれや」 俺が促すと、シラーはこれまた芝居がかった動きで立ち上がってタナトス様に近づいて、うっとりと頬を染めながら恭しく会釈した。 「タナトス神にお会いできる幸運に感謝いたします。僕は蟹座のシラー。幼き頃よりあなたに憧れておりました。弱き者の命は強き者の命の糧となる、死は即ち 生、僕を生かしてくれたのは死、あなたです。ツイッターもブログも拝見してあなたがモデルになったアクセサリーも全部集めています!死の神であられるタナ トス様にこうしてお会いできるなど何たる光栄、至上の幸福です!…ああ神よ、僕の気持ちを込めたこの情熱の赤い薔薇、愛と言う花言葉を持つこの薔薇を献上 いたします!どうかお受け取りください!!」 「…そ、そうか」 タナトス様は(若干引き気味ではあるが)穏やかに微笑んだまま花束を受け取った。流石にこの程度じゃ動じねーか。痛いファンには慣れてんのかね。 シラーは感激で目をウルウルさせながらタナトス様の為に椅子を引いた。タナトス様が笑顔を見せて椅子に座ると、感激しすぎて涎と鼻血を出してやがる。お いタナトス様、そろそろ猫かぶりやめてぶっ飛ばしてもいいんだぜ…と思っているうちにパラドクスが紅茶と茶菓子を持って戻ってきた。 皆が席についてパラドクスが紅茶を配り始めてもまだ、シラーはタナトス様に椅子を引いた姿勢で固まっている…と思ったら。 「はぁ…爽やかな風と可憐な花のような甘い香り…そして夜の空気のような清廉さ…これが真実の死の香りなのですね…あぁ…今まさに僕の肺を死の香気が満たしている…はぁ…」 タナトス様の髪に鼻を近づけて匂いを嗅いでやがる。しかも何だ、その恍惚の表情は。 やべぇ、コイツ、俺が考えていた以上に変態だ。ちょっと誰かアイツにバシッと突っ込んでくれ、あのタナトス様がフリーズするなんて相当だぞ。でないと冥 界のアテナの聖闘士に対するイメージがダウンするどころの話じゃなくなる…のだが、常識派の貴鬼だけでなく空気読めねぇハービンジャーまで絶句してやが る。おい牛、今こそお前の空気読めないスキルを発動すべき場面だっつーのにこんな時に限ってまともな反応しやがって。 いやむしろこんな時だからこそパラドクスなら役に立つかも…と思ってちらっと眼をやると、奴は頬を染めてぽうっとしながらタナトス様とシラーを見つめて やがった。あの顔はダメだ、何かヤバい系の妄想に浸ってやがる。迂闊に触って奴の脳内で展開してるヤバい妄想がクロスロードミラージュでお披露目されたら オシマイだ。そりゃもう色々な物が。今の俺に出来るのはこれ以上状況が悪化しないよう祈ることだけだ。祈る相手の神様がここにいるだろとかそういう無粋な 突っ込みはすんなよ。 タナトス様含めた男連中がフリーズしてるのには全く気付いてない様子で、散々タナトス様の髪の匂いを嗅いだシラーは死神様の足元に片膝をついてうっとりと見上げた。つーかその鼻血と涎を拭かねーのかナルシストさんよ…と思ったが、余りの事に突っ込みが声にならない。 何だ?とタナトス様が目顔で尋ねると、シラーはますます頬を染めて上ずった声を出して片手を差し出した。 「この穢れし身では畏れ多いと存じますが、タナトス様が我が恭順の接吻をお召し下さり、その死の小宇宙を今少しこの僕に分け与えて下さいますように!」 「……………」 タナトス様はモナリザみてーな笑顔を貼りつかせたまま手を差し出した。 この状況で出すのか、手。なんかシラーの気迫に押し流されてる感はあるけどよ。 あとシラーよ、曲がりなりにもアテナの黄金聖闘士のお前が冥界の神に恭順を誓ってどうする…というツッコミは、シラーがタナトス様の手にキスするだけでは飽き足らず頬ずりを始めたのを見た途端どっかにすっ飛んで行った。 タナトス様はモナリザの微笑み状態で無言のままで、貴鬼とハービンジャーは『流石は神様、ここまでされて動じないなんて凄い!』と尊敬の眼差しでタナトス様を見ている。パラドクス?ピンクになったほっぺたを両手で挟んで俺らとは違う何かを見てるよ。 んで、タナトス様とそこそこ付き合いのある俺は分かるんだが… タナトス様、引いてる。 そりゃもうズンドコにドン引いてる。 ドン引きすぎて言葉も出ねーしモナリザの微笑みなんだよ。 何も言わない方が双方の為だから言わねーけどよ。 「ああ…お美しい指、お美しい御手、お美しい肌…タナトス様の御手に触れる光栄が赦されるなど…黄金聖闘士まで上り詰めた甲斐があったというもの…!!」 「…………。シラー、と言ったか」 「は!!」 「そろそろ紅茶を飲みたいのだが、構わぬか?」 「ももももも勿論!少々お待ちを!!」 流石に人間の男に手に頬ずりされるのは嫌だったか。それにしても紳士的なお断りだなタナトス様。見直したぜ、いやマジで。思わず感心の溜息が出ちまったぜ。 シラーは胸ポケットからハンカチを取り出してタナトス様の手を丁寧に丁寧に拭き始めた。シラーが漸く手を拭くのを終えると、タナトス様はスッと手を動かしてシラーの額に指を触れさせた。律儀なのか嫌がらせなのか、奴の要望通り死の小宇宙を分けてやっているらしい。 タナトス様の小宇宙を貰って、感激で目を潤ませたシラーはフラフラしながら立ち上がって漸く自分の椅子に座った。いくら黄金聖闘士でも死神の小宇宙を分 けられたら気絶くらいしてもおかしくないんだが、ド変態とは言え実力で蟹座の黄金に上り詰めたのは伊達じゃねぇって事か。…とか思ってたら、今度はタナト ス様の手を拭いたハンカチに顔をうずめてウットリしてやがる。ここまで来たらもう誰も突っ込めない。 …シラーやパラドクスがとんでもないことを言い出さないか警戒しつつの妙な緊張感に満ちた世間話をすることしばし。 空になったカップをソーサーに置いたタナトス様が絶妙のタイミングで携帯を手に取った。神がかり的天然ボケのタナトス様でもこれ以上シラーと一緒にいるのは嫌だったんだろうな。空気の読める俺は最適と思われるセリフをタナトス様に言った。 「何だ、ヒュプノス様かハーデス様から呼び出しか?」 「ああ。折角招待してもらって慌しいが、そろそろ暇させてもらおう」 「では十二宮の入口までお見送りを…」 早速立ち上がったシラーの発言は聞こえなかった振りをして、俺は貴鬼に目配せした。 「おう貴鬼。何か急ぎの用事みてーだからよ、アテナの力を借りて頼んで俺とタナトス様を十二宮の入口までテレポートさせてくれねぇ?」 「分かりました。…では、行きます」 さっすが貴鬼、仕事が早いぜ。タナトス様が携帯を取り出した時点でこの展開を予想してアテナに連絡を取ってたんだろう。こいつは将来有望だな。 貴鬼とアテナの力で双児宮からテレポートする寸前、シラーがタナトス様の使ってたカップを懐に入れるのが見えたような気がしたが、気のせいだと俺は思う事に決めた。 「何か悪かったな、タナトス様」 …十二宮の入口に停めた車に乗り込みながら俺が詫びると、タナトス様は怪訝そうな顔で俺を見返してきた。 「シラーだよ。アンタに憧れてたって聞いたから安易に会わせてやるなんて言っちまってさ。まさかあそこまで変態だったとは思わなくてよ」 「ああ…アレは強烈だったな」 「しっかしアンタもスゲーな、あそこまで痛い行動されてもオトナな対応するなんてよ。俺、マジで感心したぜ」 「…………。この世界には大勢の神がいて、神を崇拝する手段や方法もまた多数存在する。いくら俺が神とは言え、異国の神を崇拝する儀式を全て知っているわけではない」 「ん?」 「あの男の行動は奇矯なものに見えたが、あれもまた『神を崇め奉る儀式』なのかもしれん。馴染みが無いから、奇矯に見えるからという理由で、神を崇拝する人間の行為や想いを拒絶してはならぬ。それは即ち、異国の神を侮辱し、俺の神格を貶めることになる故な」 「そのセリフ、真顔で言えば素直に感激してやったのにな。ンな嫌そうな顔で言ったら色々台無しだぜ」 「お前に感激されても今更だろう?」 フッ…とタナトス様はナチュラルに笑って、シラーに献上された薔薇を一輪摘まんでくるくる回した。 「あの人間…傍から見ている分には面白い奴かもしれぬが、俺はどうもああ言うのは好かぬ」 「シラーか?」 「好かぬ…というのは少々違うか。俺を崇拝する人間など珍しいからな、処し方を決めかねて戸惑っている…と言った方が正確かもしれぬ」 「要するに、熱烈に言い寄られた経験が少ないからシラーにどう接していいか分かんねーってことか?アンタ、変なとこで繊細っつーか不器用なんだな」 俺の発言は相当失礼だったと思うが、タナトス様の脳味噌には残らずに通り過ぎたらしい。摘まんだ薔薇を花束に戻して、タナトス様は何気ない風に言葉を続けた。 「その点マニゴルド、お前は分かりやすい。俺はアレよりもお前の方が数段好ましいな」 「…………」 ああ、本当に全く、この神様は。 どうしてそう言う事を全く他意なくサラッと言ってくれちゃうのかね。 そして、そんなタナトス様の言葉が満更でもないな…なんて思っちまった俺は、肺の中の空気を全部吐き出す勢いで盛大な溜息をつくしかなかった。 |
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| 当初の予定では一話完結ものだったSS「溜息」の第二話です。当サイト独自設定の女神が何の説明もなく登場していますが、メインはΩ黄金+マニさんの漫 才なので、作中の紹介をお読みになれば話を読むのに特に支障はないかと思います。今回は近年まれに見る大難産でした。第一話を書いた直後から漠然とネタは あったのですが、他のSS作成に小宇宙を燃やしていた間に私の中でのキャラ解釈も色々変わっていまして、当初の予定とどうすり合わせるかに物凄い苦労しま した。一番の予定外は玄武君の参加です。当初は玄武君参加の予定はなかったので、登場人物の役目も色々と変わったり。SS「拝謁」最終話のマニさんとシ ラーさんの会話を入れつつ、「何がどうなってそうなった?」の説明もしつつ、でも無駄は極力省きたい…と精一杯頑張ったのですが、結局一話分使って中継ぎ 回みたいな印象に…orz と言う訳で、メインは次の3話目です。前回の第一話なドタバタ漫才のノリで楽しく書いております。 |