死刑執行人の溜息
EPISODE2


 西暦2012年晩秋。
 城戸財閥ブランドアクセサリーのモデルをやってるタナトス様と、成り行きで死神様のマネージャーになった俺は、タナトス様の提案で町中にあるセルフ式の喫茶店に向かっていた(この死神様、B級グルメがお気に入りなんだよな)。
 飲み物を買って席に着くなり、タナトス様は微妙極まりない顔で口を開いた。

「…マニゴルド。少しばかり、お前に頼みたい事があるのだが」
「断る」

 俺はソッコーお断りした。防衛本能による脊髄反射並みに間髪入れず、だ。
 その途端にタナトス様の眉間に不満そうな気配が漂い始めたので、俺は『即座にお断りの返事を差し上げた理由』を説明することにした。

「アンタがそんな一般的でマトモな前置きして頼む事なんて碌でもねー事だと相場が決まってんだろ。面倒事と分かってて引き受けるほど俺は馬鹿じゃねーぞ」
「お前が引き受けなければもっと面倒なことになるのは目に見えているが、それでも拒否するか?」
「…………」

 …真顔で真面目に尋ねてきやがってこの野郎。そんな事言われたら引き受ける以外の選択肢が無いじゃねーか。
 俺はアイスコーヒーを半分ほど飲んで、深呼吸して、心を落ち着けて、腹を括って、はぁぁ〜〜と溜息をつき、嫌々ながらタナトス様にお伺いを立てた。

「何なんだよ、俺に頼みたい事って」
「俺を崇拝している蟹座の黄金聖闘士がいただろう?お前の後輩で、先日の茶会でインパクト抜群の諸々をしでかした、長い赤毛の…名は、何と言ったか…」
「シラーか?」
「ああ、そいつだ。そのシラーにもう一度会いたいのでな、奴にお前から声をかけて欲しいのだ。今度は我々が奴をエルミタージュ洋菓子店に招待しようと思う。あくまでもプライベート故、アテナや教皇よりお前を通した方が良かろう?」
「へ?マジで?」

 思わず間抜けな声が出た。
 いや、まぁ、タナトス様もなかなかの変人(変神?)だし、タナトス様の大ファンでド変人のシラーに興味を持っても不思議じゃない。不思議じゃないんだ が、『もう一度会いたい』と言うわりにタナトス様はあんまり積極的じゃない気がする。タナトス様本人は特にシラーに会いたい訳じゃないが、会わざるを得なくなった から俺に仲介を頼むことにした…と言う雰囲気をバリバリ感じる。
 どんな事情があったのか薄々察しはつくが、一応俺はお伺いを立ててみることにした。

「あのド変態にまた会いたいって…一体何があったんだ?ひょっとして、シラーのやらかしたトンデモなアレコレを兄弟に話したら『そんな面白い奴なら自分も見たい』とか言われたのか?」
「概ねそんなところだ。より正確に言うなら、奴に会いたがっているのは秋乃様とヘカーテ様とエリスだ。『あの礼儀正しいエキゾチックイケメンが本当に そんな面白い事をやったのか、とても信じられないから一度会わせろ』と口々に言うのでな。あまり気乗りはせぬが、断る理由も特にないしまぁ良かろうかと…」
「へ?シラーの奴、冥界の神様達と面識があったのか?」
「アテナが去年主催したクリスマスパーティーで少しだけ顔を合わせて話もしたのだ。皆に言われるまで俺はすっかり忘れていたのだが、ヒュプノスと女神達はきちんと覚えていたようだな」
「へー。確かにシラーは外見だけなら超がつくハイレベルだかんな。女神様達の覚えもめでたいだろうけど、肝心カナメの中身がなぁ…。ま、あの女神様達ならそのギャップに大受けしそうな気もするけどよ…」

 複雑な気分で俺がアイスコーヒーの氷をストローで突いていると、タナトス様がバームクーヘンを割りながら少しばかりイラついた風に口を開いた。

「で?俺の頼みを引き受けるのか断るのか、一体どちらだ」
「俺が断ったらアンタの言う通り余計面倒なことになるだろ、引き受けさせて頂きますよ。…あ、それからタナトス様。シラーに声掛けたらほぼ間違いなく奴の愉快な仲間達がくっついてくるがそれは構わないのか?」
「構わんぞ。大勢の方が面白いし、奴も一人だけで呼び出されては息が詰まるだろうしな」
「OK。じゃあ奴らの予定を聞いてみるわ。とりあえず次の日曜で良いか?」
「ああ、週末ならいつでも構わん」
「りょーかい」

 …そしてタナトス様と別れて自宅に戻った俺は、真っ先にシオンと童虎に連絡を取って二人の予定を押さえた。
 シラーに声をかけれ ば、奴と仲の良い脳筋ハービンジャーと夢見る腐女子パラドクスがくっついてくる。絶対に間違いない、断言できる。その三馬鹿が羽目外した時に俺ひとりで止 めるのはほぼ不可能だから、羽目外しを牽制しつついざという時に頼りになる奴の同席は必須だ。普段なら真っ先にアテナにお伺いを立てるのだが、今回は同席 する メンバーがアテナと仲の良い女神達だからな。何かあった時に制止するどころか煽る側に行きかねないのでタナトス様から茶会のお誘いがあったと報告するだけ に留めておく事にする。ま、教皇と伝説の老師なら羽目外しを牽制する効果は十分だろう。
 ストッパー二人を確保した俺は、気乗りしないままシラーの携帯に電話をかけた。…数回のコールで相手が出て怪訝そうな声が聞こえた。
 
『もしもし?』
「シラーか。マニゴルドだ。あのさ、突然なんだけどよ、お前、次の日曜予定空いてるか?」
『次の日曜?…そうだね、特にこれと言った予定はないけど。それが何か?』
「ああ…その、実はなぁ…」

 そっか、予定は空いてんのか。予定がみっちり入っててタナトス様との再会が無期限延期にならねーかなとちょっと期待してたんだが…。いや、面倒事はズルズル引きずらずに早めに終わらせた方がいいに決まってる…よな?
 そんな事を考えながら俺は本題を切りだした。

「あのな…タナトス様が、またお前に会いたいって言ってるんだよ。今度は、冥妃様が店長をやってるエルミタージュ洋菓子店を会場にしたいんだと」
『………………』

 シラーの沈黙は結構長かった。感激のあまり失神でもしたか?と疑いかけた時に心底呆れた声が返って来た。

『…ねぇ先輩。どんな理由があって僕にドッキリ仕掛けたいのか知らないけど、もっと話にリアリティ持たせなよ。そんな夢みたいな話を真に受けるほど僕はロマンチストじゃないからね』

 なるほど、そうきたか。
 タナトス様のキャラを概ね把握している俺ですら最初は『マジか?』と思ったんだ、タナトス様と碌に会った事の無いシラーが信用できなくても無理はない。 まずはこの話が事実だと理解させないと始まらない訳だが、この中途半端に頭が良くて猜疑心の強い後輩にどうやって信じさせたもんかね。俺は頭をガリガリ掻 きながら考えを巡らせた。

「そこは逆に考えろよ、シラー。お前を騙すにしてはリアリティの無い夢みたいな話だから一周回ってマジなんじゃねーか、ってよ」
『…………。タナトス様が僕にまた会いたいって仰せになる理由が全く思いつかないんだけど』
「正確に言うとお前に会いたがってるのはタナトス様本人じゃない、冥界の女神達だ。ぶっちゃけタナトス様は仲介役なんだよ。茶会に同席はするけどな」
『え?冥界の女神達が、僕に?は?え?一体どうして??』
「話すと長いんだけどな、お前、去年のクリスマスパーティーでタナトス様に会ったろ?………」

 …かくかくしかじか、と俺が事情を説明すると、漸く話を信じる気になったらしいシラーが電話の向こうで目を渦巻きにしていくのが見えるような気がした。
 連れて来る『友達』の数が決まり次第連絡を入れてくれ、待ち合わせの場所と時間が決まったら改めて知らせる、と伝えると、テンパった声で一言だけ『分かった』と返って来た。
 何をどうどこまで分かったのか大いに疑問だが、気を揉んだところでなるようにしかならねーやと思いながら俺は電話を切った。




 そして茶会当日。
 待ち合わせ場所に指定したエルミタージュ洋菓子店の最寄り駅にやって来た聖域メンバーを見た俺の第一印象は『覚悟していたより無難だな』だった。
 ちなみに顔触れは、シオン、童虎、シラー、ハービンジャー、パラドクス、そして玄武だった。玄武の参加は意外だったが、奴はマトモだからむしろ大歓迎 だ。この間みてーな『ホストか!』と言いたくなるような服装で来やがったらどうしようかと思っていたシラーの奴も、今日は白いシャツにネクタイを締めて ダークカラーのスラックスと言う至って無難な格好だし、シラーのトンデモを期待してる女神達には悪いが今日の茶会は前回のようなトンデモは起きずに終わってくれそうだな。
 …と、この時も俺は甘く考えていた。
 前回の茶会の時もそうやって安易に考えていたらとんでもない展開になったのを忘れたわけじゃなかったんだが、シオンと童虎と玄武がいて、シラーがマトモな格好で来たから今回は大丈夫だろうと思っちまったんだよなぁ…。





 …約束の時間にエルミタージュ洋菓子店を訪ねると、店のドアに『CLOSED』の札が下がっていた。要するに『本日貸し切り』って意味だから遠慮する必 要もねーよな…などと考えながらドアを開けると、売り場の真ん中に置かれた伝言板に『一番奥の部屋にいます』とメッセージが書かれていた。
 メッセージに従って俺達はゾロゾロと店の一番奥にある個室に向かい、扉をノックした。

「ちぃーっす。聖域御一行様をお連れしましたぁ〜」
「はぁい」
 
 …畏れ多いことに冥妃様自らドアを開けて下さった。
 冥王ハーデスの妃の転生体兼店長パティシエの秋乃さんは、柔らかい笑みを浮かべて俺達を中に招き入れた。テーブルにはタナトス様ヒュプノス様の双子神と、タナトス様の彼女ヘカーテ様、妹神のエリスが既についている。
 店長パティシエの秋乃さんは花の女神に恥じない笑顔を見せた。

「お待ちしてました。エルミタージュ洋菓子店にようこそ」
「悪いっすねぇ、冥妃様にドア係みてーなことさせちまって。…えーと、実質的に初対面みたいなメンバーが多いから、先に紹介済ませた方がいいか?タナトス様」
「そうだな。司会進行はお前に任せる」
「司会進行ってアンタ…これは茶会であって合コンじゃねーだろ」
「だよなー、合コンにしては男女のバランスが悪すぎだぜ」
「指示があるまでお前は黙ってろ、牛」
「え?何で?」
「司会の指示に逆らうんじゃねーよ!はいはーい、聖域メンバーは全員着席ぃー!!」

 パンパン!
 教師みたいに手を叩いて俺が指示を出すと、シオンと童虎がクスクス笑いながら椅子に腰を降ろした。教皇と伝説の老師様とはいえ、現役時代の先輩後輩の感覚は抜けねーもんなんだよな。
 教皇と老師に倣ってハービンジャーとパラドクスと玄武も席についたのを見て、袋を提げたシラーが少しばかり困った顔で俺を見た。

「ねぇ司会さん」
「変な呼び方すんな、『先輩』って呼べよ。…で、何だ?」
「皆様に挨拶の品を持って来たんだけど」
「ん?お前ってばクソ真面目に手土産なんて持って来たのか?じゃあサクサク配ってさっさと席に着けや。ゲストが着席しねーと秋乃さんも茶ぁ出せないしな。 あ、神様チームで一番お偉いのはその秋乃さんだからレディファーストって事で女性から渡せばいいだろ。お前が土産配ってる間に俺も双方の紹介するからよ」
「そう?じゃあ…」

 シラーはひとつ頷くと、そつのない笑みを浮かべて秋乃さんに花束と小さな箱を差し出した。

「今日はお招き下さってありがとうございます。これはお近づきの御挨拶の品です。お気に召して頂けると良いのですが」
「わぁ、ありがとうございます」
「その人がハーデス様のお妃の転生体、龍神秋乃さんだ。いろいろあって神の記憶も力も封じてて、今は一応この洋菓子店のパティシエ店長だ。で、秋乃さんの次に偉いのがそこのお色気女神、ヘカーテ様」
「タナトス様の恋人であられるヘカーテ様に謁見できる幸運に感謝いたします」
「うふふ、そう堅苦しくする事は無いぞ。私は窮屈なのは好まんからな」

 シラーが恭しく花束と箱を差し出すと、ヘカーテ様は紫の眼を細めて妖艶に微笑みながら献上品を受け取って、早速バリバリとプレゼントの包みを開け始めた。
 ちなみに箱の中身は、チラッと見ただけで相当な高級品だと分かるセンスの良い万年筆だった。神様相手だから安物は贈れねーだろうが、それにしてもたかが(と言っちゃ悪いが)手土産に一体どんだけ金かけてんだコイツ…と思いながら、俺は銀髪の娘を指差した。

「んでその隣のおかっぱが双子神様の妹で現役女子大生、争いの女神エリス」
「どーもー。マニマニの飲み友達のエリスでーす!趣味は合コンだよっ」
「お目にかかれて光栄でございます」
「あ、私にもプレゼントくれるんだ?ありがと〜☆」
「タナトス様は改めて紹介する必要はねーよな。で、隣の金色が弟神のヒュプノス様だ」
「…タナトス様。このたびはお招き下さりありがとうございます。身に余る光栄、感激でお礼の言葉もございません。ささやかな気持ちではございますが献上品でございます」

 タナトス様に歩み寄ったシラーは頬を紅潮させて蒼い眼をキラキラさせながらうっとりとタナトス様を見つめた。
 この間みたいに涎を垂らすんじゃないかと俺は内心ハラハラしてたんだが(女神達はワクワクしてたようだが)、流石に今回はそんな醜態を晒す事は無くシラーは震える手でプレゼントの袋を差し出した。
 涎を垂らされるんじゃないかと警戒してたんだろうな、さりげなく身構えていたタナトス様もホッとした様子で袋を受け取り、中を見て怪訝そうな顔になった。

「ん?七個あるようだが」
「ひょっとしたら、ハーデス様とオネイロイ様もお出ましになるかと思っていたもので。赦されるならばハーデス様とオネイロイ様にも献上したく」
「ほう…ハーデス様とオネイロイへも貢物か。なかなか感心な心がけの人間ではないか、タナトスよ」
「そうだな。人間からの貢物など珍しい故、きっとハーデス様もお喜びになろう」

 可愛い弟達への土産を渡されたタナトス様は嬉しそうににこりと笑って、その反応にシラーはぱぁっと顔を輝かせると丁寧に会釈して自分の席についた。
 …何気にコイツ、侮れねーな。タナトス様にでかい影響力を持つ女神のご機嫌を真っ先に取って、愛しの兄貴に近づく奴には小姑のごとく接するヒュプノス様にも好印象を与えてやがる。変態とはいえ、シオンが黄金に任命しただけの事はあるってことか。
 そんな事を考えつつ、俺は聖域メンバーの紹介に移った。

「教皇シオンと童虎は改めて紹介する必要もねーやな。で、コイツも紹介する必要無い気がするが一応な。俺の後輩でド変態でタナトス様の大ファンのシラー」
「改めて初めまして…でよろしいでしょうか?蟹座のシラーです」
「おいシラー、紹介文の中に『ド変態の』が入ってる事に抗議しねーのかよ」
「で、指示があるまで黙ってろって言ったのに喋ったこいつが、空気が読めねぇ事に定評のある熱血馬鹿ハービンジャー」
「ども!牡牛座のハービンジャーだ!よろしくなっ!」
「んでそっち、夢見る腐女子パラドクス」
「先輩の言う『ふじょし』の『ふ』はどんな字を書くのか気になるけど…シラーのお姉さんを自負しています、双子座のパラドクスです」
「その隣。童虎の弟子で、何でこの三馬鹿にくっついて来たのかが一番の謎の常識人、玄武」
「馬鹿牛のストッパー、天秤座の玄武だ」
「こっちから順番に、変態、馬鹿、腐女子、マトモだね。オッケー覚えたよ!」

 エリスの毒舌に神様チームとシオンと童虎が吹き出した。
 いやまぁ、確かに俺はそう紹介したし、三馬鹿+αを一言で的確に表せばそうなるんだが、何だろうなこの釈然としない気持ちは。
 …などと俺が真剣に考えていると、店長パティシエの秋乃さんに飲み物のメニューを差し出された。コーヒーと紅茶の名前がずらりと並んでるが、この手のシ ロモノの違いが分からない俺はいつも無難に『店長のお勧め』を選ぶことにしている。俺同様『違いが分からない男』の童虎とシオンと玄武とハービンジャー も、メニューを見る なり解読不能な古文書を渡されたような顔になって『店長のお勧め』をリクエストした。神様達とパラドクスとシラーが呪文みたいな単語で希望の飲み物を伝え ると、秋乃さんは部屋の一角にある戸棚を開けてコーヒーやら紅茶やらポットを準備し始めた。飲み物を淹れるだけとは言え総勢十二人と言う大人数だから、プ ロのパティシエとは言え結構大変そうなんだが、いかんせん素人が手伝えることなんて何もない。
 当たり障りのない世間話をしつつ、集まったメンツの中で一番お偉い秋乃さんが忙しく動いてるのにのんびり座ってる事に聖域メンツが何となーく居心地の悪さを感じていると、タナトス様の隣でソワソワと落ち着かない様子だったシラーが意を決したように秋乃さんに声をかけた。

「…あの。何かお手伝いできること、ありませんか?」
「いえいえ、そんな。お客様に手伝ってもらうなんて申し訳ないです、どうぞ座ってて下さいな」
「でも」
「シラーを助けると思って使ってやって下さいよ、秋乃さん。憧れのタナトス様の隣でじっとしてたら、お茶が入る前に緊張でぶっ倒れるかもしれねーし」
「そうですか?じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」

 後輩思いの俺の言葉に秋乃さんがにこりと笑うと、シラーは息苦しさから解放されたようなホッとした顔で立ち上がり、俺に軽く感謝の会釈をして秋乃さんの隣に行った。
 秋乃さんの出す指示は俺には呪文にしか聞こえなかったが、シラーは戸惑う様子は全く見せず、言われた通りにコーヒー豆や茶葉を戸棚から出したりポットに湯を入れたりカップを用意したりしている。
 そんなシラーの姿を意外半分感心半分の顔で見ていた神様達が、ものすごーく物言いたげな顔で俺を見た。
 神様達の言いたい事は大体察しがつくぜ。『アイツ、前情報と違って凄いマトモで気が利く優等生なんだけど一体どゆこと?』ってとこだろう。何で分かる かって?俺もそう思ってるからだよ。
 そして飲み物が配られて焼菓子をつまみながらのお喋りが始まった。タナトス様がシラーを助けた時のこと、シラーが改めてタナトス様に会った時のこと、俺 がこの時代に甦った経緯、皆の身の上話から聖戦の裏話などなど…。今回のメインゲストはシラーだから必然的に奴に話が振られることが多くなるから、このド 変態がいつ爆弾投下してくれやがるかと俺は内心ハラハラしてたんだが、タナトス様に話しかけられたりタナトス様を見る時に目をキラキラさせてほっぺた赤く してものすげぇ嬉しそうにするものの、逆を言えばそれだけで言動も行動も至ってマトモの範囲内…と言うかどこに出しても恥ずかしくないレベルでお行儀が良い。この間 のトンデモな行動は一体何だったんだ、いや本当にマジで。妙な悪霊にでも取り憑かれてたのかと小一時間ほどシラーを問い詰めたい気分 だぜ。
 …とまぁ、特筆すべき事が全くないほど平和に時間が過ぎて用意された茶菓子が無くなった頃(遠慮と言う言葉を知らない牛がガツガツ食ってたからな)、秋乃さんが立ちあがった。

「お茶菓子が無くなっちゃいましたね、新しいのを持ってきます。そういうわけで、飲み物のお代りは皆さんセルフでお願いしますね」
「分かりました」
「じゃあ私は茶菓子の選定に同行しよう。そこの青い蟹、お前も来い」
「へ?何で俺も?」
「ヘカーテさんが行くなら私も!マニマニ、お茶菓子運ぶのくらい手伝ってくれてもいいでしょっ」
「あんたら、一体どんだけ菓子を用意するつもりなんだよ?確かに牛が無遠慮にガバガバ食ってるけどよ…」

 秋乃さんに同行するヘカーテ様とエリスが俺にも同行を求めた理由を薄々察しつつ素直に立ち上がると(どうせ逆らうだけ無駄だしな)、ハービンジャーが困り顔で喫茶スペースを見遣った。

「『飲み物のお代りはセルフで』って言われてもよ、俺、あんな専門的な道具で茶ぁ淹れるなんて無理だぜ?」
「君が下手に触って壊しでもしたら大変だからね、皆の分も僕が用意するよ。タナトス様…と、ヒュプノス様は如何なさいますか?よろしければ僕がご用意致しますが」
「ん。では頼むとするか」
「はい!」

 パァッと顔を輝かせて立ち上がるシラーを横目で見ながら茶菓子調達組が部屋を出て扉を閉めた途端、エリスがわざとらしく俺を睨んだ。

「ちょっとマニマニ、どういう事よっ!」
「何がだよ」
「わざとらしくとぼけるなカニゴルド。あのタナトス信奉者の赤い蟹だ、赤い蟹!あの見てくれでタナトスに会ったら涙と涎を垂らして奇矯な行動に走 ると聞いていたからワクワクして待っていたのに、なんだあの突っ込みどころのないソツの無さは。つまらん、全く持ってつまらん」
「ですねぇ…あれじゃ普通にお行儀の良いエキゾチックイケメンさんです」
「ねー。話が全然違うじゃん、期待外れもいいところだよー。ま、別の意味で期待以上だったけどさぁ」
「ちょっと待てや女神様達」

 店舗スペースに向かう廊下を歩きながら、流石に黙っていられなくなった俺は女神様達に抗議することにした。

「シラーがトンデモな馬鹿やって文句言われるなら分かるけどよ、何で行儀が良いのが理由で文句言われなきゃならねーんですか!」
「『凄い面白い事言うぞ』って聞いてたお笑い芸人さんが何も面白い事言ってくれなかったらガッカリしません?」
「秋乃さんよ…一応シラーの本職は黄金聖闘士であってお笑い芸人じゃねーんですけどね」

 俺は抗議の意味を込めて思いっきり溜息をついた。シラーと愉快な仲間達をエリスにバッサリ『変態、馬鹿、腐女子、マトモ』とやられた時の釈然としない気持ちの理由はこれか。そうだそうだ、俺もうっかり 忘れかけるけどあいつらは現役の黄金なんだよな。シラーに関しては俺はもう諦めモードだが、アスプロスやアルデバランがパラドクスやハービンジャーを見たら何 て言うかね。アルデバランは面白がりそうだが、アスプロスはシオンに食ってかかりそうだな。『何であんな小娘を黄金に任命した!!』とかってよ。
 …女神達は口々にガッカリだガッカリだと言いながらカゴに焼き菓子を放り込んで、秋乃さんは何を思ったのか裏からワインまで出して来た。いや、何を思ってるのかは察しがつくぜ。アルコールが入ればお行儀の良いシラーも羽目外すかもしれないとか思ってんだろ。
 俺のジト目に気付いたのか、秋乃さんは無邪気この上ない笑みを浮かべて俺にワインの瓶を差し出した。

「沙織さんから頂いたちょっと高くて珍しいワインなんですけど、飲む機会が無くて倉庫で寝かせてあったんです。せっかくだから開けようかなと思って。あの人数で分ければ精々一人グラス一杯だし、車で来てる人もいないし、特に問題ないでしょう?」
「…別の問題が起きるかもしれねーですけどね。つかアンタらは起きて欲しいんだろうけど、何かあっても俺に文句は言わないでくださいよ」

  ワイン効果で三馬鹿がが軽めに羽目外してボケかましてくれれば女神様達はそれなりに満足するだろうし、そこそこの満足とそこそこの失態で茶会はお開き、と行きたいところだぜ。この場にいる神様達には 祈っても無駄だから大和の神様に祈っとくとするかね。八百万も神様がいるなら誰かひとりくらいは俺の願いを叶えてくれるんじゃねーかなぁと思いながら、俺 はワインを持って皆のいる部屋に戻った。


NEXT

星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達

 当初の予定では一話完結ものだったSS「溜息」の第二話です。当サイト独自設定の女神が何の説明もなく登場していますが、メインはΩ黄金+マニさんの漫 才なので、作中の紹介をお読みになれば話を読むのに特に支障はないかと思います。今回は近年まれに見る大難産でした。第一話を書いた直後から漠然とネタは あったのですが、他のSS作成に小宇宙を燃やしていた間に私の中でのキャラ解釈も色々変わっていまして、当初の予定とどうすり合わせるかに物凄い苦労しま した。一番の予定外は玄武君の参加です。当初は玄武君参加の予定はなかったので、登場人物の役目も色々と変わったり。SS「拝謁」最終話のマニさんとシ ラーさんの会話を入れつつ、「何がどうなってそうなった?」の説明もしつつ、でも無駄は極力省きたい…と精一杯頑張ったのですが、結局一話分使って中継ぎ 回みたいな印象に…orz と言う訳で、メインは次の3話目です。前回の第一話なドタバタ漫才のノリで楽しく書いております。