双子神2012・再会
EPISODE 3


 物静かで冷静沈着と評される眠り神様がそこまでブチ切れたのだから他の兄弟姉妹の発言など押して知るべしというものだろう。
 盛大に罵声を浴びせる兄弟姉妹と逆切れする死神の姿を想像して、星矢は思わず口元を綻ばせた。

「で、結局どこにどう落ち着いたんだ?」
「夜の一族が大地の一族に良い感情を持っていない事を承知の上でひとりで冥界に降りてくるのだから、ハーデスとやらは相当の覚悟を持った豪胆な奴なのだろ う。それほどの大物ならば一族の長兄が仕えても差し支えないのではないか。他者の心情も慮れぬ愚か者ならば我々がそのねじ曲がった根性を叩き直してやろ う。…概ねこんなところだな。つまりは本人を見てから決めようという結論で落ち着いた」
「至極妥当な落とし所だな」
「結果的にあんたらが臣下になったって事は、ハーデスサマは相当な覚悟を持った豪胆な大物だった訳だ?」
「我々が予想していたのとは違うタイプではあったが、大物ではあろうな。冥王となってタルタロスに降りてきたハーデス様は、いきなり我々にこう言ったの だ。『余をあなた方の末の弟にしてほしい』と。一体何を言い出すかと身構えていたからな…全くもって予想外の先制攻撃であったぞ」
「それはまた…しょっぱなから調子狂うな」

 だろう?とタナトスは眼を細めた。
 まるで可愛い弟を自慢するような、そんな顔で死神は話を続けた。

「驚いた我々にハーデス様はこう続けた。『ヘカトンケイルの伯父上から話を伺ったのだ、夜の一族になれば、三度のおいしい食事におやつと昼寝がついて、す ばらしい兄上や姉上が大勢出来て、一緒に遊んでもらえるし良い事も悪い事も教えてもらえて、しかも末弟なら皆に可愛がってもらえる、と。話の成り行きで余 は冥王となったが、冥界どころか世の中の右も左も未だに知らぬ若輩者。頼りになる兄上姉上がいてくれるのならばこんなに心強い事はない。余は父や祖父のよ うにはなりたくない、だから皆様に正しい道に導いて欲しいと思っているのだ』と。…その言葉を聞いた時、俺は負けたと思った。この青二才に見事にやられ た、とな。余りの清々しい敗北に笑ってしまったほどだ」
「んで、潔く負けを認めたあんたらはハーデスの臣下になった訳だ?」
「臣下になるのは俺だけのつもりだったのだが、何故かヒュプノスも名乗りを上げたのでな。ヒュプノスが臣下になるのなら我々もとオネイロイまでくっついてきたのは予想外だったが」
「世間知らずを自認するハーデス様とお前の二人では何をしでかしてくれるか心配だった故な」
「「「なるほど」」」

 星矢と瞬と一輝が思わずハモると、タナトスは鼻の頭に皺を寄せてあからさまにムッとなった。
 
「納得しすぎだ、お前達」
「んでさぁ、噂のメーヒサマはいつになったら出てくるんだよ」
「今からだ!」

 気の短さではいい勝負の星矢と兄神を横目で見て眠り神は溜息をついて代わりに口を開いた。

「…正式に冥界に王が来たことで、我々はタルタロスを出てエレボスの闇に『冥府』を造った。そして新しい体制での冥界運営が順調に進み出した頃に我々が気 にかけたのは、ハーデス様が余りにも色恋に疎すぎる事だった。ゼウスやポセイドンのように暇さえあれば女絡みのトラブルを起こすのも問題だが、全能神の兄 が理由らしい理由もなく妃を娶らず独身でいると言うのもまた問題ではないかと」
「ニンフ達に話を聞いても浮いた噂の一つも出てこないのは流石にどうか、我々の妹で比較的おとなしいのを紹介でもすべきか…そんなことを真剣に相談し始めた頃、あの事件が起きた」
「ベルセフォネーに一目惚れしたハーデスが、『女は強引な男に弱いから攫えば良い』というゼウスの冗談半分のアドバイスを真に受けて彼女を誘拐した事件だな?」
「そうだ」

 一輝の言葉に冥王の側近達は深々と溜息をついた。
 ベルセフォネー誘拐譚を知らない星矢でも、ハーデスが一目惚れした相手の女性を攫って大騒ぎになって、『一族の末の弟』がやらかした事件の後始末に双子神が奔走する羽目になったのだろうと言う事は察しがついた。

「大神ゼウスも兄が独身でいる事を心配していたから、結婚の相談を受けた時は大喜びして、『デメテルとベルセフォネーの説得は自分に任せろ』って安請け合 いしたらしい。しかしゼウスがベルセフォネー様の母である地母神デメテル様を説得する前にハーデス様が行動を起こしてしまったので、デメテル様は『娘が行 方不明になった』と大騒ぎ、事情を知った後は当事者達を蚊帳の外で話を進めた事に立腹して身を隠してしまってまた大騒ぎだ」
「あ!それってアレか、豊穣の女神がストを起こしたせいで地上を大飢饉が襲って、ゼウスが女神の娘を連れ戻したけど、娘は冥界の柘榴を食べちまってたせい で1年のうち4ヶ月は冥府で暮らすことになって、娘がいない時期は女神が地上に出てこないからその4カ月が冬になったとかいう伝説!」
「ええ、それよ。冥府で暮らすことになったベルセフォネーのその後は余り神話で語られていないけど、彼女は本当に心からハーデスを愛していたわ。私やアル テミスはベルセフォネーと仲が良くて時々会っておしゃべりしていたけど、ハーデスの自慢話とのろけ話ばかりで『はいはいごちそうさま』って感じだったも の」
「確かに冥王夫妻の仲が悪かったってエピソードは聞いた事が無いですね」

 瞬と沙織の言葉に星矢は首を傾げた。

「???…1年のうち4ヶ月はお妃は冥府にいるんだろ?んで夫婦仲が良いんだろ?なんで探し出す必要があるんだ?」
「だーかーらー、僕達は最初からそれを聞こうとしてたの!でも前提として把握しているべき神話のエピソードを知らない誰かのために、冥王様の側近であられる神様達が、わざわざ、くわしーく、説明して下さってたの。OK?」
「どこぞの誰か一人の為に大回りしたせいで随分時間がかかってしまったな。デザートが出されてしまったぞ」
「し…食事のシメに話のシメが来るなんてすげータイミングだな。で、漸く本題の聖戦開始の理由が聞かせてもらえる訳だ」
「………。きっかけは、大神ゼウスが地上への干渉を止め、アテナに地上を預け天界に戻ると宣言した事だ。俗に言う『神話の時代の終わり』だな」

 タナトスは上品な所作でケーキにフォークを入れた。
 話が本題に入ったので皆は真剣な面持ちでデザートを口に運びながら続きを待った。

「オリンポスの神々が天界に戻ると言う事は即ち、彼らが天界から出てこなくなる事に等しい。同時に海界や冥界の神々も簡単に天界を訪れる事が難しくなる。 故に、『共に天界に戻りたい者がいれば相応の地位を与えて出迎える故、遠慮なく申し出てほしい』と海界や冥界にも連絡が来た。海界に事実上婿入りしていた ポセイドンは早々に辞退の返事を出し、冥界の神々も同様に辞退して、決断していないのはハーデス様だけと言う状況になっていた」
「だってハーデスはあんたらの家族として仲良くやってたんだろ?何で迷う必要が…ってあ!そこで噂の愛しの奥様か!」
「ハーデスの大事な妃はオリンポスの女神だからゼウスと共に天界に帰る。つまり天界行きを断ったらハーデスは妃に会えなくなる…と言う訳か」
「その通りだ、フェニックス。ハーデス様は我々『兄弟姉妹』を取るか、それとも愛妻を取るかの選択を迫られていたのだ」
「きっついな…」
「…我々は、ハーデス様は天界に行くだろうと思っていた。あの方がどれだけベルセフォネー様を愛しているか、大切に想っているか良く知っていたからな。 ハーデス様がいなくなるのは寂しいが、全く会えなくなる訳ではないし、ただティタノマキアの前の状況に戻るだけだなどと強がりを言って…我々はハーデス様 の事を分かっていた、つもりだった」
「誰よりも傍にいて、誰よりも長い時を共に過ごしてきた。だからハーデス様の一番の理解者は我々なのだなどと…自惚れていた」

 ヒュプノスが金色の睫毛をそっと伏せ、タナトスも銀色の視線をカップに落したままコーヒーをかきまぜた。
 双子神が何故か涙を堪えているように見えて、聖闘士達は続きを促したい気持ちを押さえて彼らの言葉を待った。

「…返答の期限が迫ってきた頃にベルセフォネー様がいつものように冥界に来られて、ハーデス様はどうするおつもりか尋ねられた。『遠慮する必要はないから 正直に本当の気持ちを教えてほしい』と言われたハーデス様はこうおっしゃった。『余は誰よりもベルセフォネーを愛している。誰よりも大切に想っている。だ から妃と会えなくなることなど考えられぬ、耐えられぬ。しかし、それでも、余は冥界を離れたくない。タナトスやヒュプノスや、兄上や姉上、父上母上と会え なくこともまた耐えられぬ。余は天界へは行きたくない。ここにいたい。兄上や姉上や、家族と一緒に暮らしたい』…。我々にとっては予想外のお言葉であっ た。だがベルセフォネー様は全く驚いたご様子もなくハーデス様の話を聞いておられた」

 カップに形ばかり整った唇を触れさせてタナトスは独白のように続けた。

「『ティタノマキアが集結して冥界を支配する事になった時、余は夜の一族に受け入れてもらえるか不安で仕方がなかった。そうであろう?肉親同士で覇権を 巡って散々争って、今まで夜の一族に冥界の管理を丸投げしていたのに、ある日突然冥王を名乗る青二才がやってくるのだ。こんな馬鹿げた話があるか?しかし 彼らはその馬鹿げた話を受け入れてくれた。余を一族の末弟として受け入れ、家族のぬくもりを教えてくれたのだ』…そう言ったハーデス様は笑っていた。とて もとても嬉しかった、と笑っておられた…」
「そしてこうお続けになった、『彼らは何も知らぬ余に様々な事を教えてくれた。手を取り、外に誘い、色々な場所を見せてくれた。良き事をすれば頭を撫で手 放しで褒めてくれて、悪い事をすれば手を上げてでも諭してくれた。余がそなたに恋をして攫ってきた時もそうだ、厳しく叱責したその後で、余の想いが成就す るように一生懸命になってくれた。余が困った時はいつでも、手を差し伸べ助けてくれた。酷い失敗をしても必ず最後は赦してくれた。どんなに感謝しても感謝 しきれぬ。彼らには多大な恩義がある、余はその恩をまだ返しておらぬ。恩返しもせぬまま冥界を離れ天界に行くなど余には出来ぬ』…」

 言葉を詰まらせた兄神の言葉を引き取ったヒュプノスも、込み上げる想いに言葉を切ってカップを口に運んだ。
 予想外の話に聖闘士達は息をするのも忘れたように聞き入っていた。
 コーヒーを飲み下したタナトスがひとつ息をして話を再開した。

「『余は妃であるそなたを愛している。その気持ちに嘘偽りはない。そなたと共に暮らせるのなら、冥王の地位や冥界など欠片ほども惜しくない。そなたより愛 しいもの、大切なものなど存在しない。だが、そなたと暮らせる代わりに家族と離れるなど考えられぬ。タナトスもヒュプノスも、兄上も姉上も、そなたと同じ くらいに余は大好きで大切に想っているのだ』…そしてハーデス様はとても困った顔で続けた。『しかしそなたも母であるデメテルを愛していよう。だから余は そなたに対して天界に行かずにずっと冥界にいて欲しいとは言えぬ。教えてくれ、余は一体どうすれば良いのだ?』。…我々はハーデス様の問いに答える事が出 来なかった。冥王の側近を自負してあの方の一番近くでお仕えしながら、兄として共に暮らしながら、そのお心の葛藤に気付かなかった自分達の愚かさがただ情 けなかった」
「………」

 愚かだなんてそんなこと言うなよ。気付けなくても仕方ないだろ。
 思わずそういいかけた星矢は、部外者が安易に口にしていい言葉ではないと気付いて口を閉じた。
 タナトスはカップに落としていた眼差しを上げた。その銀色の眼には強固な意志が宿っている。

「その時俺とヒュプノスは決意したのだ。この先何があろうと我々はハーデス様の臣下として傍にいようと。どんな事があっても最後まで兄としてハーデス様の 味方でいようと。ハーデス様は最愛の妃と同じほど我々を大好きだと…大切だと言って下さった。だから我々はハーデス様のお心に応えねばならぬ。理屈ではな い。善悪も関係ない。何があろうとも、どんな事があろうとも、だ。あの日あの時、冥王ハーデスは我々の全てになったのだ」

 死を司る神タナトスの静かな言葉は強く、そしてズシリと重い。
 ハーデスと双子神の、主君と臣下という間柄を超えた絆。家族としての、兄と弟としての絆。
 兄として、可愛い大事な弟の味方でいよう。
 その想いは人間である星矢達も理解できる感情だった。
 しばし言葉を切って銀色の神は話を再開した。

「…ハーデス様の御言葉に我々が何も言えずにいると、ベルセフォネー様はにっこり笑ってこうおっしゃった。『私的には予想通りの返事なのに、タナトスも ヒュプノスもすごく驚いているのね。ひょっとして、私と暮らすため『だけ』にハーデスが大好きなお兄ちゃん達とサヨナラして天界に行くと思ってた?この、 お兄ちゃんがいないと何もできない重度ブラコンのハーデスが?それはないでしょー。万が一、お兄ちゃんお姉ちゃんと別れて天界に行く!なんて言ったらぶっ 飛ばしてやろうと思ってたわ』」
「…お妃様、ハーデスサマを愛してるとは思えないほどのボロクソな言い方だな」

 真剣で深刻な話に張り詰めていた空気が、星矢の一言でふっと緩んだ。
 硬い表情で話をしていた双子神も微かに雰囲気を和らげて言葉を続けた。

「驚く我々に冥妃様はおっしゃった。『ハーデスの返事は予想してたから、私はもう自分の身の振り方を決めてきたの。アテナと一緒に地上に残る事にしたわ。 お父様とお母様にはもう了解を貰ってるから心配いらないから!あ、これはもう決定事項だから異論反論は受け付けないわよ』」
「へっ?」
「…なんか神話のベルセフォネーと随分印象が違いますね。もっとこう、おとなしくて控え目な女性かと思ってましたが」
「我々も最初はそう思っていたのだがな、実際は相当なジャジャ馬…あ、いや、意思が強く活発なお方だ。ハーデス様も我々も冥妃様には振り回されてばかりであった」
「何にせよ、漸くあんたらが聖戦を起こした目的と繋がりが見えてきたな」
「んで、地上に残ったお妃様は地上と冥界を行ったり来たりって生活になったのか?」
「天界、地上、冥界、地上、そしてまた天界…というサイクルで行き来していた」
「それだけ聞くと何も問題は無いように思えますけど…」
「問題はあった。神々が離れた地上に残ったベルセフォネー様からは徐々に神としての力が…そして同時に若さと美しさも失われていたのだ」
「それのどこが問題なんだよ?神の力が無くなったって冥妃様が冥妃様であることに変わりはないじゃないか。ハーデスだってお妃がフケたら愛情が無くなるとかそんなちっちゃい男じゃないだろ?」

 星矢の言葉に双子神は頷いた。

「その通りだ天馬星座。神の力が失われたとてハーデス様の妻への愛情は何も変わらぬし、我々が冥妃様をお慕いする心にも些かの変化もない。しかし女性であ るベルセフォネー様にとっては、神の力と同時に若さと美しさが失われていくことは無視できない問題だった事は分かるであろう?愛する夫もその臣下達も、そ して他の女神達も若い姿のままなのに、その可憐な美しさを称えられた自分だけが美しさを失い老いて行くのが、どれほど辛いか」
「………!」
「冥妃様の若さにはっきりと陰りが見え始めた頃、あの方はハーデス様と我々をお呼びになって告げられた。『神の力を失えば若さと美しさも失う事は覚悟して いたけど、今以上に老いて行く私をもうあなた達には見せたくない。だから私はアテナと同じように転生しようと思うの』と」
「……?それが何の解決になるんだ??」
「転生すれば、誕生して数十年は若く美しい姿でいられる。その『若く美しい期間』は冥界で過ごし、若さが失われたら地上か天界で暮らし、また転生する。一 年の三分の一を冥府で過ごしていたのが、一生の三分の一を冥府で過ごす形になる、とベルセフォネー様は説明した。転生すれば寿命は長くても百年か二百年。 神であるハーデス様にとっては一年も百年も大きな違いは無い故な、冥妃様の提案を受け入れた。そして冥界を去る時、ベルセフォネー様は春の花が綻ぶように 愛らしい笑顔でおっしゃった。『私が地上のどこにいても必ず見つけ出して迎えに来てね。約束よ、ハーデス』と…。それが、我々がベルセフォネー様を見た最 後になった」
「ベルセフォネー様は『私を探すのにズルやインチキしちゃダメよ?ちゃんと自分で探してね』と仰せになった。神である我々が、愛する妃や長らくお仕えした冥妃を見つけられぬはずがないと根拠もなく考えて、何の手も打たずにベルセフォネー様を見送ってしまったのだ…」

 端正な顔に強い悔恨を滲ませて双子神は唇を噛んだ。
 …痛いほどの沈黙の後、星矢はそっと尋ねた。

「…そしてハーデスもあんた達も、ベルセフォネーを見つけられなかったんだな」
「冥王であるハーデス様は地上へ妃を探しに行く時間の余裕はほとんど無い。我々も地上に仕事をしに行く時はベルセフォネー様を探したが、仕事のついででは 碌な探索が出来ない。冥界の神である我々がむやみに地上に出てくるのも問題だ、地上への野望を捨てていないポセイドンを悪戯に刺激するかもしれぬ故な。運 命を紡ぐ我が妹モイライにベルセフォネー様の魂の行方を把握するよう頼んでおけばよかった、地上にいるアテナやエリスに根回ししておけばよかった…悔やん だ時には何もかも遅すぎた。冥妃様をお探ししたくとも満足に出来ないもどかしさに苛立つ日々が続いた。そして何よりも、孤独に苛まれ、ベルセフォネー様の 愛情すら疑い、そんな疑心暗鬼にかられたご自身を責め、お心すら蝕まれていくハーデス様を見るのが辛かった。…だから」

 だから。
 タナトスは一度眼を伏せ、爪が手のひらに食い込むほど強く拳を握り、強い意思を孕んだ眼を上げた。

「だから、ハーデス様が『余が地上の支配者であったなら思う存分ベルセフォネーを探せるのに』とおっしゃった時、我々はそのお言葉を否定しなかった。そし てしばらく後、ハーデス様が『果てなく増長する人間に神罰を与える』という理由でアテナに戦いを挑むと宣言された時、我々は躊躇わず答えた。『何なりとご 命令を』」

 沙織も聖闘士も黙っているのを見て、双子神はふっと自嘲気味に唇の端を持ち上げた。

「馬鹿馬鹿しいと思うだろう?冥妃様を探すのなら戦など起こさずとも良い。アテナやポセイドンに事の次第を説明し、迷惑はかけぬから地上の探索をさせてく れと頼めば良いのだ。ハーデス様のお人柄やベルセフォネー様への深い愛を知っている彼らならダメだなどとは言わぬだろう。しかし我々は戦を起こすと言う ハーデス様に従った。アテナと戦う事でベルセフォネー様を見つけられぬ寂しさを一時でも忘れられるならそれで良いと思ったのだ。それに、ハーデス様が聖戦 を起こせば、ベルセフォネー様は必ずその真意に気付く。聖戦は冥王ハーデスが最愛の妃に向けた『余はまだそなたを愛して探し続けている』というメッセージ でもあった。ハーデス様はたった一人の妃への愛、たった一つの愛のために全てをかけて戦った。それが我々が聖戦を起こした本当の理由だ」

 余りにも身勝手な、冥王ハーデスが聖戦を起こしたその理由。
 しかし星矢達はハーデスも双子神も否定できなかった。
 ハーデスが望んだのはたったひとりの女神、たったひとつの愛。その『唯一の存在』を取り戻すために戦う道を選んだ事、どうしてそれを責める事が出来ようか。
 皆が黙っているので、瞬はそっと口を開いた。

「僕、ずっと不思議でした。ハーデスが本気で地上を支配しようと考えているのなら、何故250年に一度、アテナの誕生に合わせて律儀に聖戦を起こすのか。 あなた方双子が本気になれば、アテナの不在を狙ってエリシオンから力を振るうだけで地上の人間など容易く滅亡させる事が出来たはずなのに、と。事実はむし ろ逆だったのですね。あなた達は地上の人間に余計な犠牲を出さないために…恐らくはベルセフォネーさんを巻き込んで死なせてしまう危険を極力避けるため に、わざわざアテナの誕生に合わせて聖戦を起こしていたんだ。恐らくは、アテナの近くにいるかもしれないベルセフォネーさんにハーデスの愛を伝えるため に」
「グレイテストエクリップスも派手なだけで何の意味があるのか思っていたが、妃に向けた壮大なメッセージとしては効果的だな」
「え?グレイテストエクリップスは地上全てを闇に閉ざすんだろ?地上征服にすごい意味はあると思うけど」

 一輝の言葉に双子神が一瞬顔を引き攣らせたのを違う意味に解釈した星矢が尋ねると、一輝と瞬から盛大な溜息が返って来た。

「星矢…子供の時はともかく、未だに本気でグレイテストエクリップスで地上全てが暗くなると思ってるのか?」
「え?違うのか?」
「…何年か前に、日食が見れるって話題になったよね。覚えてる?」
「ああ、覚えてるぞ。肝心の日食の日に台風かなんかが来て、結局きちんと日食が見れなくて、日食観察ツアーとかで海外に行った人ががっかりしてたよな」
「あのさぁ星矢。日食で地上の全てが暗くなるなら、わざわざ日食見に海外行く必要、ないでしょ?」
「……あ…」
「太陽系の惑星が一列に並んだところで、地上の一部が暗くなるだけだ。しかも地球は自転するから、言うなればグレイテストエクリップスは巨大な丸い影が地上をグルグル回るだけの技だ」
「…グレイテストエクリップスに関してはそれ以上言うな」

 眉間に皺を寄せたタナトスが不機嫌そうに言ったが、星矢はお構いなしに続けた。

「え?じゃあちょっと待てよ、あの時聖域はたまたま晴れてたから日食の効果がバッチリ見えたけど、もし夜だったり曇りだったりしたら、ハーデス様のすっげー技もスルーされてたってことか?」
「何かしたみたいだが何したんだ?と言われて終わりだったろうな」
「ちょ、それじゃ奥さんへのメッセージにもならな…」
「それ以上言うなと言っているだろうが!」

 タナトスが怒鳴って拳でテーブルを叩いた。

「我々だってそんな事は最初から分かっていた!惑星を一列にしたところで地上にちっぽけな丸い影が出来るだけだと言う事くらいな!しかし滅多に地上に行か ぬハーデス様はそんなことご存知ない、グレイテストエクリップスが発動すれば地上の全ては暗くなると本気で信じておられたのだ!嬉しそうな笑顔で『こう やって日食を起こせばきっと妃は余からのメッセージだと気付いてくれるだろう。ああいや、気付いて出てきてほしいなどと甘い事は考えておらぬぞ。伝われば 良いのだ、伝われば』などと無邪気に言われてみろ、暗くなるのは地上の一部だけだとかそもそも太陽が隠れていたら何の意味もないとか暗くなった場所に都合 よくベルセフォネー様がいる可能性がどれだけあるのか運良くそこにいたとしても普通の日食とどこが違うのか分かるはずがなかろうとか、それ以前に太陽系の 惑星を一列に並べる力があるのなら他の事に有効活用しろどこまで馬鹿なのだお前はと言いたいのを堪えてきたのだ、そんなにお手軽に突っ込むな!!」

 一息に喚いたタナトスを横目で見てヒュプノスはやるせない溜息をついた。

「その辺にしておけ、タナトス。別の意味で情けなくなる」
「あー…なんだ、その、あんたらも色々と苦労してんだな」
「何だかハーデスの臣下と言うより保護者みたいだな。末の弟が真剣にゲームやるのを手助けしてると言うか」

 一輝のコメントに沙織はそっと笑った。

「…ベルセフォネーもそんな事を言ってましたわ。『いつまでたっても私を迎えに来ないと思ったら、ハーデスったらアテナを相手に戦争ごっこ始めるなんて。本当に馬鹿なんだから』と言いながら、仕方ないわねって笑っていました」
「そう言えば沙織さんは地上に転生した冥妃様と会ってたんだっけ」
「ベルセフォネー様は他に何か言っておられたか?」
「そうね、確か…私が『ハーデス殿は貴女を見つけるためにニュクス様の御子息まで付き合わせて戦まで起こす気よ、もう出て行ってあげたら?』って言った ら、『必ず見つけて迎えに来いって言ったのよ、私から出て行くなんて絶対ダメ!有難味が無くなるじゃない!』って怒られてしまいました」

 その言葉に星矢と瞬は思わず笑み崩れ、双子神はどう反応したものか決めかねているような微妙な顔になった。
 いや笑いごとじゃないだろう…と思った一輝は言葉を選びつつ沙織に尋ねた。

「以前から地上を狙っていたポセイドンならともかく、地上に全く興味の無かったハーデスから宣戦布告を受けた時、あなたは不思議に思わなかったのか?」
「そうね…不思議と言うより、これは本気なのかしらって疑ったわ。冥王臣下の双子神は仲裁の女神ニュクスの長兄と次兄でしょう?いくら『夜の一族とは無関 係』と但し書きがついていても、彼らが地上の覇権争いに参加するなんて考えられなかったし。だからベルセフォネーを呼んで意見を求めたの。その時に出てき たのがさっきのセリフよ」
「流石に冥妃様はハーデスが戦を起こした本当の理由を即座に見抜いた訳か」
「本当の理由を知りながら何でまた受けて立ったんだ?冥妃様の居場所情報をこっそり流せば戦わなくて良かったんじゃねーの?」
「最初に言ったでしょう、星矢。ハーデス殿が聖戦を起こした目的がベルセフォネーだろうと言うのはあくまでも私の推測、想像に過ぎないわ。冥王が宣戦布告 して攻めてくるのなら、戦女神として全力で迎え撃つのが礼儀と言うもの。万が一、ハーデスが本気で地上を狙っていたら『想像が外れて負けちゃいました』で は済まないでしょう?」
「あ、そっか」
「ところで、その最初の聖戦ってどんな感じだったんです?冥界の神様三人を相手にアテナ一人で戦ったんですか?それとも冥王軍と聖域軍の全面対決だったんですか?」

 好奇心から瞬が尋ねると、沙織は首を横に振った。


      NEXT


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


  漸く、当サイトにおける「勝ち目のない聖戦を冥王軍が何度も繰り返してきた理由」を説明できました。色々と突っ込みどころはあるのですが、ハーデス様が天 然だった+冷静な判断が出来なくなるほど妃が見つからない事で余裕を失っていた事、双子神が理屈も善悪も抜きでハーデスに仕えようと思っていた事で説明で きればと。
 細かい部分の解説ですが、ベルセフォネーの言う「私を探す時にズルはダメ」と言った「ズル」は、ベルセフォネーが死んだ時にその魂の行方を追う事…と考 えています。死の神と運命の女神が冥界にはいますから、ハーデスが妃の魂の追跡調査をやろうと思えば朝飯前なわけです。けど、最初に冥妃が転生した時に魂 の行方を追わなかったせいで、どこの誰のどの魂になったか分からなくなり、二度目の転生からはもう探そうにも探せなくなってしまった…と設定しています。
 あと、聖戦が始まった経緯に対するアテナやベルセフォネーの反応ですが、当時の彼女達はまだまだ神様なので、考え方が結構理不尽です。『神様同士のゲー ム』をしたら双方の軍勢(人間)に犠牲が出るのに、余りそれは気にしてない。どっちの陣営でも神様は人間なんて重視してないんだよ、神様ってそういうもん でしょ?なイメージで。
 グレイテストエクリップスの部分は本当に趣味で入れました。ハーデス様の必殺技、スゲーけど意味ねぇー!と突っ込む星矢達と、そんな事は分かってるけど言えなかったんだぁぁぁ!!と切れるタナトスが書きたかったのです。
 ちなみに初回聖戦では冥闘士はいないし冥衣もありません。冥界神様達はローブでアテナと戦っています。