幻朧の時
EPISODE  1


 …ジャミール。
 聖衣の修復士であり牡羊座の黄金聖闘士である貴鬼の館を、光牙とユナが訪ねていた。
 マルスとの戦いでボロボロになった聖衣を修復してもらうためだったのだが、生まれ変わった聖衣は何故か、ユナの声に応えなかったのだ。
 聖衣を纏おうとしても纏えず、戸惑うユナに貴鬼は静かに声をかけた。

「聖衣が君の呼びかけに応えないと言う事は、君の心に迷いがあると言う事だ」
「…貴鬼さん」
「君は聖闘士として戦い続けることに迷いを感じているね?君も知っているだろうが、聖衣には意思がある。聖闘士であることに迷いを感じている者の声には応える事は無い」
「迷い…」

 独り言のように呟いて、ユナは浅く頷いた。
 迷いを感じている自分に気付いている、と言う事だろう。
 貴鬼が無言で促すと、ユナは壁に埋め込まれた黄金聖闘士の聖衣石…蟹座のそれ…に目をやった。

「…蟹座の黄金聖闘士は殉職したと聞きました」
「シラーと戦った君が『彼は竜巻に巻き込まれてどこかに飛ばされ、巨蟹宮に戻った時に は異空間ではなくなっていた』と証言した。君の後にシラーを見た者は誰もいない、そして蟹座の黄金聖衣は戻って来たがシラーは姿を消したまま。…遺体は見 つかっていないけれど、命を落としたと考えるのが妥当だろうね」
「それってつまり、私が彼を殺した…って事ですよね」
「……………」
「私、彼の考えは到底受け入れられないと思っていました。いえ、今でも思っています。自分が生きる為には他人の犠牲が必要、他人の死は自分が生きたいと言 う証だ、なんて。でも、彼の考えを否定した私が結果的にやった事は、彼が主張していた事と一体どこが違うんだろうって…」

 ユナは唇を震わせて手をきつく握った。
 貴鬼は表情を動かさないまま、ユナの言葉を静かに聞いている。それまで黙っていた光牙が堪え切れなくなったように口を開いた。

「でも、彼は俺達を本気で殺そうとしてたんだ。味方を守るために闘って結果的にそうなったのはどうしようもないじゃないか。ユナだって殺そうと思って闘ってたわけじゃないんだし、正当防衛だろ。そもそも、彼を殺したのがユナだって証拠もないじゃないか」
「頭ではそう思うの。どうしようもなかった、全力で挑まなければ私も光牙も殺されていた、彼の命を奪ったのは私じゃない他の誰かだったかもしれない。何 度そう思っても、本当に戦うしかなかったのか、同じ戦災孤児だった彼と分かり合う事は出来なかったのか、せめて話し合う努力はすべきだったんじゃないかとか、今後また同じような事があったら私はどうしたらいいんだろうと か、思考とか気持ちとかそういうものが、堂々巡りしてしまって…」
「アイツが話し合いに応じるとは思えないけど。『自分が生きる為に大勢の人を殺した』とか『他人の小宇宙を吸いとって永遠に生きてやる』とか得意気に言っ てさ、マルスが任命したとはいえ、何で黄金聖闘士になれたのか不思議なくらい悪い奴だったし。アイツが死んだのは自業自得…」
「…光牙。それ以上シラーを侮辱するのはやめてもらおうか。私は彼のことも『地上の平和のために戦ったアテナの聖闘士』だと思っているからね」
「え…」

 思わぬ貴鬼の言葉に光牙とユナは目を丸くした。
 貴鬼の声は低く静かだが、その顔には隠しきれない怒りと不快感が浮かんでいる。
 何故彼がシラーを庇うような事を言うのか…戸惑う二人に貴鬼は言葉を続けた。

「シラーが何故ああまで自分の生に執着したのか、そこまでして為したい事が何だったのか、君は知っているのか?『味方』であった私達にすらほとんど本心を 明かさず、わざと誤解を招くような捻くれた物言いをしていた彼が、『アテナに対する反逆者』と聞かされていた君達に素直な言葉で本心を明かしたとはとても 思えないが」
「…………。戦災で家族を失って、他人の死が自分の生に繋がると気付いたから、生きる為に強くなった…とは聞きました。でも、何のために生きるのかまでは…」
「生きることそのものが目的みたいな言い方してたよな」
「…では、シラーが言った『自分が生きる為』と言う言葉を『争いのない平和な世界を己の手で築く為』と言い変えたらどうだ?彼の発言の印象は大きく変わるのではないか?」
「!…………」
「『生きる為に黄金聖闘士になった』というシラーの発言に私は疑問を感じてね。確かに数百年の時を生きた者もいるが、大きな戦が起きれば真っ先に命を賭けて戦わねばならないのもまた黄金聖闘士だ。生きる事と黄金聖闘士になる事は矛盾するのではないか?と尋ねたのだ」
「…それで、彼は何て答えたんですか?」
「大事な人が死の間際に僕に頼んだんだよ。『あなたは絶対に死んじゃダメ、生きて、いつか必ず平和な世界を作ってね』って。ただ生きるだけならさほど難し くは無いけど、平和な世界を作ろうとしたら世の中を改革するだけの大きな力が必要だ。黄金聖闘士は数百年生きる事もできるから死から最も遠い存在だと言え るし、今の聖域は正に世界を改革しようと動いているから、黄金になればその改革に重要な位置で関われる。どこも矛盾はしていないと思うけど?」
「…………、…………」

 ユナと光牙は複雑な顔で口を開きかけ、自分の中の違和感を適切に表現する言葉が見つからず口を閉じた。
 自分達はシラーを『誤解』していたのかもしれないと思う。争いの無い平和な世界を作りたいから聖闘士になったという動機も理解できる。しかし、頭での理解は出来ても、感情で共感し納得する事は出来ないのは何故なのか…。
 黙り込む二人の姿に、貴鬼は一度瞬きして話を続けた。
 
「シラーはこうも言っていた。中途半端に力がある者が中途半端に力を持つ者を支配するから、支配される側が『あの程度の力で支配者になれるなら自分も支配 者になれるはず』と考えて愚かな争いを起こすんだ。絶対的な力を持つ強者が頂点に君臨し、弱い者を正しく支配すれば争いは起こらず、世界は正常な姿に保た れる…と」
「うーん…それって、何か、変じゃないかなぁ?要するに『俺に逆らったら殺すぞ!争いごとを起こすなんて赦さないぞ!』って脅して人々を従わせるって事ですよね?」
「そんなの、本当の平和じゃないわ。だたの恐怖政治よ」
「その通り。シラーが思い描いていた『理想社会』は、支配者の恐怖と偽りの平和が支配するいびつに歪んだ世界だ。だから、彼の考えに君達が共感できないのは当たり前だ。君達は立派な大人に愛されて生きて来たのだから」
「…………」
「しかしこれだけは知っておいて欲しい。愛を知らなかったシラーの理想や選び取った道は間違っていたが、争いの無い平和な世界を築きたいと言う彼の心に嘘は無かったと」

 光牙とユナが神妙な顔で頷くと、貴鬼は表情を少し和らげてユナに目を向けた。

「己が信じた道を進もうとすれば、違う道を信ずる者との戦いを避けて通る事は出来ない。時には命を奪い合う事でしか決着しない戦いもあるだろう。だが、『相手の命を奪う事』を戦いにおける唯一の手段にするか、最後の手段にするかを決めるのは自分自身だ。…ユナ」
「はい」
「君がシラーの事で心にわだかまりがあるのなら、彼の遺志を継いで『争いの無い平和な世界』を作るために戦えばいい。そして、もしまたシラーのような相手と戦う事になったその時は、自分の心に悔いの残らない戦いをすればいい」
「…はい!」

 迷いない眼ではっきりと答えたユナに微笑んだ貴鬼は、無言で鷲座の聖衣を見遣った。
 彼の無言の促しに笑顔で頷いて、ユナは生まれ変わった聖衣を呼んだ。

「アクィラ聖衣!!」


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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 貴鬼の苦言やユナが立ち直る経緯は現時点(Ω二期2話目まで放送)では不明なのですが、多分羅喜をユナが守って、『大切な人を守るために戦う』見たいな 決意で聖衣を纏うんじゃないかなーと思いつつ、ユナがシラーさんに関して後悔とか心の引っかかりがあったらいいなぁとか、貴鬼がシラーさんをフォローして くれたら嬉しいなぁと思って二人の会話を考えました。貴鬼が語ったシラーさんの目的云々はブログで語ったネタをイメージしています。シラーさんも『死にた くないと言う理由で大勢の人を殺した(自称)悪い人』で終わって欲しくない、という気持ちもありますし、SS「幻影」でも書きましたが、ユナは『シラーさ ん死亡』を知ってて平然としてるような子であって欲しくない、という想いもあります。