双子神2012・再会
EPISODE 6


 冥界、エリシオンの中心にそびえたつ白亜のハーデス神殿。
 神殿の主である冥王ハーデスは、期待と不安が半々に混じった表情で臣下を待っていた。
 …地上から戻ってきた忠臣の片割れタナトスは主君の体を寝台に起こしてクッションで支え、もうひとりの片割れヒュプノスは紅茶と茶菓子を用意して運んできた。
 寝台の傍らに置いた椅子に双子神が腰を降ろすや否や、待ち切れずハーデスは口を開いた。

「して、アテナとの話し合いはどうであった?そなたらの様子を見る限り悪い結果ではなかったようだが」
「結論から申し上げますと大成功に終わったと言えましょう。禍根を残さず、互いに了解のうえ、気持ちよく和平を結ぶ事が出来ました」
「そ、そうか…。それで、その…」
「ハーデス様、急がずとも話は逃げませぬ。茶菓子を用意しました故どうぞお召し上がりください。アテナお勧めの店で貰って来たものだけあって、美味ですよ」
「あ、うむ…」

 ベルセフォネー捜索の件がどうなったか気になるのだろう、ハーデスはそわそわしながら勧められたマドレーヌを一口かじり、おやっと言う顔になった。
 ヒュプノスはわざとらしく不思議そうな顔で首を傾げて見せた。

「どうかなさいましたか?」
「ん…この菓子、昔ベルセフォネーが作ってくれたものとよく似た味がすると思ってな。…菓子などどれも似通った味であろうに、全く、余はどうしてそんな事を思ったのか」
「同じ方が作ったなら似た味がして当たり前だと思いますが」
「え?………」

 目を見開いて言葉を失うハーデスに双子神は悪戯っぽい笑みを見せ、平たいノートのような機械を差し出した。
 ハーデスは齧りかけのマドレーヌを置いて手を拭うと、壊れやすい硝子細工を受け取るような手つきでそれを受け取った。

「これは…?」
「地上で使われている、映像や音声を保存できる道具です。…ここをこうして…」

 タナトスが機械の画面に指を触れて何やら操作すると、どうやら地上で撮影したらしい写真が表示された。
 真ん中にアテナ、その両隣りにタナトスとヒュプノス、さらにその隣に天馬星座とアンドロメダとフェニックスが並んで映っている。聖闘士達が笑顔でポーズをとっているのを見ると、なるほど和平交渉は成功だったのだろうと実感がわく。

「この部分を、こう、軽く触ると別の写真が見れますよ」
「………」

 教えられるまま、ハーデスは震える指で画面に触れた。
 カメラ目線でピースする天馬星座、そっぽを向いているフェニックス、双子神に挟まれて椅子にちょこんと座っているアンドロメダ、そして「エルミタージュ」と書かれた看板がかかった店、そして。
 そして。

「………!」

 ハーデスの手が震えた。その眼にみるみる涙が浮かぶ。
 最愛の妃が、写っていた。
 記憶の中にあるのと同じ、明るい春の日差しを思わせる柔らかな笑顔で。
 食い入るように写真を見つめたハーデスは、慈しむように画面に触れた。アテナと一緒に、双子神と一緒に、店を背景に、皆一緒に…様々な形で、冥妃の姿が記録されている。

「そうか…ベルセフォネーを見つけたのか…お前達は、余の妃を見つけてくれたのだな…」
「…冥妃様を見つけたのはアテナでした。我々は冥妃様の居場所を教えるという条件を提示されて和平を呑んだのです」
「構わぬ、同じ事だ。ありがとう、兄上」

 ハーデスの心からの感謝の言葉に双子神はどこか照れくさそうに微笑んで、それ以上は何も言わず地上土産の菓子を口に運んだ。
 …妃の写真をじっくりと見たハーデスはそっと機械を卓に置いて臣下に尋ねた。

「それで、ベルセフォネーは何と言っていた?そなたらと一緒にここに来なかったという事は、やはり相当怒っていたのか?」
「それはですね…」

 タナトスは卓に置かれた機械に手を伸ばし、慣れた仕草で画面に触れて何やら操作してハーデスに差し出した。冥王は機械を受け取ったが不思議そうな顔をしている。

「何だ?写真なら全部見たと思うが」
「ここを触って下さい」
「??」

 言われるままハーデスが『再生』の文字に触れると、映像が流れだした。
 画面の中の冥妃は、どこか恥ずかしそうにもじもじしている。

『ビデオ、回ってまーす』

 画面の外から飛んできた誰かの声にビクッとした彼女は、カメラから目線を逸らして…恐らく視線の先に誰かいるのだろう…おずおずと口を開いた。

『え、えーと…初めまして、じゃ変ですよね、お久しぶり?』
『こんにちわ、で良いんじゃないかしら』
『じゃあ、こんにちわ。…ハーデス。えっと、その、私の事はタナトスさんとヒュプノスさんから聞いてると思うんだけど…』
『我々は何も説明しないでこの映像を見て頂くつもりですが』
『ええっ?そうなんですか?』

 タナトスの声に驚いたベルセフォネーは、困った顔でうーんと唸った。
 カメラ目線くださーい、とおどけた声がかかり、彼女は視線をカメラに戻した。

『えっと…沙織さん…アテナから、私は冥妃ベルセフォネーの転生体らしいって聞いたんですけど、でも私は女神だった時の記憶が全くなくて…。これも沙織さ んから聞いた話なんですけど、私は自分で自分の記憶を封印して転生してたんだそうです。だから、その、あなたの事も、あなたとの約束の内容も、覚えてない んです。ごめんなさい』
「ベルセフォネー…何故謝る?そなたが余に謝る必要などないであろう。謝らねばならぬのはそなたを見つけることすらできなかった余の方だ…」
『それで、その』

 冥妃は躊躇うように視線を落とし、顔を上げ、ひとつ深呼吸して口を開いた。

『アテナに会っても、タナトスさんヒュプノスさんに会っても記憶が戻らなかったって事は、今は…今生は冥妃ではなく人間として生きたいっていうのが、私の 意思で希望なんだと思います。あなたに会ったら記憶が戻るかもしれない、でも、記憶が戻ったら私は、人間として生きるか女神として生きるか決められなくて 苦しむと思う。だから…』
「………」
『だからハーデス、もう少しだけ待って。次に私が転生する時まで、会うのを待っていてほしいの。…いい言葉が見つからないから、私が昔好きだった漫画に出てきたベルセフォネーの言葉を借りるわね』
「………」
『私達は必ず、もう一度出会うわ。その時は、誰よりも早くに私を見つけて。待っているから。何百年でも、何千年でも…その時を待っているから』
「………。ベルセフォネー……」

 懐かしい笑顔で微笑む愛妻の顔に、ポツリと雫が落ちた。
 ハーデスの頬を熱い涙が伝う。
 冥王は顔をくしゃくしゃにして笑った。

「ああ、無論だ。何千年も待たせてしまったのだ、今更数百年など待つうちに入らぬ。必ず、必ず、余はそなたに会いに行くぞ。転生したそなたに…愛するそなたに、もう一度、会いに行こう…ベルセフォネー…」

 嗚咽で声を詰まらせる冥王に穏やかな慈しみの眼を向けて、死と眠りの神はそっと立ち上がり部屋を辞した。



 
 

 …無性に嬉しくてたまらない気持ちに任せてエリシオンを目的もなく大股に歩き続けたタナトスは、咲き乱れる花の中にごろりと大の字に寝転がった。
 その傍らにヒュプノスが静かに腰を下ろす。

「…良い気分だ。最高だ」
「そうだな」

 溢れだす喜びの感情を抑えきれないタナトスは、手近な花をいささか乱暴に摘み取ってざくざくと花冠を編み始めた。

「なぁヒュプノスよ。次にベルセフォネー様が転生した時は、どのような形でハーデス様と再会させようか?」
「…学校に遅刻しそうで慌てて走って道を曲がった途端に激突するとか…」
「ベタベタだな」
「ではお前はどんなアイデアがあるのだ」
「ベルセフォネー様が通う学校にいる喧嘩友達と言うのはどうだ」
「それは秋乃様が昔読んだと言う漫画の設定ではないか。大体それをやるならハーデス様も人間として転生しなければならぬぞ」
「ふむ」

 かなり大雑把な手つきで花冠を編みながら、タナトスは至って真面目な顔でヒュプノスを見た。

「それも良いかもしれぬ」
「…何?」

 人間嫌いで人間など塵芥よ蛆虫よと蔑んだ死神の口から出た言葉とは思えず、ヒュプノスは自分の耳を疑った。
 目を丸くする弟神の驚いた顔に兄神は心外だと言いたげに顔をしかめた。

「我々はハーデス様を甘やかし過ぎたやも知れぬ。甘ったれた根性を叩き直すために人間に転生して地上で揉まれてくるのも良いだろうと、俺は本気で思うぞ」
「………」

 ヒュプノスの蜂蜜色の髪に今しがた編み上げた花冠を被せて、タナトスは満足げに微笑んだ。
 …爽やかな西風が、かつて冥妃ベルセフォネーが名と色を与えた花を揺らして吹き抜けた。遠からず冥妃がここに戻ってくると思うと、花々の色もより一層鮮やかに輝いて見える気がする。

「…確かにそれも有りかも知れぬな」
 
 口元に淡く笑みを乗せて呟いて。
 咲き乱れる花を抱きしめるように寝転がるタナトスの隣に体を横たえたヒュプノスは、甘い香りを胸一杯に吸い込み金色の睫毛をそっと閉じた。


      NEXT(蛇足)      


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


  この後にオマケがありますが、双子神2012後編はここでおしまいとなります。アテナとの和平交渉の後、双子神は死神サミットとかに参加してます。なので 8話とエピローグの間には「双子神2012・霊界」の話がすっぽり入るんですが話の展開的にはあんまり関係ないと言う。双子神が持ってきた「薄い機械」は 多分iPadだと思います。
この後、タナトスはちょこちょこ地上に遊びに行っては、パソコンやらゲームやら漫画やら小説やら買ってきます(笑)。電気やネット配線は神様パワーで何とでもなるのです。こじつけたのが「ハーデスが作った冥界は神々の本気の戦いを支えられるほど丈夫じゃない」って理屈でした。なので、タナトスも無意識に力をセーブして 戦っていた、という裏設定があります。