| 杳馬が来る事は知っていたが、まさか怒鳴り声と共に会議室に飛び込ん
で来るとは思っていなかったのだろう。運悪くと言うべきか、ドアの近くにいたタナトス
少年は飛び上がるほど驚いて、握っていたシラーの手を離してこの世界のタナトスの後ろにサッと隠れた。比較的離れた場所にいたヒュプノス少年は隠れこそし
な
かったものの(椅子に座っているせいで隠れるに隠れられないのだが)、ビクッと身体を震わせて隣にいたヒュプノスの服の袖をギュッと掴んだ。 …ふたりは杳馬のことが苦手なのか。 小さな双子神の行動の意味を敏感に察したタナトスは、シラーと握手していた手を離してタナトス少年と手を繋ぎ直し、空いた方の手で小さな自分自身を抱き 寄せて頭を撫でた。ヒュプノスは素知らぬ顔をしながら、自分の服の袖を掴んだヒュプノス少年の小さな手をそっと握った。 双子神のリアクションに多少凹みつつ、杳馬は会議室に集まっている顔触れを見回した。 杳馬の上司である双子神、噂で聞いた事のある異世界の小さな双子神、双子神コンビを微笑ましく見ているアテナこと城戸沙織、沙織の秘書であり杳馬の妻パ ルティータ、冥妃の転生体である龍神秋乃、元蟹座の黄金聖闘士マニゴルド達、そして何やらガッカリ顔の現役蟹座の黄金聖闘士シラー。現在の肩書きはいち冥 闘士に過ぎない杳馬にとっては揃いも揃って格上の存在だ。慌てて帽子を脱ぎ姿勢を正して一礼し、パルティータにそっと手を振って、杳馬は改めてタナトスに 向き直った。 「…と言う訳で、タナトス様!改めてお尋ねしますけど一体どういう事っすか!地上への異動と戦隊モノの黒幕役と一体何の関係があるんですか!!」 「フ…簡単な事。黒幕『奈落タルタロス』はレギュラーメンバー故、撮影の為に地上に来る機会が多くなる。ならば地上に異動した方が何かと便利であろう?愛 しの妻と一緒に過ごせる時間も増えるし一石二鳥ではないか」 「二鳥って…一鳥はパルティータちゃんでしょうけどあと一鳥は何ですか!?つかそんな重要な役どころ、オーディションもしないでいきなり任命なんて無茶ぶ りにも程がありますよッ!無理ですよ、無理無理っ!!」 「…杳馬さん、でしたね」 タナトスコンビに手を離されてしまった怒りがしばらく遅れてやって来たらしいシラーが、営業用スマイルを浮かべて妙に落ち付いた声で杳馬に声をかけた。 話しかけられた杳馬は、『そういや何でこのオニーサンが戦隊モノの会議に同席してるんだ?あと、何でタナトス様達に手を掴まれていたんだ?』と今更に なって不思議に思いつつシラーに目を向けた。 シラーはあくまでも人当たりのいい微笑を浮かべつつ話を続けた。 「僕も今、オーディションも無しのタナトス様の無茶振りで重要な役所に任命されちゃったんですよ。まぁ、ラスボスほど重要なキャラじゃないですけど」 「あらら…そりゃまたご愁傷様なことで」 「あははっ、まるで他人事みたいな物言いだねぇ。君もタナトス様の無茶振りでタルタロスに任命されちゃったのに。流石神様、実に面白いジョークだ」 「いやいや、俺はタルタロスの役なんざ…」 引き受けねェよ?と言いかけた杳馬は、シラーの目が全く笑ってない上に盛大にぶっ飛んでいる事に気付いて言葉を切った。 …おいおい。このオニーサンってばひょっとして、ものすごーく危ない人じゃねェか? 背中を嫌な汗が伝うのを感じて固まった杳馬の肩をガシッと掴んで、シラーは笑みを浮かべたまま言った。 「アテナの聖闘士の僕がタナトス様の無茶振りを受け入れてメインキャラを演じることになったんだよ?冥闘士のあなたがタナトス様の御命令に背くなんてそん な事、するはずないよねぇ?愛する奥様と一緒に暮らせるようにって、タナトス様のお優しいお心づかいあっての御命令なんだし」 「…………」 ギリギリ。 杳馬の肩を掴んだシラーの手には骨を砕かんばかりの力がこもっている。 蛇に睨まれた蛙状態の杳馬が汗をダラダラ流しながら視線だけを動かすと、この世界のタナトスは満面の笑みを浮かべていて、異世界のタナトスは大人のタナ トスの手を握り締めたままじっと様子を見ていて、ヒュプノス達は相変わらずの無色透明な無表情で我関せず状態、女性達はニコニコしていて、マニゴルドの片 方は気の毒そうな表情をしていて、もう片方は何とも言えない顔で口を開いた。 「あのなぁメフィストさんよ。シラーがブチ切れたら大変なんだよ。どのくらい大変かっつーと『暴走したエヴァ初号機』ってあだ名がつくくらいなんだよ。ど ういう状況になるか想像つくだろ?悪い事は言わねぇ。アンタがどんだけ抵抗したってタナトス様の決めた事はひっくり返らねーし、さっさと諦めて引き受けた 方が身のためだぜ」 「エヴァ初号機は酷いなぁ、先輩。予想外の事態が起きたら手加減してる余裕が無くなるってだけなのに」 「あーそうかい。じゃあ聞くがな、『メフィストさんがタルタロス役を拒否する』っつーのは予想の内なのか?外なのか?」 「何を言ってるの、先輩。さっきも言っただろう、『冥闘士がタナトス様の御命令を拒否なんてするはずない』って。予想するもしないも、結論は一つじゃない か。…だよねぇ、杳馬さん?」 「…………。そうだなァ。タナトス様の御命令とあっちゃ引き受けない訳にはいかねェよなぁ…何よりも、パルティータちゃんと一緒にいられるんだし」 タナトス様の命令を拒否した日には、タナトス様を盲目的に崇拝している赤い蟹に半殺しにされそうだし、それは回避しても冥界で肩身が狭くなるのは想像に 難くない。俺も男だ、愛しのパルティータちゃんと一緒に暮らすためなら芝居の一つや二つやってやろうじゃないの。 潔く腹を括った杳馬が頷くと、シラーはにっこりと笑って片手を差し出した。 「急な話で大変だけど、タナトス様の為にお互い頑張ろうね。よろしく、杳馬さん」 「はいはい、こちらこそよろしく」 完全に開き直った杳馬がシラーの手を握り返すと、タナトス少年が銀色の眼をキラキラさせてタナトスを見上げた。 「ラスボス役など絶対無理!と言われた時はどうなるかと思ったが、メフィストも役を引き受けてくれて良かったな。やはり、『愛する妻と一緒に過ごせるぞ』 と言う殺し文句が聞いたのだろうか?」 「そうだな、愛する者と一緒に暮らしたいのは誰でも同じであろう。それに、蟹座共の口添えも効果的だったぞ。シラーとマニゴルド、お前達はいわゆる『グッ ジョブ』というやつだな」 「いえいえ、僕はタナトス様のお心を代弁しただけです」 「タナトス様…アンタ色々分かった上でやってるだろ」 ハンカチで手を拭きながら胡散臭い笑みを浮かべたシラーと、わざとらしく苦い顔のマニゴルドの言葉に、タナトスは何も言わずフフンと笑って小さなタナト スの頭を撫でた。 …翌日、昼休みのパライストラ学園。 午後の授業に備えて少し早めに教室を移動していた蒼摩、光牙、栄斗、龍峰、ユナの仲良し五人組は、廊下の掲示板の前で何やら四苦八苦している激の姿に気 付いて足を止めた。掲示板に紙を貼ろうとしているようだが、あちらを押さえればこちらが剥がれ、こちらを押さえればあちらが落ちる…という状況らしい。 あまりの不器用さに見ていられなくなった蒼摩がさっと近づいて紙を押さえた。 「手伝いますよ、激先生」 「おっ!すまんな、蒼摩」 「ところで何のお知らせですか?まさかとは思うけど抜き打ちテストとか言いませんよね」 「ははは、ある意味これも抜き打ちテストかもしれんぞ」 「ええっ!?やっべ、俺、最近マジメに勉強してない…って、ん?オーディション?」 掲示板に貼られた紙の一番上にでかでかと書かれた文字に蒼摩が目を丸くすると、手持無沙汰で突っ立っていた四人が驚いて掲示板に駆け寄ってきた。 『オーディションのお知らせ このたび、城戸財閥と某特撮スタジオが協力して戦隊モノ(タイトル:アテナ戦隊ゴレンジャー)を作成することになりました。 それに伴い、「正義の味方」チームのメンバーを演じる生徒を募集します。条件は下記の通り。 ・パライストラ学園に在籍し、素行に問題がなく、停学等の処分を受けたことが無いこと。 ・戦隊モノ出演に関して保護者の同意を得ること。 ・撮影スケジュールを最優先に出来ること。撮影のために授業を休んでも単位取得に影響はありません。試験の点数が悪くても多少下駄を履かせて上げます。 ・他出演者(後述)に出演を了承されること。 *募集人数は5人。選考に漏れてもゲスト役での出演の可能性あり。 *一次選考:書類審査 二次選考:オーディション *希望者は担任に申し出て必要書類を提出すること。書類選考合格者には追って通知を出します。 戦隊モノ出演者(敬称略) 死の神タナトス:死の神タナトス 冥界四天王・奈落タルタロス:天魁星メフィストフェレスの杳馬(冥闘士) 冥界四天王・ワイバーンのラダマンティス:天暴星ワイバーンのラダマンティス(冥界三巨頭) 冥界四天王・ガルーダのアイアコス:天雄星ガルーダのアイアコス(冥界三巨頭) 冥界四天王・グリフォンのミーノス:天貴星グリフォンのミーノス(冥界三巨頭) 冥王軍作戦参謀・シラー:蟹座のシラー(黄金聖闘士) 戦女神アテナ:城戸沙織 特別出演 冥王ハーデス 眠りの神ヒュプノス *オーディション日時:○月×日(見学自由) *審査員(予定) 城戸沙織 死の神タナトス 眠りの神ヒュプノス 蟹座(先々代)のマニゴルド 蟹座のシラー』 紙に穴が開くほどしげしげと見つめた青銅五人組が目を真ん丸にして激を見た。 「先生…これってマジッすか」 「ああ。正真正銘マジだ」 「本当に『アテナ戦隊ゴレンジャー』ってタイトルなんですか」 「本当だ」 「あの、聖闘士って表舞台に出ちゃいけないはずでは」 「だから『聖闘士』ではなく『ゴレンジャー』なんだろう」 「どうして黄金聖闘士が冥王軍の作戦参謀役なんですか」 「キャラ設定に一番ピッタリ来るのがシラー様だったから、らしいぞ」 「つーかアテナ…タナトス様もだけど、悪ノリのレベルを超えてないですか?どうしてまたこの学園の生徒に俳優なんてやらせるんですか?プロの俳優を使えば いいのに」 「なんと言っても神様だからな。悪ノリのレベルも神がかっているんだろう」 「うわ、妙に納得しちまった」 激は楽しげに笑いながら五人を見回した。 「そうだお前達、ダメ元でオークションを受けてみたらどうだ?オーディションに受かったら授業よりも撮影を優先しなくてはならんが、黄金聖闘士や冥界のお 偉方と顔見知りになれるからな、撮影の合間に稽古をつけてもらうこともできるかも知れん。普通に授業を受けるより有意義な時間を過ごせるんじゃないか?」 「冥界の神様やら、『適性がないと話にならない』蟹座の黄金聖闘士に、稽古ねぇ…」 「蟹座の黄金聖闘士って確か、ものすっごい肩書きと経歴の持ち主だよな。どこぞの大会社の御曹司で、パライストラに入ってたったの二年で黄金の資格を得 て、仲間をバッサリ切り捨てる割り切りで抜群の戦果を上げ続けて、マルスとか言う神との戦いで死にかけたけど死神に助けられてパワーアップして帰ってき て、今は冥王の妃の護衛をやってて、他の黄金はちょいちょいパライストラの臨時講師に来てるのに、その『シラー様』だけは一度も授業に来れないほど忙しい とか何とか。そんなご立派な天才黄金聖闘士様が俺達青銅なんて相手にしてくれんのかな」 「ちょっと光牙君、その言い方は…」 「龍峰の言う通りだ。又聞きの噂だけであれこれ言うものではないぞ。ハービンジャー様やアモール様ほど気さくではないが、シラー様は言うほどお高くとまっ て近づきがたい方ではない。我々教師には紳士的に接するが、仲の良い黄金聖闘士とは漫才のような会話もしていたしな」 「へぇ〜」 「試験の点数が悪くても『撮影のために授業に出られなかったから』って理由で単位をもらえるなら戦隊モノ出演もアリかもなぁ…俺、結構戦隊モノ好きだ し…」 あまり成績優秀とは言えない蒼摩は腕を組んで真剣に考え、にっこりと笑って皆に向かって宣言した。 「よし決めた!俺は戦隊モノのオーディションを受ける!だから皆も一緒に受けようぜ!」 「何がどうなって『だから』なんだ」 「戦隊モノに出演したいのは蒼摩君なんだから、蒼摩君だけ応募すればいいんじゃない?」 「…俺も応募してみる。やっぱり神様や黄金に会えるって言うのは気になるし」 「ちょっと光牙まで!」 「何だよお前達、友達なのに付き合い悪いなぁ!いいじゃないか、激先生も言ってたけどダメ元で応募するだけしてみようぜ?タダなんだしさ!」 「分かった分かった、応募だけすればいいんだな」 「ま、どうせ合格なんて無理だからね」 「仕方ないわねぇ」 「よーし、決まり!激先生、応募用紙五人分よろしくなっ!」 蒼摩は満面の笑顔で手を差し出した。 …どうせ書類審査で落ちるだろう、と軽い気持ちでオーディションに応募した五人の元に『書類審査通過のお知らせ』が届き、彼らが本気で困惑した顔を見合 わせるのはこの数日後のことになる。 ………… オーディション会場となったパライストラ学園の体育館には、見学席を埋め尽くすほどの生徒が訪れていた。聖闘士を目指す彼らにとってただでさえアテナや 黄金聖闘士 は憧れの存在であるのに、今日は冥界の神や、多忙を理由に一度も姿を見せたことがない蟹座の黄金聖闘士が来るというのだから無理のない話ではあった(ちな みにイオニアは黄金聖闘士というより学園長として認識されている)。 微動だにせず審査員席に座っていたイオニアが立ち上がった途端、ざわついていた生徒達が一瞬で静かになった。改めて指示を出さなくとも静かになった生徒 達に浅く顎を引き、イオニアは体育館の入り口に向かって敬礼した。 黄金聖闘士を数人同伴して姿を見せたアテナは、穏やかな笑みを浮かべて見せた。 「ご苦労様、イオニア。それにしても凄い熱気ですわね。生徒達の小宇宙で私も圧倒されそうですわ」 「予想以上に見学希望の生徒が多かったもので。感心だと言うべきなのか、野次馬根性に呆れるべきなのか」 「めったに見れねぇ黄金聖闘士や冥界の神様を生で見れるとなったらそら見たいだろ。俺が生徒だったら授業サボってでも最前列を確保するな!」 「…あ、いましたいました。おーいエデーン!!オーディション突破頑張ってくださいねぇ!叔父さんが全力で応援してますよぉぉ!」 「気の毒に。落選決定だな、あいつ」 両手を頭上で振り回して大声を上げる叔父アモールのせいで周囲の注目を一心に集めてしまい、オーディション参加者席で真っ赤になっているエデンを見て玄 武がボソッと呟いた。 アテナのために椅子を引いたイオニアは、にこりともせず黄金聖闘士達に目を向けた。 「…ところで。本来出席予定ではなかったお前達が来た事は追求しないでおくが、マニゴルドとシラーはどうした?審査員として名が挙がっている黄金聖闘士が 欠席など生徒達に示しがつかんぞ」 「マニゴルド先輩はこっちの世界の双子神様のお供をするとかで聖域にいるぜ」 「異世界の双子神が審査を見に来るという連絡がついさっき入りましてね。お出迎えしなくてはなりません!と言ってシラーも聖域に残ったんですよ」 「それでお前達は何も言わずにシラーを残してきたのか。現役の黄金聖闘士がアテナの供よりも冥界の神を出迎えることを優先するなど生徒達に示しが…」 「イオニア。そう四角四面にならずとも良いでしょう。冥界の神々は聖域の賓客です、現役黄金聖闘士がお出迎えして然るべきお相手ですわ」 「…………」 アテナの熱心な信奉者であるイオニアにとって沙織の言葉は絶対である。納得しかねる表情で片眉をそびやかしはしたが、反論はせずに彼は口を噤んだ。 それから数分後。 沙織が顔を上げて椅子から立ち上がり、黄金聖闘士達が彼女の傍らに片膝を折って頭を垂れた。同時に体育館の中に静かなざわめきが広がって生徒全員が体育 館の入り口に目を向けた。 …冷たく清廉な小宇宙を纏った銀色の死神が、穏やかで清廉な小宇宙を纏った金色の眠り神と一緒に姿を見せた。二柱はそれぞれ自身を幼くしたような外見の 神と手を繋ぎ、小さな神々は互いの手を握っている。そして神々の後ろには元蟹座のマニゴルドと現役蟹座のシラーが付いて きていた。 神々に歩み寄った沙織はにこりと微笑んだ。 「ようこそいらっしゃいました。タナトス殿、ヒュプノス殿」 「そのような堅苦しい出迎えは無用だ、アテナよ。我々は冥界の神としてではなく、オーディションの審査員兼見物人として来たのだからな」 「随分とたくさん生徒が集まっているな。皆、オーディションを受けるのか?」 小さなタナトスが大人のタナトスの影に半ば隠れるようにして沙織に尋ねると、彼女はにこりと笑って体育館の一角を目で指した。 「いえ、オーディションを受けるのは書類審査に合格した彼らですわ」 「ではそれ以外は全部、見学の生徒か。凄い人数だな」 「普段は会うことも出来ない黄金聖闘士や、噂のタナトス殿を生で見れる貴重な機会ですもの。外せない用事がある者以外は見学に来ているのでしょう。さ、審 査員席にどうぞ。…あ」 「どうかされましたか、アテナ」 「急に審査員が増えたから椅子が足りなくなってしまいましたわ。イオニア、椅子を二脚追加してくださいな」 「それには及ばぬぞ、アテナ。チビは俺の膝に座るしマニゴルドは立たせておけばよい」 「うぉい!一応俺も正規の審査員なんですけどねタナトス様!」 「立っていても審査は出来るであろう」 「出来るには出来るけどよ!つか何で立つのが俺なんだよ、牛か玄武かアモールで良いじゃねーか!」 タナトスとマニゴルドのいつもの漫才を生ぬるく眺めていたヒュプノスが、ふと何かを思いついた顔で手を繋いだヒュプノス少年を見遣った。 「異世界の私よ、お前も私の膝に座らぬか?」 「えっ?」 「お前達は飛び入り審査員ゆえ、椅子を用意させるのも誰かを立たせておくのも心苦しいだろう。タナトスと同じようにお前が私の膝に座れば、すぐに問題は解 決するが」 「え、えっ…」 「フ…素直に言ったらどうなのだヒュプノスよ。自分もチビを膝に乗せたい、と」 「それは否定しないが。…さ、どうする?」 「え、あ、そ、そうだな、飛び入り参加の私達のために椅子を用意させるのは少々気が引ける、な。では、わ、わわわ私もお前の膝に、す、座ろう」 「というわけで、アテナ。椅子の準備は不要だ」 「分かりました。では皆様、どうぞおかけくださいな。オーディションを始めますわ」 タナトスが尊大な態度で椅子に腰を降ろすとタナトス少年は当たり前のような顔でよじよじと彼の膝に登ってちょこんと座り、ヒュプノスは顔を真っ赤にして いるヒュプノス少年を抱き上げて自分の膝に座らせ、シラーは早速そんな双子神に携帯カメラを向け、ハービンジャーと玄武とアモールはシラーの隣の席を争っ てジャンケンし、マニゴルドはさっさと一番端の椅子に腰を降ろした。 審査用の記入用紙が審査員全員に配られて、早速オーディションが始まった。オーディションを受ける生徒達は試験用の台本を読んだり、自己紹介をしたり、 審査員の質問に答えたりして自己PRをする…のだが、真面目に生徒を審査しているのはタナトスコンビと沙織だけだった。ヒュプノスは膝に抱いた自分自身に 金色の目を細め、ヒュプノス少年は目が渦巻きになっていて審査どころではなく、シラーは審査そっちのけでタナトスの写真を撮りまくり、アモールはシラーに 絡むチャンスを虎視眈々と狙い、ハービンジャーと玄武はアモールの野望阻止に意識が向いていて、マニゴルドは記入用紙で鶴を折っている。彼らが審査をサ ボっている理由は、『自分達がアレコレ言ったところで最終決定権を持つのはタナトス様とアテナだから、真剣に審査しても徒労に終わる』と考えていたからだ (実際その通りなのだが)。 オーディション受験者三人目の自己PRが終わったあたりでヒュプノスが軽く椅子に座り直すと、小さなヒュプノスは渦巻きの目に少し不安そうな色を浮かべ てヒュプノスを見上げた。 「あ…重たくないか?重いようなら降りるが」 「大丈夫だ。私はヘカーテ様と違ってか弱い女性ではないからな、同じ姿勢で座り続けているのが少し疲れただけだ。…ひょっとして私の膝に座っているのが子 供のようで恥ずかしくなったか?お前が降りたくなったなら降ろすが」 「い、いや、このままでいい。よよよ予備の椅子も、な、無いしな」 ヒュプノス少年が頬を真っ赤にしたまま首を横に振ると、ヒュプノスは嬉しそうに微笑んで膝に抱いた自分自身の頭を優しく撫でた。 タナトス達はそんな弟神コンビの姿にニヤリと笑い、シラーはますます目を輝かせて写真を撮り、アモールはここぞとばかりにシラーに絡もうとして、ハービ ンジャーと玄武は二人係りでアモールを押さえつけ、マニゴルドは紙飛行機を飛ばし始めたのを見て、イオニアの堪忍袋の緒がとうとうブチ切れた。 誰よりも生徒を愛するパライストラ学園の長は、テーブルを拳で叩いて若い衆を怒鳴りつけた。 「いい加減にしないかお前達!今はオーディションをやっているのだぞ!審査員としてこの場にいながら仕事放棄するとは、お前達はそれでも聖闘士の頂点に立 つ黄金聖闘士か!!」 「仕事放棄なんてしてないよ?ちゃんと必要事項は記入してるし」 「私も真面目に審査をしてますよ。ただ、より良い審査をする為にシラーとじっくり話をしたいと思って」 「俺はシラーが審査に専念できるようにアモールを押さえてんだよ」 「俺も同じく」 「誰を合格させるか決めるのはアテナとタナトス様なんだから、邪魔さえしなければそれでいいだろ」 「お前達…」 「あら、次はアモールの甥の番ですわね」 イオニアがこめかみに青筋を立てた時、沙織がさらりと皆の注意を引く言葉を言った。 審査員の聖闘士達が受験者の生徒に注意を向けたので、怒るタイミングを逃したイオニアは仕方なく口を噤んで次の受験者を目線で促した。 上品で柔和な顔立ちの美少年が審査員達の前に歩み出て一礼すると、アモールがパチパチと拍手した。 「よっ!待ってました!頑張ってくださいね!あなたがゴレンジャーのメンバーになれば、私は甥の応援と言う名目でスタジオに堂々と出入りできますから ねぇ…フフフフフ」 野望がダダ漏れているアモールを横目で見ながら『気の毒だけど彼の合格は絶対無いな』と聖闘士達が思っていると、タナトス少年がテーブルに身を乗り出し て銀色の大きな目をぱちぱちさせた。 「ん?ひょっとしてお前、エデンか?」 「…はい。青銅聖闘士、オリオン座のエデンです」 何故この小さな神様は自分を知っているのか…と怪訝そうにしながらエデンが頷くと、ヒュプノスの膝に座っている恥ずかしさから意識が逸れたヒュプノス少 年も彼をしげしげ見つめた。 「本当だ、エデンではないか。こちらの世界のエデンはもう中等部にいるのだな」 「へー、そっちの世界にもエデンはいるのか」 「そうか…アモールとソニアがいるんだから、エデンがいてもおかしくないよね」 「『もう中等部』と言うことは、そちらのエデンはこちらのエデンより幼いのかしら?」 「うむ。エデンは俺達の同級生だ」 「タナトスよ、よく見ると光牙や龍峰らしい奴もいるぞ」 「おっ、本当だ!こちらの世界のあいつらもパライストラに入学していたのだな!」 「ほう…お前達の知り合いがオーディションを受けに来ていたのか」 異世界の双子神の同級生がオーディションを受けに来ていると聞いて、漸く真面目に審査をする気になったらしい聖闘士達を見た沙織がにこりと笑って人差し 指を立てた。 「そういえば、戦隊モノではアクションシーンもありますわよね。アクションシーンの審査のためにシラーを相手に軽く模擬戦してもらうというのはどうかし ら」 「え?黄金の僕が、ですか?青銅聖闘士を相手に?」 「ふむ、面白そうだな」 「それは良いアイデアです、アテナ。シラーは今まで一度も非常勤講師として生徒を指導したことが無いですからな、アクションシーンの審査を兼ねた講義をし てもらいましょう。今まで審査をサボっていたのだからそのくらいはして貰わなくては」 「俺もシラーの授業を聞いてみたいぞ!」 「…分かりました。アテナとタナトス様がそうおっしゃるなら」 シラーが淡く笑んで椅子から立ち上がると、生徒達から拍手と歓声が上がった。ハービンジャーは生徒達の反応を見てたちまち楽しげな顔になり、生徒達と一 緒に頭上で拍手をして合いの手(?)を入れ始めた。 「よっ、待ってましたシラーちゃん!シラーちゃんのっ♪ちょっといいとこ見てみたい!!あ、そーれ♪さぁ皆さんご一緒に!せーの、シラーちゃんのっ♪」 「ちょ…プレッシャーかけないでくれるかな、ハービンジャー」 神々や黄金聖闘士もハービンジャーと一緒に拍手を始めたので、シラーは照れ臭そうに頬を染めながら皆の前に出た。 |
| 星矢部屋 | 総合目次 | SS・2012時代 | SS・神話時代 | SS・蟹座達 |
| 蝶様とのコラボSS第二段の第二話です。 今回は久々にΩ青銅の登場となりました。幻シリーズ以外では『七夕』以来の登場でしょうか。当サイトの世界観におけるパライストラと、Ω青銅の黄金聖闘 士に対する印象などの紹介を兼ねる意味があったので、学園シーンはかなり試行錯誤しました。当初の予定では皆がワイワイやってるところに偶然エデンが通り かかり、『蟹座の黄金のシラーってどんな人?エデンは叔父さんとお姉さんが黄金だから彼にも会った事あるんだよね?』と尋ねて、『君達が思っているほど高 慢ちきな人ではない。独特の価値観とスタンスを持った人ではあるが』みたいな会話を考えていました。けど、私のシラーさん贔屓をあまり出しすぎるのもよく ないと思って光牙と激の台詞でなるべく短めに、を意識して書きました。光牙がシラーさんにあまりいい印象を持っていない雰囲気にしたのはΩ本編の影響で す。 それから、このSSを書いてから「『冥界の神々が地上に来る時は黄金全員で出迎える』設定はどこ行った自分」とセルフ突っ込みが入りまして。「シラーさ んが冥妃の護衛任務についたことが冥界の神々への十分な牽制になっていると判断された為、同時に冥界の神々が地上を訪れる頻度が上がり黄金全員での出迎え が難しくなってきた為、アテナの了承があり『着地点』が聖域の時は黄金の出迎え無しでも良いということになった」という裏設定を作っておこうと思います。 双子神コンビ+蟹座コンビ登場時、お土産にミスドのドーナツを買ってきてて、生徒達に配って審査員もドーナツを食べながら審査…というのを考えていたの ですがうまく話に組み込めなかったのでミスドは後回しになりました。そして今回一番の見所は当ヒュプの膝に座る蝶様ヒュプですね!!当ヒュプは、いつも蝶 様タナ様を膝に乗せている当タナを羨ましく思っていて、でも、蝶様ヒュプは膝にのるなんて子供扱いは好きじゃないだろうな、と思って今まで遠慮していたの です。ちょうどよく椅子の数が足りなかったので、いい口実だと思って蝶様ヒュプを膝に乗せることを提案しています。 そして最後は、生徒達が拍手してシラーさんが前に出るところで終わっていました。でも、蝶様が『生徒達と一緒になって拍手するハビさん』を描いてくれまして、その姿が私のどつぼにはまりまして、ノリノリでシラーさんを送り出すハビさんのシーンを追加しました。 次の3話目は、シラーさんによるΩ青銅オーディションと神様+黄金の皆様inミスドの話になります。 そして蝶様の挿絵にニヤニヤが止まりません…タナトス様の綺麗な目とか、ちみっこタナ様のビビリ顔とか、真っ赤になってる蝶様ヒュプとか、女の子と見紛 うばかりの美人さんなシラーさん(しかもハビさんとツーショット!)とか、萌え満載で涎が…。そしてΩ青銅集合イラストで、一瞬龍峰が女の子に見えてし まったことは秘密です。 |