如月の時
EPISODE 2


 ――日本、北国。
 街の中心から少し外れた郊外のショッピングモールに、一風どころか二風も三風も変わったグループ客の姿があった。

「へーぇ、これが日本のスーパーか。ビシッと隙間なく物が整列してるところがいかにもって感じだな!」
「ねぇ時貞、イクラとウニも買っていいかな?あと苺も」
「ああもう、好きにしろ」
「ほう…菓子売り場が充実していますね」

 奇妙な四人組は周囲の客から向けられる視線を意に介する風もなく(約一名は意図的に無視して)買い物を続けていた。訳の分からない理屈とその場の勢いで 『第一回節分パーティーin聖域』の幹事を押し付けられた時貞と、買出しの手伝いに借り出されたハービンジャーとシラー、頼んでもいないのについてきたフ ドウである。
 どうしてこの四人がわざわざ日本のスーパーまで買い物に来ているのかというと、事の発端は変に生真面目でお人よしで、ついでに妥協という言葉を知らない時貞であった。




 …時は数時間前に遡る。
 訳の分からない理屈で節分親睦会の主催を押し付けられた時貞は、苦虫を噛み潰したような顔でパソコンに向かっていた。理由はどうあれ、頼まれた事は完遂 しなければ気が済まないし気持ちも悪い。とりあえず日本の調味料や米は自宮にあるので、寿司ネタに出来る魚を近場で調達できないかと調べていたのだ。
 いたのだが。

「ええい、何だこれは!海が近いくせに何故どの店もまともな魚を置いていないのだ!寿司は世界で最もメジャーな日本食だろうが!もういい、地元の店には頼らん!!」

 理不尽に逆切れた時貞はバーンと机を叩いて立ち上がった。


 今夜の夕食は手巻き寿司…楽しみですね、存分に腹を減らしておきましょう…などと考えながら処女宮で瞑想していたフドウは、眉を吊り上げ猛然と十二宮の階段を駆け下りて行く時貞の姿を見つけて小首を傾げた。
 なんだか面白そうな気配を感じた彼は、座禅をといて立ち上がると、町に出てもおかしくない服に着替えて時貞の後を追った。


 …シラーの足元に蹲っていたブサカワ顔のボストンテリアがふと顔を上げて耳をピクピクと動かした。鼻をクンクンして誰か来たことを確認したイギーは、ハービンジャー相手に対戦ゲーム真っ最中の主人の足を前足で引っ掻いた。

「アウゥ」
「イギー、今は取り込み中なんだけど。急ぎの用事かい?」
「ワン!」

 一声鳴いたイギーがリビングのドアに駆け寄ってカリカリと引っ掻いた途端、乱暴なノックと同時に扉が開いて時貞が顔をのぞかせた。

「あれ、時貞。どうしたのさ?夕食にはまだ早い時間だと思…」
「夕食の買い出しに日本まで行くぞ!二人とも今すぐ支度しろ!!」
「え?日本まで?」
「買出しって…俺もか?」
「買出しに手が必要なら声をかけろといったのはお前だろう!二度言わすな、40秒で支度しろ!!」
「あらほらさっさー!」
「りょ、了解!イギーごめん、留守番頼むね」
「イギッ!」

 時貞が何故ブチ切れているのか分からないが、逆らうのはマズイと直感した二人は慌ててコントローラーを置いて立ち上がり、さっと身だしなみを整えて携帯と財布をポケットに入れ、38秒で支度を終わらせた。
 …奇妙なトリオが巨蟹宮を出ると乙女座のフドウが入り口に立っていた。

「お三方、どちらまで?」
「日本まで。節分の寿司の買い出しだ」
「ほう…」

 フドウは一度目を瞬いて鷹揚に頷いた。

「よろしい。私も同行して差し上げましょう」
「付いて来るのは勝手だが、お前の趣味で買った物はお前の金で払って貰うぞ」
「それは困りますね。私は日本円など持ち合わせていないのですが」
「じゃあ僕が一時的に立て替えるよ。次の給料で差し引きしてもらうように経理に頼んでおくから、それでいいよね」
「ええ、構いません」
「シラーお前、金持ちの癖に金の貸し借りには本当シビアなのな…」
「お金に関してはナァナァにしないのが良好な人間関係を維持する秘訣だよ。と言うわけで時貞、皆で食べる分は均等に割り勘でお願いするね」
「無論だ」

 …とまぁ、こんな経緯があったのだ。




 片っ端から刺身や果物や酒や肴を買い物かごに放り込んでいく三人からふらりと離れて、相当な甘党であるフドウは菓子売り場に向かった。最近のシラーは日 本で任務をこなすことが多く、日本の菓子をしばしば土産に買ってきてくれる。そのせいでフドウはすっかり日本の菓子が気に入っていたのだ。
 日本円で掲示された値段がどの程度のものかイマイチ理解できないまま品定めをしていると、店員らしい女性に声をかけられた。

「新製品の試食をやっておりますぅ。おひとつ如何ですかー?」
「シショク…?」

 彼女の発した日本語の意味を考えていると、隣にいた親子連れがトレイに並んでいる茸の形をしたチョコクッキーを口に入れた。
 どうやらトレイに並んでいるこれは、金を払わずに食べても良いものらしい…と解釈したフドウは親子連れに倣ってチョコクッキーをひとつ口に入れた。

(ふむ、これはなかなか)

 ふと見ると、店員が今度はピンク色のチョコクッキーをトレイに並べて、親子連れの子供はピンクの方も食べている。少し迷って、フドウもピンク色のチョコクッキーを摘まんで食べてみた。…苺味のこちらもなかなかである。
 もうひとつ食べていいものか迷っていると、三つ目のクッキーに手を伸ばした子供を母親が止めた。

「これは味見用なんだから、そんなに食べちゃダメよ。もうおしまい」
「えー。もっと食べたいー」
「仕方ないわねぇ。じゃあどっちかひとつだけね?お姉さんに、下さいなって」
「わぁい!じゃあ、いちごあじ、くださいな!」
「はい、ありがとうございます」

 チョコクッキーを一箱かごに入れて立ち去る親子連れを見てフドウは目を瞬いた。
 なるほど。これは味見用で、食べてみて気に入ったら買うシステムと言うことですか。
 フドウがチョコと苺味を二箱ずつ手に取ると、店員は笑顔で菓子の棚を指した。

「よろしければこちらも如何ですか?こちらが『大人の味わい』のきのことたけのこ、こちらが季節限定の…」

 …買い物かご一杯にきのこの山とたけのこの里を入れて合流したフドウに突っ込む者は誰もいなかったらしい。




 その夜、宝瓶宮。
 私室を兼ねた畳敷きの茶の間で、シラーとハービンジャーとフドウが茶を啜りながら毒にも薬にもならないテレビ番組を見ていた。夕食の準備を手伝うと申し出たのだが、『素人は手出し無用』と時貞にキッパリと断られたためである。
 慣れない座布団に座ったハービンジャーはもぞもぞと座りなおして不満そうにシラーとフドウを見遣った。

「なぁ、酒くらい飲んで待っててもいいんじゃねーか?俺らだってちゃんと金払ったんだしよ、律儀に時貞を待ってなくてもいいだろー?」
「お金は払ったけど食事の準備は手伝ってないだろ。先に飲んでるなんて時貞に悪いよ。少しぐらい待ったらどうなのさ」
「シラーの言う通りです。そもそもハービンジャー、あなたは日本酒の正しい飲み方を知っているのですか。聞くところによると、専用のピッチャーとグラスを使い、定められた温度で飲むものだそうですよ。ほら、そこに湯の入ったホットプレートがあるのもそのためでしょう」
「へ?そんな面倒なもんなのか?」
「んー…面倒と言うか、日本酒は温度によって味も呼び名が変わるらしいよ。ハービンジャーも『熱燗』くらいは聞いたことあるだろ?せっかくだから美味しい状態で飲んだ方がいいんじゃないかなぁ」
「ああ、酒をホットで飲むのか?ってビックリしたから覚えてるぜ」

 ハービンジャーが頷いた時、部屋の襖が開いて時貞が姿を見せた。寿司飯を山盛りにした桶を片手で持ち、もう片方の手には取り皿や刺身の皿を何枚も器用に持っている。

「待たせたな、準備ができたぞ」
「おっしゃ!待ってました!」
「適当に並べて構いませんね?」
「これで全部じゃないよね。運ぶのだけでも手伝おうか?」
「ああ、頼む。それからこの徳利はホットプレートに入れておいてくれ」

 …寿司飯と刺身と寿司ネタ一式と酒と果物とその他諸々がちゃぶ台に所狭しと並んで漸く時貞は座布団に座った。ちなみに、『チューブの山葵おろしなど邪道』と言うことで生の物をすりおろして出すこだわりようである。
 さぁ食うぜ!と腕まくりしたハービンジャーははたと手を打った。

「そうだ、食う前に酒だ酒!乾杯と行こうぜ!で?日本酒専用のグラスってーのはどれだ?」
「これだよ。『お猪口』って言うんだって」
「随分と小さいですね」
「日本酒はガブガブ飲む酒ではないからな。…まずは熱燗で飲んでみるといい」
「こんなちっこいカップで乾杯してもイマイチ盛り上がらねーけど…まぁいいか。んじゃ、仲間の絆を深める親睦会開催を祝って、かんぱーい!」

 ハービンジャーが音頭を取って、四人はお猪口をカチンとぶつけて酒を啜った。
 ガブガブ飲むものではない日本酒をきゅっと一気飲みしたハービンジャーはウキウキとちゃぶ台に身を乗り出した。

「で?これはどうやって食うんだ?」
「最初に取り皿に醤油を入れて山葵をといておけ。…まずは海苔を取って、酢飯を適量乗せる。寿司とはネタを楽しむものだから飯は控えめなくらいでいい。飯を乗せたら好きな寿司ネタを乗せて海苔で包む。後は醤油をつけて食べるだけだ」
「オープンサンドみたいなものだね」
「…これが『セツブンのエホウマキ』であるなら食す際の作法があるはずですが」
「おー、そうだったそうだった!あぶねぇ、普通に食っちまうところだったぜ」
「そうだな、最初の一本は恵方巻きの作法に則って食べるのがいいだろう。今年の恵方は…あちらだ」
「そっちを向いて黙って一本食べればいいんだね」
「んじゃ、今年のハッピーを日本の神様にお願いして、っと。いただきまーす!」

 もぐもぐもぐもぐ。
 四人揃って壁…ではなく恵方を向いて手巻き寿司を一本無言で食べきって(メンバーがメンバーだけに凄まじく奇妙な図である)、一同は改めて山盛りの寿司に向かった。




「つーかさー、なんで玄武はあんなにシラーとつるんでるワケ?この間も俺が巨蟹宮に遊びに行ったら先にいてシラーとゲームやってるしよー。ちょっと前まで あんなにシラーをボロクソ言ってたくせによー。何だよもー、『シラーと仲良し黄金オンリーワン』の俺の立場がないじゃんかぁぁ!!うぉい聞いてるかシ ラー!?俺はなぁ、お前の唯一無二の親友でいたいっていってんの!」
「うんうん、ちゃんと聞いてるよ。時貞、カニカマ取って」
「共食いか、シラー」
「カニカマは蟹じゃないし。共食いって言うなら牛カルビ巻き食べまくってるハービンジャーに、だろ?」
「カニカマと牛カルビと苺を一緒に巻いてもなかなか美味ですよ」
「フドウ、その組み合わせは…」
「『友食い』が嫌だぁ!?それは聞き捨てならねぇ!カルビを巻いて食え、俺を巻いて食え!!」
「カルビはともかく君は嫌だよ」
「んなぁっ!俺はお前をこんなに愛してるのに、お前は俺を愛してないって、そう言うのかよシラーちゃぁぁぁん!!」
「そんなことないよ、僕も君を愛してるよハービンジャー」
「何だよぉその心のこもってない『愛してる』の言葉はぁぁぁぁ!玄武の次はフドウや時貞に浮気しようって言うのかぁぁぁぁ」
「…予想以上に酒癖が悪いな」

 すっかり酔っ払ってちゃぶ台を叩きつつシラーに絡みまくるハービンジャーを見て時貞は浅く溜息をついた。
 火星の神を名乗る敵との戦いで九死に一生を得たことをきっかけにシラーは良い方向に変わった、と時貞も感じていた。頑ななまでに心を閉ざしていた彼が仲 間を仲間として認め、心を開いて友達付き合いを始めた事は良いことだ、とも思っている。面倒な節分親睦会の主催を引き受けたのも、今まで意図的に距離を取って きたシラーの人となりに少なからずの興味があったという理由も否定しない。普段は仲間内の集まりなど参加しないフドウが親睦会参加を了承したのも、時貞と 似たようなことを思ったからだろう。
 …酒を啜りながら時貞は思う。

(それがハービンジャーには面白くないのだろうな。面白くない、という言葉は不適切かもしれないが)

 心を閉ざしていた頃のシラーとまともに『友人として』交流しているのはハービンジャーだけだった。ハービンジャー自身もそれが良いことだとは思わない反 面、『オンリーワンの自分』が嬉しくもあったのだろう。きっと彼は、今まで独り占めできていた親友を独り占めできなくなることに一抹の寂しさを感じている のだろう、と。

(そういえば俺も、修行仲間の同期が一人しかいなくて、必然的にそいつとつるむことが多くて、互いに互いを無二の親友だと思っていたが、あいつに実の弟同然の弟弟子ができて、奴が弟分にかかりきりになった時には嫉妬にも似た寂しさと面白くなさを覚えたものだ…)

 
 感傷に浸りつつ、時貞は一人うんうんと頷いていたが。
 ドッターン!!
 ハービンジャーがシラーを畳に押し倒したのを見た瞬間に酔いが吹っ飛んだ。
 突っ込む言葉も出てこなくて、ギギギギギ…と首を回して隣のフドウを見ると、彼は何を意に介する風もなく手巻き寿司を黙々と咀嚼している。
 ひょっとしてもしかして、考えたくもないが、驚いている自分の方がおかしいのか。
 そんなことを考えながら視線をハービンジャーとシラーに戻すと、牡牛座は蟹座の胸に顔を埋めておいおいと泣き始めた。

「何だよ何だよ何なんだよシラーちゃんてばよぅ〜前は俺が声かけたらすぐ付き合ってくれたのに最近はつれなくなっちゃってさぁ〜俺、寂しいぃぃ〜〜ぶぇぇぇぇ〜〜〜シラーちゃんのダチ1は、シラーちゃんが一番愛してるのは、この俺じゃなかったのかよぉぉぉ〜〜〜」
「ああ、そうだよ。僕の親愛なる一番の友人が君だよ。だからハービンジャー、鼻水を僕の服につけないでくれるかな」
「まじ?まじ?本当に?」
「疑うなら時貞とフドウの前で宣言するよ。僕の一番の友人はハービンジャーだよ、って」

 押し倒されたままのシラーが淡く笑んでハービンジャーの頭を撫でると、べそべそしていた彼は鼻をぐしゅぐしゅしながらぱぁっと顔を輝かせた。
 ほら、と渡されたハンカチでチーン!と鼻をかんで、ハービンジャーはシラーに抱きついた。

「う゛えぇぇぇ、シラーちゃんてば、愛してるぜぇぇぇぇ」
「あいたたたたたっ」

 ハービンジャーはシラーを熱く抱擁して、そして。
 ぶちゅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
 キスをした。そりゃもう熱烈なキスをした。

「……………」

 時貞は目玉が落っこちるほど目を剥いて、顎が外れるほど呆然として、冷や汗を滝のように流しながらフドウを見て、フドウがビクとも動じず酒を飲んでいるのを見て、現実逃避を起こしそうになった時。
 ドガッ!!

「ちょ、いきなり何するんだこの馬鹿牛!!」
「あがっ!!」

 押し倒された姿勢のままシラーがハービンジャーを思い切り蹴り上げた。二人の体勢と位置関係のせいで股間の急所に手加減なしの蹴りを食らったハービン ジャーはうめき声を上げて飛び上がり(思わず時貞も正座してしまった)、蹴られた場所を押さえて前のめりになった途端、シラーは渾身の右ストレートをハービン ジャーに叩き込んだ。
 得意分野は遠距離攻撃でお世辞にも肉体派とは言えないとは言え、シラーも黄金聖闘士だ。本気で殴られれば半端なく痛い。それはもう、ハービンジャーが涙ぐむほど痛い。
 …まぁ、まともな反応ではあるな。
 壁際まで吹っ飛ばされたハービンジャーを見て妙な安堵を覚えた時貞は、シラーが右手を掲げて小宇宙を集めるのを見て三度目を剥いた。
 これにはさすがのハービンジャーも酔いが吹っ飛ぶほど驚いたらしい。

「え?ちょ、おい、シラー、それは…」
「冥界で頭を冷やして来い!――積尸気冥界波!!」
「おわぁぁ!!ちょっと待っ…」

 ドォォーーーーン!!!!
 闇色の小宇宙が宝瓶宮の上に聳え立ち、それが消えた時にはハービンジャーの姿も消えていた。
 積尸気冥界波をなんの躊躇いもなくぶちかましたシラーが顔をしかめて口をハンカチで拭いながら立ち上がった。

「ごめん時貞、洗面台借りていい?あと、うがい薬か口の消毒薬あったら貰っていいかな」
「あ?あ、ああ、洗面台にモンダミンがあるから好きに使ってくれ」
「ありがと」
「…………」
「シラーも随分と酔っているようですね」
「え…」
「冥界の神々に無断でハービンジャーを黄泉比良坂に飛ばしては迷惑がかかるでしょう。普段の彼なら積尸気冥界波を撃つ前に先方に了解を取ったでしょうに、そんな判断も出来ないほど酔いが回っていたとは」
「…………」

 気にするのはそこか?そこなのか?そこでいいのか?
 真剣に考え込む時貞を気にする風もなく、フドウは洗面室から戻ってきたシラーにお猪口を差し出した。

「どうです、口直しの一杯など」
「ああ、頂くよ」
「それからこれもどうです?苺の巻き寿司です。口の中がさっぱりしますよ」
「…ん、意外にいける。苺大福みたいなものだね」
「…………」

 なるほど、確かに酔っている。顔に出ないだけで、シラーもフドウも相当に出来上がっている。
 なんだかもう色々な諸々が理解できる範疇を越えてしまったせいで、一周回って冷静になった時貞が酒を啜っていると、シラーの携帯が鳴り出した。シラーはちらりと着信画面を見て、通話ボタンではなく電源ボタンをギューッと押した。
 寿司飯の上にウニといくらを山のように盛りながらフドウが目を瞬いた。

「時にシラー。事後承諾と言う形にはなってしまいますが、聖闘士を黄泉比良坂に送り込んだ事は冥界の神々に伝えておいた方が良いのではありませんか。パニックになったハービンジャーが冥界に迷惑を掛けるようなことがあっては申し訳ないですし」
「ああ、確かにそうだね。やっぱり僕も酔っ払ってるんだなぁ、そんな当たり前のことを忘れるなんて。ご忠告感謝するよ、フドウ」
「どういたしまして」
「この時間なら電話しても大丈夫かな。…もしもし、タナトス様?夜分遅く申し訳ありません、蟹座のシラーです。ご機嫌麗しゅうございます。実は、取り急ぎ お耳に入れたいことが…。…いえ、そんな深刻な話ではありません。ハービンジャーが酒の席で笑えないボケをかましてくれやがったので、僕が積尸気冥界波で 突っ込みを入れたんです。黄泉比良坂に落ちたあの馬鹿牛が騒いでうるさいかもしれないのですがその点に関してお許しを頂ければと…」

 …電話の向こうでタナトス神が大笑いしているのが聞こえる。
 真面目に叱責されるかもしれないと緊張していたシラーはホッとしたように笑みを浮かべた。タナトス神に何か尋ねられたのか、ハービンジャーの服装などをシラーが伝えていると、今度は時貞の携帯が鳴り出した。着信画面には『ハービンジャー』の文字。

「…もしもし」
『ああ、繋がった!ありがてぇ!シラーちゃんに電話したらいきなり切られるしかけ直したら電源切れてるし今度は話中だし、俺もう一体どうすればいいのか分かんなくて…ギャーーーー!!!!』
「どうした?黄泉比良坂の穴にでも落ちたか?」
『幽霊!幽霊が、今、俺の隣を通って行った!!』
「そりゃあ冥界だからな、幽霊くらいいるだろう」
『ダメ!ダメ!俺、オカルト関係からっきしなんだよ!お化けとか幽霊とかそういうの、一切合財ダメなんだよ!うひゃああああマジモンのゾンビがいるじゃねーか!怖ぇぇぇ!!この世にこんな怖いところがあっていいのかぁぁぁぁ!!!』
「いや、そこはあの世だし」
『ンなことはどうでもいいから助けてくれよ、怖ぇよーーーー!!』
「俺に助けを求められてもな…。黄泉比良坂に自力で行き来できるのは蟹座だけだし、マニゴルド先輩かデスマスク様に頼んだ方が早いと思うが」
『うぎゃぴー!!亡者が、亡者が寄って来るんだけどーーー!?!?』
「…おいシラー、ハービンジャーが『お化けやゾンビや亡者や幽霊がいる』と喚いて相当混乱してるようだが」
「ああ、ハービンジャーはそういう霊的なものに弱いんだよね。スプラッタ系ホラーはゲラゲラ笑って観るけど、貞子とかリングとかのジャパニーズホラーは本気で怖がるんだよ」
『どわーーー!!』
「で、タナトス神と話はついたのですか」
「うん。時貞、ちょっと電話変わってくれる?」
「ほらよ」
「…もしもし」
『うお!シラーちゃん!さっきのことなら謝るから助けに来てくれよぉぉぉぉ!!!』
「今回の件に関してタナトス様に相談したら、君を保護する為にミーノスを寄越して下さるって。タダで保護して頂くのは心苦しいから何か御礼は出来ませんか?ってタナトス様に伝えたら、冥界の復興を君が手伝ってくれればそれでいいって仰せだったよ」
『へ?あ?ん?え、じゃあ、俺はいつどうやって聖域に帰ればいいんだ?タナトス様が送ってくれんのか?お前が迎えに来てくれんのか?』
「現時点では何とも言えないな。僕も明日から一週間ほど予定が詰まってるし…何か分かったら追って連絡するよ。そういうわけだから、タナトス様やミーノスの言うことを良く聞いて失礼のないようにね?ハービンジャー」
『ちょちょちょちょ!いやいや、そういうわけってどういうわけ』

 ブツッ。
 ハービンジャーが何か言っているのを無視して携帯の電源を切ったシラーは、涼しい顔で時貞に携帯を返した。
 一体何本目か分からない手巻き寿司をもぐもぐしながらフドウはシラーに目を向けた。

「これで一安心ですね。心配事が片付いたところで、改めて飲み直すとしましょうか。露天風呂に入って月を見ながら酒を飲むなど如何です?確か日本にはそういう文化があったはずですよね」
「いいねぇ、それ。時貞も一緒に来るよね?」

 常識の枠に捕らわれないにも程がある乙女座と、頭の螺子が緩んで抜けていることに定評のある蟹座は、ハービンジャーは最初から同席していなかったのではと錯覚するほど常と変わらぬ表情と口調で月見酒を提案してきて。
 …そんな二人を見て溜息をついた時貞は、考えるのをやめることにした。


NEXT


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 一年前からネタがあるにはあったものの、形に出来ずに一年経ってしまった「Ω黄金の節分+バレンタイン」SSです。
 フドウさんがスーパーでチョコを試食、のエピは入れるかどうしようか悩んだのですが、せっかく閃いたんだから入れとけいれとけ!のいつもの貧乏性で入れ ることにしました。そしてこのSSを書くにあたり改めて日本酒について調べてみたのですがなかなか興味深かったです。飲む温度によって冷や・ぬる燗・熱燗 と呼ぶのは知っていましたが、もっと細かく温度によって呼び名が分かれていたとは…。そしてアルコール度数はワインと大差ないというのもちょっと意外でし た。SSを書くたびに無駄なトリビアが増えていきます(笑)。
 それから、同じキスシーンなのに玄シラとハビシラで全く違う点にも笑っていただけたら嬉しいなと。
 予想外に話が長くなってしまったので、バレンタイン部分は3話目で。