契約の時
牡牛座編

 ――巨蟹宮。
 いつものように食事時に押しかけて夕食の同伴に預かったハービンジャーは、食器を下げるついでに冷蔵庫を開けて缶ビールを二本取り出した。ついでに戸棚を勝 手に物色してつまみになるものを見繕う。宮の主シラーはと言えば、ハービンジャーに苦言を呈しても時間の無駄と分かっているので完全無視を決め込んでい る。缶ビールとつまみを持ってリビングに戻ったハービンジャーはヱヴァンゲリヲンのDVDをデッキに入れた。ソファにゆったりともたれて読書中のシラーの 隣に腰を降ろして、ビールの缶を開けつつ再生ボタンを押した。
 


「へー、今回は新しい女パイロットがいるのか。けど惜しいなー俺は眼鏡っ娘萌えじゃねーんだよなぁ」
「おっ。今回は綾波がわりとマトモだな」
「アスカの苗字が惣流から式波に変わってんな。何の意味があるんだ?」
「ミサトは相変わらずいい女だよな!あんな女がいたら一緒に酒を飲みたいもんだぜ」
「おいシラー、お前は綾波派か?アスカ派か?それともマリか?ミサトとかリツコとか、後はオペレーターの…マヤだっけ?とかもいるけどよ」

 熱心にDVDを鑑賞しながらハービンジャーはシラーに話しかけていた。彼が読書中でもお構いなしである。一方のシラーも、特に返事をしなくてもハービンジャーは気にしない事は分かっているので無言のままで読書を続けていた。
 …ハービンジャーはビールを飲みつつナッツを一掴み口に入れてバリバリと噛み砕いた。

「『あなたは死なないわ、私が守るもの』…やっぱ名台詞だよなー」
「…あのさ。仮に、の話なんだけど」
「おう、何だ」
「僕が君より先に死んだ時のこと、話しておきたいんだ」
「………………。は?」

 ハービンジャーは片方だけの目をまん丸にしてシラーを見た。彼は無表情のまま視線を本に落としている。
 …シラーの頭のネジが何本か緩んで抜けていることは先刻承知だし、彼が真顔でトンデモ発言をするのはいつものことだ。だから、親友を自負するハービンジャーはちょっとや そっとでは驚かない。ちなみに、『世界なんて消えてしまえばいいのに、と思うことがある』とシラーに言われた時、彼はケロリとした顔で『へー』と返した。
 そのハービンジャーでも今のシラーの発言には驚いた。
 コイツ今、何て言った?『僕が死んだ時』とか聞こえたぞ。死ぬのが大嫌いで、『死から遠ざかる為に蟹座の黄金になった』と臆面もなく言い放ったあのシラーが、『僕が死んだ時』だと??
 思わずDVDを一時停止してシラーに向き直ると、彼はハービンジャーに視線を向けて自身の蒼い目を指差すと淡々と言葉を続けた。

「僕が君より先に死んだその時は、僕の目を君にあげるよ」
「はい?」
「そして君の一部になって、君と一緒に世界を見るんだ。…僕は、君と一緒に生きたい」
「は?え?あ?へ?」
「『君と一緒に生きたい』…なんてロマンチックな言葉なんだろう。君もそう思わないかい、ハービンジャー」
「……………」

 えーと…。
 あまり論理的思考が得意とは言えない脳味噌をフル回転させたハービンジャーは、淡く笑んだシラーと彼が開いている本を交互に見て、一つの結論を導き出した。

「シラーちゃんよ、それはお前様が読んでる本に出てきた台詞か?」
「そうだけど」
「……………」
「ライバル同士で親友同士の軍人が出撃前に交わす会話なんだけどね。片方は力を渇望する半面で死に怯える優男、片方は豪放磊落筋骨隆々で片目の大男なんだ。何だか僕達みたいだなって思って」
「そーですねー」

 ハービンジャーは思いっ切り棒読みで返事をして、肺の中の空気を全て吐き出す勢いで溜息をついた。
 DVDの再生ボタンを押して映画鑑賞に戻りながらハービンジャーはブチブチと言った。

「シラーちゃんよー、本の話なら最初にそう言ってくれよー。死ぬのが大嫌いなお前が『僕が死んだ時』とか、いきなり何を言い出すかと思ったぜぇ」
「ああ、ごめん。それでね、結局、この話では『力を渇望する半面で死に怯える優男』は戦死しちゃうんだよ。そして残された片方は約束通り親友の目を貰っ て、自分の目と親友の目で世界を見て、『お前が守ったこの世界、俺はちゃんと見えてるぜ。お前は見えてるか?』って言うんだ」
「へー」
「でね、この本を読んで思ったんだけど。君の言う通り僕は死が大嫌いだ。でも、好むと好まざるに関わらず死は必ず訪れる。だったら、『必ず訪れるその時の 約束』があった方が死への嫌悪が少しは薄まるかなって思ったんだよね。何て言うの?肉体の一部とは言え『自分が生き続けていられる』と思えることで安心感 が得られるっていうかさ」
「……………」
「カヲル君が言ってたよね。『生きることと死ぬことは等価値だ』って。あの台詞、僕は妙に納得しちゃったんだよねぇ」

 本をソファに置いてシラーは目を映画に向けた。
 緊張感溢れるドンパチを純粋に楽しんでいたハービンジャーは複雑な面持ちでクッションを抱えて顎を乗せた。
 独り言のようにシラーは続ける。

「あとさ、『好きと嫌いは表裏一体』って言うじゃない?強い嫌悪は即ち強い興味であって、小さなきっかけひとつで嫌悪は好意に変わることもあるんだよ」
「死ぬのが大嫌いなお前が死を大好きになるかもしれない、ってか?」
「絶対に有り得ないとは言い切れないんじゃないかな」
「…想像もできねーや」
「前に話したよね。『自分のことを見てくれる、気にしてくれる、優しくしてくれる、愛してくれる人が一人もいない世界なんて、守る価値なんてないじゃないか。だったら、そんな世界なんて、無くなっても良いと思わない?』って」
「好きと嫌いが表裏一体の話題とそれがどう関係あるんだよ」
「僕が世界を消すのと、世界から僕が消えるのは、『僕が世界を見捨てる』って意味では同じじゃないかなって。一生懸命世界を滅ぼすより、僕があっさりと世界から消える方がより残酷じゃない?」
「……………」

 ハービンジャーはじろりと横目でシラーを見た。
 どこまでも透き通った蒼い目が常軌を逸してぶっ飛んではいるが至って冷静で落ち着いた顔をしていて、つまりシラーは普段通りにイカレていた。
 だからハービンジャーもいつもと同じ調子で言葉を返す。

「あのさぁシラーちゃんよー。その話が出た時に俺が言った『もしお前が、誰も自分を愛してくれないから世界なんて消えちまえって思った時は迷わず俺のところに来いよ。骨が折れるほど抱きしめながら、愛してるって言ってやるから』って約束はどうなったんだよー」
「ちゃんと覚えてるよ。今話してたのは僕より先に君が死んだ時のことさ」
「…あ、そ」
「それで話は最初に戻るけど、君より先に僕が死んだ時のことも約束しておきたいなって思ったんだ」
「お前の目を俺に移植しろってかぁ?」
「オッドアイは嫌?僕と君の目の色はさほど違いはないと思うけど」
「嫌っつーか、お前が俺より先に死ぬとか有り得ねーから。俺は有り得ないことの約束なんざしねー主義なんだよ」
「何を根拠に有り得ないなんて言い切るのさ」
「そりゃお前、決まってんだろ」

 視線を映画からシラーに向けてハービンジャーは言った。

「『あなたは死なないわ。私が守るもの』」
「……………」

 蒼い目を一度瞬いたシラーがハービンジャーに視線を向けた。
 映画は丁度、『ヤシマ作戦』のクライマックス…シンジが搭乗したエヴァ壱号機をレイの零号機が守るシーンに差し掛かっている。
 …使途を倒した後、シンジがレイを助け出す名場面を視界の隅で見ながらシラーがポツリと言った。

「『ごめんなさい。こんな時、どんな顔をしたらいいか分からないの』」

 そう呟いたシラーは微かに戸惑いの感情が見える無表情で、ハービンジャーに合わせたかのような台詞は恐らく彼の本心なのだろうと察しがついた。
 …だから。
 ハービンジャーは二カッと笑ってこのシーンに最も相応しい言葉を返した。

「『笑えば、いいと思うよ』」
「――………」
「お前が俺より先に死ぬことなんてねーよ。俺が守ってやるからな。お前が世界なんて消えちまえなんて思うこともねぇ。俺が『愛してる』って言ってやるからな。だからお前は、俺の隣でヘラヘラ笑ってればいいんだよ」

 シラーは驚いたように目を見開いて、そして。
 唇を綻ばせて柔らかで自然な笑みを浮かべた。
 ハービンジャーが小指を差し出すとシラーはその指に自身の指を絡めた。あの日あの時、愛してるの言葉を約束した時と同じ儀式。
 絡め合った指を上下に振って、ハービンジャーはシラーの手を握った。




 ――必ず守るから、愛してると言ってやるから。だから。
 だからお前は、世界から消えることも、世界を壊すことも考えなくていい。ただ、俺の隣で笑ってればそれでいいんだよ。
 その最高にイカレた綺麗な蒼い目で、『守る価値なんて欠片もない世界』を見物しながらな。


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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


「明るく甘めの前編+病んでて暗めの後編・前後編合わせて一話分の長さ・同じテーマでハビシラと玄シラを書く。ただしハビシラは友情物、玄シラはラブコメがコンセプト」というテーマと言うか縛りで書いたSSです。
 後編の展開を意識して書いていたせいか前編もちょっと病んでる要素が入った気もしますが、シラーさんは(ある意味ハビさんも)公式で病んでる部分がある キャラなのでいいかなと思ったり。シラーさんが読んでいる本は架空のものですが、モデルにしたのはサイキックフォースという格ゲーキャラ、ガデスと刹那で す。
 後編ですが、「病んでて暗め」がテーマになるので苦手な方はご注意ください。具体的には、シラーさんの目がハビさんに移植される話になる予定です。
 以下製作裏話的な話です。
 ガデス→筋骨隆々豪放磊落と見せかけて狡賢く計算高い片目の大男。刹那→力を渇望するあまり自身の体を改造してしまった細身イケメンで、自身に過剰な自 信を持つ反面コンプレックスを持ち、性格は短気で直情型。二人は同じ軍隊の同僚で、刹那はガデスを一方的にライバル視している。
 ゲーム公式のそれぞれのストーリーモードでは(やたら死者の多い作品の中で)、ガデスは生き残って組織を離れて自由の身。刹那は自由を勝ち取ったと思っ た直後に改造手術の副作用で死亡という正反対の結末。無論と言うべきか、二次創作ではこの二人が良くCPにされていました。優男の死後、彼の目をライバル であり親友(恋人)だった片目の大男に移植するネタはここから来ました。
 最後の一文に悩んでいた時のBGMが『悪ノ召使』で、『僕が君を守るから、君はそこで笑っていて』の歌詞に『これだ!』と思って最後の文が決まりまし た。あとは『イカレた』と言う文字が『イカした』にも見えるので、『イカレた』の文字に『イカした』の文字と意味も重ねる狙いで『イカレた』という単語を 入れてみました。