| 西暦2012年6月某日。 任務という名のバイトを終えたシラーが十二宮に帰ってくると、奇妙な一行が階段を降りてくるのが見えた。 牡牛座のハービンジャー、双子座のパラドクス、天秤座の玄武の三人が一緒にいるのはいつものことだ。魚座のアモールが同行しているのもまぁ分かる。しか し、女神アテナと教皇シオン、更に老師童虎という重鎮まで同行しているのは珍しい…と言うか、シラーが知る限りこれが初めてだ。 女神が教皇と老師、更に黄金聖闘士を四人も同伴して十二宮を出るなど、余程のことでもあったのだろうか。冥妃の転生体である龍神秋乃は何も言っていなかったから冥界絡みではないのか、それとも彼女には知らされていないだけで何かトラブルでもあったのか。 そんなことを一瞬で考えたシラーが眉根を寄せて急ぎ足に階段を上ると、一行が彼の姿に気付いたらしい。ハービンジャーとパラドクス、そしてアモールがにこりと笑って片手をあげたが、玄武だけが明らかにギクリとして不自然に視線を逸らした。 シラーはちらりと玄武に目をやって女神に一礼した。 「蟹座のシラー、冥妃護衛の任務よりただいま帰還いたしました」 「ご苦労さまでした」 「…ところでアテナ。教皇と老師だけでなく黄金聖闘士を四人も伴ってお出かけとは。何かあったのですか?」 「そう深刻な顔をする必要はありませんよ、シラー。これはプライベートな外出です。そうですね…遅くとも今夜にもヒントが得られると思いますわ」 「は…」 きょとんとするシラーに、アテナは悪戯っ子のような顔で片目を瞑って見せた。 じゃーなー、と手を振って聖域を出て行く一行に手を振って、シラーは首を傾げつつ自宮に向かった。 あのメンバーが一緒に行動するような理由、何かあったっけ? シラーは妙に落ち着かない気持ちで部屋の時計を見た。夕食時を少々過ぎたが日付が変わるまでにはまだたっぷり時間がある。『遅くとも今夜にはヒントが得られるだろう』とアテナは言っていたが、この時間になっても何もそれらしき情報は得られていなかった。 …気になる。 少々珍しい取り合わせの面子がプライベートでどこかに出掛けただけだと言うのに、どこに何をしに行ったのか気になって気になって仕方がない。どうしてそ んな些細なことがこんなにも気になるんだと思っても、気になるものは気になる。まだ『今夜』は終わっていないと思っても気になる。 「ああ、もう!」 気になって気になってもどかしくてたまらなくなって、シラーはそこそこ高級なワインと小腹を満たせるつまみを持って巨蟹宮を出た。 …些か乱暴に宮の扉を叩くと、ドタドタという足音が聞こえてハービンジャーが顔をのぞかせた。 「はいよー…ってあれ?シラーじゃねぇか。こんな時間にお前が訪ねてくるなんて珍しいな。まぁいいや、入れよ」 「邪魔するよ」 「お、ワイン持参か。一杯やりにきたのか?」 「聞きたいことがあって来たんだよ。これは君の口を開かせるための手土産」 「…悪い、前言撤回。中には入れられねぇ。帰れ」 「は!?」 ハービンジャーの言葉にシラーは我が耳を疑い、目の前で閉められかけた扉の隙間に靴先を突っ込んで開いた方の手で扉を掴んだ。 玄関先で帰ろうとしても部屋に引きずり込まれた経験は数え切れないほどあるが、シラーが訪ねて来たのにハービンジャーに門前払いされたのはこれが初めてだった。あまりに予想外の展開過ぎて、理由も聞かずに帰れるかと言う気分になった。 狭い扉の隙間からハービンジャーを睨み付けてシラーは言った。 「用件も聞かずに帰れ?何それ?失敬にも限度があるだろう?」 「用件なら聞いた。俺に聞きたいことがあるんだろ」 「そうだよ」 「だったら帰れ」 ハービンジャーは不自然に目を逸らしつつ、扉の隙間に挟んだシラーの足を自分の足で押し出しながら扉を掴んだシラーの指を引き剥がそうとした。 明らかに様子がおかしい。 シラーは足を押し出されたフリをして、ハービンジャーがほっとして気を抜いた一瞬の隙を突いて扉の中に片足を突っ込んだ。シラーの足を折ってまでハービンジャーが扉を閉めることは無いだろうと踏んでの博打である。 「意味不明だよ!せめて僕が聞きたいことが何なのかくらい聞いたらどうなのさ!」 「お前が聞きたいことっつーのは、『今日、俺達が何処に何しに行ったか』だろ!お前が手土産まで持って俺の口を割らせて聞きたい事つったらそれしかねぇ!」 「分かってるなら話は早い。君達が何処に何をしに行ったのか教えて欲しいんだ。気になって気になって、これじゃ今夜は眠れないからね」 「じゃあ明日まで起きてりゃいいじゃねーか!」 「明日?と言うことは、君達が出掛けた理由は明日の『何か』に備えるためなんだね?」 「うっあー、これだから頭の良い奴は嫌いなんだよぉぉぉ!ああもうシラー、今すぐ帰れ頼むから帰れ俺が誘導尋問に引っ掛かって全部ゲロる前に帰ってくれぇぇぇ!もうヒントはやったじゃねぇかぁぁぁぁぁ!!!」 「…………」 シラーは唇を曲げて思案した。 ハービンジャー達が何処に何をしにいったのか気になるのは事実だ。だが、その質問をぶつけられたハービンジャーが本気で困っているのもどうやら事実のよ うだ。そして、『明日の何かに備えるためなんだね?』というカマかけに引っ掛かった彼が『ヒントはやった』と言ったのを見ると、シラーには伏せておきたい 『何か』が行われるのが明日だということは察しがつく。 ここは引き下がった方がいいのだろう、とは思う。何かのサプライズがある事は察しがつくし、ネタばらしを先にされてしまってはインパクトも面白みも半減してしまうだろう。 …と、頭では思う。思うのだが、口の軽いハービンジャーが何故こうも頑なに口を噤もうとするのか気になって仕方がない。 理屈と感情、どちらを優先すべきか決めかねたシラーが黙り込むと、シラーを追い出す方法を決めかねていたらしいハービンジャーが先に痺れを切らした。 「よし分かった。とっておきの情報をやる。とっておきの情報をやるから聞いたら帰れ。いいな?」 「確約はできないね」 「俺に『シラーには何も言うな』と口止めしたのはタナトス様だ。どうしてもどーしても知りたいならタナトス様に聞くんだな」 「え?……」 「じゃあまた明日な!」 シラーが油断した一瞬の隙を見逃さず、ハービンジャーは部屋の中に踏み入っていたシラーの足を蹴り飛ばすと同時に扉を掴んでいた手を払いのけて扉を閉め た。同時にガチャリと鍵のかかる音。このまま扉の前で頑張ったところで『タナトスから口止めされている』ハービンジャーから情報を引き出すのは無理だろ う。 シラーは肩をすくめて息を吐くと、ワインとつまみを扉の前に置いて自宮に足を向けた。 普段なら無意識のレベルで服のポケットに入れるのに、今回に限って充電器に置いたまま忘れていた携帯の『着信:1件 留守電:1件』の画面を見るなりシ ラーは歯噛みした。最高にタイミングの悪いことに、金牛宮でハービンジャーとひと悶着している間にタナトスから電話があったらしい。 色々なあれこれをひとしきり後悔してからシラーは留守電を聞いた。 『俺だ。明日の正午に、お前一人でエルミタージュ洋菓子店まで来い。絶対に仲間や同僚を誘ってはならぬ。良いな?絶対に一人で来るのだぞ。以上だ!』 …メッセージを聞き終わったシラーは顎に手を当てて蒼い目をくるりと回した。 明日の日付、プライベートな用事で何処かに出かけた奇妙な面子の聖域ご一行、エルミタージュ洋菓子店への呼び出し、絶対に一人で来いと言う念押し…。これだけのヒントがあれば導き出される答えはひとつだ。ひとつなのだが…。 しばらく思案して、シラーは携帯のボタンを押した。 『へーい』 「マニゴルド先輩?夜分遅くに失敬、シラーだけど。ちょっと確認したいことがあって」 『タナトス様からの召集か?』 「あ、先輩の方にもあったんだ」 『すっげー楽しそうなテンションでな。明日の正午に一人でエルミタージュ洋菓子店に来い!ってよー。一人で、って単語をこれでもか!って強調してお呼び出し食らったぜ。一応何の用か聞いたんだけど、明日のお楽しみだ!ってガチャ切りされた。ま、薄々察しはつくけどな』 「僕も薄々察しはついてるんだけど、だから逆に迷っちゃってねぇ。普通のご招待だったら手土産持って行くんだけど、今回は手ぶらの方がいいかなぁ、それとも何も察してない振りしていつも通り手土産持参の方が良いかなぁ、って悩んじゃって」 『お前ほんと、そういう細かいところマメだよなぁ…。集まるメンバーは大体予想できるし、他人行儀な手土産が必要な顔ぶれじゃねーだろ。皆で分けられそうな酒かジュースでも持ってけば良いんじゃねーの?』 「そうか、ナイスアイデアだね。ありがとう先輩、じゃあまた明日」 『おう』 電話を切ったシラーは、『皆で分けられそうな酒かジュース』を調達しに町まで足を伸ばすことにした。 …このまま宮に閉じこもっていては、明日が楽しみすぎて眠れそうに無かったのだ。 |
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