| 聖域、教皇の間はいつになくざわめいていた。 通常の通達の時は遅刻ギリギリに飛び込んでくるハービンジャーや、瞑想を理由にしばしば欠席するフドウまで指定された時間よりずっと早くやって来てい た。 それもそのはず、『蟹座の黄金聖闘士が正式に決まったので紹介する』と教皇シオンから連絡があったのだ。遅刻や瞑想をしている場合ではなかった。 …冥王ハーデスとの最後の聖戦が終結して二十年余り。 聖戦の直後は女神の偉大な力で甦った当時の黄金聖闘士達がそれぞれのポジションに復帰したが、徐々に弟子や後任に黄金聖闘士の座を譲り後進の育成などの 裏方に回って行った。だが蟹座の黄金聖闘士だけは要求される能力が特殊すぎて後継者が見つからず、やむを得ずデスマスクが蟹座の黄金を名乗ってはいるが事 実上の空席という状態が長らく続いていたのである。 デスマスクが弟子を取ったと言う噂は黄金聖闘士達の耳には入ったものの、その弟子がどんな人物なのか、そもそも有望なのか否かの情報も入って来る事は無 く、デスマスクの弟子の話など皆が忘れかけた頃に『新しい蟹座の黄金が決まった』という話が飛び込んで来たのだ。 新しい蟹座の黄金聖闘士とは一体どんな奴なのか。否応なく皆の好奇心は刺激され、早々の集合となったのだ。 ソワソワと落ち着きない様子のハービンジャーが満面の笑みで皆を見回した。 「あー、マジで楽しみだな新しい蟹座!くっそー時間まで待ちきれないぜ!誰か情報持ってないのか?なぁ貴鬼、お前なら何か聞いてんじゃねーの?」 「残念ながら私も何も。イオニアは何か知っているようなので、パライストラ学園出身なのかなと推測はしていますが」 「イオニアの姿が見えないからその推測は当たっているかもしれないな」 「ですが、蟹座の黄金聖闘士になれるような優秀な学生なら、卒業試験の実戦訓練を受けた際に私達の印象に残ってそうなものですが」 「実戦訓練の成績はそこそこだったけど、デスマスク様に弟子入りした後に一気に成長したって事かしら」 「だったら玄武のように『黄金就任の基準を満たすまであと少し』と情報が入ってきそうなものだが」 「みっなっさぁーーーーーん!!」 ひときわ明るい声とともに、満面の笑みを浮かべた魚座のアモールが飛び込んできた。何故か赤い薔薇の花束まで抱えている。 ちなみに、新しい蟹座の黄金を誰よりも心待ちにしていたのが彼である。歴代の魚座と蟹座は何かと仲が良かったと言う話を聞いていたので、蟹座の黄金が就 任した暁には魚介類コンビを結成する気満々だったのだ。 そんなアモールの姿に微かに苦笑してソニアは小首を傾げた。 「今までどこに行っていたのですか、叔父上?指定された時間を待ち切れずに真っ先に教皇宮で待っていると思っていたのに」 「ちっちっち。甘いですね、ソニア。待ちに待って待ちかねた蟹座の黄金がいよいよ就任ですよ?この私が何もせず教皇宮で待機してると思いますか?」 「…と言う事は、蟹座がどんな奴か調査に行ってたってことか?」 「ええ。あの手この手で情報を集め、一体どんな人物なのかこっそり見てきましたよ。皆さん、知りたいですか?知りたいですか?」 「ん、もう!アモールさんたら意地悪しないで教えてよ!」 「言いたくて言いたくて口がウズウズしているじゃないですか。さっさと吐き出したらどうです」 パラドクスとフドウに催促されて、アモールは恍惚の表情に満面の笑みを浮かべたまま両手を広げた。 「お喜びください、皆さん。新しい蟹座はうら若き美人です!」 「美人?つーことは女なのか?」 「いや待て、女なら仮面をつけているはずだから美人も何も分からんだろう」 「つまり、柔和な顔立ちで線の細い美青年と言う事ですか」 「その通り。女性と見紛うばかりの綺麗な顔立ちの超イケメンで私は見た瞬間一目惚れ。蟹座だけあって髪は赤毛、肌は褐色、エキゾチックで謎めいた雰囲気を 漂わせる美丈夫です。ああっ、早くお近づきになって親睦を深めたいぃぃぃぃ」 「で?『あの手この手で集めた情報』はそれだけなのか?」 頬を紅潮させ目の中に星を入れて明後日の方向を見つめながら虚空に薔薇の花束を差し出してアッチの世界に入り浸るアモールにハービンジャーが尋ねると、 コッチ側に引きずり戻されたアモールは多少不満そうにしながらもドヤ顔で人差し指を立てた。 「ちっちっち。今の情報はほんの一部です。勿論他にもありますよ」 「俺はむしろ他の情報が気になるな」 「うむ。外見など些細な問題だ」 「一言で言いますと、新しい蟹座君は『天才』です。何とパライストラに入学したのは2年前の17歳の時なのですよ」 「え?」 「マジか!」 「小学生くらいの年齢から修行しても青銅にすらなれない者も多いのに、たったの2年で黄金…しかも蟹座に任命されるなんて…」 「そんなスゲー奴が何で今まで話題にも上らなかったんだ?」 「グラード財閥と浅からぬ関わりのある大会社の重役の御曹司で、パライストラには裏口入学だったと言う事は何とか突き止めましたが、それ以上の情報は出て きませんでした。色々と訳アリの坊やらしくて、厳重な緘口令が敷かれていたようですね」 「裏口入学?」 「アテナが賄賂で懐柔されるとは思わんが、実力は確かなのか?黄金聖闘士は金持ちの道楽や護身術の延長で出来るものではないぞ」 皆が不穏に眉根を寄せると、アモールはにこりと笑って続けた。 「ご心配なく。パライストラ入学は裏口でしたが実力は確かですよ。入学直後にイオニアの目に留まり、本来なら黄金全員の指揮下で任務を遂行する卒業試験に パスしなくてはいけないところを、イオニアの試験に合格しただけで即座にデスマスク様への弟子入りが決まったそうですから」 「確かに…蟹座の適性があるなら遅かれ早かれデスマスク様に弟子入りするんだから、早いに越した事は無いな」 「先程ちらっと見ただけでもはっきりと分かるほど『只者ではないオーラ』を出していましたよ。期待の超大型新人君ですね」 「ま、模擬戦のひとつでもすりゃ実力のほどは分かるし、本人に会いもしないうちからアレコレ言ってもしゃーないだろ。訳ありだろうがお坊ちゃまだろうが、 黄金聖闘士として皆と頑張って行こうって意思さえあればバックボーンなんて些細な問題じゃねーか」 「確かにハービンジャーの言う通りですね。…おや」 「噂をすれば、か」 教皇がアテナ神殿から降りて来る姿を認めた皆が何となく整列したところに、シオンとイオニア、デスマスク、そして長い赤毛の男が部屋に入って来た。 注目を一身に集めている事に気付かないはずはないだろうに、男は曖昧に視線を漂わせたままにこりともせずデスマスクの傍らに控えた。 …いかにもひと癖ふた癖ありそうな奴だな。 皆が多かれ少なかれそんな印象を持つ中、教皇シオンがにこりと笑って口を開いた。 「ほう…珍しく時間までに皆が集まっているな。やはり新しい黄金聖闘士は気になったか」 「ったく、いくらイケメンだからって皆そんなにじろじろ見るんじゃねーよ。俺の可愛い馬鹿弟子に穴があいたらどーすんだ。なぁ?」 「…………」 デスマスクが冗談めかして言うと、赤毛の男は反応に困ったような顔で曖昧に笑って見せた。 そんな彼の仕草に苦笑しながらシオンはイオニアを促した。 促されたイオニアは浅く顎を引いて赤毛の男を指した。 「…皆、分かっていると思うが紹介しよう。本日アテナより黄金に任命された、蟹座のシラーだ」 「シラーです。皆には迷惑をかけないように黄金の責務を果たしていくつもりです。どうぞよろしく」 半歩前に出て会釈する仕草は実に慇懃で優雅でお上品で、『自分はお前達とは住む世界が違うんだから図々しくこちらのテリトリーに入ってくれるなよ』とい う無言 の拒絶を感じさせる。集まった黄金達が複雑な顔色になるのを見たデスマスクが二カッと笑ってシラーの頭をくしゃくしゃと撫でた。 「お前らも先刻承知だと思うけどよ。俺の修行で脱落しねーどころかたったの一・二年で黄金の資格を得ただけあって、こいつの実力と面倒くさいキャラはフド ウに勝るとも劣らねぇぞ。そこんとこ承知で上手い事やってくれや」 「何故お前はそう捻くれた紹介をするのだ、デスマスク。もっと適切な言葉があろうに」 「俺は事実しか言ってないですけどねぇ」 「…まぁ良い。では皆、順番に自己紹介を」 呆れた溜息を吐きつつもデスマスクの言葉は否定せず、シオンは牡羊座の貴鬼を促した。 女性聖闘士ながら仮面をつけていないパラドクスに多少不思議そうな顔をしたものの、シラーはただ淡く微笑んで『よろしく』と答えるだけで何かを尋ねる事 もないまま水瓶座の時貞まで紹介が終わった。 シオンは、赤い薔薇の花束を抱えたアモールを指した。 「彼で最後だ」 「魅惑と導きを司る魚座のアモールです。あなたが来るのを心からお待ちしていましたよ。さぁ、先代や先々代同様、私とあなたも魚介類同士でコンビを組んで やって行こうじゃありませんか」 ばっさぁ。 アモールは薔薇の花束をシラーに差し出し、戸惑いを隠しもしない蟹座を潤んでキラキラする目で見つめながら口上を続けた。 「ああご安心を。これは普通の薔薇で、双魚宮の花園に咲く毒の薔薇ではありません。無論私の血も猛毒ではありませんから何も心配はいりませんよ。ですから 遠慮なく私の胸に飛び込んできて下さい。私は美しいものが大好きですから、美しいあなたの全てを受け入れて差し上げます!」 「…………」 「おや?どうしたのです?」 薔薇の花束をシラーに差し出す姿勢で両手を広げたアモールは、無表情で突っ立っている彼の姿に怪訝そうな顔になり、ああ…と笑った。無論と言うべきか、 ドン引きしている黄金一同などアウトオブ眼中である。 「私が先輩だから遠慮なさっているのですね?これはこれは、気が利かずに失礼しました。では私から…」 両手を広げたアモールがウキウキとシラーに歩み寄った途端。 ばきぃ!!!!! 「うおっ!?!?…ちょ、何をするのです?」 シラーの(多分手加減なしの)右ストレートがアモールの顔面ど真ん中に見事に決まり、床に吹っ飛ばされたアモールは血をボタボタ零す鼻を押さえて『訳が 分からない』と言う顔でシラーを見た。 手に付いた血をポケットから出したハンカチで拭きながら、シラーは唇の端を持ち上げた。 「何って…お言葉に甘えただけだけど?」 「ハァッ!?」 「血液は猛毒じゃないから云々って言うのは、『力を見てやるから出血を気にせず全力で遠慮なく殴ってきなさい』って意味だよね?しょっぱなから拳で語りあ うなんて、流石は黄金聖闘士だねぇ」 「ちょ…何故そう言う解釈になるんです!!」 「それ以外にどういう解釈が出来るのかな、キモール先輩」 シラーの整った顔から笑みが消えて青い眼が冷ややかに細められた。 アモールを『キモール』と呼んだ事にハービンジャーが吹きだし、デスマスクはニヤニヤしていたが他のメンツは引き攣りかけた顔でシラーを見ていた。あの デスマスクをして『フドウに勝るとも劣らない面倒臭いキャラ』と評するからには相当な曲者なのだろうと予想はしていたが、これは悪い意味で予想以 上だ。しかも斜め上に。 他の黄金ならギャグが盛大に空振りした時点で真面目に謝罪するだろうが、アモールはめげなかった。 「最初に言ったでしょう、『先代や先々代同様、私とあなたも魚介類同士でコンビを組んでやって行きましょう』って!私は美しいものが好きだから美しいあな たの全てを受け入れてあげますって!」 「前半はともかく後半は何?人をモノ扱いした挙句に受け入れて『あげます』?しかも会ったばかりの僕の全てを?」 「そ、それは言葉のアヤと言うやつですよ!つまりは先代達のように仲良くしましょうと言う事です!」 「それがどうして『胸に飛び込め』と言う話に…」 「はいはいはーい、そこまで、そこまでーっ!魚介類コンビの漫才はここで終了ーーっ!!」 シラーが露骨に嫌な顔をして口を開きかけた時、ハービンジャーがあっけらかんとふたりの間に割り込んだ。牡牛座はシラーの唇に指を付きつけて沈黙を要求 しつつ二カッと笑った。 「キモール…じゃなかった、アモールの言葉の選び方は確かにアレだけど、コイツは蟹座とコンビ組むのに長年憧れてたんだよ。嬉しさ余ってボケかましたけど 盛大にスベッちまったんだ、これ以上マジ突っ込みで追い討ちするのは勘弁してやってくれねぇ?」 「…………。そうか、さっきの発言はジョークだったんだね。失敬、てっきり本気で言っているのかと思って…流石は黄金聖闘士、ジョークも高レベルだね」 シラーはきつい眼差しをハービンジャーに向け、アモールを一瞥し、溜息を吐きつつ肩をすくめて引き下がった。 アモールの一連の発言は冗談でした、というハービンジャーの言葉は全く信じていないが、『そう言う事にしておきましょう』と場を穏便に片付ける程度には お利口で空気が読めるらしい。そして同時に、『ジョークだったんだね』と言いながらにこりともせず、床に尻餅をついたアモールに手を差し出す事もしない態 度でさりげなくかつはっきりと『アモールの申し出を拒否する』とアピールもしているあたり、食えない奴の匂いがプンプンする。 気まずい空気一歩手前の微妙な雰囲気が場に流れる中、ハービンジャーはそんな空気など全く気付いていない風で二カッと笑った。 「んじゃー待ちに待った蟹座の黄金就任なワケだし?今夜はパーッと歓迎パーティーでもするか!」 「その申し出は嬉しいけど、僕は賑やかな席ではどう振る舞えばいいか分からなくて戸惑ってしまうんだ。気持ちだけ有難く頂戴しておくよ」 「そっか?じゃあ落ち着いたら気の合う連中で飲みにでも行こうぜ!」 「そうだね、いずれ」 社交辞令の典型のような言葉を返しながらシラーはふいっとハービンジャーの前を離れ、シオンとデスマスクに歩み寄った。 「師匠、教皇。挨拶は終わりましたしお暇しても構いませんね?」 「…あ、ああ……」 「念のため言っとくけどよシラー。アモールもハービンジャーも任務となれば互いの命と背中を預け合う『仲間』だかんな。いざという時に意思疎通が上手くい かずに連携が取れません、なーんて事にならないように、ちゃんと仲良くしておけよ」 「ご心配なく、師匠。仕事に支障を来たさない程度の人付き合いは出来ますから。…じゃあ、引越しの荷解きがあるので僕はこれで。お先に失礼します、先輩 方」 パンドラボックスを背負ったシラーはあくまでもそつのない笑みを浮かべて丁寧に会釈するとさっさと教皇宮を出て行った。 …長い赤毛を見送った皆は、複雑に沈黙したまま誰ひとりとして教皇宮を出ようとしなかった。 嫌な雰囲気の沈黙を最初に破ったのはデスマスクだった。シラーの師は相変わらず掴みどころのない笑みを浮かべて皆を見回した。 「で、御感想は?」 「美しい薔薇には棘がある、を地で行くような方でしたね。お近づきになるのはなかなか難しそうです」 「薔薇に棘を出させるような真似をしたのはあなたでしょう、アモール」 「何て言うか…難しそうな子ね」 「要するにあいつは、『僕様はお前達とは住む世界が違うんだからお前達のような下賤の者と慣れ合う気はない』と言いたいのだろう」 「それは言い過ぎだろう、時貞。…まぁ確かに、必要以上に親密な付き合いを好むタイプには見えなかったが」 「ミケーネの言う通り、当分はビジネスライクに接した方がよさそうだな」 「えー?なんだよお前ら、新しい仲間が来たっつーのに揃いも揃って消極的だな!蟹だけに、うまくいじれば結構いい味出しそうな奴なのによー」 ハービンジャーは皆を見回して呆れた顔で腕を組んだ。 「しょっぱなからアモールにあんな事されたら、『ひょっとして他の連中もこんな変態なのか』って警戒して守りにも入るだろ。他の連中がマトモだって分かれ ば打ち解けてくれるかもしれねーぞ」 「そう簡単に行くかしら。何て言うか彼、自分のテリトリーに他人を入れるの嫌いそうだったけど」 「むしろ望むところだぜ!俺はな、ギャルゲーやる時は最難関のヒロインから攻略する主義なんだぞ?…と言う事でちょっくらシラーちゃん口説き落としに行っ てくるぜ!」 高らかに宣言したハービンジャーは、シオンとデスマスクの期待と不安の混じった視線を受けながら意気揚々と教皇宮を出て行った。 |
| 蟹座のシラーが正式に黄金に就任した翌日。 教皇シオンから黄金聖闘士達に諸々の通達がされ、解散を言い渡された途端にパラドクスとアモールがササッとハービンジャーに近づいた。 「ねぇねぇハービンジャーさん、昨日はどうだったの?」 「フラグのひとつでも立てられましたか?」 ハービンジャーの言葉に皆が聞き耳を立てる中、大男は二カッと笑って人差し指を立てて見せた。 「そう焦るなって。最難関のヒロインっつーのはな、一回や二回のアプローチじゃ落とせねぇもんなんだよ!」 「つまり結果らしい結果は出せなかったって事ね」 「具体的にはどんな感じだったんです?」 「荷解きとか家具の設置手伝おうか?って言ったんだが、『僕は人一倍細かいところに拘るから、今日会ったばかりの先輩に引っ越しスタッフの真似事をさせる のは申し訳ないよ』って丁重にドアを閉められた」 「確かにあなたでは手伝うつもりで邪魔をしかねないですからねぇ」 「『僕のテリトリーに図々しく入って来るな』って遠回しに言われたってことでしょ」 「ま、いきなりお部屋訪問はハードルが高いからな。まずはプライベートじゃ無くビジネスの切り口から攻めるとするぜ」 「ビジネスの切り口?」 ハービンジャーらしからぬ単語にパラドクスが首を傾げると、シオンと何やら話をしていたらしいシラーが教皇の間に戻って来た。 彼の姿に気付いたハービンジャーは大きく手を振って笑顔で声をかけた。 「お、丁度いいところに!おいシラー!!」 「…何?」 「模擬戦しようぜ!」 「…………」 声を掛けられても聞き流して部屋を出て行くつもりだったらしいシラーが足を止めてハービンジャーを見た。 昨日のようにさらりと逃げられなかった事に内心ガッツポーズしつつ、ハービンジャーは両手の拳を身体の前で撃ち合わせた。 「デスマスク様は『俺はもう現役じゃねーの』とか言って相手してくれなかったからさ、一度蟹座の黄金と模擬戦やってみたかったんだよ。それによ、お互いの バトルスタイルを知っておくのは結構大事だろ?」 「…そうだね。任務で組んだ時に、相棒がどんな戦い方をするのか把握していないと作戦も立てられない」 「んじゃーパラドクス、審判役頼んで良いか?」 「ええ、いいわよ」 「よっしゃ!じゃあ闘技場行こうぜ!見学だけ希望の奴も遠慮なくついてこいよ!」 ハービンジャーが声をかけて教皇宮を出て行くと、皆がぞろぞろと後に続いた。 闘技場に降り立ったハービンジャーは腕を組み小宇宙を高めて両腕に雷を纏わせ始めた。一方のシラーは両手をだらりと下げたまま様子見の体を取っている。 二人の間に立ったパラドクスが双方を見た。 「これはあくまで模擬戦よ。どちらかがダウン、あるいは負けを認めた時点で終了すること。あと、分かってると思うけど積尸気冥界波は無しでお願いね。…い いわね?では、開始!!」 「うおぉぉりゃぁぁ!!」 裂帛の気合と共にハービンジャーは一気に間合いを詰めて殴りかかった。まずは避けて様子見か?と言うギャラリーの予想に反して、シラーは繰り出された拳 をいなしつつ殴り返した。嬉しい誤算に思わず笑みを浮かべつつハービンジャーがその拳を受け止め腕を掴み投げ飛ばすと、シラーは即座に受け身を取って着地 した。体勢を立て直す前に追い討ちだ!とハービンジャーが間合いを詰めた途端、シラーは凝縮した水の小宇宙を一気に炸裂させた。 「弾けろ、ハイドロブレード!」 「んなぁっ!?」 炸裂する水の刃に出鼻を挫かれたがその程度でペースが乱れるほど牡牛座は未熟ではない。水の刃を払いのけつつ右ストレートを叩きこむ。殴り飛ばされたシ ラーは起き上がりざまに螺旋状の水流を撃った。一発目の水流を紙一重で避けて間合いを詰めたが、即座に放たれた二発目の水流にハービンジャーの巨体は押し 戻された。 …予想以上にやるじゃねぇか。 ハービンジャーは知らず笑みが浮かぶ唇をぺろりと舐めて身構えた。 パラドクスの後ろでふたりの模擬戦を見物している黄金は興味津々の顔で二人を眺めながら意見交換をしていた。 「蟹座と言うから積尸気をメインに攻めて来るかと思えば少々意外な戦い方ですね」 「肉弾戦より飛び道具の戦い方が得意そうなところは予想通りではあるがな」 「己の属性の特徴を最大限に引き出したバトルスタイルのようですね。同じ水属性として非常に興味深い」 「全方位をカバーする攻防一体の技、牽制を兼ねた飛び道具、果ては縦横斜め任意の形に炸裂する爆弾タイプの水塊…イオニアの目に留まったのも納得の実力だ な」 「積尸気冥界波を使わないと余り蟹座と言う印象がしないな。いや、蟹座だから積尸気系の技を使わねばならん!という事もないが」 「そんなことどうでもいいじゃない。ハービンジャーさんのごり押しぶん殴り戦法にそれなりに付き合いつつ互角レベルで試合を運べる新人君なんてなかなかい ないわよ」 パラドクスの言葉に皆が複雑な表情で頷いた時、ハービンジャーとシラーは同時に小宇宙を高めた。いわば切り札とも言える大技を出すらしい。 ハービンジャーは組んだ腕に雷を纏わせ、シラーは両手に闇を凝縮させた。 「グレートホーン!!!」 「積尸気冥界輪舞!!!」 衝撃波と闇色の竜巻が激突して炸裂した。ハービンジャーはぶつかり合い暴風のようになったエネルギーをモノともしなかったが、シラーは防御の姿勢を取っ て踏みとどまるのが精一杯の様子だ。 ハービンジャーは最大奥義で一気に勝負をつけようと間合いを詰めて拳を繰り出した。 「シャドーホーン!!」 シャドーホーンは全身に闇を纏い影のようになりながら攻撃を仕掛ける技だ。変幻自在に繰り出される攻撃は正に捕え所の無い影のようなもの、ハービン ジャーの動きを小宇宙だけで把握して完璧に対処するのは黄金でも簡単ではない。 勝負あったか、と皆が思った時。 パァン!!! 水面を拳で叩いたような音が響いた。 …影に紛れハービンジャーが繰り出した拳は、シラーの掌に出現した水の盾に受け止められていた。 「なっ!?」 「どこから仕掛けて来るか分からなくても、殴りかかって来るタイミングさえ分かれば対策は取れる。…唸れ、ハイドロトラップ!!」 ドパァン!! ハービンジャーの拳を受け止めた水の盾が飛沫を上げて弾けた。 一発目を避けられる事は想定していてもカウンターを食らうのは想定外だったハービンジャーは、自分自身の怪力をまともに跳ね返されて弾き飛ばされた。 「おわーーーーー!?!?」 「ハービンジャーさんダウン!カウント開始!」 パラドクスがカウントダウンを開始したのに気付く様子もなく、ハービンジャーは地面に尻餅をついたまま目を白黒させた。 「え?え?おいシラー、お前今、何やったんだ??」 「見ての通り、君の攻撃を跳ね返したんだよ」 「えー?飛び道具ならともかくパンチを跳ね返すって何だよそれ!ずるくね?ずるくねぇ!?」 「相応のリスクを伴うカウンター技をずるいって言われても…」 「テンカウントダウン!勝者、シラー!」 「へ?」 カウントが始まった事に気付いていなかったハービンジャーは全く状況が飲み込めずにぽかんとして、そんな彼の姿にシラーは眉根を寄せてポツリと呟いた。 「これも黄金聖闘士流のジョークなのかな…」 |
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| 本来は『当サイトに置けるΩ黄金設定紹介』のおまけ的に書き始めた
SSなのですが、例によって例のごとく長くなってしまったので独立SSにしました。蟹
座の黄金に就任したばかりで『仲間』と慣れ合う気なんてサラサラない、一匹狼上等なシラーさんと、そんなシラーさんの心の扉を開けにかかるハビさんと、シ
ラーさんには余り好感を持ってない黄金メンツの微妙な距離感やギスギス感を出したいなと思って書いてみました。 サイキのSSでやったのと同じ手法でエピソードごとに日付を入れてみたので、それも含めて楽しんで頂ければと思います。 作中で説明が出来なかったのですが、ソニアは黄金になってまだ日が浅いです。このエピの時点での天秤座の黄金は一応紫龍ですが、玄武の天秤座就任が決定 しているので事実上の引退状態です。なので、聖域にも顔を出していません。 それと、シオンは『セージに会えなかったマニゴルド』みたいなシラーさんを心配しつつも、『荒んだ生活を送っていたシラーに手を差し伸べられなかった自 分に、彼に対してどうこう言う資格があるのだろうか』と悩んでいるためアレコレ口出しはしてない状況です。 模擬戦でシラーさんが使ってる水系の技はサイキのカルロをイメージしています。興味のある方はこちらの動画をどうぞ。 1R目開始直後に使った敵の打撃を 跳ね返すカウンター技が『ハイドロトラップ』、70カウント当たりで使っている弾けて柱になる水渦が『アクアジャベリン』、自分の周囲360度に水を放つ 技が『ハイドロブレード』、2R目の決め手になった螺旋状の水流が『ハイドロスパイラル』です。 当サイトオリジナルのシラーの技 これからのSSで出て来るかもしれませんので紹介をば。全て『サイキックフォース2012』という格闘ゲームの『カルロ』と言うキャラが使っていた技で す。興味をもたれた方は、ニコニコで『サイキックフォース2012』で検索して対戦動画をご覧ください。面白いですよサイキックフォース。 ・ハイドロスパイラル DNAのような螺旋状になった水流を飛ばす。水流を打ち出す時にクルクル回転する。小宇宙の消費量は少なく、連射できるのもメリット。射程は長い。SS『拝謁』第3話、SS『虚構』第三話で使用。 ・ハイドロブレード 自分の周囲360度全方向に水を発射する。拳・蹴りが届かない間合いでも攻撃が届く優等生な技。 ・アクアジャベリン 水の渦を発射し、任意のタイミングで任意の方向に破裂させ水の柱を作りだす攻防一体の技。 ・バブルマイン 巨大な水の塊を空間に『設置』する。敵を閉じ込めた時は、閉じ込められた者が溺死するかシラーがダメージを負うまで消えない。物理的な攻撃は聞かないが、飛び道具では破壊される。SS『虚構』第2話で使用。 ・サーペントプレス 膨大な水で洪水を起こす大技だが、小宇宙の消費量が膨大なので滅多な事では使わない。 ・ハイドロトラップ 肉弾系の技を使う聖闘士達にとっては鬼門ともいえる技。敵の物理攻撃をプロペラのような水の盾で受け止め、大ダメージと共に弾き返すカウンター技。SS『虚構』第3話で使用。 弾き返せる技→拳・蹴り・頭突きなど、飛び道具以外の肉弾系の技全般。ペガサス流星拳・ライトニングボルト・エクスカリバー・シャドーホーン・スカーレットニードルなども受け止め弾き返す事が出来る。 弾き返せない技→飛び道具全般、特殊系能力。積尸気冥界波、蘆山百龍覇、スターライトエクステンション、グレートホーン、ギャラクシアンエクスプロー ジョン、乙女座の技全般、ダイヤモンドダスト、ローズ系技全般は弾き返せない。勿論と言うべきか、精神操作系の技にも無効。 |