邂 逅の時
EPISODE 3


西暦2010年9月24日
 聖域、教皇の間。
 久々に聖域を訪れた老師童虎は、続々と集まってくる黄金聖闘士達を見遣って興味深げに目を瞬いた。

「ほう…わしらの時代もなかなかだったが、この時代の黄金聖闘士達も相当の曲者揃いのようじゃな」
「曲者すぎて扱いに困るくらいだ。セージ様に比べると私はまだまだ教皇として未熟なのだな、マニゴルドを正しき道へと立派に導かれたあの方は何と偉大だったのかと…つくづく感じるばかりの毎日だ」
「…ふむ」

 口調は軽いが隠し切れない苦悩が滲むシオンの言葉に、童虎は口元から笑みを消してシオンの視線を追った。
 親友の視線の先には長い赤毛と褐色の肌の若い男が立っている。察するに蟹座の黄金聖闘士のようだ。世界の全てに無関心とでも言うような空気を纏って、甘 く整った顔には感情の色は見えない。誰かの雑談の輪に入ることも無く、自分から好き好んで仲間から孤立しているような雰囲気すら感じる。
 どこがどう、と具体的には言えないが、シオンの懸念材料はあの蟹座らしいと察することは出来た。
 …時間を確認したシオンが立ち上がって皆の前に進み出ると、黄金聖闘士達はそれぞれの位置に立ってピシリと背筋を伸ばした。
 教皇はにこりと笑って黄金聖闘士を見回した。

「皆、既に承知かと思うが。童虎の元で修行をしていた玄武が正式に天秤座の黄金に就任する運びとなった。…改めて紹介しよう、彼が新しい天秤座だ」
「玄武です。どうぞよろしく」

 シオンの脇に控えていた若い男が礼儀正しく挨拶すると黄金聖闘士達がパチパチと拍手した。片目の大男や軟派な雰囲気の優男は満面の笑みで、年長者はにこやかに、女性二人は微笑みながら、整った顔の若い連中は淡々と。
 皆の自己紹介が終わって玄武がフドウとソニアの間に立つと、シオンは表情を引き締めて口を開いた。

「では引き続き通常の通達を始める。まずは任務の報告をしてもらおう。…シラー」
「ハ。…某国で勃発した反政府勢力によるクーデターの鎮圧は昨日をもって完了しました。組織のリーダー及び幹部は政府に引き渡し、構成員の大半も無力化したため、残党への対応は現地の戦力で問題ないと判断した為です。詳細は…」

 一歩前に出た赤毛の蟹座は書類の一枚も出さずに任務の報告を始めた。
 …事務的によどみなく報告を続けたシラーは無表情のまま何でもないことのように続けた。

「殉職者は二名。死亡原因は、僕の撤退命令に背き、炎上崩壊する建物に取り残された人質を助けに行ったことです。以上、報告を終わります」
「…………。ご苦労であった。次の任務に備えて体を休めておくように」
「…………」

 意識して感情を抑えているような表情と口調のシオンを見遣った童虎は心配そうに眉根を寄せた。その姿を見た玄武は困惑して周囲を見回し、皆が無表情のまま口を噤んでいるのを見てますます困惑した顔になった。

「何か報告や連絡のある者はいるか?…いないな?では通達は以上で終わりだ。向こう半月分の任務のスケジュールを渡すので…」
「ちょっと待て、待ってください!」
「何かな、玄武」
「何故、彼の報告に誰も何も言わないのです」

 シラーをきつい目で睨みながら玄武が尋ねると、その場の空気がピリリと緊張した。
 蟹座ははっきりと不愉快そうな顔になり、牡牛座と双子座はわざとらしく困った様子で顔を見合わせ、魚座は大げさに肩を竦め、蠍座は俯いて唇を噛み、他のメンバーは無表情のままだが『面倒な事を言い出してくれた』と言いたげな雰囲気を漂わせている。
 どうやら、暗黙の了解で皆が触れないことにしている話題に触れてしまったらしい…と言うことは察しがついたが、このまま有耶無耶と黙って引き下がるのは玄武の性格が赦さなかった。追及する相手は誰が適切かと皆を見回す玄武に声をかけたのは蟹座のシラーだった。

「僕の報告に何か気になる点でもあったのかな?」
「ああ、大有りだ。『炎上崩壊する建物に取り残された人質を助けに行った』者が死んだと言ったな。しかも二人も」
「『僕の撤退命令に背いて』という肝心な部分が抜けてるよ」
「何故そこで撤退命令を出す?人質が建物の中にいると分かっていたんだろう?何故救出に向かわない!?」
「はぁ?」

 玄武の詰問にシラーは呆れ果てた顔で片眉をそびやかした。
 何を寝ぼけたことを言っているんだ、と言いたげな顔で彼は面倒くさげに答えた。

「さっきは説明を端折ったけどねぇ。人質が拘束されていたのは高層ビルで、反政府組織があちこちに仕掛けた爆弾が片っ端から爆発して火災が発生し建物の倒壊は時 間の問題だった。いくら聖闘士でも人質を助け出すのは不可能、逃げ遅れたら巻き添えを食って自分達も死ぬかもしれない危険な状況だったんだよ。わざわざ聖 闘士を無駄死にさせる必要がどこにあるのさ。皆はそういう状況だったことを理解しているから何も言わないんだよ」
「だが!」
「いい加減にしてくれないかな。君、本当に童虎老師の元で修行をしてきたのかい?」
「何だと?」
「紫龍さんは君よりずっと礼儀正しかったよ。禄に話も聞かずに先輩の遂行した任務を批判する姿は一度も見た事が無いね」
「この…!」
「その辺にしておけ、新入り」

 納得できず、なおもシラーに食って掛かろうとした玄武の腕を掴んで止めたのは意外な人物…蠍座のソニアだった。
 黄金の仮面の向こうからじっと玄武を見ながら、彼女は静かに彼を諌めた。

「シラーが任務で出した数字は黄金トップクラスなんだ。分かるか?救った命、助けた命、守った命が我々の中で一番多く、失った命が一番少ないのが彼だ。 『多数を守る為に少数を切り捨てる』スタンスには共感しない者もいる。だが、シラーに意見したいならまず自身が彼以上の成績と数字を出さなければ。黄金に 就任したばかりのお前に、彼に意見する資格はない」
「…………、…………」
「あれでもシラーは言葉を選んでいる。だから、もう、それ以上何も言うな。これは、お前の為の忠告だ」
「…分かった。無礼なことを言ってすまなかったな、『先輩』」

 渋々ながら玄武が謝罪の言葉を口にして引き下がると、シラーはフッと息を吐いて視線を逸らした。





 …任務の予定表を受け取って教皇宮を出て行く黄金聖闘士を見送って、童虎は隣に立つシオンに声をかけた。

「のう、シオン。お主が気にかけているのはやはり、あの蟹座か?」
「…気付いていたか」
「マニゴルドの名前を出されればな、いくら鈍いわしでも気付くわい」

 いちどニカッと笑った童虎はすぐに表情を引き締めた。

「『多数を守る為に少数を切り捨てる』スタンスか。合理的ではあるが反感も買いそうじゃの。実際、仲間とはあまり打ち解けておらん雰囲気じゃったし」
「ああ、その通りだ。抜群の実力と数字で反論を捻じ伏せているが、私は逆にそれが心配なのだ。数字が悪化した時、彼の実力を上回る想定外が起きた時、誰も味方になってくれないのではないかと」
「そこを教え諭すのが教皇様の役目ではないのか」
「そうは思っても、私にその資格があるのだろうかと悩んでしまってな」
「?」
「シラーは戦災孤児なのだ。戦争で肉親も家も全てを失い、他者から奪い取ることで命を繋いできたと言っていた」
「…マニゴルドと同じじゃの」
「大きく違うのは、マニゴルドはセージ様に救われたがシラーは誰にも救われなかったということだ」
「…………」
「私はシラーを見つけ出すことが出来なかった。手を差し伸べることが出来なかった。救い出すことが出来なかった。…童虎よ」

 シオンは泣き笑いのような顔で親友を見た。

「彼を見つけ出すことも救い出すことも出来なかった私に、『正しき道』を教え諭す資格などあるのだろうか?」
「資格の有無などどうでも良かろう。黄金聖闘士に『聖闘士としての正しき道』を教え諭すのは教皇の義務だとわしは思うがな」
「義務、か…」
「ただ、破竹の勢いで快進撃している間は何を言ったところで閉ざされた心には響かぬかもしれんがの。躓き道に迷った時に手を差し伸べて話すのが良いのではないか?あるいは玄武のように真正面から疑問をぶつける者が一緒にいれば、何か思うところも出てくるやも知れんぞ」
「ふむ…」

 童虎の言葉に、シオンは顎に手を当てて思案顔になった。




「前にチラッと会った時にも思ったけどよ、予想通りのクソ真面目キャラだったなぁ、玄武の奴」

 自宮に続く長い階段を降りながら、ハービンジャーは誰に言うとでもなく言った。牡牛座の半歩前を歩いている蟹座は無言だったが、彼を挟んで反対側にいた美貌の双子座はにこやかに言葉を返してきた。

「玄武のキャラは予想通りだったけど、ソニアが制止したのは驚いたわね」
「だなー。あいつ、前にシラーのやり方に噛み付いてたからよ、一緒になって『そうだそうだ!』って言うかと思ってたが」
「あら、私はソニアが玄武に同調するなんて思ってなかったわよ?」
「え、そうなのか?」
「ええ。だってあの子、以前シラーに抗議した時にアモールに窘められたでしょ。頭の良い子だもの、一度注意されたことをまたやったりなんてしないわ。ただ、玄武を窘めたのは予想外だったけど」
「へー」
「でも、玄武は分からないわね。ソニアほど聞き分けの良い子には見えなかったから。ねぇシラー、玄武がまたあなたのやり方に抗議をしてきたらどうする?」

 パラドクスの問いに、シラーは前を見たまま淡々と答えた。

「言わせておくよ。僕は価値観の相違について不毛な議論をする気はないからね」
「そうは言うけどよ。有無を言わさず玄武と組んで任務、っつーことも有り得るぜ。そこで意見が衝突したらどーすんだ?」
「司令官は一人だ。司令官ではない方が司令官の指示に従うだけだけだよ。それが軍隊というものさ」
「お前のポリシーはそうかもしれねーけど」
「指示に逆らった時はそいつの自己責任。それ以上でも、以下でもない。…じゃあ、僕は失礼するよ」

 一方的に話を切り上げたシラーはさっと二人に背を向けた。
 スタスタと巨蟹宮に入っていく後姿を見送って、ハービンジャーは大袈裟に肩を竦めてパラドクスに苦笑して見せた。

「あーあ、シラーちゃんてば相変わらずつれねーなぁ」
「つれなくてもいいじゃないの。嫌な顔をしないで私達と会話をするだけでも相当な進歩よ」
「そーなんだけどさぁ。俺はもっとあいつと仲良くなりてーんだよなー」
「あらあら。ハービンジャーさんたらすっかりシラーにご執心ね。あなたの熱意に彼が折れるのも時間の問題かしら」

 愛と運命を司る双子座は紅い唇を妖艶に微笑ませた。

西暦2010年10月5日
 任務に関する通達がある、と呼び出しを受けて教皇宮を訪れた天秤座の玄武は、先客の姿に思わず顔をしかめた。
 緩く波打つ長い赤毛とスティールブルーの目を持つ優男…蟹座のシラーだ。
 無言のまま彼に歩み寄ったが、シラーは声をかけるどころか視線ひとつ動かさない。玄武の気配に気付いていないと言うわけではなく意図的に無視している雰囲気を感じる。

(…お高くとまりやがって、お坊ちゃまが。田舎者とは口もききたくないと言うことか)

 後輩の自分から挨拶すべきだろうかという殊勝な考えが一瞬で消えた玄武は、不自然でないギリギリの距離を取って彼の隣に立った。
 …大して待つこともなく教皇シオンが書類を手に姿を見せた。シラーがピシリと背筋を伸ばすのを横目で見た玄武も慌ててポケットから手を出して背筋を伸ばした。
 そんな二人に柔和な笑みを見せて、シオンは書類を二人に差し出した。

「…これは?」
「お前に与える任務だ。同時に玄武の初任務でもある」
「…………」
「…………」

 つまり、シラーと玄武で協力して任務を遂行しろということか。
 シオンの言葉に書類をめくるシラーの手がピクリと止まり、玄武は喉まで出掛かった抗議の言葉を慌てて飲み込んだ。じろりと横目でシラーを見ると、彼は憎たらしいほど取り澄ました顔でシオンに視線を向けた。

「一応、理由をお伺いしてよろしいでしょうか」
「玄武が就任初日にお前のやり方を批判したからだ。実際の任務に同行してお前のやり方を実地で見れば、考え方が変わるかも知れん。自分の信念を再確認する かも知れん。どちらにせよ、最初の任務は考え方が全く違うお前に同行するのが良かろうと判断した為だ。天秤座の黄金聖闘士は善悪をはかる要となるべき存在。そのためにも色々な価値観に触れなくてはな。…異議は無いな、玄武?」
「教皇のご命令とあらば従うのみ」
「よろしい。では、この任務に関して私は今後一切口を挟まない。詳細はお前達で相談するように」

 了承の意を表するために二人が一礼すると、シオンはにこりと笑って宮を出て行った。
 …この高慢ちきな先輩相手に何をどう相談したものか…と玄武が考えていると、意外にもというべきか、シラーの方から声をかけてきた。

「念のため、最初に確認しておきたいんだけど」
「何だ?」
「この任務の司令官は僕で、君は補佐という認識でいいかな」
「いいんじゃないのか。教皇は『お前の任務だ』と言ってお前に書類を渡したし、俺には『任務に同行しろ』と言っていたからな」
「オーケー。じゃあ、詳細は決まり次第追って連絡するから。きちんと書類に目を通して内容を把握しておいて」

 一方的に言うだけ言ってシラーはさっさと行ってしまった。
 …本当にいけ好かない野郎だ。エリートビジネスマンでも気取っているのか?
 玄武は書類を握りつぶし、鼻の頭に皺を寄せて乱暴な足取りで教皇宮を後にした。

西暦2010年10月12日
 青白い月の光を受けた黄金聖衣が淡く輝く。
 崖の上に立つ聖闘士達の眼下に広がるのは、五老峰を思い出させるのどかな農村だ。牧場や畑の中に民家や家畜舎がまばらに点在している。国家転覆を画策したテロリストが潜伏していると言うことを除けばどこにでもある普通の村だ。
 聖闘士達に与えられた任務は、一般人への被害を最小限に留めつつテロリスト達を捕獲することだ。
 …玄武は部下に指示を出しているシラーを見遣った。
 教皇に渡された書類を見て自分なりに色々と作戦を考えたが、シラーと作戦の打ち合わせをする機会は今の今まで一度も無かった。指揮官はシラーだから彼が大筋の作戦を立て たのかもしれないが、それにしても、任務遂行の直前になっても伝達のひとつも無いとはどういうわけだ。下っ端ならまだしも玄武は黄金だし補佐役のはずだ が。

(ひょっとして、俺が敵のスパイである可能性を疑っているのか?)

 …まさかな。
 玄武が軽く首を振って馬鹿げた考えを追い出した時、シラーから何か指示を出されていたらしい聖闘士達が町に向かって崖を駆け下りていった。補佐の玄武が 何も作戦を聞かされないうちに、だ。あまりのことに呆気に取られる玄武に近づいてきたシラーが小さな機械のようなものを差し出した。

「玄武、これを」
「ん?何だこれは。スマホか?」
「そう、発信機付きのスマホ。指示は小宇宙のテレパシーではなくこれで行うから失くさないようにね」
「ちょっと待て。こんなもので指示を出して敵に盗聴されたらどうするんだ」
「むしろ盗聴して欲しいからガードの甘いスマホなんだよ。さ、画面を見て。この赤い点が君の現在位置を、青い点が僕の位置を、白い点が他の聖闘士の居場所を表示している。地図の拡大縮小はここ。現在、聖闘士達が村の東側を重点的に攻めているんだけど…分かる?」
「…ああ」

 一方的な説明に少なからずカチンと来た玄武が仏頂面で頷くと、シラーは全く意に介した様子も無く淡々と続けた。

「じゃあ次の説明に移るよ。君の役目は、村の西側から、無人の家や民家の物置、家畜小屋、倉庫…とにかく町の人間ではない者が隠れていそうなところを調べ て、この写真リストに載っている人間を探索・捕獲すること。テロリストの全てがリストに載っているわけじゃないからね、リストにいなくても不自然な行動を 取っている人間がいたらどんな奴でも捕獲して構わない。捕まえたテロリストが暴れてもあまり痛めつけないようにね。集合場所は追って知らせるよ」
「…………」
 
 さも当然と言わんばかりの顔で事細かに指示を出されて、玄武は思わずムッとした。
 作戦について相談が無かったことは百歩譲って我慢してやるとしても、作戦内容を事前に知らせないどころかこの時点になっても説明すらせず指示を出すだけ とはどういうことだ。確かに司令官はお前だが、俺はお前と同じ黄金だし『一緒に任務を遂行しろ』と教皇から命じられているんだぞ。
 そんな不満が顔に出ていたのだろうか。
 シラーは嫌味たっぷりの笑みを浮かべ、憎たらしいほど優雅な仕草で首を傾げてふわりと長い髪を背に払った。

「君の今回の役目は僕のサポートだよね?僕は君より年上だし先輩だし実力も上だし、君よりも的確に状況が判断できる自信があるから指示を出したんだけど、それが不満なら好きにすればいいよ。ただし、最後まで自己責任でね。君が危なくなっても僕は助けてあげないよ?」
「…………。お前から指示を出されたことが不満なんじゃない、作戦の内容を知らされないことが不満なんだ。確かに俺はお前のやり方は気に入らん。だからと言って作戦内容を秘密にする必要は無いだろう。お前は仲間を信じられないのか?」
「ああ、信じられないね。確かに信じられるものなんて自分自身だけさ」
「な…」
「価値観の相違について君と議論をする気はないよ」

 玄武の反論をピシャリと封じたシラーは淡く笑んだまま続けた。

「誤解の無いように言っておくけど、僕は君の価値観を否定する気はないし、君に作戦の詳細を教えないのは信用の有無とは無関係。これも作戦の一環さ」
「…了解」

 これ以上コイツと話を続けていたら脳の血管がブチ切れそうだ。雑な仕草でスマホのイヤホンを耳に入れ、玄武は崖から町に向かって飛び降りた。





「ふわぁ…」

 思わずあくびが漏れて、玄武は慌ててイヤホンマイクを押さえた。
 …シラーには聞こえていなかったことを願いながら彼は気を引き締めなおした。民家には明かりが灯っているがそれ以外の場所に人の気配は無く、時折犬や 猫が散歩しているのに出くわすだけだ。任務開始直後は人間の気配が無い場所も念のために調べていたが、テロリストの一人も見つからないとやる気も緊張感も 緩んでくる。

(ったく…司令官様は何で俺一人を西側に遣ったんだ?)
 
 内心でぼやきながら玄武はスマホの画面を見た。
 部下の聖闘士達は村の東側を重点的に攻めていて、順調に(という表現は変かもしれないが)テロリストを発見しては交戦、捕獲していると情報が入ってくる。
 …………
 …不自然だな、と玄武は思った。
 シラーが村の東側に偏って聖闘士を配置したのも不自然だが、潜伏していたテロリストを発見しているのが村の東側ばかりというのも不自然だ。テロリストが 村の東側に集中している情報があったから東に聖闘士を配置したのか、それとも東に聖闘士を配置した情報がテロリストに漏れたから聖闘士を迎え撃つ為にテロ リストが村の東側に集まったのか?

(…いや、それにしても不自然だ)
(仮に俺がテロリストなら守りが薄い西から逃げようと考える。聖闘士と戦うメリットがあるとは思えないしな。なのに何故、連中は律儀に聖闘士と戦っているんだ?)
(そういえばシラーは『盗聴して欲しいからガードの甘いスマホなんだ』と言っていたな。ひょっとして、何もかも不自然な東側の戦闘は本命から目を逸らす為の目くらまし…陽動か?だとしたら、本当に重要なのは俺のいる西側ということに…)

 シラーの意図に気付いた玄武が一気に緊張した、その時。
 …ちりん。
 気が緩んでいたら聞き逃していただろう微かな鈴の音が聞こえた。
 玄武は鈴の音が聞こえた方に足を向けた。誰かが息を潜めている気配をはっきりと感じる。犬や猫ではない、人間の気配だ。

「…誰か、そこにいるのか」

 逃げられないと観念したのか、倉庫の裏から人が出てきた。鈴の髪飾りをつけた黒髪の少女と、少女を庇うように前に出た大人の男が二人。
 玄武はじっとその三人を見た。
 二人の男は渡された写真リストに載っていたテロリストで間違いない。少女の顔に見覚えは無いが、テロリストに人質に取られているというよりもテロリスト達と一緒に逃げようとしていた雰囲気を感じる。
 一体どういうことなのか。
 対応を決めかねて沈黙する玄武に、男達は両手を上げた。

「黄金聖闘士を相手に勝ち目の無い戦いをするつもりは無い。おとなしく投降しよう」
「だが、この子供は我々とは関係ない。見逃して欲しい」
「…………」

 テロリストが大事に護衛している少女を、『我々とは関係ない』という言葉を素直に信じて見逃すほど玄武は馬鹿ではない。
 しかし、テロリストと行動を共にしていた少女を拘束して政府に引き渡したら彼女はどうなる?ソニアよりも幼そうな娘だ、見なかったことにして逃がしてやろうか…。
 そんな考えが頭をよぎった時、状況を見透かしたかのようなタイミングでスマホが鳴り出した。
 自分でも情けなくなるくらいビクッとして、玄武はスマホの通話ボタンを押した。

「こちら玄武」
『シラーだ。君、不自然に立ち止まっているけど…何かあった?』
「…………。黒髪の少女を連れたテロリストと遭遇した」
『少女?その子は人質にされてるってこと?』
「分からん。テロリスト共は無関係だと言っているが」
『そう。ちょうどいい、部下達のテロリスト殲滅もほぼ完了したから、君はテロリストとその子を連れて僕達に合流して』
「人質も一緒に連れて行く必要があるのか?」
『テロリストの残党がいるかもしれない危険な場所に女の子を放置するつもりかい?本当にその子がテロリストとは無関係なら、僕達で保護した後に身元を確認して家に帰せばいいじゃないか。じゃ、急いでね』
「…………」

 玄武は複雑な面持ちで通話の切れたスマホを懐に戻した。
 この少女がテロリストと無関係なら身元を確認した後に聖闘士が身柄を保護して家族の下に帰せば良い、確かにシラーの言う通りだ。言う通りなのだが…。
 心にわだかまるものを感じながら玄武は彼らを促して歩き始めた。

西暦2010年10月12日
「…某国の山村を拠点に活動していたテロ組織は、頭目である『神の巫女』が拘束されたことにより事実上無力化されました。以後の残党処理は政府に任せるこ とになりました。尚、神の巫女を発見・捕獲したのは天秤座の玄武であることを申し添えておきます。以上、報告を終わります」

 シラーが淡々と任務の報告を終えると、教皇シオンは静かに顎を引いた。
 …蟹座のシラーと天秤座の玄武が遂行した任務は、シラーが玄武の初陣に花を持たせる形で終わった。だが、玄武は手柄を誇らしげにするわけでもなく、シラーに恩を売られたことに不服そうにするわけでもなく苦悩の表情を浮かべている。
 シオンはしばらく無言で玄武を見つめ、彼が何も言わないのを見てそっと口を開いた。

「玄武。迷っていることや悩んでいることがあるのなら、黄金聖闘士にでも私にでも童虎にでも、その気持ちをぶつけてみなさい。望む形ではなくとも何らかの言葉を返すことは出来るだろう」
「…はい」
「私はいつでも待っているよ」

 教皇が部屋を出て行くのを見送ったシラーが踵を返した時、玄武はその背中に声をかけていた。

「…俺が捕まえた娘はどうなるんだ?」
「彼女の処遇を決めるのはあの国の政府だし、僕に聞かれてもねぇ。憶測以上のことは言えないよ」
「じゃあお前は、あの娘はどうなると思う?」
「そんなこと聞いてどうするのさ」

 冷ややかな声に顔を向けると、半分だけ振り返ったシラーの冷たい蒼と目が合った。

「義憤に駆られて周囲の人間に八つ当たりまがいの愚痴や文句を言うこと以外に君に出来る事、あるの?」
「!!」
「…と、普段なら言うんだけどね。君はこれが初めての任務だったし僕は司令官だったから、今回は特別に答えてあげよう。あの娘がどうなると思うか?多分だ けど、まずは各地に残っているテロ組織の構成員をおびき出す餌として使われるだろう。あのテロ組織は『神の巫女』を神のように信奉しているからね、巫女を 殺されたくなければ自首しろと脅されたら従う奴もいるだろうし、巫女を助けに罠に飛び込んでくる奴もいるだろう。それから彼女は霊能力を持っているらしい から、組織の残党を始末し終わった後は研究材料として研究機関に送られるんじゃないかな」
「…………。そうか」

 シラーの口調は飄々としていて、まるでフィクションの話でもしているようだ。
 その取り澄ました顔を殴りつけたい衝動を必死に抑えながら、もうお前の話は聞きたくないとばかりに玄武が目を逸らしたが、彼の話はまだ続きがあった。

「でも、確実に言えることもある」
「何だ」
「頭が潰されたことであのテロ組織は無力化した。今後はもう、奴らのせいで無関係な人間が命を落とすことはない」
「!……」
「君は結果的に多くの命を守った。それは、アテナの聖闘士として誇って良いことだと僕は思うけどね」
「…………、…………」

 言葉を失い立ち尽くす玄武に背を向けて、教皇宮を出ながらシラーは独り言のように言った。

「もしもテロ組織の頭目が典型的な悪人面の大人だったら、君は『拘束された頭目のその後』なんて気にしてたのかなぁ」

 その言葉は鋭い刃のように玄武の心をえぐり、突き刺さった。
 …シラーに意見したいならまず自身が彼以上の成績と数字を出さなければ。黄金に 就任したばかりのお前に、彼に意見する資格はない。
 …義憤に駆られて周囲の人間に八つ当たりまがいの愚痴や文句を言うこと以外に君に出来る事、あるの?
 ソニアとシラーの言葉が出口を見つけられずにぐるぐると頭の中を回っている。

(畜生。…畜生!!)

 奥歯が砕けるほどギリリと歯を食い縛り、爪が掌に食い込むほどきつく拳を握り締め、玄武は苛立った足取りで教皇宮を出て行っ

NEXT


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 真面目熱血優等生思考の玄武君と、超リアリスト現実主義シラーさんの意見価値観スタンス主義主張が真正面からぶつかってギスギス…をテーマにした3話目 です。本来は『玄武君初任務がシラーさんと一緒でいきなりギスギス』部分は予定に無く、冒頭の玄武君黄金就任+シラーさんとギスギス→ハビパラシラの距離 感縮まってる様子→シラーさんと玄武君が組んで香港マフィア絡みの任務(←メインここ)のはずだったのですが…軽い思いつきで玄武君初任務のエピを入れた ら話が伸びまくって結局メインのネタは次回持越しという、まぁ私らしい結果になりました。冒頭のシオンと童虎の会話も予定外だったのですが、書いてみたら予想外に楽しかったです。シオンの台詞はSS「拝謁」2話目に繋がることを意識してみました。

 話を書いている間ずっと意識していたのは、『玄武君もシラーさんもどちらも間違った事は言ってない』です。玄武君の言ってることはアテナの聖闘士として も人としても『正しい』。一方のシラーさんは現実的・合理的に考えれば『正しい』。ハガレンや進撃の巨人を引き合いに出して同じこと何度も言ってる気がし ますが、綺麗事だけじゃやっていけない現実世界の中では感情を切り捨てて数字の大小で物事を判断するのが結果的に被害を小さく留め、世界の秩序を守る効果 があると思うのですよ。無論これは理屈でして、理屈では納得できない感情は存在するし、その『納得できない感情』も大事なものだと思っておりますハイ。… という考え方は、星矢にはまる前のサイキの頃からありました。サイキで活動してた頃は、主役に据えたキャラが『理想と現実、理屈と感情の齟齬の間で苦悩す る』という描写をしていましたが、星矢では理想+感情キャラと現実+理屈キャラにキッパリと分けて書いてる感じです。
 最後は、『ソニアやシラーさんの発言の正当性は認めつつ、理屈では納得できない感情の持って行き場が分からずに苛立つ玄武』の姿を描いてみました。

 SS『邂逅』を書いている時に考えているテーマは二つありまして。
 読んでいる方に『こんなこと言ったりしたりしてたら、そりゃ皆から距離置かれるし嫌われるよ』と思われるようにシラーさんを描く。
 同時に、『価値観やスタンスはアレだけど根っから性格が捻じ曲がっている悪人ではない』と思ってもらえるような、『シラーさんの素直で ない優しさ、思いやり』を描くこと。今回のSSでは、玄武君の性格を把握した上で彼の初任務に花を持たせてあげたりとか、幼い少女を犠牲にしたことに悩む 玄武君に『君は結果的に多くの命を救った』と言う姿とか。
 現時点ではシラーさんと玄武君は完全にすれ違ってますが(そもそも歩み寄り分かり合う意思がこの時点ではどちらにも無いですが)、2010年時点ではこんなにすれ違ってた二人が2012年ではあんなに仲良くなるのか、とニヤニヤしながら読んでいただけたら嬉しいです。

 話を書き始めた時は任務の相手のテロ組織に特にモデルはありませんでした。『テロ組織のリーダーは部下を囮にしている間に裏から逃げる卑怯者。シラーさ んはリーダーのその姑息な性格を知っていたので、わざと村の一方にこれ見よがしに戦力を集め、もう一方に少数精鋭の黄金玄武君を配置してコソコソ逃げ出す リーダーを捕獲させる作戦で行った』というイメージで書いていたのですが、途中で『テロ組織のモデルをサイキの影高野(*)にしたら面白いかも』と思いつ いて方向転換。
 テロリスト達は、通信を盗聴して『敵が村の東側に不自然に戦力を固めている=巫女を西から逃げさせたところを捕獲しに来る作戦では?』と気付いていま す。気付いていますが、『東から来る敵を迎え撃つ間に西から巫女を逃がす』以外に有効な作戦が立てられない状況だったし、司令官のシラーさん含め全ての戦 力が村の東にいると思っていた(玄武君が西にいることはシラーさんが徹底的に隠していたのでテロリスト達は知らなかった)ので、巫女だけなら逃げられる可 能性に賭けて西から脱出しようとしていた…と設定しています。
 ちなみにシラーさんは、テロリストの行動を見越していた+五老峰育ちの玄武君なら山村で不自然な動きをしている女の子がいればすぐ気付くだろうと考えて 玄武君を西に配置してました。ついでに敵組織のリーダーが黒髪の少女だと言うことも知っていますが、玄武君含めた部下には教えていません。それを教えた ら、部下達は少女がテロ組織のリーダーだと分かっていても見逃してしまう可能性を懸念していた為です。それと、玄武君に作戦の詳細を教えなかったのは、詳 細を教えると動きが不自然になって敵に気付かれ逃げられると考えていた為です。

 *サイキの影高野とは
 格闘ゲーム『サイキックフォース』に登場した、戦う坊さんの集団。言うなれば、超能力(正確には霊能力・呪術)を使う日本版少林寺。テロリス トではなく、『悪を退治する』組織を主張しているが、自分達の基準こそが絶対で相手の言い分に全く耳を貸さないあたりタチが悪い。組織のトップは『神妃 (しんひ)』と呼ばれる13歳の少女、栞。神妃と言うだけあって強い霊能力や特殊な力、圧倒的なカリスマを持っている。彼女の為なら組織の構成員は 迷わず命を差し出す。聖域におけるアテナと聖闘士の関係に似ている。