| 大広間の隣に設置された中庭は巨大なサンルームのような構造になっている。硝子張りの天井はとても高く、太陽の熱と光を効果的に取り込む構造の上に暖房も効いているので、雪が降っているとはいえ中はとても暖かかった。 その中庭のど真ん中に設置されているのがイオニアが作った簡易茶室だ。赤い絨毯の上に畳が敷かれ、茶道具がずらりと並び、ついでに和傘までセッティングされてたそこには先客の姿があった。時貞とミケーネである。 神妙な顔で茶釜の前に座していたイオニアは、ぞろぞろとやってきた一行に気付いて日本式の礼をした。 「ようこそ、神々と異世界からの客人よ。ちょうど今、日本式のサドウなるものを実践しようと思っていたところです。お付き合い頂けますかな」 「勿論だ!」 「そのつもりで茶菓子も持ってきたのでな」 「それはありがたい。ではどうぞ皆様、お座りください。畏まった場ではありませんのでお気楽に」 勧められた皆が思い思いにくつろいだ姿勢で畳に座った。 イオニアが茶の道具を用意するのを眺めながら、シラーは傍らの時貞に話しかけた。 「餅つきのレクチャーが終わってから姿が見えないなと思ってたけど、ここにいたんだ」 「ああ。『日本人だから』という意味不明な理屈で面倒を押し付けられたくなかったのでな。ミケーネと一緒に茶室の準備を手伝っていた」 「余はサドウなるものがよく分からぬのだが、どうしたら良いのだ?」 「流派によって流儀は異なるが、ここはそんな堅苦しい場ではないからな。茶菓子を食べて茶を飲めばそれで問題ない。………ん?」 イオニアが至って真面目な顔でバターと卵を取り出すのを見て、時貞はギョッとして目を剥いた。 時貞だけが『!?!?』な顔になる前で、イオニアは茶碗に卵を割りいれ塩胡椒で味を付けて茶筅でシャッシャッシャッとかき混ぜた。そして茶釜の蓋を開けると、イオニアは何も躊躇うことなくバターを溶かしてときほぐした卵を流し込んだ。 ジュウウ〜。 溶けたバターの香ばしい匂いが漂い、タナトス少年はウットリと頬を染めた。呆気にとられる時貞の前でイオニアは手際よくオムレツを作って皿に盛り付け、ケチャップを絞ってフォークを添え、皆の前に差し出した。 「温かいうちにどうぞ」 「皆で一つのオムレツを食べるのか?」 「それはないだろうミケーネ。これから人数分を焼くんだろう?」 「いや、皆で一口ずつ食べるんじゃないかな。日本のサドウでは一杯のお茶を皆で一口ずつ飲むスタイルがあるらしいし。だよね、時貞?」 「え…あ…」 「へぇ。日本の文化って面白いねぇ」 「タナトスが言っていたが、日本人は一つの料理を皆で分け合って食べることで親睦を深めるのだそうだ」 「おおっ、そうなのか!」 「確かに星華姉ちゃんも『皆で分けて食べるのよ』と大皿に料理を盛っているな」 「ならば温かいうちに頂かなければ。まずは神様から召し上がって頂こう」 「そう気を使わずとも良いぞ、聖闘士よ。皆で一緒に食べようではないか」 「いただきまーす」 茶釜で作られたオムレツに何も疑問を感じないメンバーがフォークを持ってオムレツを食べ始めた。 「うむ、美味い」 「厚手のフライパンで作るオムレツは美味しいよねぇ」 「イオニア、おかわりが欲しいぞ!」 「畏まりました。次は少々味付けを変えてみましょう」 「これが『ワビサビ』というやつか」 「『ふうりゅう』ではなかったか?」 「しかし『サドウ』とは茶を飲むものではないのか。なぜ卵料理なのだ?」 「言われてみれば不思議ですね。ねぇ時貞、何で卵料理なの?」 「……………」 オムレツを差し出されて、ハニワ顔のままフォークを受け取った時貞は流れのままにそれを口に入れて咀嚼して、『なかなか美味いな』とぼんやりと思いながら嚥下して口を開いた。 「俺の知る限り、茶釜で卵料理を作る茶道の流派は存在しない…茶道とはその名の通り、茶釜で沸かした湯で茶を淹れて、茶を味わうものだ…」 「え、そうなんだ」 「おいイオニア、一体どこから卵料理が出てきたんだ?」 「はて…。私が参考文献として読んだ漫画では、忍者を同伴した和服を着た良家の令嬢がこのような道具を使ってオムレツを作り、『風流ですわね』と言っていたのでこれが正しいスタイルだと思っていたが」 「漫画?」 「確か、パッパラ隊とかいう…」 「そんな不条理ギャグを売りにした漫画の描写を真に受けるな!!」 「そうカッカするな、時貞。これはこれで美味しいではないか」 「タナトスとヒュプノスの鰻料理が出来上がるのを、卵料理を摘まんで待つのもまた一興であろう」 「ハーデス様の仰る通りだね。時貞もいつまでも常識に縛られてちゃいけないよ」 「お前はもう少し常識に縛られろ、シラー!!」 「何です?シラーを縛る?それは聞き捨てなりませんねぇ」 絶叫する時貞の後ろに音もなく忍び寄っていたのは魚座のアモールだ。 耳元で囁かれた時貞は鳥肌を立てて飛び上がり、彼の姿を見るなりシラーは警戒感を隠しもしない顔になり、異世界のシラーはこの世界のシラーの後ろにさっと隠れ、玄武は二人のシラーを背後に庇い、ミケーネとイオニアはアモールの行動に即座に対応できるよう身構えた。 そんな皆の行動にアモールは結構真面目に凹んだ顔になった。 「ちょ、皆さんそんなに私を警戒しないで下さいよ」 「何の用だ、アモール」 「用が無いと来ちゃいけないって言うんですか!?…って言ったら、きっとあなたは『そうだ』って言うんでしょうね。用ならありますよ。タナトス神に鰻のお使いを頼まれたのです」 「タナトス様に?」 「鰻の蒲焼を試作したので皆で食べて感想を聞かせて欲しいと仰せでしたよ。美味しくなかったら教えてくれと。美味しかったら帰ってこなくていいと言われました」 「だからって何で君がお使いなのさ?」 「鰻も魚だから魚座の私が適任だろう、だそうです。はい、これ」 アモールは持っていた皿を皆に差し出した。 そういうことなら仕方がない…とアモールを交えた皆で鰻を試食し、鰻は文句なしに美味しかったのでアモールを追い返す理由もなく、開き直った時貞が茶道セットでうまき卵を作って振舞った後、『普通の』日本式の茶会が始まった。 きちんと茶釜で湯を沸かし、抹茶をたてた時貞は茶碗をハーデスに差し出した。鮮やかな緑色の茶を覗き込んだハーデスは興味深げに目を瞬かせた。 「ほほう、これが『マッチャ』か。菓子で味わったことはあるがこうして茶として飲むのは初めてであるぞ。飲む際の作法などあるのか?」 「あるにはあるが、このような席では気になさる必要もなかろう。美味しく飲んで頂ければそれで十分だ」 「そうか。では…イタダキマス」 「順番に茶をたてるから、皆は茶菓子を食べながら待っていてくれ」 「そうだ、俺達が作ったフルーツ大福を持ってきたのだ!皆、食べてくれ」 時貞が茶をたてるのを興味津々の顔で見ながら、タナトスは持参した大福を皆に差し出した。 盆に山盛りになっている大福をぱくぱくと平らげる兄神の姿にヒュプノスは呆れ半分感心半分の溜息を吐いた。 「大福を作りながらつまみ食いして、玄武達やシラー達に差し入れした時に一緒に大福を食べて、オムレツとうまき卵を食べて、まだ食べるのかタナトス?この世界のタナトスとヒュプノスが作っているひつまぶしもあるのだぞ」 「大丈夫だヒュプノス。甘いものは別腹だっ!」 「餅の中に苺と豆のジャムが入っているのか。奇妙な組み合わせだが確かに美味だな」 「タナトス様お手製の大福、とっても美味しいよ。しぃやゲンガーは食べないのかい?」 「僕はさっき頂いたから。ひつまぶしを食べる胃袋のスペースは空けておかないとね」 「俺もさっき食ったからな。あと、お前まで俺をゲンガーと呼ぶな」 「だって、『玄武』って呼んだらどっちを指してるのか分からないじゃないか」 「じゃあじゃあシラー、私のこともあだ名で呼んでくれませんか?アモリン☆とか、アモティ☆とか…あ、それから、あなたが一口齧った大福を私にくれませんか?その代わり私が齧ったこの大福をあげますから。お互いに間接キスをして親睦を深め…」 「えっ?!」 ドゴッ! ゲシッ! ガッ! 異世界のシラーが涙目でドン引きすると同時に、玄武がアモールの顔に右ストレートを叩き込み、シラーが腹に膝蹴りを入れ、ミケーネが頭を掴んで畳に押さえつけた。ちなみに時貞はそ知らぬ顔で茶をたて、イオニアは三つ目の大福を悠々と齧っている。 右を見て左を見て戸惑う異世界のシラーに、タナトスは口の周りに餡子を付けたままにっこりと笑った。 「驚くことはないぞ、シラー。あれはいつものどつき漫才だ!」 「え…どつき漫才?」 「うむ。相変わらず魚座は見事なボケっぷりだし、皆の突っ込みも流れるように鮮やかだな」 「おお、これが噂の黄金聖闘士達のどつき漫才か。見事であったぞ」 「お褒めに預かりまして」 玄武とシラーとミケーネがにっこり笑って元の場所に座ると、畳に額をこすり付けていたアモールが呻きながら胸をトントンと叩き始めた。 「どうかしたか、アモール?」 「今の皆さんのツッコミで餅が喉に詰まってしまって…うう…。と、時貞、そのお茶を下さい」 「ダメだ。この茶はヒュプノス神にお出しする分だ。偉い方から順にお出しするからな、お前の順番はまだまだ先だ」 「ええっ、そんな無体なっ!」 「無体なと言いながら何だかアモールは嬉しそうだね?」 「ああ、この世界のアモールはドMだからな」 「違うよ玄武。『素敵な超ウルトラスーパースペシャルなドMで変態』だよ」 「うぐぐ、それは違うといつも言ってるでしょう!私はドMではなくややMです!ああっ、苦しい!このままでは私、死んでしまいますっ!」 「気にするなアモール。日本では毎年、餅を喉に詰まらせて何人も死んでいる」 「そういう問題じゃないでしょぉぉぉぉぉ!!!」 バンバン! 畳を叩くアモールに、この世界のシラーは凍りつくような目を向けた。 「うるさいよアモール。黙って死んでくれないかな。死に切れないなら僕が冥界に送り込んであげるけど」 「ああシラー…あなたのその冷たい目線、ゾクゾクします…でも私は、あなたと『紅白ブイヤベースコンビ』を結成するまでは死ぬに死ねないのです…」 「うるさいのはともかく畳を叩いて暴れるのは何とかしなくてはいけないな」 「そうだな。異界からの客人の前で黄金聖闘士が見苦しく暴れるなど、アテナの名を汚しかねん」 「…そうだ。ちょうどいいものがあるぞ」 何かを思いついた顔で席を立った玄武は、アモールがセッティングしていた鯉のぼりを一つ降ろして持ってきた。その姿を見てピンと来たこの世界のシラーがアモールに物凄くイイ笑顔を見せた。 「そうだ、アモール。喉に餅が詰まった時は鯉のぼりに詰まると良いんだよ」 「え?そ、そうなんですか?」 「シラーの言う通りだ。さ、早く鯉のぼりに入れ。ちゃんと手も入れて、肩まで入るんだぞ」 「分かりました」 玄武に促されるままアモールは『気をつけ』の姿勢でもぞもぞと鯉のぼりに入った。玄武とシラーはアモールを鯉のぼりに詰め込んで簀巻き状態にすると、これでOKと言って畳の上に転がした。 …………。 鯉のぼりに飲まれた状態のまま放置されたアモールは目を丸くした。 「え?ちょ、あの、私、まだ、喉に餅が引っ掛かったままなんですけど!?」 「ああ、分かってる」 「だから何?」 「二人ともひどいっ!このまま私に死ねと言うのですかっ!」 人面魚アモールがバタバタと暴れながら抗議した時、頭上から声がした。 「おや、何だかいい香りがしますね…。ああ、鰻入りの卵焼きですか。私達もご同伴に預かってよろしいでしょうか?」 「はっ!その声は異世界の私…って、はぅあ!!」 ぶぎゅる。 ミケーネ同伴で茶室にやってきた異世界のアモールが、『お前絶対分かってやってるだろ』的な涼しい顔で鯉のぼりアモールをガン無視したまま彼の頭を踏ん づけた。そんなアモールの行動に異世界のミケーネは驚いた顔をしたが、踏まれたアモールが何だか嬉しそうにしているし、誰も突っ込みを入れないのを見て 『アモールの行動は特に問題ないのだな』と納得してしまった。 ヒュプノスに茶を差し出した時貞は、次の茶をたてながら異世界のアモールとミケーネを見遣った。 「今、皆に抹茶を振舞っていたのだ。適当に座ってくれ」 「座ってくれと言われても場所がないが」 「何を言っているのですミケーネ。ここにちょうどいい椅子があるじゃないですか」 ドS全開の笑みを浮かべて、異世界のアモールは鯉のぼりに詰められたアモールの上に座った。 再びぶぎゅる。 ![]() 「はうっ!喉に餅を詰まらせて、鯉のぼりに詰められて、更に異世界の私に頭を踏まれた挙句に座られるなんて!こ…こんな屈辱は生まれて初めてです…」 「アモールも座ってもらえて嬉しいってさ。そっちのミケーネも遠慮なく座ってよ」 「そうなのか。ではお言葉に甘えて」 「ちょ!異世界の私だけでなくミケーネも座るなんて!そんなことをされたら私、本当に天国に逝ってしまうじゃありませんかぁぁ!」 「確かに顔が赤くなっているな。とりあえず喉に詰まらせた餅は何とかした方がいいのではないか?」 真っ赤になってジタバタしているアモールを見てタナトスが皆に尋ねると、シラーが首を傾げて時貞を見遣った。 「そう言えば、米のご飯を噛まずに飲み込むと喉に詰まった食べ物が取れるんだっけ?」 「それは魚の骨が引っ掛かった時だろう」 「どっちも同じ魚だ!分かった、ご飯を飲めばいいのだな。ちょっと待ってろ!」 タナトスはにこりと笑って立ち上がると、この世界の双子神が鰻を焼いている厨房に向かった。 …それから数分。 サッカーボールのような大きさのおにぎりを抱えたタナトスが小走りに戻ってきた。シラーと玄武とヒュプノスは思わず吹き出し、イオニアと時貞とミケーネはタナトスの抱えているおにぎりを見た瞬間に無表情になった。 タナトスはにっこり笑って人面魚アモールの前におにぎりを置いた。 「タナトスに事情を説明したら、『大は小を兼ねるからな』と言ってアモールの為におにぎりを作ってくれたのだ。さ、これを飲んで喉に詰まった餅を取るが良いぞ!」 「これは…プッ、タナトスは随分と張り切っておにぎりを作ったのだな」 「良かったねぇドMのアモール。タナトス様達にここまでして頂くなんて、羨ましいよ」 「タナトス様のご好意、ありがたく頂きなよ。ちゃんと噛まずに丸呑みしてね?」 「な、何ですかシラー!皆の目の前で、こんな大きなものを呑むなんて、そんな羞恥プレイを私に要求するんですかっ!?」 「握り飯を呑み込むことのどこが羞恥プレイなんだ。喜んでないで早くしろ。…ププッ」 「とか言いながら思いっ切り楽しそうですね玄武!大体、私のどこが喜んでるように見えるんですか!」 「む、顔も赤いし息切れもしているな。早くおにぎりを呑んで餅を取った方が良いぞ。手が使えないようだから俺が食べさせてやろう。ほら、あーん」 タナトスは100%親切心から、アモールの口にサッカーボール大のおにぎりを押し込んだ。 あ〜〜〜〜〜〜………… …アモールの断末魔の叫び(?)は会場中に響き渡ったが、心配する者は誰一人いなかったらしい。 |
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例によって例のごとく、アモさんいじりネタは蝶様から頂きました。蝶様、いつもありがとうございます!イオニアがやっている『茶道の茶釜でオムレツを作る』の元ネタは『パッパラ隊』です(逆襲ではなく突撃)。 ちなみに、蝶様世界のシラーさんはアモさんにセクハラされては涙目になってるそうです。そしてハビさんはシラーさんを庇い、ミケさんはアモさんを窘めてるんだとか。蝶様世界のΩ黄金の皆さんも仲が良くてかわいいですね(=^^=) 次は皆が雪合戦したり初詣行ったりの話になる予定です。 |