双子神2012・生誕
前編

 西暦2012年6月12日。
 この世界の双子神の誕生日を一緒に祝う為、異世界の双子神が冥界エリシオンを訪れていた。
 タナトスとヒュプノスの二人と手を繋いで弾むような足取りでハーデス神殿に向かったタナトス少年は怪訝そうな顔になった。
 ハーデス神殿の入り口にはニンフの姿しかない。普段はハーデスやヘカーテが『お前達の到着が待ちきれなくて』と出迎えに出ているのに。落胆は隠し切れず僅かに足取りが重くなったタナトス少年は傍らのタナトスを見上げた。

「タナトス。今日は、ハーデス様もヘカーテ様もお姿が見えぬな」
「それは私も気になっていた。普段は神殿の入り口で私達を待っていてくださるのに…ひょっとしてお体の具合が優れぬのか?」
「その心配はない。ハーデス様もヘカーテ様も普段にも増してお元気だ」
「最近のハーデス様とヘカーテ様はオネイロイと共に神殿に篭られて何かに打ち込んでおられる故、今も何かに打ち込んでおられるのではないだろうか」
「何か?何かとは何だ?」
「それが分からぬのだ」
「私やタナトスには何をやっているのか知られたくないそうで、部屋に近づくこともならんと言われている」
「つまり、秘密か」
「つまり、秘密だ」
「…………」
「…………」

 タナトスコンビは好奇心を抑えきれない顔で沈黙し、ヒュプノスコンビはそんな兄神コンビの姿に苦笑しながらハーデス神殿に足を踏み入れた。




 ニンフの案内で部屋に通された双子神コンビは目を瞬いた。
 神殿の入り口まで出迎えに出るのが難しい時は部屋で待っているハーデスがまたしてもいない。ついでにヘカーテもオネイロイも姿が見えない。
 むーん…と再度複雑な顔で沈黙したタナトスコンビが顔を見合わせ、そわそわと落ち着きの無い様子で長椅子に腰を降ろした。その隣にヒュプノスコンビも腰を降ろす。
 タナトスの膝にちょんと座ったタナトス少年が好奇心を抑えきれない顔で足をパタパタさせた。

「タナトスよ、ハーデス様達がそこまでハマっているものとは何なのだ?」
「秘密だから分からぬ、と言ったであろう」
「それは聞いたが…むぅ。秘密と言われたら余計に気になってしまうではないか」
「私も気になって、一体何をなさっているのかハーデス様にお伺いしてみたのだがな。『近いうちに教える故、楽しみに待っているが良い』と言われてしまった」
「そうなのか…」

 双子神達が好奇心と葛藤する顔で口を噤むと、ヘカーテと夢の四神を同伴してハーデスが姿を見せた。パンタソスが押しているワゴンにはティーセットとドーナツとカップケーキが載っていて、馥郁と甘い香りを漂わせている。
 立ち上がって出迎えようとする臣下を笑顔で軽く制し、冥王は椅子に腰を降ろした。

「良く来てくれたな、タナトス、ヒュプノス。待ちかねたぞ」
「こんにちわ、ハーデス様!」
「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」
「うむ。最近はすこぶる体調が良くて、やりたいことが存分に出来るようになっておるぞ。今日も熱中するあまり、そなたらを迎えに出られずすまなかったな。その非礼はヘカーテ特製のドーナツとカップケーキで赦してくれ」
「いえいえ、赦すなんてそんなこと」
「でも、ドーナツとケーキは頂きます!」

 …口一杯にドーナツとケーキを頬張ってもぐもぐしつつ次のケーキに手を伸ばすタナトス少年を微笑ましく眺めつつ、ハーデスはどこか不安そうな顔で尋ねた。

「タナトスよ、そのドーナツとカップケーキの味はどうだ?美味であろうか?」
「とても美味しいです!」
「さすがヘカーテ様、相変わらず美味しいですね」
「フフ、私は菓子作りが趣味だからな。日々研究を重ねているのだ」

 ヘカーテは意味深にニヤリと笑ってぱくりとドーナツを頬張った。




 …茶会が終わると、ハーデスはヘカーテと夢の四神を連れて部屋を出て行った。『せっかく異世界からタナトスとヒュプノスが来てくれたのに碌なもてなしも 出来ずにすまぬが、どうしても今日中にしなければならぬことがあるのだ。それからお前達、我々が何をしてるか決して覗いてはならぬぞ』という、逆に気に なって仕方が無い発言を残して。
 タナトス少年はタナトスの膝の上で体の向きを入れ替え、彼の肩越しに部屋の扉を見つめて唇を尖らせた。

「そんな言い方されたら余計に気になってしまうではないか!ハーデス様、少々意地が悪いぞ!」
「うむ、俺も気になる。だが、ハーデス様が『決して覗くな』と命じられた以上、その御命令に背くことは出来ぬ。…気になって気になって仕方が無いがな」
「そうだな。気になって気になって約束を破って振り向いたイザナギやオルフェウスは妻を取り戻せず、機織りの部屋を覗いた老夫婦は恩返しに来た鶴を失った。好奇心に負けると碌な結果にならぬということは歴史が証明している」
「「…………」」

 それは百も承知なのだが…と言いたげな顔でそわそわしている兄神コンビをチラリと見て、ヒュプノスは常と変わらぬ冷静さで口を開いた。

「タナトスよ、明日と明後日は何の日か覚えているか」
「当たり前だ。明日は俺達の誕生日、明後日は…この世界基準での明後日だが…チビ共の誕生日であろう」
「なら、ハーデス様とヘカーテ様とオネイロイが何をしているのかも察しがつくであろう?」
「「あ…」」
「どんなサプライズが仕掛けられているのか楽しみでたまらぬ故、私は部屋を覗きたいのを我慢するぞ」

 ハーデス達が何をしているのかとっくに察しがついていたらしいヒュプノス少年が幼い顔を真剣な色に染めて言うと、タナトス少年もにこりと笑って頷いた。




 ――その夜。
 タナトス神殿の一室で床についていたタナトスがそっと体を起こした。隣で眠っているヒュプノスと異世界の双子神を起こさないようにゆっくりと立ち上がり、慎重に扉を開けて廊下に出て、足音を殺して静かに中庭に向かった。
 青白い月明かりが照らすエリシオンの花園を特に目的も無く歩いた銀色の死神は、美しく手入れされた噴水の傍らに腰を降ろした。水面の月を掬うように手を水に入れて意味も無く水をかき混ぜた。
 …俺は子供か。
 水面に映った自分の顔を見て思わず苦笑する。
 どうにも気持ちが落ち着かず、足元に咲いていた花を片っ端から摘んで噴水に放り込んだ。水面をたゆたう色とりどりの花を眺めながら玩具の船でも持って来ればよかったか、などと思っていると。

「何を子供のようなことをしているのだ、タナトスよ」
「…それはこちらの台詞だ、ヒュプノスよ」

 異世界の双子神のために用意してあった船とアヒルの玩具(風呂に浮かべて遊ぶアレだ)を持った弟神の姿を認めてタナトスは楽しげに笑った。
 金色の眠り神は常と変わらぬ済まし顔のまま死神に歩み寄ると隣に腰を降ろした。あくまでも真顔のまま、さも当然と言った顔で玩具を差し出す。
 アヒルを受け取ったタナトスはゼンマイを巻いて噴水に浮かべた。水に浮いた花を蹴散らす勢いで突進するアヒルを楽しげに見ている兄神を横目で見ながら、ヒュプノスも船のゼンマイを巻いて水に浮かべた。
 ゆったりと水面を走る船を目で追いながらタナトスは口を開いた。

「誕生日が楽しみで気持ちが昂って眠れぬなど、一体いつぶりであろうな」
「お前は毎年ではないのか」
「誕生日が楽しみなのは毎年のことだが、眠れないほどというのは久しぶりだと思うぞ」
「…ふむ」
「俺は嬉しくて嬉しくてたまらぬのだ、ヒュプノス」
「…………」
「ほんの、つい先日まで、寝台から起き上がることもままならなかったハーデス様が、皆の先頭に立って我々の誕生日を祝う準備を出来るくらいにまで回復されたということが」
「ああ、そうだな」

 ヒュプノスの言葉は短く淡々としていたが、唇が僅かに綻ぶのを見てタナトスはフフンと笑った。
 眠りを司る神であるヒュプノスが眠れずに散歩に出ている時点で、しかも玩具まで持ってきている時点で、彼が嬉しさのあまり舞い上がっていることはバレバレなのだ。
 噴水の反対側まで突進して壁に当たって止まっているアヒルを見て、タナトスは立ち上がって噴水の中に足を踏み入れた。ひんやりした水が心地よい。タナトスはアヒルを拾い上げて反対側にいるヒュプノスめがけて放り投げた。
 心を満たすこの歓びを発散しないと今夜は眠れそうに無いのだが、さてどうしたものか。眠れないならずっと起きていても特に問題はないのだが。
 水に濡れて色とりどりの花弁が張り付いたローブを意に介することも無くそんなことを思っていると、噴水の反対側にいたヒュプノスが発進させたらしいアヒルが突進してきて噴水の縁にゴツンとぶつかって止まった。

「…………」

 見ると、アヒルの頭には花で編んだ腕輪が乗っている。
 タナトスはニヤリと笑って花輪を手首に填めると、足元の花を摘んでザクザクと花輪を編み始めた。間もなく完成したそれを船の玩具に乗せてヒュプノスめが けて送り出す。続いてもうひとつ花輪を作ると、タナトスは手近に咲いている花で一番気に入った一輪を摘んで立ち上がった。
 …噴水の反対側に回ると、タナトスが先程船に乗せて送った花輪を手首に填めたヒュプノスもちょうど花輪を編み終わったところだった。視線を花輪に落としたままヒュプノスが尋ねてきた。

「そろそろ眠れそうか、タナトス?」
「ああ、お前がこの花輪に込めた眠りの小宇宙のおかげでな」
「…なら良い」

 常と変わらぬ無表情で頷いた弟神の金紗の髪に、タナトスは先程摘んだ花を挿した。
 何だ?と言いたげな視線に満面の笑みを見せる。

「誕生日おめでとう、ヒュプノス」
「…………」
「何だ、その顔は。日付はもう変わっているぞ」
「ハーデス様が我々の祝宴の準備をされているというのに、それを待たずに祝いの言葉を言う奴があるか」
「それはそれ、これはこれだ。黙っていれば問題ない」
「…そんな言い訳があるか、馬鹿兄貴」

 ヒュプノスは大袈裟に溜息をつくと足元の花を一輪摘んで立ち上がり、わざと素っ気ない所作でタナトスに花を差し出した。

「誕生日おめでとう、タナトス」


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