| きちんと神殿で10分待って、ヒュプノスは先程よりは落ち着いた気持ちで神殿の外に出た。 神経を研ぎ澄ましてみたが兄神達の小宇宙は感じられず、居場所も分からなかった。流石に小宇宙を垂れ流していては本物と偽物が見分けられてしまうと警戒したか。 …さてどうするか。 タイムリミットまではまだ十分な時間がある。急がば回れ、急いては事をし損じる。 (…まずは第三者に話を聞きに行くか。情報収集は重要だ) 必死になってタナトスを探し回れば、悪戯を仕掛けた兄神を喜ばせるだけだ。そうそうお前の期待に沿ってなどやらぬからな…と半ば意固地になりながら、ヒュプノスは意識して殊更にゆっくりと歩き始めた。 …その姿をポプラの木の陰から見ていた『タナトス』は、今回のゲームのためだけに用意された携帯を取り出した。 三回目のコールの途中で相手が出た。 「ヒュプノスが動き始めた。我々を探す様子はない」 『まずは外堀を埋めようという胎か。フフッ…あいつらしい』 「どうやらヘカーテ様の神殿を訪ねるようだな」 『分かった。他の者にも連絡しておく』 …タナトスに変身した夢の四神達は、ゲームが終了するかヒュプノスに捕まって偽物と見抜かれるまで(周囲に誰もいなくても)行動も言動も徹底的に『タナトス』を演じるよう厳命が下っていた。諸々の連 絡は準備された携帯に唯一登録された番号に非通知設定で発信して行う。いわゆる連絡網だが、夢の四神は自分が何番目にいるのかはもちろん、発信相手や着 信相手が誰なのか全く知らされていない。新しく指示が必要な時には、連絡網のどこかにいる『本物のタナトス』から伝言と言う形で連絡が回ってくることに なっている。 最初は手の込んだ鬼ごっこ程度にしか思っていなかったが、いざ始まってみると予想以上に面白い。 通話を終えて携帯を懐に戻して『タナトス』は口元に淡い笑みを浮かべた。 ヒュプノスの訪問を受けたヘカーテは、わざとらしく胡散臭いものを見るような眼をして、じろじろと頭のてっぺんから足元まで見回した。 兄神の訪問を受けた時の態度とはあからさまに違うその対応に、流石のヒュプノスも不快感を顔に出した。 「…私がヘカーテ様をお訪ねするのがそんなにもご不審ですか」 「不二子が銭形の訪問を受けたら警戒すると思うがな」 「………。そういえばそういう設定でしたね」 ゲンナリ顔でため息をつくと、見た目が相応しいという理由だけで(まぁ確かにそれっぽいが。主に胸とか)不二子役に任命された美貌の女神は笑いながら言った。 「ゲームの一員として参加したからには真面目に参加してみようかと思ってな。これはゲームなのだろう?お前も割り切って楽しめば良いではないか」 「負けた時のリスクが大したものでなければ楽しむ気にもなれますが…」 「ならば言い方を変えようか。お前が徹底的に銭形を演じれば、タナトスは大喜びでルパンを演じるだろう。与えられた役になりきってみれば、ルパンを気取っているタナトスの行動も読めてくるのではないか?」 「…なるほど」 ヘカーテの言葉にいたく納得した時、懐に入れた携帯が鳴り出した。 面白そうに眺める上司に断りを入れて携帯を開くと、『タナトス(本物)』の文字が表示されている。 唇をへの字に曲げて携帯の画面をヘカーテに見せてからヒュプノスは通話ボタンを押した。 「…何だ」 『それはこっちのセリフだ。お前が追いかけてくるのを楽しみにしていたのに、なぜ一直線にヘカーテ様に会いに行くのだ?』 「『不二子あるとこルパンあり』と言うからな。何か手がかりになる情報がないか尋ねようと思ったのだ」 『ん?意外に乗り気ではないか、ヒュプノスよ』 「………。タナトスよ。お前は外見を理由にヘカーテ様を今回のゲームに引き込んだようだが、私はヘカーテ様が『不二子役』だという部分を最大限利用させてもらうぞ。ヘカーテ様もなかなか乗り気でおいでのようだからな」 『ほう…どうするつもりだ?』 「自分で作った設定をもう忘れたのか、タナトスよ?お前はルパン、私は銭形であろう。銭形がルパンに自分の手の内をいきなり明かすと思うか、この馬鹿兄貴」 『………』 明らかにムッとした雰囲気の沈黙を残して一方的に通話は切れた。 …なるほど、役になりきってゲームを楽しむのもなかなか悪くないかもしれない。タナトスが用意した設定を逆手に取り、彼の負けず嫌いの性格をうまく利用して挑発し罠を仕掛ければ、向こうから罠に嵌まりに来るかもしれない…。 そう考えたヒュプノスの唇にうっそりと笑みが宿り、眠りの神の考えを察したらしいヘカーテはクスクスと笑った。 「腹黒狸の銭形とは斬新だな」 「腹黒とは心外ですね。銭形は非常に有能な刑事と言う設定なのですよ。…タナトスがどう思っているかは知りませぬが」 「まぁ良い。立ち話もなんだ、茶でも飲んでいくか?」 「ありがたく頂戴します」 美貌の女神の言葉に軽い喉の渇きを感じて、ヒュプノスは笑顔で頷いた。 つい先ほど兄神おてづからの緑茶を飲んだが、恋文を盗まれた驚きと怒りで喉を潤す間もなく蒸発してしまったのだろう。 供された紅茶は自分で淹れたものとも兄が淹れたものとも一味違う。そういえば冥妃ベルセフォネー様は菓子作りがお好きであった、冥妃様の親友であるヘカーテ様の喫茶の腕が上達するのも自然の流れかなどと考えながらカップに口をつけていると。 「先に言っておくが、私はタダでお前に協力する気はないからな」 「…それは不二子役として?それともヘカーテ様個人としてでしょうか?」 「両方あるが個人的感情と言う意味の方が強いな」 「………。一応、理由を伺ってよろしいですか」 「お前は私の『恋敵』だからだ」 どこまで本気かわからない顔で、ヘカーテは色気たっぷりの仕草でヒュプノスを睨んだ。 …言葉の選択には問題があるが、言わんとすることは良くわかる。 どこまで本気で惚れているのか分からないが、ヘカーテはタナトスを至極気に入っている。彼といると居心地が良くて楽しいらしく、最近は一緒にゾンビを倒 すゲームで遊んだり地上に出かけたりしていたのだが…今回の恋文の一件で、タナトスがヒュプノスにかまけて彼女をほったらかしにしていたのがお気に召さな いらしい。 ヘカーテは子供のように唇を尖らせてぐるぐると紅茶をかき混ぜた。 「アテナと聖戦をやってる間、私を仲間外れにして男連中ばっかりで盛り上がって楽しく遊んでいて、やっと聖戦が終わって私もお前達の遊びに仲間入りできる と思っていたら、今度は恋文だなんだとまたお前達兄弟だけで楽しく盛り上がって…不二子役を頼むと言われたからどんな役どころで参加かとわくわくしてた ら、とりあえず不二子は押さえておこうと思っただけで特にやってほしいことは無いだと。私はまた蚊帳の外か?つまらん」 「…今のタナトスの頭の中はどうやって私から逃げ切るかで一杯で、ヘカーテ様の役どころをどうするかまで考えが回っておらぬのでしょう。ヘカーテ様もタナトスの脳味噌の容量はご存知のはず、察してやっては頂けませぬか」 「ヒュプノス、お前…妻への恋文を盗まれたこと、相当腹に据えかねているようだな」 いつにも増して切れ味鋭いヒュプノスの毒舌に、ヘカーテは意外そうな顔で目をぱちぱちさせた。 ヒュプノスはティーカップを些か乱雑な所作で卓に置いた。 「当たり前です。個人的な手紙を読む行為自体が許しがたいのに、ゲームのネタにしてしかも私が勝てなかったときはそれをばらまくなど…弟の恥を晒して何が楽しいのだ、あの馬鹿兄貴は!」 「…今のタナトスの頭の中はどうやってお前から逃げ切るかで一杯で他のことを考える隙間は無いと、さっきお前が自分で言ったではないか。お前が負けた時のことなど考えていないのだろうよ」 「………」 珍しく不快感を露わにして口を噤む金の神の姿に、ああやっぱりこいつはタナトスの弟なのだなとヘカーテは思った。 決して頭は悪くないのに、片割れのことになるといたって単純なことが分からなくなる。余りにも近すぎて見えないのだろう、灯台下暗しとはよく言ったものだ。 少し離れたところから眺めているから当事者達より冷静に事の次第を判断できる女神は思う。 ヒュプノスが兄神を捕まえられなかったとしても、彼は手紙をばらまいたりはしないだろう。無茶苦茶に見えるが、踏み越えてはいけない一線をタナトスはき ちんと弁えている。負けず嫌いな性質だからゲームに勝つために全力を尽くすだろうが、彼の第一の目的は弟達と楽しく遊ぶことで、楽しければ勝敗はさほど大 きな問題ではないのだ。お前が負けたら恋文をばらまくぞと言う脅しは弟神を本気にさせるための方便に過ぎないだろう。 …と、内心で思っていたものの。 ヘカーテは自分の考えをヒュプノスに教えてやる気はなかった。ヒュプノスが『恋敵』だからと言う理由もあるにはあるが、タナトスの真意を教えてしまってはゲームに緊張感がなくなってつまらなくなるからである。 だから。 「…話を最初に戻しますがヘカーテ様。タナトスを捕まえるのに有益な情報などお持ちではありませぬか?」 「最初に言ったであろう?私はタダでお前に協力する気はない」 眠りの神の協力要請を艶っぽい笑みと共に柔らかく拒絶した。 が、ゲームを面白くするためのヒントは与えてやる。 「ただし」 「ただし?」 「不二子は打算で行動し、時にはルパンを裏切り敵側にも行く女だ。報酬次第ではお前に協力してやっても良いぞ」 「…考えておきます」 ヘカーテに協力を要請するか、要請するとしたら何を報酬として出すか…二つの意味を兼ねてそう告げて、ヒュプノスは神殿を辞した。 …とりあえずどの『タナトス』でもいいから捕まえねば話は進まない。ヒュプノスは手近にいるニンフを片っ端から捕まえて目撃情報を集め始めた。 |
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大まかな道筋と大体の結末を決めて書き始めたSSなんですが、途中経過は結構アドリブで書いてまして、それはそれで楽しいものがあります。ゲームの勝敗の
行方はある意味最初からバレバレなんで、どうやってその結末に持って行くか、結末に繋がる伏線をどこで張っておくか、いろいろ悩むのもまた良いものです。 今の「怪盗」を書くときに意識しているのは、出てくる『タナトス』は全て本物と思って文章をつくること。夢の四神もタナトスに変身してゲームに参加して る、って設定なので、書きながら「この『タナトス』は本物か偽物かどっちにしようかなー、偽物にしておこうかなー」と思うと、やっぱりセリフなり文章なり に「偽物臭さ」が出てしまうのです。 そうなるとやっぱり読んでくれる方にも「偽物臭さ」が伝わり、当然、作中でもヒュプノスが「こいつは偽物だ」と気づかないとおかしいので…タナトスが出て くる時は「こいつは本物」だと思って話を書いて、展開に応じて本物にしたり偽物にしたり臨機応変にやってます。ぶっちゃけ行き当たりばったりで書いてて しょっちゅう行き詰るんですが(苦笑)。 |