| くるり、くるりと白い日傘が回る。 紅い飾り紐も一緒に回る。 「こんにちわ、『外の世界』の神々」 女が妖しく笑った。 金色の髪にいくつも結ばれた赤いリボン、飾り紐のついた風変りな帽子。 くるり、くるり。 日傘を回す手は白い長手袋で上品に覆われている。 その面差しはあどけない少女のようであり、同時に老獪な魔女のようでもあった。 「私は八雲紫。幻想郷では大妖怪なんて言われてるけど、大した力はありませんわ。精々、ありとあらゆる境界に干渉する程度の力…」 美しい唇が捉えどころの無い言葉を紡ぐ。 魔界に棲む妖怪とは明らかに異なる気配にタナトスははっきりと警戒感を覚えた。ありとあらゆる境界に介入できると言う事は即ち、神と人間の境界すらあやふやに出来ると言っているに等しい。『この女に深入りするな』と彼の直感は警告している。 無意識に拳を握って死の神は意識して背筋を伸ばした。 「せっかく名乗って頂いて申し訳ないが、我々は幻想郷の神々に会えればそれでよい。貴女が何者であるかは瑣末な事」 「…ふふ」 八雲紫の虹彩が細くなる。 唇に笑みを浮かべたまま、白い長手袋をはめた手が日傘を回す。 くるり、くるり。 「ざんねん、ですわ」 殊更にゆっくりと言って、女が何かを開けるような仕草でゆるりと片手を動かすと。 彼女の背後に裂け目が出来て閉じた瞼が開くように空間が開いた。そこから見えるのは無数の眼と手。 双子神が一度瞬きした、その直後。 …周囲の光景は一変していた。 うっそうと木々が生い茂る森と、古めかしい社。 八雲紫はその社を優雅な仕草で指差した。 「あれが、外の世界と幻想郷の境界…博麗神社。あなた達の来訪については既に話が通っていますわ。…では、ごきげんよう」 言うだけ行って彼女は空間の裂け目にするりと姿を消した。 異世界に連れて来られただけで放り出された形になった双子神は、顔を見合わせ浅く溜息をつき神社に足を向けた。 「神奈子や諏訪子に続いて外の世界の神様がまた幻想郷に来るなんてなー。で、あんたらは何をやらかしてくれるんだ?やっぱりどっかに寺立てて信仰を集めたりするのか?」 つばの広い帽子をかぶって箒に乗って空を飛ぶという、西洋魔法使いのお手本のような格好をした娘が好奇心を押さえきれない様子でふたりに尋ねた。娘の問 いにタナトスとヒュプノスが口を開きかけた時、ふたりを挟んで反対側を飛んでいた巫女装束を纏った黒髪の娘がにこりともせずに言った。 「冗談じゃないわ。守屋神社と命蓮寺だけでも良い迷惑なのにこれ以上ライバルが増えたら私の商売あがったりよ」 「ライバル?」 「霊夢が巫女をやってる博麗神社とあんた達が会おうとしてる神様を祀ってる守屋神社、あともうひとつ妖怪の信仰をガンガン集めてる命蓮寺、この三大勢力は 人間や妖怪の信仰を奪い合うライバル同士なんだ。これ以上神様が増えたらただでさえ奪われ続けてるシェアを更に奪われんじゃないかと心配してるのさ」 「そういうことなら心配はいらぬ。我々はあくまでも、幻想郷に移住したと言う神に話を聞きに来ただけだからな」 「それならいいけど…念のため言っておくけど、厄介事は起こさないでよ」 「………。幻想郷の流儀は知らぬが、神に対して随分な言い様だな」 黒髪の娘の物言いにタナトスが多少ムッとすると、金髪の魔法使いがまぁまぁ…となだめた。 「気を悪くしないでくれよ、外の世界の神様。あんたらが会おうとしてる神様達はとんだトラブルメーカーでさ、あいつらが何かやるたびに何かしら幻想郷を騒がす異変が起きるから霊夢は警戒してるんだよ。ま、異変が起きたところで私は楽しいからいいんだけどな!」 「トラブルメーカーの女神達か…」 「我々は話を聞くだけだ、トラブルが起きる要素などどこにもあるまい」 「どうかしらね。…さ、あそこが神奈子と諏訪子のいる守屋神社よ」 紅白の巫女が眼下を指差した。 広大な湖とそれをとりまくように無数の柱が立ち、湖から少しばかり離れたところに社が建っている。 二神と二人が神社の境内に降り立つと、そわそわと落ち着きなく歩きまわっていた娘が小走りに近づいてきた。 淡い翠の髪に蛙と蛇の髪飾りを付け、手には風変りな杖のような物を持ち、紅白巫女と似通った衣装を纏っている。 「初めまして!私、守屋神社の風祝にして現人神、東風谷早苗と言います。うわぁ…ギリシア神話の神様って本当に実在したんですね!まさか実際に会えるなん て、やっぱり幻想郷は面白いわ!死の神タナトスは老人説と美青年説があったけど、美青年説が正しかったのね!あれ?でもタナトスとヒュプノスって翼のある 神様のはずですよね?翼があるって話は嘘なんですか?」 「………娘。我々は外の世界から幻想郷に移住した神に話を聞きに来たのだが」 ここは幻想郷、『外の世界』とは流儀が異なる別世界だと頭では理解していた。が、神を神とも思わぬ小娘達の態度にいい加減イライラしてきたタナトスがつっけんどんに言い放つと、翠の娘は委縮する様子は微塵も見せずにぺこりと頭を下げた。 「ああ、失礼しました!嬉しくてついはしゃいじゃって。どうぞこちらへ、神奈子様と諏訪子様がお待ちです」 先に立って案内する翠の娘の後を紅白巫女と白黒魔法使いも当たり前のような顔をしてついて来たので、タナトスはまた眉間に皺を刻む羽目になった。 「目的地には到着したのに何故お前達まで付いてくる?」 「さっき言ったでしょ、神奈子と諏訪子はトラブルメーカーだって。何かやらかされたら困るから立ち会うのよ。…で、魔理沙はどうしてついてきてるの?」 「面白そうだからだよ。話の邪魔はしないから同席くらいしたっていいだろ?」 「………」 どうせ、ダメだと言ったところで聞かないのだろう。タナトスはヒュプノスと目を合わせてわざとらしく溜息をついた。 神社の一部屋、応接間らしい場所に双子神とおまけ二人を通すと、東風谷早苗は主である神を呼びに行った。 丸い卓の周りに薄っぺらいクッション…ザブトンと言う名前だったか、が並べられている。その座布団の上にタナトスは片膝を立てて座り、ヒュプノスは胡坐をかいて座った。三百年ほど前に好奇心から日本を訪ねた際、双子神を歓待してくれた神々から教わった座り方だった。 …大して待つ事もなく、ドスドスと廊下を歩く音がして障子が勢い良く開けられた。 「ようこそ、異国の神よ!守屋神社の主・八坂神奈子、あなた方の来訪を心より歓迎するわ!」 「ちょっと神奈子、勝手に主を名乗らない!実際の主は私でしょ!」 「うっさいわね、表向きには私が主だから自己紹介はこれでいいのよ!」 「………」 タナトスとヒュプノスは姿を見せた二柱をしげしげと見つめて目を瞬いた。 己が存在した世界を捨てて異世界に…幻想郷に移住した日本の神。 ふわりと広がる紺青の髪に紅葉の髪飾りをつけて、しめ縄を背負った大人びた姿の女神と、ギョロリと大きな目玉飾りをつけた帽子をかぶり、蛙が刺繍されたミニスカートを纏った少女のような幼い姿の女神…。 「んん?」 「おや…?」 「あら?」 「あーれー??」 八坂、洩矢の二神と双子神は人間達を置いてけぼりにじーっと見つめあった。 幻想郷の神と外の世界の神を交互に見た紅白巫女…博麗霊夢が何とも嫌そうな顔で尋ねた。 「何よこの反応。ひょっとしてあなた達、顔見知りだったりするわけ?」 彼女の言葉に神々は曖昧な無表情のまま頷いた。 …そう。 霊夢の言う通り、双子神は過去に日本を訪れた際に八坂・洩矢の二神に会った事があったのだ。 |
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双子神に関する脳内設定公開SSは書ききったつもりでいたのですが、「タナトスが人間に友好的になったきっかけ」になったSSを書いてなかった事を思い出
したので…あと、神話時代の話ばかり書いていたのでそろそろ時間軸が違う話も書きたいなと。キャラ設定紹介で既にネタばれてますが、幻想郷に移住した日本
の神様こと八坂神奈子・洩矢諏訪子の登場です。 *八坂神奈子・洩矢諏訪子は「上海アリス弦楽団」サークル発行の弾幕シューティングゲーム「東方風神録」に登場する神様です。博麗霊夢・霧雨魔理沙・東風谷早苗も「東方Project」シリーズのキャラです。このSSは東方の二次創作です* 幻想郷などの設定についてはほとんど説明なしのまま話が進みますので、気になる方はウィキペディアの「東方」の項目をお読みください。 双子神がどうやって八雲紫と接点を持ったのかは余り深く考えてないです。双子神が「異世界に移住したと言う日本の神と話をしてみたいな」と思っていたら、いつの間にか紫からコンタクトを取って来たんじゃないかな、と漠然と考えています。 |