双子神2012・幻想
EPISODE 2



「懐かしいわねぇ、なんだかんだであれから三百年も経ったのねー」
「異国の神が観光がてら日本に来るなんて前代未聞だったから、私達も思わず国の政をほったらかして遊びに行っちゃったんだよねぇ」
「それでも大きな混乱は無かったのだろう?平和な時代だったのだな」
「それにしても、あなた達が私達を覚えててくれたのはちょっと意外だったわ。そんなに長々と話をしたわけじゃなかったのに」
「タナトス相手に酒を交わして潰れない女神にお目にかかったのは初めてだった故な、印象が強かった」
「俺は、この堅物の弟を皆の前に引きずり出して一緒に踊り出したのが印象的だったぞ」
「そーだったそーだった。久しぶりに神々仲間と宴会やってすっごく楽しかった覚えがあるわ」
「また遊びに来てねーって言った時に、落ち着いたらまた来る、みたいなこと言ってたじゃない。私達、結構楽しみに待ってたんだよ?あのふたりはいつまた日本に来るかなーって」
「ああ、申し訳ない。我々が帰国して間もなく戦が始まってな…人間に不覚を取って二百五十年ほど封印されていて、封印から解放されたら新たな戦の準備、そ の戦でまたしても人間に不覚を取って二十年ほど眠りについていて…はぁ…自分で言っておいてナン だが、情けない話だな」
「…まぁつまり、我々はこの三百年まともに動ける状態ではなかったのだ。出来るならもっと早く訪ねたかったのだが…」
「いーっていーって、私も諏訪子も全然気にしてないから!まさか幻想郷で再会するとは思ってなかったけどね!…ささ、飲んで飲んで」

 タナトスの盃に酒を注いで空になった一升瓶を神奈子がちゃぶ台の横に置くと、心得た早苗が瓶を下げて新しい酒瓶とつまみを用意してきた。
 互いが顔見知りだったと気付いて昔話に花を咲かせる神々の傍らで、早苗は甲斐甲斐しく世話をして、霊夢は良からぬ計画が神々の口から飛び出して来ないか警戒し、魔理沙は興味深そうに話を聞いていた。
 …底なしに酒を飲む神々のおかげで守屋神社の酒のストックが無くなり、漸くタナトスは自分達が幻想郷を訪ねたそもそもの目的を思い出した。

「昔話に夢中でうっかり失念していたが、そろそろ本題に入りたいのだが」
「本題…って、何だったっけ?」
「私達に話を聞きに来たんだよね、確か」
「話ならたっぷりしたじゃない」
「いや、そーじゃなくて。ふたりは思い出話をするためにわざわざ境界を越えて幻想郷まで来たわけじゃないでしょ。もっと何か、重要な話がしたかったんじゃないの?」
「その通りだ。…『外の世界から幻想郷に移住した神』が旧知のあなた達だった時点で知りたかった事の半分は判明したとも言えるが…」
「まどろっこしいわね!サクッと本題を言って頂戴、サクッと!」

 ヒュプノスの回りくどい言い回しに神奈子が軽く拳でちゃぶ台を叩いた。
 どうやらこの女神相手に話をするのはタナトスが適任らしいな。
 浅く嘆息した眠りの神は隣に座った死の神をちらりと見やって意思を伝えると口を噤んだ。弟神の言わんとする事を察した兄神が口を開いた。

「人間の信仰を得られなくなったために異世界に移住したり、あるいは消滅した神がいるというのは事実か否か聞きたかったのだ」
「ああ、そういう事。…御覧の通り、事実よ」

 神奈子はあっさりと頷いた。
 双子神は顔を強張らせ、微かに掠れた声を押しだした。

「………。では、幻想郷に移住することなく消えた神が存在するのも事実だと?」
「ええ、事実よ。三百年前にあなた達を歓迎する宴に顔を出していた神で消滅した者もいるし、実際に私達も消えかけていた。私達は人間の信仰を失えば神の力 を失う。神徳も失う。それは即ち神である己の消滅に等しい。もうなりふり構ってなんていられなかった。私達は人間の世界を捨てて、最後の賭けとしてこの幻 想郷に移り住んだのよ」

 神奈子の言葉に双子神は愕然とした。
 母ニュクスから『人間の信仰を得られなくなったために異世界に移住したり、あるいは消滅した神がいる』と聞いた時は正直半信半疑だった。聖域との和解交 渉の為に地上を訪ね、神の姿が見えなくなった日本を目の当たりにしてもなお、ニュクスの言葉は信じられなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。永遠であるはずの神が消えてしまったなどと…。
 しかし今。
 三百年前に言葉を交わし、酒を飲み交わし、交流した神が事実こうして別世界にいる…動かぬ現実が目の前に突き付けられていた。
 …重く長い沈黙を破ったのはタナトスだった。

「しかし神奈子、あなたは山と風と農業の神だったはず。諏訪子、あなたは人間が恐れ敬うミシャグジを束ねる偉大な祟り神だったはず。そのあなた方を、人間は信仰しなくなったと、畏れ敬う事をしなくなったと、そう言うのか?」
「三百年近くも人間の世界に関わってなかったあなた達にはピンとこないかもねぇ。死と眠りなんて人間の力ではどうしようも出来ない最たるものだし…」
「一言で言えば『時代は変わった』のよ。ほんの三百年ほどの間に人間の科学は猛スピードで発達した。そして皮肉な事に、神への信仰も外の世界で流行りの 『格差社会』になったのよ。つまり、人間から信仰されるされないが両極端になったの。恋愛成就とか、学業関係とかの神は相変わらず信仰を集めてるけど、私 達は信仰されない側…つまり負け組になってたって訳」
「…………」

 まだ納得していない、納得したくない顔をしている『外の世界の神』に、神奈子は静かに言葉を続けた。

「三百年前は、人間は深い山に踏み入る事を恐れた。火山を、地震を、台風を、水害を、日照りを恐れた。そして彼らはそれらに対抗する知識も手段も無かった から、神に祈るしかなかった。人々の信仰は神の力となり、力を得た神は山や風や水を制御して大規模な被害が出ないように人間を守りつつ、豊かな実りを与え た。人間が神を敬う事を怠った時は祟りをもってそれを戒めた。でも今は違う。科学が発達した事で人間達は自然のメカニズムを解明し、山を切り開いて道と明 かりを造り、風を調べ、雲を調べ、気温を調べ、これから何が起こるかを予想した上で対策を立てられるようになった。人間達は神の力なしで自然に立ち向かう 知恵と力を手に入れて、風神はお役御免になったのよ。皮肉な話よね、神の私よりもお天気お姉さんの方が信頼度が高いなんて」

 あはは、と屈託なく笑って神奈子は手を頭上にかざして見せた。
 その行動の意味が分からず怪訝そうな様子の双子神に、彼女は何でもない事のように言った。

「幻想郷に移住する直前なんて、こうやって手をかざしたら向こうの景色が透けて見えてたのよ」
「!!」
「半透明になった自分の手を見ながら思ったわ。私もとうとう消えるのか、いや、消えたくない、消えてたまるもんか。過去の栄光に縋りながら消えゆくなんて、このまま座して死を待つなんて真っ平御免よ!一時的に力を失っても可能性のある未来に賭けたい!ってね」
「私は信仰にも『外の世界』にも未練はなかったけど、神社ごと幻想郷に引っ越して妖怪から信仰を集めるなんてトンデモ計画を神奈子から聞かされた時は流石にびっくりしたわ。ま、 止めても無駄だった事は長い付き合いで分かってたし、最後のお遊びで無茶をやるのもいいかな、って思って反対もしなかったけど」

 何だか兄神タナトスに振り回される自分のようだな…とヒュプノスが思った時、それまで黙って話を聞いていた霊夢が呆れた顔で口を挟んだ。

「ちょっと諏訪子、あんただって神奈子とつるんで地下の地獄烏に八咫烏の力を与えて騒ぎを起 こしたり、非想天則作って騒ぎ起こしたりしたじゃない。挙句に芋蔓式に星蓮船やら白蓮やらが復活して騒ぎになったじゃないの。何をしれっと『自分は神奈子について来ただけの傍観者です』みたいな顔してるのよ」
「あーうー…それを言われるとちょっと耳が痛いんだけどねぇ」
「いいじゃないか霊夢、なんだかんだで面白かったし結果オーライになったんだしさ」
「そーそー、面白いんだから良いじゃない。責任持ってウチの早苗も異変解決に参加したんだし」
「はい!私も妖怪退治の面白さに目覚めました!」

 妖怪から信仰を集めるために幻想郷に来たのに、妖怪を退治する?
 胸を張って笑顔で宣言した早苗の言葉にヒュプノスは疑問を感じたが、酒が回った頭はあまり満足に動かず、『色々事情があるのだろうな』と自分の中で折り合いを付けた。
 タナトスは早苗の言葉に疑問すら持たなかったらしく、三百年前と遜色ない強大な小宇宙を纏う女神達に柔らかな笑みを見せた。

「まぁ、異世界に移住したとは言えあなた達が楽しそうで何よりだ。見受けたところ神の力も戻っているようだしな」
「ええ、お陰さまでね。ここに来た直後はそこの紅白やら白黒に倒されちゃうほどヘロヘロだったんだけど、妖怪の信仰を集めた今はこの通り元気いっぱいよ!これからもっともっと信仰を集めて、もっともっと力を付けようと思ってるの」
「………?信仰を集めれば集めるほど、それに比例して神の力は強くなるのか?」

 恐らく何気なくだろう、神奈子が口にした言葉にタナトスの表情が変わった。
 最後の聖戦だったとはいえ、神聖衣を纏っていたとはいえ、神である自分が人間に力で敗北したという事実は未だにタナトスの心に燻り続けている。神の力は 生まれたその時に決定され未来永劫変わらぬもの、故に神聖衣を纏った人間よりも自分が劣っているという事実は動かない…その不愉快な現実をひっくり返す可 能性を神奈子の言葉は示唆している。
 そうだ、よくよく考えればこの二神は最初に言ったではないか。『信仰が失われて神の力も弱くなった』と。弱くなる事があるのなら強くなる事があるのもまた道理、何故そこに気付けなかったのか。
 タナトスの反応に神奈子は目を細めて唇の端をすっと持ち上げた。

「ええ。私や諏訪子や、日本の神の力は強くなるわよ」
「では…仮に、だが、俺が人間や妖怪から信仰されるようになれば、俺の神の力も強くなるのか?」
「何を馬鹿な事を言い出すのだ、タナトスよ。その理屈で言うなれば人間達の我々に対する信仰の程度で我々の力は上下するはずであろう?しかし我々の力は神話の時代から変化しておらぬではないか」
「今までは変わらなくてもこれからは変わるかもしれないわ。言ったでしょ、時代も世界も変わったのよ」

 迷いなく言い切った神奈子の言葉にタナトスは真剣な眼差しになり、ヒュプノスは驚きで目を見開いた。

「人間は以前ほど死を恐れなくなった。死神をカッコいいと認識する価値観もある。科学が発達して人工の明かりが出来て、『眠らない街』なんてものも出来 た。無論、死なない人間も眠らない人間もいないから、言うなればあなた達への信仰は必要十分な量が安定供給されている訳だけど、今まで安定していたからこ れからもずっと安定してるなんて断言できる?」
「………」
「逆に言えば、やり方次第で今以上に信仰を高める事も出来るかもしれない。信仰を高めることでギリシアの神であるあなた達の神力が強くなるかもしれない。『絶対にあり得ない』なんて、もう誰にも言い切れない時代になったのよ」

 神奈子は自信に満ちた態度で真っ直ぐに双子神の眼を見つめた。

「幻想郷に来て私達は知ったの。過去の常識に囚われちゃいけないってね。『我は神だ、敬えよ崇めよ畏れよ称えよ奉れよ』ってふんぞり返ってるだけで人間が平伏して信仰してくれた時代は終わったのよ。これからは固定観念の壁を破って新たな形で信仰を集めないといけないの」
「新たな形、とは?」
「…知りたい?」

 神奈子が勿体ぶるように目を眇めると、タナトスは身を乗り出して頷いた。
 その反応に風神は満足そうににっこりと微笑んだ。

「素直でよろしい!じゃあ特別出血大サービスで新時代の信仰の集め方を伝授してあげちゃおう!」
「恩に着る」
「やーねー、そんな水臭い事言わないでよ。私とあなた達の仲じゃないの!…早苗!」

 あはははは、と豪快に笑って神奈子は傍らに控えた翠の娘を見遣った。

「外の世界から私達の古い友人が遊びに来たから、歓迎会を開くわよって山の天狗や河童に伝えて頂戴。あ、あと歓迎会の準備は任せたってね!」
「畏まりました」
「………」

 神奈子の言葉を何も疑う様子を見せず、早苗は一礼して部屋を出て行った。
 双子神は早苗の出て行った障子を見遣り、怪訝そうな眼差しを神奈子に向けた。

「…神奈子。今の話の流れから何がどうなって歓迎会開催になるのだ?ああいや勿論、歓迎会をしてもらえるのはありがたいが」
「さっき言ったでしょ、『新時代の信仰の集め方を伝授してあげちゃおう』って」
「つまり、信仰集めと歓迎会は関係があると?」
「そーゆーこと。詳しくは歓迎会でのお楽しみよ!」

 そう言って神奈子はにこーっと笑った。





 …双子神は紅白巫女と白黒魔法使いに先導されて幻想郷の空を飛んでいた。
 歓迎会の準備が出来るまで多少時間はかかるだろうから、しばらく幻想郷の観光でもしてきたら?と神奈子と諏訪子に勧められたためだ。
 箒に乗った魔法使い、魔理沙が楽しげに右手を伸ばした。
 
「はーいお二方、右手に見えますのは紅魔館。吸血鬼姉妹と時を操るメイドが暮らす館でございまーす」
「吸血鬼はともかく、メイドが時を操る??」
「そのメイドも妖怪なのか?」
「咲夜は人間よ。『普通の』がつくかどうかは怪しいけど」
「続きましては左手ェ、彷徨わない亡霊と、『斬れないものなどそんなにない刀』を持つ庭師が暮らす白玉楼〜」
「素直なのか中途半端なのか…」
「実際中途半端だから素直な申告でしょ」
「そして正面〜千年封印されていた魔法使い白蓮率いる妖怪寺、命蓮寺〜」
「そこの紅白娘がライバル視しているとかいう寺か」
「…良く覚えてるわね」

 魔理沙がガイドよろしく『名所』を解説し、双子神がそれにコメントし、霊夢が毒舌で突っ込みつつ、奇妙な一行が幻想郷をざっと回って守屋神社に戻った頃には歓迎会の準備は整っていた。
 
「おーーい、タナトス、ヒュプノスぅ〜ここよ、ここー!!」
「皆待ってるよー、早く早くー!」

 所せましと料理が並ぶ会場の一角で神奈子と諏訪子が両手を振っていた。
 彼女達の傍らにはずらりと酒樽が並んでいる。先ほど、神社の酒が尽きるまで飲んだのにまだ飲む気らしい。
 …さて、これからが本番か。
 タナトスは望むところだとぺろりと唇を舐め、ヒュプノスは心してかからねばと決意を新たにして、ふたりの前に降り立った。





      NEXT      


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達




  久々にどえらく難産だった「幻想」第二話です。日本の神々の事情や、八坂・洩矢の二神の考え方とか幻想郷での暮らしぶりは公式と同人誌を半々に参考にしつ つ独自の見解を入れました。そして、神奈子が出張ってる割に諏訪子の出番が少なめ…。同人誌の影響か、神奈子がどんどん先に行って諏訪子はそれを後ろから 見守ってそっとついて行く、みたいな印象が強いです。神奈子=タナトス、諏訪子=ヒュプノスみたいな立ち位置。
 当初は八坂・洩矢二神と双子神はこれが初対面の予定だったのですが、昔の顔見知りにした方が話が進めやすいと思って路線変更してここに至ります。拍手お 礼SS「君の名は」でネタにしていますが、LC時代の聖戦が本格的に激化する前、双子神は(杳馬から日本に関する話を聞いて興味を持ち)観光がてら日本に 遊びに来ています。その時に日本の神々が開いてくれた歓迎パーティーに遊びに来たのが神奈子と諏訪子だったと。
 この話では神奈子の演説を書くのが一番楽しかったです。「常識にとらわれてはいけない」は早苗さんの名言(迷言)ですが、そこから始まる一連の言葉はタナトスの考えに強い影響を与えることになります。