|
杯を空にすれば即座に酒が注がれる。酒を断れば料理が差し出される。それも辞退するとならば踊りの輪に加われと手を引かれる。やんわりと拒否するそばから
ペンとカメラを持った天狗が遠慮の欠片も無く写真を撮っては質問を浴びせ、曖昧にはぐらかして目を逸らせばスカートのポケットに工具を詰め込んだ河童が瓶
詰のピクルスを勧めてくる。付き合い程度に胡瓜を齧れば五穀豊穣の神が握り飯や焼き芋を差し出してくる。 酒には強い方だから酔い潰れずに宴会に参加できてはいるが、『新時代の信仰の集め方を伝授』してく れるはずの神奈子も諏訪子も飲んだり食ったり踊ったり喋ったりと一向に本題に入ってくれる気配はない。しかも、彼女達を信仰しているはずの妖怪達はふたり を敬う姿勢は全く見せず、それどころか友達のように親しげにお喋りしては酒を飲み交わしているのだ。歓迎会と信仰集めに関係があると聞いていたから、どこ かにヒントがあるのかと双子神は注意深く観察していたが、やっている事は飲めや歌えや踊れやの宴会で、それ以上でも以下でもない気がする。 「…………っ」 …痺れを切らしたタナトスが立ち上がり、天狗を相手に踊っていた神奈子の手をさりげなく取って踊りの輪から連れ出して来た。ヒュプノスとの間に風神を座 らせ、酒とピクルスと焼き芋を勧めてから本題に斬り込んだ。 「神奈子。この宴会と新たな時代の信仰集めがどう関わるのか、もったいぶらずにそろそろ教えてはくれまいか。宴が始まった時から自分達になりに観察してみ たが、めぼしい発見がなかったのだ」 「ん?私はぜーんぜん勿体ぶってなんかいないわよ?これが新たな時代の信仰集めだもの」 「…え?」 「言っては悪いが、飲んで食べて歌って踊っているだけのこの宴会が、か?」 「そーよ」 「あなたや諏訪子を敬う様子が欠片も無い、神を遊び相手程度にしか認識してなさそうなあの妖怪達と宴会する事が、新たな時代の信仰の集め方なのか?」 「ええ、その通りよ」 「………」 釈然としない顔で口を噤んだ容姿端麗な銀と金の神を交互に見て、神奈子はふっと眼を細めた。 「あなた達、まだまだ常識に囚われてるわね。古い考えでガチガチに固まった頭じゃ、これからの時代生きていけないわよ?さっき言ったでしょ、『我は神だ、 敬えよ崇めよ畏れよ称えよ奉れよ』ってふんぞり返ってるだけで人間が平伏して信仰してくれた時代は終わったのよ、って」 「………。つまり妖怪や人間の遊び友達になる事で信仰が集まると?」 「…ふたりとも、ちょっと注目。日本語で『信仰』はこういう字を書くの」 神奈子は近くにいた天狗からペンとメモを取り上げて『信仰』と言う漢字を書いた。 「『崇拝』はこう、『畏敬』、『奉仕』、『畏怖』はこういう字。そして漢字の一つ一つには意味があり、ばらすと別の言葉の一部になる。『信仰』と言う字を ばらすと『信じる』と『仰ぐ』という言葉になるわ。ここまではいい?」 「…ああ」 「同じ様に他の字をばらすわよ。畏敬は畏れる・敬う、奉仕は奉る・仕える、畏怖は畏れる・怖がると言う字になるわね。分かる?神を畏れ、奉り、仕え、怖が る事が信仰じゃないの。信じて、教えや助力を仰ぐ事が『信仰』なのよ。『仰ぐ』には『敬う』という意味も含まれるけど」 「………」 「つまりね。『この神様は困った時に相談したら力になってくれる友達だ』と信じてもらう事、それが既に立派な信仰の形だってこと」 神奈子の表情にも言葉にも曇りはない。 彼女は本当に、人間や妖怪の遊び相手として仲良く友達付き合いをする事が新たな時代の信仰だと微塵の疑いもなく信じている。そして事実こうして、一度は 失いかけた力を取り戻している…。 神奈子の言葉は信じるが、人間や妖怪と友達付き合いをするには少なからず抵抗がある双子神が複雑に沈黙すると、風神はあっけらかんと笑って言った。 「ま、私も『ちょっとは神を敬う姿勢を見せなさいよ!私を丁重に扱いなさいよ!名前に様を付けて呼びなさいよ!』って腹を立てることもあるわよ。でもね、 せっかく築いた友人関係を壊してまで神様のプライドにしがみつかなくてもいいかなーって思える程度には、人間や妖怪との友達付き合いは楽しいわ。これって 結構大事よ?」 「人間や妖怪との友達付き合いが、か?」 「楽しいって事が、よ!神様扱いはされるけど楽しくもなんともない毎日と、神様扱いはされないけど楽しくてしょーがない毎日、あなた達はどっちの生活が好 き?」 「………」 「だいたい、ギリシアで一番偉い神様…ゼウスだっけ?も、人間と親交があったんでしょ。それはやっぱり、人間と友達付き合いするのが楽しかったからじゃな いの?」 「!………」 神奈子の言葉にふたりは虚を突かれた。 神話の時代は特に疑問も感じなかったが、言われてみれば確かにゼウスもアポロンもアレスも人間と親しく関わっていた。あの頃は人間の信仰が神の力に影響 するなどと言う認識は全く無かったにも関わらず、だ。何のメリットも無いはずなのに彼らが自分から積極的に人間と関わっていた理由は何だったのか。 黙り込むふたりにニヤリと笑って見せた神奈子が盃に口を付けた。 「…ま、頭であれこれ難しく考える暇があったら一度やってみなさいよ。やってみて楽しくなかったり面白くなかったりしたらやめればいい、それだけの事よ」 「………」 「ちょっとちょっと、宴会の主催と主賓が何を難しい顔して話し込んでるのよー。そんなんじゃ集まってくれたみんなに申し訳ないよっ」 「ああ、ごめんごめん諏訪子。ちょっと真面目に新時代の信仰について語り合ってたの、今から皆の輪に加わるわ。踊りも盛り上がってるみたいだしね!」 踊りの輪に加わろうと立ちあがった神奈子を見て、タナトスも盃を置いて立ち上がった。 「…では俺も仲間に入れてもらうとするか。神奈子、相手をしてもらえるかな?」 「あらっ。嬉しいわね、喜んでお受けするわ」 「ヒュプノス、お前も来い」 「え?あ…いや、私は…」 「お前が来なければ諏訪子の相手がいないだろう。やってみて楽しくも面白くも無かったらやめて構わんから、やる前からグダグダ言うな!」 「………」 タナトスはヒュプノスの手を掴んで強引に引っ張って立たせると、もう片方の手で神奈子の手を恭しく取り、まだ戸惑っている弟の足を軽く蹴って諏訪子を目 で指した。 兄の無言の促しにヒュプノスが遠慮がちに手を伸ばすと、諏訪子が満面の笑みでその手を握った。優しく、しっかりと。 …赤々と炎が踊る。その周囲で皆が踊る。手を取り、繋ぎ、叩き、軽やかなステップを踏んで、くるくると回る。 神も、人間も、妖怪も、皆が一緒に踊る。手が繋がり、心が繋がり、絆が繋がる。 タナトスは思う。 信仰を集めるとはこんなに楽しい事なのか、と。 ヒュプノスは思う。 考える前に動くのは何とも面白いものだな、と。 双子神は思う。 人間や妖怪と友達付き合いしてみるのも悪くないかもしれない、と。 酒を飲み交わし、心づくしの料理を味わい、輪になって踊り皆がすっかり打ち解けて来た頃。 妖怪や魔法使い達が余興と称して何やら勝負事を始めた。結界を張り、その中で飛び道具を撃ち合うゲームらしい。博麗の巫女が言うには「誰もが公平に戦え る画期的な決闘システム」らしいが、傍から見れば小娘達のお遊びである。 まぁ確かに、色とりどりの飛び道具を雨霰と撃ち合う様子はなかなか壮観ではあるな…と思って酒をちびちびやりながら眺めていると、不意に神奈子に肩を叩 かれた。 「あなた達もちょっとやってみる?幻想郷のお遊び、弾幕ごっこ」 「は?」 「そー言えばふたりはある意味病み上がりなんだよねぇ。リハビリにはちょうどいいんじゃない?いっちょ二対二でやってみよっか」 「………」 諏訪子の言葉に双子神は顔を見合わせ、その会話が聞こえていたらしい人間や妖怪達が期待の眼差しを向けているのに気付いて、微かに苦笑した。 「それは構わぬが…我々は碌にルールも把握しておらぬゆえ、負けは目に見えている気がするがな」 「小難しいルールなんてないわよ。結界の中で飛び道具を撃ち合って、相手の飛び道具に一定回数当たった方が負け。相手の撃った飛び道具は避けても良いし、 自分の飛び道具で打ち消してもいい。とにかく当たらなければ勝ち。簡単でしょ?」 「ふむ…面白そうだな。歓迎の宴を開いてもらったのだし、余興の一つも披露するのも悪くないか」 なぁ?とすっかり乗り気で声をかけて来たタナトスに、ヒュプノスは微かに笑みを浮かべて頷いて見せた。 最後の聖戦で負った傷を癒す為の眠りから覚めて以来、ふたりはほとんどまともに身体を動かしていない。遊びの延長の親善試合なら、確かに諏訪子の言うと おり良いリハビリになるだろう。 ギャラリーが注目する中、幻想郷の二神と外の世界の二神は結界の中で対峙した。 「じゃ、最初に実践を兼ねてざっと説明するわね」 そう言って神奈子が両手を翳すと彼女の周囲に無数の柱が現れた、直後。 ドドドドドドドン!!! 轟音と共に柱が双子神の周囲に落ちて来て、数本はふたりの肩やローブの裾を掠めて消えた。…どうやら、ヒュプノスのエンカウンターアナザーフィールドと 同じ理屈で小宇宙を具現化しているらしい。柱が消えた後は護符らしき紙が大量に舞い落ちて来て一枚がタナトスの腹のあたりにくっついた、その途端。 ピチューン。 軽い破 裂音がした。音がしただけで痛くも痒くもないのだが…。 「??」 「解説するわ!あなた達は私のオンバシラ攻撃は避けた。ちょっとかすった程度なら『攻撃に当たった』とは見做されないからね。でも、タナトスは護符に当 たった。よってあなた達が減点1。分かった?」 「なっ…こんなフラフラ飛んでくる護符にも当たってはダメなのか?」 「そーよ。猛スピードのレーザーだろうが、フラフラ飛んでくるお札だろうが、飛び道具に当たったら減点よ」 「…不条理だな」 「そう言うなタナトスよ。一々律儀に避けずとも、自分の飛び道具で打ち消しても構わぬとさっき説明があったではないか。逆を言えば、こちらもどんな形でも いいから飛び道具を当てさえすれば勝利すると言う事だ。…不慣れな分の不利は否めぬがな」 それもそうか、と気を取り直したようにタナトスが頷くと、どうやら審判役らしい天狗が楓の形をした扇を振りかざした。 「敵の飛び道具に三回当たったチームがその時点で負けよ。双方準備はいいわね?…では、試合開始っ!!」 神奈子と諏訪子がふわりと舞い上がり、タナトスは小宇宙を具現化した大鎌を取り出しヒュプノスは小枝を手に持った。 風神が両手を翳すと、先ほどのルール説明で出された無数の柱がふたりめがけて落ちて来た。まずは一度見せた技で小手調べと言う訳だろう。 …タナトスは銀の大鎌を一閃した。 柱はスパリと斬られて虚空に消え、ふわふわと舞い落ちる護符は風圧で吹き飛ばされた。 なるほど、小宇宙を具現化したとはいえ、実体は存在し物理法則は通用するらしい…と思った次の瞬間、ふたりの前に舞い降りて来た諏訪子が地面に手をつき 巨大な鉄の輪を造り出した。 風を切って襲い来る鉄の輪を何なく避けたタナトスが反撃に転じようとした時、結界に激突した鉄の輪がふたりめがけて跳ね返ってきた。 「な…」 攻撃態勢に入っていたせいで対応できないタナトスと結界で跳ね返った鉄の輪の間にヒュプノスが入った。 手にした小枝を植物の蔓を模した鞭に変えて鉄の輪に絡め、軌道を変える。同時にタナトスは大鎌を一閃してかまいたちを放つ。神奈子はひらりと避けて無数 の玉とナイフを投げつけて来た。 弓矢を避ける感覚でナイフの雨を潜り抜けたタナトスが神奈子の攻撃の合間を狙ってテリブルプロビデンスを撃った。撃ち放った小宇宙は諏訪子の張り巡らせ た河のような弾幕に阻まれる。即座に諏訪子がレーザーとカラフルな弾を撃ち込んできたが、タナトスがタルタロズフォビアで全部かき消してやった。 …もともと飲みこみの早いタナトスと冷静に状況を判断し適切に処理するヒュプノスのコンビは、ギャラリーの予想をいい意味で裏切る善戦を見せていた。そ れはつまり、神奈子と諏訪子は予想外の苦戦を強いられているわけだが、二神はその苦戦すら楽しんでいた。 自分達が『生きるため』に捨てた世界に残った異国の神はまだまだこんなにも強い。その事実が嬉しかったのである。 |
| 星矢部屋 | 総合目次 | SS・2012時代 | SS・神話時代 | SS・蟹座達 |
| 風邪で満足に動
かない頭でうんうん言いながら書いた「幻想」3話目です。前半部分はタナトスとヒュプノスの心境に変化が起きるきっかけみたいなものを書いてみました。そ
して後半は、サイトのみのエピソードですが八坂・洩矢の二神vs双子神の親善試合です。公式の弾幕ルールと違う部分もあるかもしれませんが、双子神は幻想
郷の決闘ルールを良く知らないので、親善試合用にルールを多少変えてある、とお考えください。あ、ちなみに審判役の天狗は射命丸文です。 んで、神奈子、諏訪子が出してる攻撃ですが。 神奈子:エクスパンデットオンバシラ→諏訪子:洩矢の鉄の輪→神奈子:御射山御狩神事→諏訪子:厭い川の翡翠・七つの石と七つの木、の順番です。東方風 神録を遊んだ事の無い方は、ニコニコなどの動画をご覧になると良いかと…。探すの面倒くさい、と言う方は↓をどうぞ。 |