双子神2012・兄弟
EPISODE 2


 翌日。
 タナトスはヒュプノスを連れて、急激に冬の気配が濃くなり始めた地上を訪れていた。
 冬は好ましい。
 澄んだ空気も清廉な冷たさもくすんだ空も母である夜を想わせるし、冥妃が冥府に滞在する季節だからという理由もあるだろう。
 弟の手を引かんばかりの勢いで意気揚々と先を歩くタナトスは、すれ違う通行人が向けてくる視線など全く意に介さぬ様子で嬉々としてヒュプノスを振り返った。

「ヒュプノス。今日は秋乃様に教わった『コンビニ』なる店のB級グルメというものを教えてやるぞ」
「B級グルメと言うと…先日、聖闘士達に連れられて行った『庶民的な居酒屋』という店で出て来た、ああいう食事か?」
「いや、あれよりもっと粗末なものだ。しかしその粗末さがまた良い味を醸し出して面白いのだ」
「はぁ…」

 ヒュプノスは軽く首を傾げた。
 仮にも冥妃の転生体で、今生も人並み以上の生活をしている龍神秋乃が『粗末な食事』をしていると言われてもいまいちピンとこない。こないのだが、此度の 地上訪問の目的は美味い物を食べる事ではなく兄と楽しく遊ぶ事なので、食事が豪華だろうが粗末だろうがそれはヒュプノスにとっては些細な問題だった。
 …通りの両側にずらり並んだ建物を得意気に説明していたタナトスは、スーパーを小型化したような店の前で足を止めた(地上の文化に疎いヒュプノスもスーパーは知っている)。黄色、青、赤の三色ストライプの看板に店名らしいロゴが描かれている。
 タナトスはにこりと笑ってその店の看板を指差した。

「秋乃様はこのコンビニの菓子がお気に入りなのだそうだ」
「天才と称されるパティシエの秋乃様が、こんな店の菓子を??」
「さっき言ったであろう、粗末さがまた良い味を醸し出しているのだと」

 相当失礼な事を言いながらタナトスは店内に足を踏み入れた。遠慮がちにヒュプノスも後に続く。
 いらっしゃいませ…と言いかけた店員が驚いて作業の手を止め、店員の反応に他の客も怪訝そうに顔をあげ、明らかに只者ではないふたり組に目を丸くした。
 ヒュプノスは初めて見るコンビニを興味深げに見回し、タナトスはそんな弟を楽しげに眺めながら口を開いた。

「面白いだろう?こんなに狭いスペースなのに、日々の生活に必要なものは一通り置いているのだそうだ」
「ほう…狭い日本ながらの知恵と言う事か」

 …双子神はギリシア語で会話しているが、『外国のセレブが観光気分でコンビニに買い物をしにきた』程度の事は周囲の客にも分かったらしく、好奇心と微笑ましさが混じった視線が控え目に向けられていた。
 そんな視線を向けられるのはもはや慣れっこらしいタナトスはヒュプノスを促しておにぎりやサンドイッチを並べた棚の前に連れて来た。少なからず日本人と関わったおかげで、ヒュプノスも『オニギリ』は食べた事があった。

「流石の私もこれは知っているぞ。『オニギリ』であろう?ウメボシとかオカカなるものが中に入っている…」
「残念ながら少々違う。オニギリはオニギリでもこれは『コンビニオニギリ』だ」
「以前、私が食した物とは違うのか?」
「あれは手製の物であろう。これは機械で作っているからある意味別物だ。ほら、漫画のBLEACHで死神の一角と弓親がこれを食べてしきりに感心していたではないか」
「ああ…『ふんわりと美味で、品質の揃った物が一日に何度も入荷する』だったか…」
「そうそう、それだ。秋乃様が一番好きなのはこの『ツナマヨ』だそうだぞ」

 楽しげに解説しながらタナトスは『ツナマヨ』おにぎりをヒュプノスに渡した。
 きちんとフィルムで包装されたそれをしげしげ眺めていると別のおにぎりを渡されて、パッケージの漢字の読み方を思い出そうとしているとタナトスに手を掴まれ引っ張られた。
 デザートの棚の前にヒュプノスを引っ張ってきた兄神はずらりと並んだロールケーキを指差して楽しげに笑った。
 
「今の流行りはこのロールケーキだそうだ。どれがいい?」
「ロールケーキ?やたらクリームが多い上に横倒しになっているこれがか?」
「コンビニデザートらしからぬ美味なクリームだから大量に入っているのだ。クリームが多すぎて縦に立たぬので仕方なく横倒しにしたら、『斬新だ!』と話題になって大人気になったらしいぞ。で、どれにする?」
「…では、この新作にするかな」

 ロールケーキ以外という選択肢は無いのか?と思いつつ、せっかく兄が(どうせ秋乃の受け売りだろうが)製作秘話の解説までしてくれたのだから…と、ヒュプノスはプリンを丸ごと巻き込んだロールケーキを手に取った。
 タナトスは自分用のロールケーキと変わり種フレーバーの紙パックの紅茶をふたつ棚から取って、近くにあったかごに入れるとヒュプノスに差し出した。持っ ていたおにぎりとロールケーキをかごに入れたが、タナトスはかごを差し出したまま引っ込める様子が無い。
 …つまり、これを持てと?
 確かにタナトスは昔から、自分の後ろをくっついてくるヒュプノスを荷物持ちと認識している節があったが…。

「後は支払いをするだけであろう。何故わざわざ私に荷物持ちをさせるのだ」

 多少の抗議の意味を込めてヒュプノスが尋ねると、タナトスはかごを差し出したまま怪訝そうな顔をした。

「オデンを買うから手を開けたいと思ったのだが」
「オデンと言うと…魚のペーストや野菜を和風のスープで煮込んだ料理だったか?」
「ああ、それだ。レジの隣に置いてあるだろう?」

 タナトスが目で指した先を見ると、野菜や練り物がプカプカ浮かんだ水槽もどきやおでんを入れるらしい容器やトングが並べて置いてある。
 今度はヒュプノスが怪訝そうな顔をする番だった。

「店員の目の前に置いてあるのに、客が取り分けるのか?」
「数年前までは店員が取っていたが、最近は『セルフ式』が主流だ、と秋乃様はおっしゃっていた。ジンケンヒをサクゲンするためではないか…とか、何やらヤヤコシイ解説もされていたぞ」
「ほう…」
「まぁヤヤコシイ裏話はどうでも良い。荷物持ちが嫌ならお前が取るか?俺は先日秋乃様のお供をした時にやってみたから、今日はお前にオデンを取る役目を譲っても良いぞ」
「………」

 妙に恩着せがましい言葉と絵にかいたようなドヤ顔に、ヒュプノスは思わず呆気に取られて兄をまじまじと見た。
 たかがコンビニのセルフ式の商品を取る程度の事で『役目を譲っても良いぞ』?それが神々の中でも年長者である大人の男の発言か。
 …と、一瞬思ったものの。
 そんな子供のような無邪気さがタナトスの魅力だし、せっかくタナトスが兄貴らしい事を言って鼻の穴を膨らませているのだから兄の自尊心を満たしてやるのも弟の役目だろう。
 ヒュプノスはクスリと微笑んで頷いた。

「では、せっかくだからお言葉に甘えるとするかな」
「ん?珍しく素直ではないか。普段なら『それがいい歳をした大人の言うセリフか。子供か、お前は』などと可愛気の無い事を言ってくるのに」
「…大人気ない事を言っている自覚はあったのか」
「お前が『自分は面倒臭くて素直でなくて可愛くない』と自覚している程度にはな」
「ここに枕があったら全力で投げつけているところだ。…で、お前はどれがいいのだ?」
「ダイコンとユデタマゴは必須だな。ギュウスジというのも美味かった。秋乃様のイチオシはロールキャベツだそうだ」

 以前、天馬星座達と『オデンの屋台』なるもので食事をした事があったので、何がどれか分からず戸惑うと言う事もない。ヒュプノスは言われた物を容器にとり、他に興味を引かれた出し巻き卵とちくわ、そして厚揚げを選ぶとスープを注いでからタナトスに渡した。
 おでんの容器を渡されたタナトスはかごをレジに置いて、流暢な日本語で店員に声をかけた。

「ピザまんとあんまん、一個ずつ。それから箸をふたつ」
「畏まりました。デザート用のスプーンと、ストローもお付けしますか?」
「ああ、入れて下さい」
「タナトスお前、人間の店員相手に敬語を使うのか?」
「日本ではそうするのが礼儀に適った行動だと秋乃様が仰せだった。俺が人間から顰蹙を買うような行動を取ると、アテナに迷惑がかかるだけでなくハーデス様の名も汚すことになる、とな。大和の神のお膝元で言葉一つに拘って面倒事を起こす事もあるまい」
「………」

 これがあの、かつては人間など塵芥よ蛆虫よと蔑んだ兄神か。確かにタナトスは、納得できる理由があればすんなりと受け入れるところがあったが、それにしても。
 ヒュプノスが驚いて目を丸くしていると、会計を待っているタナトスが複雑な顔で弟を見た。

「先日、店員相手に無駄に偉そうな物言いをしている身なりの良い男を見たのだが、その姿は実に下品で見苦しく小物オーラが漂っていてな…周囲の人間も小馬鹿にするような目でその男を見ていた」
「………。そうか、それでか」

 ヒュプノスは柔らかく口元を綻ばせた。
 恐らくタナトスは、『無駄に偉そうな物言いをしている、下品で見苦しく小物オーラが漂っている身なりの良い男』の姿を見て、秋乃の言葉を実感として理解し納得したのだろう。
 人間を相手にしても礼儀正しく紳士的に振る舞う姿勢が称えられるならそうする…タナトスの思考回路は単純明快で合理的だ。
 支払いを終えてクレジットカードとB級グルメを入れた袋を笑顔で受け取ったタナトスは、では行くかとヒュプノスを促して店を出た。




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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達



  双子神がコンビニでだべりながら買い物する話だけで1話使ってしまうとは予想外でした。ふたりの会話の小ネタはちょいちょい以前からアイデアがあったので ここぞとばかりに投入しました。タナトスはエリスの影響で日本の漫画も読んでいますが、『死神』がたくさん出てくるBLEACHは特にお気に入りのようで す。
 見どころは受け売りの知識をドヤ顔で披露するタナトスとセルフのおでんを取るヒュプノスでしょうか(笑)。コンビニデザートですっかりおなじみになった 横倒しロールケーキの裏話は新聞情報の受け売りです。コンビニデザートの常識を覆す美味しいクリームを開発してロールケーキにたっぷり入れたら縦に立たな くなったので、仕方なく横倒しにしたケーキの枠にクリームを流す形にしたら、その横倒しの形が受けたのだとか。ちなみに私はクリームが苦手なので有難味を 感じず、何だか損してる気分です(笑)。でも最近のコンビニデザートは美味しいですよね。逆に中華まんはこれは!というヒットが出なくなってる気がしま す。
 閑話休題。
 作中で解説出来てないのですが、双子神は基本ギリシア語で喋っているので周囲の日本人は話の内容を理解していません。人間を相手にした時(敬語で喋ってる時)は日本語を話しています。
 んで、タナトスが人間相手に敬語で話す理由もざっくり説明しましたが、当初はもっと色々理由を説明するつもりでした。無駄に偉そうな態度が逆に小物に見 える人間を見て、『ひょっとして自分も?』と気付いて態度を改めたとか、敬語を使った丁寧な態度が人間から称えられる→それは人間から信仰されると言う事 か?的な解釈があったりとか、紳士的な態度で接すると人間は良い反応をする→これが神奈子の言う『人間と親しくして信仰を集める』と言う事か?とか。この 時間軸のタナトスは幻想郷から戻った直後なので、『信仰集め』に興味津々。信仰集めに繋がる事なら何でもやってみたい時期なのです(笑)。