双子神2012・兄弟
EPISODE 3


 コンビニを出たタナトスは、近くの公園へ足を向けた。
 敷地内には売店やベンチやテーブルが並ぶ一角があり、ふたりは空いていたテーブルに向かい合わせて座った。
 …公園のテーブルにコンビニのおでんやおにぎりを広げている、只者ではないオーラをバリバリ放つ見目麗しい『ガイジンサン』ふたり組に好奇と興味の視線を向けながら人間達が通り過ぎていく。
 タナトスは紅茶のパックをひとつヒュプノスに差し出し、弟神が『ライチティー』と書かれたパッケージに微妙な顔をしているのにはお構いなしで、自分用らしい『ラ・フランスティー』のパックにストローを挿して一口飲んだ。

「不味くは無いが…ヒットはなさそうだな」
「紅茶にレモンや林檎を入れるのは理解の範疇だが、何故紅茶にラ・フランスを入れるのだ?そのまま食べた方が美味いと思うが」
「常識に囚われてはいけないからだろう」
「………。便利な言葉だな」
「で、そっちはどうなのだ?」

 尋ねられて漸くライチティーを一口飲んだヒュプノスが微妙な顔で紙パックを差し出すと、兄神が飲みかけのラ・フランスティーを差し出してきた。
 二柱は交換した変わり種フレーバーティーを一口飲んで、ますます微妙な顔になった。

「どっちも色モノの枠を出んな。この、人工的な果物の甘みが紅茶には合わぬせいだろうか」
「タナトスよ。何でもかんでも常識の殻を破れば良いとは限らぬのではないか?食べ物に関しては常識に囚われていた方が良い気がしてならぬのだが」
「素直に『微妙な味だった』と言えば良かろう。…ほら、口直しだ」

 タナトスはコンビニの袋から至って普通の烏龍茶のペットボトルを出してヒュプノスに渡すと、紙包みを開けて中華まんを二つに割った。途端、ふわりと湯気が出てチーズが糸を引き、ピザソースと溶けたチーズの良い香りがヒュプノスの鼻をくすぐった。
 糸を引いたチーズを中華まんで絡め取り、タナトスは得意気な顔でピザソースの香り漂う半割の中華まんをヒュプノスに差し出した。

「常識に囚われぬとこんな面白い物も出来るのだぞ。これは『ピザまん』という。中華饅頭の皮の中にピザが入っているのだ」
「なるほど」

 つまりはソフトな生地のピザだろう…と見当を付けて口に入れれば、まずまず予想通りの味わいだった。劇的に美味と言う訳ではないが色モノ紅茶よりずっと常識的だし、これならまた食べてみようかと思える。
 自分用の半割ピザまんを飲みこんで、タナトスは手を拭きながら楽しげに解説を始めた。

「ピザとカレーはすっかり中華まんの定番になったそうでな、次々と変わり種が出て来ているらしい。ジャーマンポテトを入れたり餃子の中身を入れたり高級タイプを出したり、果ては牛丼まで入れ始めたそうだ」
「…そのチャレンジ精神は称賛に値するな」
「ならばこれも称賛してやるが良い」

 何故お前がそんなに威張っているのだ、と言いたくなるようなドヤ顔でタナトスはツナマヨのおにぎりを差し出した。
 ヒュプノスはオニギリもツナもマヨネーズもツナマヨのサンドイッチも食べた事があるが、パンに挟まっていたツナマヨがオニギリに入っているというのは奇妙な気がした。ぶっちゃけ、これも色モノではないかと勘繰っていたのである。
 微妙な顔で渡されたおにぎりを見ている弟神の姿に、兄神は別のおにぎりを袋から出すと得意気に解説を始めた。

「ここの、上の部分の矢印を引っ張るとだな、フィルムの真ん中が切れるであろう?」
「?……ああ」
「こうやって真ん中を切ってから、左右を引っ張るのだ。すると、中身を崩さずに、かつ手を汚さずに海苔で中身をうまく包めると言う訳だな。良く出来た仕掛けではないか」
「ほう…確かにこの仕組みは称賛に値するな」
「味も称賛に値するぞ。お前は色モノと思っているようだが、これが意外にハマる美味さなのだ。コンビニおにぎり一番の売れ筋と言うのも納得できる」
「そう、なのか」

 そう言えば、この『ツナマヨオニギリ』は冥妃の転生体で天才パティシエである龍神秋乃のイチオシだとタナトスが解説していた気がする。双子神の味の好みは良く似ているし、タナトスが美味いと思ったのなら間違いはあるまい。
 …と、理屈で自分を納得させつつ、ツナマヨおにぎりを半分に割って恐る恐る口に入れた。

「………」
「どうだ?」
「驚いたな。無茶な組み合わせだが不思議と美味い。これならハーデス様への土産にしても良いやもしれぬ」
「やはりお前も美味いと思うか。神奈子が常識に囚われるなと連呼していたのも頷けるであろう?ほら、これも食べてみろ。『明太マヨオニギリ』だ」
「メンタイコというと、あの無駄に辛い魚卵か?私は余り辛い物は好まぬ…が、常識に囚われてはいけないのだったな」

 タナトスが眉根を寄せた事に気付いて慌ててヒュプノスが言葉を付け足すと、兄はにっこりと笑って半割のおにぎりを差し出してきた。ツナマヨの半分と交換に明太マヨおにぎりを受け取り、恐る恐る齧ったヒュプノスはまた良い意味で予想を裏切られ目を丸くした。
 思ったほど辛くない。マヨネーズのおかげで辛味が和らいで、辛い物が苦手なヒュプノスでも抵抗なく食べられる。一口飲みこんでヒュプノスは何とも複雑な顔でボソリと言った。

「こんな粗末な…ああ、『粗末』と言っては語弊があるか…高級とは言えない食べ物で『常識に囚われてはいけない』という言葉を実感するのは、何やら悔しいような気がするのだが…」
「…ぷっ」
「何だ?私は何かおかしなことを言ったか?」
「ああいや、俺が秋乃様に初めて『コンビニB級グルメ』なるものを教えて頂いた時、お前とほとんど同じ事を言ったのでな…俺とおまえは妙なところが似ているなと」
「それは…まぁ、双子の兄弟だからな」
 
 込み上げる照れ臭さを押しこむように残りのおにぎりを口に入れて飲みこむと、ヒュプノスはさりげなく話を逸らした。

「それで、お前の発言を聞いて秋乃様は何と?」
「『おにぎりは庶民のB級グルメであると同時に、立派な日本の文化だし経済の一翼も担っています。異国の伝統文化に触れて常識を覆された、と考えてはどう ですか?日本人は異国の文化を自己流にアレンジするのが得意だから、神様の常識を呆気なく超えるような面白い物が他にも一杯あると思いますよ。コンビニお にぎりはそのきっかけに過ぎないんじゃないかしら』と仰せだった」
「なるほど…流石は冥妃様、説得力のあるお言葉だな」
「言われてみれば、日本伝統の煮物であるオデンにロールキャベツやウィンナーを入れるのも妙な話だしな。最近ではトマトまで入れるらしいぞ」
「『絶対にあり得ないなんて、もう誰にも言い切れない時代になった』か…。固定観念に縛られていた頭を柔らかくするには、日本の奇矯な食文化はちょうどいい刺激になるかもしれぬ」
「いつも言っているがヒュプノスよ、お前は物事をややこしく考えすぎだぞ」

 タナトスは割り箸をヒュプノスに渡しつつおでんの蓋を開けて、自分ではリクエストしなかったちくわをひょいと取った。
 抗議するのも馬鹿馬鹿しいので、ヒュプノスはタナトスが選んだロールキャベツを取ってやった。色モノ紅茶やツナマヨおにぎり程のインパクトは無いが無難 に美味だ。いつの間にかタナトスが買っていたらしい他のおにぎりも食べながらコンビニB級グルメの感想をとりとめもなく話していると。

「ヘ…ヘローゥ」

 本場の英語的発言を真似しようとして見事に失敗したような単語で声を掛けられ、双子神は思わず手を止めて声の主を見た。
 …日本人らしい小娘の三人組だ。年齢は、幻想郷で会った東風谷早苗と同じか多少幼いくらいか。
 声を掛けられる事にはすっかり慣れているタナトスが、何か?と言うように小首を傾げると、声をかけて来た娘は絵にかいたようなテンパリ具合で言葉を続けた。

「え…エクスキューズ、ミ〜。…あの、えっと、アーユー、デスゴット?」
「………?」
「ちょっとゆっこ!この人が本当にタナトスだったらギリシア人でしょ。ギリシア語で話しかけないと通じないんじゃ…」
「な…何言ってんの、英語は世界共通言語だよ!?神様なら神様パワーで英語くらい理解出来るっしょ!」
「えっ…でも、明らかに『何言ってるんだこいつ』って反応ですけど…」
「うっ…。ええと、そうだ、ほら、あれだよ!大事なのは伝えようって気持ち!ハートだよ!言葉なんて二の次!!…あ、そうだ!」

 友達らしいツインテールの娘と、おとなしそうなおかっぱの娘を相手にひとしきりもめた人間は、肩から提げていた鞄からファッション雑誌を取り出してパラパラめくると、ちょうどタナトスがモデルとして載っているページを開いて指差した。

「ディスイズ、ユー!?」
「ちょ、ゆっこ!それ違う!『ディスイズ』じゃなくて『イズディス』でしょ!高校生にもなってそんな基本的文法間違えてどーすんの!」
「こまけぇことは良いんだよ!大事なのはハートだっつーの!伝わればいいんだってば、伝われば!」
「いやいやだから伝わってないでしょ!さっきからふたりともドン引きしてるじゃない!ここは謝ってさっさと…」
「大丈夫、言いたい事は伝わってますよ」
「ほーらね!だから言ったじゃない、大事なのは伝えようっていうハートだって!…って、ん?」

 友人達に得意気に笑みを見せた小娘は、ワンテンポ遅れてきょとんとした。
 営業用スマイルを浮かべたタナトスとまだ戸惑っているヒュプノスを交互に見て、タナトスに視線を戻して、おずおずと尋ねた。

「あ…日本語オッケーですか?」
「日常会話程度なら、神様パワーで理解できますよ」
「おおおおおーーーっ!!さっすが神様!!ねぇねぇみよちゃんなのちゃん、やっぱ都会は違うねー!神様にバッタリ会えちゃうんだもん!!」
「え?あの、本当に、城戸ブランドのモデルの、死の神タナトスさん?」
「そうですよ」
「ええっ!そんなすごい人がこんな公園でコンビニおにぎり食べてるはずない、絶対人違いだって思ったのに、本当に本物だったんだ!」
「言われてみればオーラが只者じゃないですね…」
「ほらほらでしょでしょ、私の言った通りでしょ?超セレブな神様だからこそ庶民の食べ物が逆に新鮮なんだって!」
「ね、ねぇ、サイン貰っていいかな?握手してもらえるかな?なのちゃん色紙持ってる?」
「ももも持ってます、さっきのコンビニでサインペンも買ってきましたっ!」

 きゃぁきゃぁ言って騒いでいる小娘三人組をタナトスは微笑ましげに眺めながら平然とおでんの大根を口に入れ、ヒュプノスは死の神である兄を怖がるどころか興味津々の様子で近づいて来た人間達にただ驚いていた。
 眠りの神が知る限り、人間とは死の神を恐れ、その姿が視界の端に映ろうものなら即座に逃げ出すか自分に近寄るなと罵倒を浴びせるものだった。冥王配下である冥闘士達が怯えずににタナトスに謁見できるようになったのも聖戦が集結した後だったと言うのに。
 そんな事を考えていると、最初にタナトスに声をかけて来た小娘がキラキラと目を輝かせて無遠慮にヒュプノスを見つめた。

「んで、んで!さっきから気になってたんですけど、こちらのタナトスさんの色違いなイケメンさんは誰ですか?見たとこ双子のお兄さんか弟さんかなって思うんですけど!」
「正解、双子の弟です」
「うっわぁ!タナトスさんって弟がいたんだ!ねぇねぇみよちゃん知ってた!?」
「知ってたよ」
「え」
「眠りの神ヒュプノスでしょ。そのくらいギリシア神話の本読めば書いてあるっしょ。ゆっこ、タナトスファンの癖にそんな基本情報も知らないの?」
「え…」
「ほ、ほら、神話の本にはそう書いてあっても、こっちのタナトスさんに弟さんがいるかどうかは知らなくても仕方ないんじゃ」
「だ…だよねだよねそーだよねー!んで!」

 騒がしい小娘はテーブルに手をついてずいとヒュプノスの顔を覗きこんだ。
 おもわず仰け反ると、彼女は更に身を乗り出してきた。幻想郷の小娘達は神を神とも思わぬ態度だったが、これが日本人の神に対する基本姿勢なのか。
 そんな事を考えていると、小娘は好奇心で顔を輝かせて尋ねた。

「色違いさんは、眠りの神様ヒュプノスなんですか!?」
「あ、ああ、そうだが…」
「へぇーっ!で、日本にはどんな用事で来てるんです?観光?お仕事?それとも日本の神様に会いに?」
「し…強いて言えば、観光、だろうか…」
「そーなんだぁー。京都や奈良じゃなくて東京に観光なんだ、へぇー!え、じゃあナニナニ?スカイツリー登ったりとかディズニーランド行ったりとかメイド喫茶とか行っちゃったり、してるんですか?」
「え?え…」
「ちょっとゆっこ、少しは遠慮しようよ。ヒュプノスさん困ってんじゃん」

 水色の髪をツインテールにした娘が騒がしい娘をなだめると、ゆっこと呼ばれた娘はタナトスにターゲットを変更した。

「じゃあ、じゃあ!タナトスさんは何で日本に来てるんですか?プライベート?お仕事?」
「今日はプライベートです」
「そーなんだー。じゃあサインも握手も写真もダメですか?」
「サインも握手も大丈夫ですよ。写真もアクセサリーをメインに撮るならOKになりました。ただ、弟は勘弁してやって下さい、一般人なので」
「あはははははー神様なのに『一般人』なんだ、面白ーい!」
「待て待てゆっこ。イッパンジンと言っても、神と書いて『一般神』かもしれないよ」
「おおーっ!」
「あ…あの、じゃあ、サインいいですか?」

 騒がしい小娘達の後ろでオロオロしていた大人しそうな娘がコンビニの袋から色紙とサインペンを取り出してタナトスに差し出した。
 タナトスは営業用スマイルを浮かべたまま色紙とペンを受け取り、ギリシア語でさらさらと『Θανατοζ』と書いた。ついでに娘達の名前を聞いて、日本 語で彼女達の名前も書き添えてやる。その間も人間達は携帯カメラでタナトスやふたりが食べていたコンビニグルメを撮影していた。
 サインを返す時にタナトスが握手をしてやると、小娘達は感激してきゃあきゃあ騒ぎながらしっかりと死神の手を握り(一番騒がしい小娘は指輪をいくつも填 めたタナトスの手をしげしげ眺めて写真まで撮っていた)、集合時間がどうとか言いながら名残惜しげに手を振って帰って行った。
 余りの出来事にヒュプノスがただ呆然として小娘達の後姿を見送っていると、タナトスにコツンと額を小突かれた。

「…っ!?」
「何をボケっとしているのだ、ヒュプノス」

 ハッと我に返れば、営業用スマイルをやめた兄神が面白そうな笑みを浮かべて見つめていた。いつもの表情、いつもの口調…ヒュプノスが良く知るタナトスに戻っている。
 ああ…と曖昧に呟いて、夢から醒めた直後のような感覚を微妙な味わいのライチティーで押し流しながら、ヒュプノスは今更ながら思った。
 先程タナトスに絡んで来た人間達の、一番おとなしそうな小娘の背中に馬鹿でかいネジ回しがついていたが、あれは日本で流行のアクセサリーなのだろうか?



NEXT     


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 双子神がコンビニのおにぎりやおでんを食べながらだべるシーンが書いてて楽しくて楽しくて、随分と長くなってしまいました。細かいこだわりですが、双子 神がB級グルメに関して喋る時は「オデン」「オニギリ」と片仮名表記、文章の中では「おにぎり」「おでん」と平仮名表記です。双子神にとって日本のB級グ ルメはまだまだ未知の物だから、というのを表現するためです。
 そして後半。『人間から恐れられ嫌われ続けた死の神タナトスに、人間が自分から好意的に近づいてくる』ことに驚くヒュプノス、というエピソードを入れよ うと思ってまして(「対価」でやってた事の二番煎じなんですが)。「対価」の時にタナトスに話しかけて来た女性達は20代OLのイメージでしたが、今回は もう少し若い、有名人を見つけてキャーキャーはしゃぐ年頃の女の子にしようと思っていました。名もなき女子高生でいいかな→でも便宜的に名前があった方が いいなぁ→拍手で良くメッセージ頂く方の名前をもじろうか→いやいやそれはまずいだろ→日常のキャラをモデルにしたらどうだろ?と思いついてこうなりまし た。三者三様、キャラが立ってるので会話部分は作りやすかったです。
 というわけで、双子神に話しかけて来たのはゆっこ、みよちゃん、なのです。原作のイメージではこの三人に麻衣を加えて四人か、なのではなく麻衣を入れる のが適切なんでしょうが、麻衣はうまく動いてくれそうになかったのでこの三人にしました。彼女達はプライベートか修学旅行で群馬から東京に来ていて、偶然 コンビニで双子神を見つけて、こっそり後を付けて話しかけるタイミングを探していたんだと思います(笑)。
 今回のSSの主題に関わる会話にはまだ入れなかったのですが、前振り程度は入れられたかなと思っています。次の4話目で完結できると、いいなぁ…。