| 冥界と聖域の和解が成立して数カ月、城戸財閥主催のハロウィンのイベントが終わって間もない頃。 ミーノス、アイアコス、ラダマンティスの冥界三巨頭は冥王の片腕タナトスに呼び出されて嘆きの壁を訪れていた。とりあえずの復旧が完了した嘆きの壁は神 々から冥闘士達への通達が行われる場所になっていて、敷地の一角には椅子とテーブルと簡単な給湯設備が用意されてちょっとしたミーティングに使えるように なっていた。 ミーノスはコーヒーメーカーにコーヒーをセットし、ラダマンティスはテーブルを拭いてクロスをかけて茶器を用意し、アイアコスは戸棚をあけて茶菓子を物色し始めた(冥闘士達は時折地上に出かけては菓子を持ち寄っているのだ)。 以前は神から呼び出しを受ければ些細な粗相も赦されぬとガチガチに緊張していたが、タナトスやヘカーテやエリスと頻繁に顔を合わせては仕事以外の雑談も 交わすようになった最近は無駄な緊張もしなくなっていた。アイアコスに至ってはうっかりタメ口を利いてしまうほど緊張感を失くしている有り様だ。 ソーサーにカップとティースプーンを丁寧にセットしながらラダマンティスが口を開いた。 「タナトス様が我々三巨頭だけを呼びだすとは、一体何の用件だろうな?」 「さて…皆目見当がつきませんね。冥界絡みの仕事の通達なのか、先日のハロウィンのイベントのような遊びのお知らせなのか」 「遊びの知らせじゃないのか?改まって通達するような仕事なんてこれと言ってないだろ。………」 スナック菓子の袋を開けようとしたアイアコスが神の気配に気付いて顔をあげ、嘆きの壁に現れた神の姿を見て慌ててスナック菓子を引っ込めそれなりに高級そうなクッキーの缶を出して来た。一瞬遅れて神の姿を見たラダマンティスとミーノスも驚いた顔を見合わせた。 …タナトスが同伴していたのはヘカーテでもエリスでもなく、双子神の片割れヒュプノスだった。 事実上の冥府最高責任者であるタナトスが、滅多に人間の前に姿を見せない眠りの神を同伴して姿を見せたと言う事は…タナトスがいつになく真剣な面持ちでいる事を見ても、此度の呼び出しの目的は大真面目で重要な仕事の通達に違いない。 ならば自分達はきちんと冥闘士としての分を弁えて神に謁見しなくては。 無言のまま意思を確認した彼らは深く頭を垂れて膝をつき、冥王の代理たる双子神を出迎えた。 タナトスは自分で椅子を引いて腰を降ろすとぶっきらぼうに言った。 「そう堅苦しくする事は無い。我々は仕事の話をしに来たわけではない故な」 「は?はっ」 仕事の話ではない?ならば何故、タナトス様はこんな微妙な顔をしているのだろう?まるで何かを諦めたような、開き直ったような、ゲンナリしているような…。 三人は怪訝そうな顔を見合せながら立ち上がり、神々の前に恭しくコーヒーと茶菓子を差し出して礼儀正しく椅子にかけた。 タナトスは複雑な顔でカップに口を付け、ヒュプノスは何かを諦めたような無表情でコーヒーにミルクを入れて優雅な所作でかき混ぜた。 三巨頭も遠慮がちにコーヒーを啜りつつ神々が口を開くのを待っていると、些か八つ当たりのような所作でクッキーを噛み割ったタナトスが盛大な溜息とともに片割れを見遣った。 「ヒュプノスよ。一体どこから話したものだろうな」 「最初から経緯を話そうと思ったら収集がつかなくなりそうだからな。要点だけを、一つずつ、順番に話してはどうだろうか。分からぬ部分については区切りごとに質問を受ける、という形がスムーズだと思うが」 「そうだな。ではそうしよう」 もう一度深々と息を吐いて、タナトスは三巨頭を見遣った。 ラダマンティスは手を膝に置き、ミーノスはカップをソーサーに戻し、アイアコスはクッキーを齧りながら死神の話を待った。 「…まず一つ目。城戸財閥から我々冥王軍にクリスマスイベントへの参加要請があった。ハロウィンイベントが予想外の好評だった故、是非クリスマスイベントにも参加して欲しい…要約するとこう言う話であった」 「…ハ」 「………」 「……?」 「問題は二つ目だ。この話をアテナから聞いたヘカーテ様とエリスとベルセフォネー様が、酒を飲み交わしながら、冗談半分に、盛大に悪乗りして、大真面目かつ綿密に、ふざけたクリスマスの企画を考えたのだ」 「………」 「………」 「何か、ヤな前振りですね」 アイアコスがボソッと呟いた。口にださねど他のふたりも同じことを思っているのだろう、深刻な表情になる三巨頭を見回してタナトスは何かを諦めた目で淡々と言った。 「そして女神達は、大真面目に考えたふざけた計画の企画書をハーデス様に見せた」 「何ですかその分かりやすい死亡フラグ」 「それを見たハーデス様は実に嬉しそうに、輝くような笑顔でこうおっしゃった。『これは面白い、クリスマスはこれでいこう!』」 「え……」 「な……」 「やっぱりそういうオチですか」 「企画の内容の詳細はこれから話すが、お前達が話を聞く心の準備が出来るまでしばし待ってやる。質問が有れば遠慮なく聞くが良い」 精一杯抵抗したが無駄だったと言いたげな顔でタナトスはコーヒーに口を付けた。 三人はそーっと顔を見合わせた。 冥闘士の幹部である彼らが冥界の神ヘカーテやエリスと接する機会はそれなりにあり、彼女達のキャラはある程度把握していた。今生のアテナや冥妃 ベルセフォネーの転生体にはハロウィンイベントで初めて会って多少話をした程度だが、ヘカーテやエリスと仲が良いという情報は聞いていた。 その女神達が、四人も集まって、しかも酒が入った状態で、盛大に悪乗りしつつ、冗談半分に立てた企画。タナトスがひとつひとつ強調して並べた単語はどれもこれも不 吉な響きを孕んでいる。そして、ハロウィンでは子供の姿で萌え系狼男のコスプレをノリノリでやっていたタナトスの、この微妙な顔…。どれをとっても悪い予感しかしない。 質問は有るかと言われても、企画の具体的な内容を聞かないと何が分からないのかも分からない。が、企画の内容を聞くのは正直怖いので、何かワンクッション置いてからにしたいのだが…。 現時点で何か聞く事は無いだろうかと必死に考える事、十数秒。 ラダマンティスがおずおずと口を開いた。 「あの、改まって質問と言う訳ではないのですが、今のお話で気になった点があるのですが…」 「何だ?言ってみろ」 「女神様四人が立てた企画をハーデス様に見せたとのお話でしたが、地上の人間として暮らしている冥妃様がエリシオンのハーデス様をお訪ねになったのです か?確か以前、『冥妃様は女神も記憶も封じておられて、今生はハーデス様に会いたくないと仰せだ』と伺ったように記憶しておりますが」 「………」 ラダマンティスの質問に双子神は僅かに目を見開いて視線を合わせ、ミーノスとアイアコスも『話の矛盾』に気付いて怪訝そうな顔になった。 タナトスはカップをソーサーに戻して浅く顎を引いた。 「お前が疑問に思った通り、企画立案に冥妃様は参加されたが、ハーデス様に企画書を持って来たのはエリスとヘカーテ様とアテナの三人だ」 「ああ、やはりそうでしたか。………」 一言で質問が終わってしまった。いよいよその企画とやらを聞かねばならないか…と、三巨頭は汗をかき始めたが、タナトスの言葉には続きがあった。 「詳細は企画の内容を話す時に説明しようと思ったので今は大筋だけを説明したのだがな。実は、女神達の企画立案と、それをハーデス様に見せるまでの間にもうひとつコトがあったのだ」 「え?」 「…と、おっしゃいますと?」 「女神四人で大筋の企画を立てた後、ヘカーテ様とエリスとアテナの三人で…つまり冥妃様には秘密で、この企画に粋な仕掛けを入れたのだ。我々が渋々ではあるがこの企画を了承したのはその仕掛けの為だ」 「仕掛け?」 「おふたりが、その、ふざけた計画とやらを了承されるほどの、ですか?」 「一体どんなものなのです?」 タナトスは一度眼を閉じて細く長く息を吐いて、何とも複雑な顔で三人を見遣って口を開いた。 「ハーデス様も主役の一人として、此度のクリスマスイベントに参加できる仕掛けだ」 …三巨頭の脳味噌にタナトスの言葉が到達するまで数秒かかり、その言葉を認識するまでまた数秒かかり、認識した言葉を頭の中で反芻した彼らは混乱した頭で顔を見合わせた。 クリスマスのイベントにハーデスが参加する?アテナに負わされた傷がまだ癒えず、体調が良い時でもエリシオンを散歩する程度と言うハーデスが??大体、冥妃ベルセフォネーの転生体である女性は『ハーデスに会いたくない』と言っていたのではないのか? 目玉が落ちるほど目を見開いた三巨頭は、遠慮も忘れて双子神に質問をぶつけた。 「あの、城戸財閥主催と言う事は、そのクリスマスイベントは地上で開催されるのですよね?」 「そうだ。特別会場は冥妃様が店長をしているエルミタージュ洋菓子店だ」 「はっ?冥妃様はハーデス様に会いたくないと仰せなんですよね?」 「そうだ」 「ハーデス様はエリシオンを散策するのがやっとで、とても地上まで出向けるような体調ではないと伺いましたが」 「その通りだ」 「え?え?その状況で、一体どうやってハーデス様をイベントに参加させるんです?」 「観客の一人とかエキストラとしてこっそり、ではなく主役のひとりなんですよね?地上に赴かれるのは何とかするとして冥妃様と対面するのはまずいのでは」 矢継ぎ早の質問に双子神は何とも苦々しい顔になった。 少々質問が不躾すぎたかと三巨頭は不安になったが、彼らの不機嫌の理由はそれでは無かったらしい。 タナトスはどこか不貞腐れているようにも見える顔でため息交じりに言葉を吐きだした。 「女神達から『ハーデスをイベントに参加させる』と聞いた時、我々もお前達と同じ事を言ったのだ。見ての通りハーデス様は療養中で、冥妃様はハーデス様に会いたくないと仰せなのに何を馬鹿な事を言い出すのだ、と」 「………。それに対して女神様達は何と?」 「エリスは『馬鹿は兄貴達でしょ』、ヘカーテ様は『誰がいつ、ハーデスを神の肉体ごと地上に連れて行くと言ったのだ?』、アテナは『過去の聖戦でやってい たようにハーデス殿の魂を仮初の肉体に入れて、ハーデス殿だと言う事は伏せておけば問題ないのではないかしら』と。アテナの言葉に我々は一言も言い返せな くてな。エリスに『兄貴達、それって加齢が原因の深刻なボケ?それとも性格が原因の天然ボケ?あるいは生活が原因の平和ボケ?一個目の理由はマジ勘弁して ほしいんだけど』と言われる有り様だ」 「あ…」 ある意味盲点とも言える解決法に、三巨頭は口を半開きにして絶句した。 言われてみれば確かにそうだ。ハーデスの肉体の傷が癒えるまではまだまだ時間がかかるが、魂の方は無茶をしなければ問題ない程度に回復している。仮初の 肉体にハーデスの魂を入れれば、そしてその仮初の肉体にそれっぽい肩書き…城戸沙織の親類あたりが適当か…をつければ、全ての問題を呆気なくクリアでき る。 なまじハーデスの近くにいたから『ハーデスはエリシオンから動けない』という先入観に縛られていたことに気付き、三巨頭は何とも複雑な顔で口を噤み、そ して同時に、こんなにも鮮やかに盲点を突いた切り返しをされては、双子神もその『ふざけた企画』とやらを了承するしかなかったのだろうな…と妙に納得し た。 妹神の暴言を思い出して苛立ちが再燃したらしいタナトスが憮然としたままクッキーを噛み割り口を開いた。 「それで、女神達が立てたふざけた企画の具体的な内容だが」 「はっ」 「執事喫茶だ」 「………。は?」 一体どんな無茶な企画が来るかと身構えていた三巨頭は、聞き慣れない言葉に肩透かしを食らった気分になった。 執事は知っている。喫茶店も知っている。しかし執事喫茶と言う単語は、ある程度地上の文化を知っている彼らでも聞いたことが無かった。双子神の嫌そうな顔を見れば碌でもないものだと言う事は察しがつくが…。 きょとんとしている人間達を見回して、タナトスはものすごく嫌そうな顔で尋ねた。 「お前達、メイド喫茶なるものを知っているか?」 「店員がメイドの服装をして、メイドが主人に接するように接客する喫茶店である、という定義だけなら…」 「日本の文化の一つだそうですね。先日、エリス様とヘカーテ様がメイドの衣装をお召しになってお菓子を配っておられる姿を拝見しました。何故かカチューシャではなく猫耳ヘアバンドをお付けでしたが…」 「俺、部下から聞いたことありますよ。店に入るとメイドのコスプレした店員が『おかえりなさいませ、ご主人様☆』って客を迎えるんですよね。で、客は追加 料金を払って注文した料理にケチャップで文字を書いてもらったり、コーヒーにミルクを入れてもらったり、気にいったメイドとゲームをしたり一緒に写真を 撮ったりする為に店に足しげく通ってポイントを貯めるんでしょう?」 「詳しいなアイアコス」 「メイド喫茶にハマって通いつめてる奴が部下にいるもんでな」 「言ってはナンですが悪ふざけするにも限度と言うものが…。………」 呆れた顔で言いかけたミーノスがハッとして言葉を切った。 女神達が出したと言うふざけた企画は「執事喫茶」。 その単語を知らない三巨頭に対して(恐らく執事喫茶がどんなものか説明するためだろう)タナトスが出してきた単語がメイド喫茶。 そしてメイドと執事の仕事内容は概ね似通っている。…と、いうことは…。 青ざめた顔に引き攣った笑いを浮かべたミーノスが尋ねた。 「まさかとは思いますが。私達が執事の衣装を着て『お帰りなさいませご主人様☆』と言ったり客のコーヒーにミルクを入れたりオムライスにケチャップで文字を書いたりアレなゲームをしたりする、というのがそのクリスマス企画の具体的な内容なのですか」 「我々が接待するのは女性ゆえ、正確には『お帰りなさいませお嬢様☆』だ。会場は洋菓子店だからオムライスは無い。コーヒーにミルクを入れるくらいは我慢 しろ。ゲームもトランプかカードゲームにしてくれるよう頼み込んだ。ああそれから、猫耳装着は全力で拒否したからその点だけは安心していい」 「は……………」 「………」 「ヤバい、俺、何か感覚がマヒして来た。猫耳付けなくていいってだけで凄いホッとしてる」 アイアコスが両手でこめかみをグリグリしながら遠い目で呟き、ラダマンティスとミーノスは滝のように汗を流しながら『これもハーデス様の為。冥闘士としての任務の一環だ(だからさっさと心のスイッチを切れ)』と必死に自分に言い聞かせた。 |
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以前から使いどころを探していたちょっとした小ネタ、「ハーデスと双子神で執事喫茶(猫耳付き)」「電車で寝てしまい、タナトスにおんぶされて電車を降り
るハーデス(ツイッターネタ)」「イベントで仲間外れ状態のハーデスを仲間に入れたい」「双子神、名古屋に行く」をSSにしてみるか!という考えから始ま
りましたクリスマス企画SSです。ハロウィンイベントの時はハーデス様はエリシオンで留守番でしたし…。お土産話と写真や動画で満足はしてくれるだろうけ
ど、やっぱり自分でも参加したかっただろうなと。 双子神も「地上には面白い物がいっぱいある、何とかハーデス様にそれを見せてあげられたら」と思っていたから、女神達が提案した執事喫茶アイデアも無下 に蹴飛ばすことが出来ずにギリギリの調整をしたんだろう…的に設定しております。ちなみにハーデス様が執事喫茶にノリノリな理由はWEB拍手かピクシブの「冬ノ風物」をお読みください。 |