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…三人が覚悟を決めたのを見て、タナトスはカップを脇によけて懐から書類のような紙を取り出してテーブルに広げた。 どうやら雑誌の企画ページらしく、書類の左上に『仮案』と朱書きされている。見出しには『クリスマス特別企画。城戸ブランド主催の執事喫茶にご招待!』 と書かれ、その下に『あなたをもてなす執事達』の文字と写真を並べるらしい枠が5つ並んでいる。一番左の枠にはタナトスの写真、中央には『スペシャルゲス ト』の文字が入っていた。 人間達はこわごわその書類を覗きこみ、記載された内容に目を通した。 執事喫茶は城戸ブランド会員の女性を対象にした企画で、イメージキャラであるタナトスとその関係者が執事に扮して女性をもてなすものらしい。その執事喫 茶は誰でも入れるものではなく、予めこの企画に応募した会員の中から、『厳正な抽選により選ばれた幸運な女性』5人だけがタナトス達のもてなしを受けられ る、と言う事らしい。 …何だか、最初に想定していた物ほどトンデモ企画でもない様な気がしてきた。特に、『厳正な抽選により選ばれた』という文句が非常に胡散臭い。 アイアコスがその単語を指差してタナトスを見遣った。 「あの、ここに、『厳正な抽選により』って書いてありますけど…」 「お約束のタテマエだ。『抽選に当選した幸運な女性』は既に決まっている」 「あ、やっぱり」 「…と、いうことは…。冥妃様、ヘカーテ様、エリス様は分かりますが、あとふたりはどなたが?」 「天馬星座の姉の星華と、日本の死神ぼたんだ。ついでに言えばハーデス様が冥妃様、俺が星華、ヒュプノスがぼたんを担当し、お前達の誰か二人がヘカーテ様とエリスを担当する」 「二人…?」 「そう言えば執事役をするのは六人なのに、女性は五人…ですか?」 「お前達三人の一人は『城戸家の執事』と言う肩書で主催者であるアテナをもてなす担当になる。女神達は自分の担当を誰にするかに関して希望は無いそうだから、誰が誰を担当するかはお前達で話し合って決めろ」 「…は………」 一度は安堵しかけた三巨頭は投げやりな死神の言葉に再度冷や汗をかき始めた。 いくらお遊びの企画とはいえ、冥闘士の自分達が一対一でもてなす相手は女神ときた。しかも彼女達の肩書きは、タナトスの『彼女』のお色気女神、双子神の 妹の争いの女神、そして少し前まで敵だった戦女神とそうそうたるものだ。緊張から粗相でもした日には、(物理的な意味で)首が飛ぶより恐ろしい結果になる かもしれない。 が、タナトスは人間達の狼狽など最早知った事ではないと言った風で書類をしまうと、腕を組んで椅子の背に寄りかかった。 「と言う訳で、だ。仮初の肉体にいきなりハーデス様の魂を入れてぶっつけ本番でクリスマスイベントに臨むのは無謀故、器と魂を馴染ませる目的も兼ねて我々 はハーデス様を地上観光にお連れする事にした。執事喫茶のイベントは大まかな台本に沿って行われるが、事前に本場のメイド喫茶に行ってみてどんなものか見 てからの方が当日もスムーズだろう」 「なるほど」 「確かにその通りですね」 「何事も事前の準備は大事だもんな」 「…と言う訳で、来月半ばにでもハーデス様を地上にお連れする。お前達も業務に支障が無いよう調整しておけ。良いな?」 「は?」 「え?」 「へ?」 さらっとタナトスが言った言葉に三巨頭は素っ頓狂な声を出した。 来月半ばにでもハーデス様を地上にお連れするから業務の調整をしておけ?それはつまり、要するに…。 「あの…その、ハーデス様をお連れする地上観光には我々も同行せよと、そういう事ですか?」 「俺の今の発言を、それ以外にどんな意味に解釈が出来るのだ」 ラダマンティスの質問をタナトスはあっさりバッサリと切り捨てた。 もう何度目か分からない絶句状態の三巨頭の姿に、ずっと黙っていたヒュプノスが漸く口を開いた。 「お前達を同行させるのはお前達に本物のメイド喫茶を見せるためと言う目的もあるが、それ以上にハーデス様の護衛と言う意味合いが強い」 「ハ……。……?」 「確かに小宇宙を押さえていてもハーデス様の護衛は我々で十分だ。だが、愚かな人間が馬鹿な行動を起こすのを牽制する意味で、素人目にも分かりやすいあからさまな護衛を付けておきたいのだ」 「ついでに俺も地上で半端に顔が売れてしまってな。寄ってくる人間を体よく追い払うために、お前達には仕事関係者の振りをして欲しいと言うのも有る」 「あ…ああ、なるほど。納得しました」 「それで、来月の地上観光における大雑把な予定だが…」 タナトスは懐からネットに接続した状態のノートパソコンを取り出すと、画面に日本地図を表示させて『名古屋』と書かれた部分を指した。 「まず初日にナゴヤに行く。トウキョウとは毛色の違う文化があって面白いと聞いたのでな。ハーデス様がナゴヤを満喫された後、シンカンセンという乗り物で トウキョウまで行く。ここから別の乗り物に乗って秋葉原に行き、メイド喫茶を見物した後に冥妃様のおられるエルミタージュ洋菓子店に向かう。イベント当日 に冥妃様に会ったハーデス様が卒倒でもされたら大変だからな、事前に慣らしておくためだ。余裕があればチバにある有名な遊園地にも行く」 タナトスは滑らかに画面に地図や写真を表示させつつ、エリートビジネスマン顔負けのスムーズさでプレゼンを終えると、説明に理解が追い付いていない人間達にノートパソコンをずいと差し出した。 「必要と思われる情報が記載されたページはブクマ登録しておいた。時間を見てざっと確認しておけ。それからこれはあくまでも予定だ。興味を引かれた場所、行ってみたいところが有れば遠慮なく言うが良い。考慮してやる故な」 「は…」 「ありがとうございます…」 「………」 ラダマンティスとミーノスが呆然としたまま頷く横で、アイアコスは興味津々と言う顔でパソコンの画面をあれこれ眺め、片手をあげた。 「あのう、タナトス様。着替えとか、持ってった方がいいですか?」 「ああ…言い忘れていたが、現地調達に抵抗のある物は予め城戸財閥宛てに送っておけ。後は奴らが適切に対応する」 「俺、日本円なんて持ち合わせないんですけど…金を持って行かないのはまずいですよね?用意しておいた方がいいですか?」 「日本で使える携帯電話とカードと日本円を城戸財閥が用意するから心配はいらぬ」 「服装の指定とかあります?」 「そうだな…やはりスーツが無難であろうか、ヒュプノス?」 「仕事っぽさや護衛っぽさを演出する必要がある場面ではそれが適切であろうな。それ以外の時は日本で悪目立ちしない服装なら何でも良かろう」 「…だ、そうだ」 「分かりました」 アイアコスが頷くと、タナトスは他の二人が質問して来ないのを見て納得したように浅く顎を引き、ヒュプノスを促して嘆きの壁の向こうに消えた。彼らは彼らでハーデスを地上に連れていくための準備があるのだろう。 死の神を相手に遠慮なく質問するアイアコスの豪胆さにも驚いたが、それ以上に人間の馴れ馴れしさに嫌な顔もせずきちんと対応していたタナトスにミーノスとラダマンティスが内心驚いていると。 熱心にパソコンの画面を見ていたアイアコスが楽しそうな顔を上げた。 「何かいっぺんに色々言われたから、後で冊子とか作って重要ポイントを確認しようぜ。バナナがおやつに入るのかどうかもさ!」 アイアコスの言葉は冗談だと分かっていても、それでもラダマンティスとミーノスは突っ込まずにいられなかった。 「修学旅行じゃないだろう!!」「修学旅行じゃないでしょう!!」 |
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| 1話に纏めるつもりが偉く長くなってしまったので分割した前日談部分後半です。執事喫茶の内容もさっくりと明かしちゃったり。話の中で自然に説明できな
かったのでここで紹介しますが、他の冥闘士達はサンタかトナカイか雪だるまのコスをしてお菓子を配ったりするんだと思います。双子神と三巨頭が名古屋に行
くのは私の趣味で、それ以上の意味はありません…現時点では(笑)。 あと、冥界勢なのに三巨頭は動かしにくかったです。生真面目なラダ、世渡り上手なミノ、楽観的なアイコ…とキャラ付けは割と自分の中でしっかりしてたつ もりなのですがなかなか。そして相変わらずヒュプノスの影薄い。タナトスが話を振らないと喋ってくれません。まーこの神様は自分から積極的に話をするタイ プではないんでしょうけど。ちなみに「聖夜」の1、2話は「悪戯(ピクシブでは「復活ノ祭」)」の直後、3話目以降は「兄弟」の少し後を想定しています。 |