| 都内の道はそれなりに混んでいたが、サイレンをけたたましく鳴らして疾走するパトカーと救急車の集団を見ると、どの車も慌てて道を開けた。 最早公道を走るスピードじゃないだろう、と思うほどのスピードで走るワゴンタイプのパトカーから外を見ながら星矢はボソッと呟いた。 「俺さぁ、サイレン鳴らして突っ走るパトカーに乗るのが子供の頃の夢だったんだけどさぁ、こんな形で夢が叶うとは思ってなかったぜ」 「普通は思わないだろうな。目的地に早くつきたいと言う個人的な理由で駆り出されたパトカーに乗るなどと」 「あのね、僕、この間病院に行ったんだけど…受付に『救急車はタクシーではありません』ってポスターが貼ってあったんだ…」 「………」 「………」 瞬の言葉に星矢と一輝は複雑な顔で口を噤んで視線を落とした。 個人的な事情でパトカーと救急車を出すのはどうかと思うが、出動を指示したのは救急車を所持する病院の院長と警察庁長官よりお偉い警察トップだし、何か問題があるかと聞かれたら返答に詰まるところではある。 律儀に普通の車で移動した結果遅刻してイベントに支障が出て、それが原因で聖域と冥界の関係がぎくしゃくしたらパトカーと救急車の私的利用以上に問題になりそうな気がするし…などと聖闘士達が深刻に考え込んでいるうちにパトカーと救急車はK病院に到着した。 流石にパトカーと救急車で会場に行くのはまずいのだろう、病院の裏口で普通のワンボックスに乗り換えた一行は目的地のショッピングモールに向かった。 城戸財閥系列のショッピングモールに到着した一行は、バックヤードに用意された控室に一旦通された。部屋には大型のテレビが置かれていて、執事喫茶のメンバーが菓子を配る会場になるホールの様子を映している。 …星矢が画面を見ると、サンタやトナカイや雪だるまのコスプレ(?)をした人間がポールを立てたり照明を準備したりせっせとイベントの準備を進めている ようだった。そしてホールの一角では、何故かずらりと並んだ人間達にコスプレしたスタッフがチケットらしきものを配っている様子も映っている。 一体何をしてるんだろう?観客が多すぎて整理券でも配ってるんだろうか? 怪訝に思いながら星矢がテレビを見ていると、控室にサンタの服を着たスタッフが入ってきた…と思ったら、よく見ればサンタは冥闘士の一人であるバレンタインだった。と言う事は、会場の準備をしている雪だるまやトナカイも中身は冥闘士と言う事か。 サンタのバレンタインは帽子を取ってにこりと笑った。 「皆様、一次イベントお疲れ様でした。我々も楽しく拝見させて頂きました!二次イベントの準備も、多少の予定外はありましたが順調に進んでおります」 「予定外?」 「チケットを配っているようだが、何かあったのか?」 「ああ…『執事』の皆さんが観客に菓子を手渡しする、というのがここでのイベントだったでしょう?それが、想定数を超えた観客が集まったらしくて。だか ら、菓子を手渡す観客を抽選で決めることになったんです。抽選に漏れた客にはトナカイやサンタの格好をしている冥闘士から菓子を渡そうかと話をしていたと ころです」 「予想外に盛況なんだな、このイベント」 「そんな面倒な事をせずとも、手渡しをやめて壇上からでも菓子をばらまけば良かろうに。日本には確かそんな儀式があっただろう?」 「いやいやタナトスサマ、これは節分じゃなくてクリスマスだし。アンタの菓子を欲しがって殺到した人間が転んで怪我でもしたら話が面倒になるぜ。そもそも整理券配った後でんーなこと言われても現場が混乱するだろ」 タナトスと星矢のやり取りを聞いていたヘカーテがふと悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開いた。 「ならば私とエリスとオネイロイも菓子の配布に協力しようか」 「え?」 「私とエリスと…そうだな、パンタソスはメイド衣装。他はそのまま執事の格好で菓子を配ってやるのはどうだ?エリスはさっきの動画に顔を出していないし、私も眼鏡を外して髪型を変えれば先ほどのイベント参加者であることはバレるまい」 「面白いアイデアだとは思うけどさ、ヘカーテさん。メイドの衣装なんてここにはないでしょー」 「…あるんだなぁ、それが」 エリスの至極もっともな指摘に沙織がにっこりと笑って答えた。 その言葉にエリスだけでなく他の神々や人間達も驚いた顔になった。 「この後のクリスマスパーティー用に準備した衣装をここに持ってきてあるんです。イベントが盛り上がった時にコスプレしたい!って言いだす人に心当たりがあったから」 「おおーっ。流石はアテナ、万全の準備だな。で、着替えはどこで出来る?」 「隣の控室に用意してありますわ」 沙織の言葉を聞いたヘカーテは満面の笑みを浮かべてすっくと立ち上がり、エリスとパンタソスの手を掴んで半ば強引に引っ張りつつ隣の部屋に入って行っ た。双子神も夢の四神も三巨頭も、今更女神の行動にアレコレ言う気はないらしく、イベントの流れを確認しながらペットボトルのジュースを啜っている。 …そうこうしている間にイベント開始まであと五分となった時、盛大に控室の扉がバーンと開けられてメイド衣装の神々が姿を見せた。 「今チラッと会場を見て来たが、結構人が集まってたぞ。これはイベントのやりがいもあると言うものだな」 「観客席っつーか観覧スペースだけど、ポールに紐張っただけで大丈夫かな?あれじゃー紐乗り越えて入って来る人いるかもよ」 「スタッフは冥闘士だからその辺は上手くやるんじゃないですか?」 「さあご主人様!そろそろ会場に移動する時間だぞ!」 ヘカーテがふんぞり返って言った。 こんな偉そうなメイドなんていねーよとか、今日の神々と三巨頭は執事だからご主人様じゃないだろうとか、星矢達が内心でそんな突っ込みをしていると、オネイロスが控室に置いてあった随分と大きな箱を開けた。 そう言えばあの箱には何を入れてたんだろうか。執事の衣装から別の衣装に着替えるならとっくにやっていたはずだが…と思いながら箱の中身を見た星矢は目を丸くした。琴やフルート、バイオリンなどの楽器が整然と入っている。特に琴とフルートは独特のデザインだ。 菓子を配るのに何故楽器なんだ?ときょとんとする星矢達を無視して、神々と三巨頭は当たり前のような顔をして楽器を手にとって控室を出て行った。 ショッピングモールの中にある吹き抜けのホールに簡易なステージが用意されて、それなりの音響設備と撮影器具が整えられている。客席に近い舞台の前列中 央にハーデス、その左右に琴を持ったタナトスとフルートを持ったヒュプノスが、彼らの後ろにバイオリンやトランペットを持った三巨頭がスタンバイした。 ポールと紐で簡易に仕切られた観覧スペースにはかなりの見物人がいて、吹き抜けになっている二階、三階のベランダのようになっている場所にも人がいてス テージを見降ろしていた。 舞台のそでの微妙な位置に立ってイベントを見物することにした星矢達の横を通って、沙織がステージに上がった。 「初めまして、皆様。今回のイベントの発起人、城戸沙織と申します。この度は古くからの友人であるタナトス様、ヒュプノス様ご兄弟に協力を頂いてクリスマ スのイベントを開催させて頂くことになりました。コンサートの後にはお菓子のプレゼントもありますので、是非最後までイベントをお楽しみください。ああ、 そうそう。途中で演出の為に明かりを消しますので予めご了承くださいませね」 手短に挨拶を終えて沙織がステージの袖に下がると盛大な拍手が起きて、拍手がおさまるとステージの中央に立った月桂樹が指揮者のように手を上げてハンドベルを鳴らした。 その涼やかな音を合図に双子神と三巨頭がクリスマスキャロルを奏で始めると、ハーデスがメロディに合わせて歌い始めた。続いてタナトスやミーノスもコーラスに加わり、プロも裸足で逃げ出しそうなレベルの高い歌と演奏が吹き抜けのホールに美しく響き始めた。 これ、ショッピングモールでタダで聞くレベルじゃないよな。CDにしたら絶対バカ売れするだろ。 しんと静まり返って歌と演奏に耳を傾けている観客を見ながら星矢がそんなことを思っていると、有名なクリスマスの歌を何曲か披露し終わった神々と三巨頭が立ち上がって軽く会釈した。 会場に割れんばかりの拍手とアンコールコールが響く中、不意に照明が消えて辺りは真っ暗になった。闇の中に双子神の髪と翼が放つ淡い光が幻想的に浮かんでいる。 「停電ではありません。コンサートの演出ですので、どうぞそのままお待ちください」 沙織の声に観客が微かにざわめきつつも言われた通りに大人しく待っていると、何やらスタッフの冥闘士が忙しく動く気配がして…ビィン、とエレキギターの弦を弾くような音がした次の瞬間。 パッと照明がつくと同時に楽器の演奏が始まった。定番のクリスマスキャロルを大胆にアレンジしたメロディだ。明るさに慣れた目で舞台を見れば、神々と三巨頭が持っていたクラシカルな楽器はエレキギターやキーボード、ドラムセットに変わっている。 観客席からわぁっと歓声が上がると、神々と三巨頭は楽器を演奏しながら軽快なメロディに合わせて歌い始めた。演奏している曲も歌も、先ほどクラシカルな 楽器で厳粛に奏でたそれと同じなのに、オリジナル色をしっかり残しながら全くの別物と言う見事なアレンジになっていた。メインボーカルは双子神が担当し、 三巨頭はコーラス部分を担当、ハーデスはハンドベルやシンバル、タンバリンを巧みに使い分けて歌を盛り上げている。 …拍手や手拍子や歓声が惜しみなく贈られる中、最後の一曲を演奏し終わった神々と三巨頭が満足そうな笑顔で丁寧に会釈した。 予想の遥か斜め上を行く超ハイレベルなクリスマスコンサートもこれで終わりか…と星矢達が名残惜しく思っていると、沙織がマイクを持って壇上に上がった。 「たくさんの拍手、ありがとうございます。そしてタナトス様、ヒュプノス様、皆様。予想外の素敵なコンサートをありがとうございます。ではお菓子のプレゼントに移りましょうか…と、言いたいところなのですが」 沙織は意味深な笑みを浮かべてタナトスを見た。 「観客の皆さまから、『タナトスさんは自分の歌があるのにそれは歌わないの?』『タナトスさんの生DeadendGameを聞きたい!』とリクエストが届いているのですけど…」 「………。それ、は…」 予想以上の好感触と盛り上がりに満足そうな笑みを浮かべていたタナトスが、微妙と嫌そうの境界ギリギリの表情になった。 自分の歌なのにここで披露するのは気乗りしないらしい。 タナトスの性格なら大喜びで引き受けそうなのに…と思った星矢は、隣にいた秋乃にそっと囁いた。 「なぁなぁ秋乃さん。タナトスサマってば、自分の歌を歌いたくないみたいだけど」 「『みたい』じゃなくて、本当に歌いたくないんだと思いますよ」 「え、何で?」 「ヘカーテさんやエリスさんが言うには、タナトスさん自身はあの歌でCDデビューした事実を無かったことにしたいくらい恥ずかしがってるんですって。だからじゃないかしら?」 「へぇ…タナトスサマって変なとこでシャイなんだな。でも勿体ないなぁ、あの歌、結構人気あるしカッコいいのに」 「私もそう思うんですけど…」 星矢と秋乃がコソコソと会話しつつ壇上に目をやると、タナトスはまだ渋っていた。妙なところでプロ意識が高くサービス精神旺盛な彼がファンの要望に答え ることに二の足を踏むと言うのは珍しい光景だった。つまりはそれくらい自分の歌を披露するのが照れ臭いと言う事なのだろうが…。 あからさまに難色を示しているタナトスに余り食い下がるのも躊躇われるのか、沙織は残念そうな顔で尋ねた。 「いきなり言われても難しいでしょうか?」 「………。ん、まぁ…その、あの歌は人間を見下す傲慢な死神をテーマにした歌ですから…クリスマスのイメージにはそぐわないのではないかと…」 タナトスの妙に御尤もで説得力のある言い訳に、沙織と観客がガッカリしつつも引き下がりかけた時。 月桂樹がマイクの位置を双子神と同じ高さに調整すると、先ほどの演奏で使った楽器を纏めてタナトスが立っている場所まで来て、素知らぬ顔でタナトスのマイクを自分の身長に合わせた高さまで下げた。 その行動の意味が分からずきょとんとするタナトスに茶目っ気たっぷりの笑みを見せて、ハーデスが何かの合図のようにハンドベルを鳴らすと。 デデデン、デデデン、デデデデーンデンデン、デデデン、デデデン、デデデデーンデンデン♪ 何だか聞き覚えのあるメロディをヒュプノスと三巨頭が演奏を始めた。 …タナトスのデビュー曲、『DeadendGame』のイントロだ。 ぎょっとしたタナトスが振り返ると、三巨頭が苦笑しながら頭を下げたり片手を上げたりして『スイマセーン』のゼスチャーをして見せた。ハーデスを見ると、主君は無邪気ににっこりと笑って見せた。ヒュプノスを見ると、弟神はニヤリと薄く笑ってしれっと視線を逸らした。 ほんの数秒で、タナトスは事の次第を理解した。 なるほど、これはつまり。 冥妃の挑発に乗っていらぬ事を言った挙句に盛大に地雷を踏み、必要以上にサービス精神を発揮してあれやこれやと企画を立ち上げた自分への、弟と部下からの『ささやかな仕返し』と言う訳だ。 観客は既に手拍子を始め歓声を上げているし、ここまでされては歌わないわけにはいかない。 どこかの何かが完全にブチ切れたタナトスは、被っていた猫を脱ぎ棄てて凶悪な笑みを浮かべると、ステージ中央のマイクの前に立って息を吸った。 逆切れかヤケクソの開き直りでタナトスが自分の歌を熱唱した後、沙織は一切の無駄口をきかず、心のこもった拍手と『素晴らしかったわ、ありがとう』の言 葉だけを贈ってサクサクと菓子の配布イベントに移行した(タナトスが自身の歌を歌った話題に下手に突っ込んだら彼が変な方向に臍を曲げるのが容易に予感で きたからだ)。 冥闘士達がテキパキと観客を並ばせ、抽選に当たった観客はお目当ての執事から、抽選に漏れた観客は夢の四神やメイドコスの女神からクリスマスの長靴に 入った菓子を手渡しされている(ヘカーテの前には男性客の長蛇の列ができていた)。二階や三階からコンサートを見ていた客には、サンタやトナカイのコスプ レをした冥闘士が菓子を配って回っていた。 今までずっと断り続けて来た『自分の歌を人前で歌う』を勢いとヤケクソで実行してしまったタナトスは、何かを後悔しているような不機嫌そうな無表情でプ レゼントを配っていたが、菓子入り長靴を受け取ったファンから『良かったです、すごく素敵でした!』『応援してます、またライブやって下さい!』と感激し た表情で口々に言われて、最後の観客に長靴を渡す頃にはすっかり上機嫌に戻っていた。 …これなら、話の持って行き方次第で本格的にCDデビューもしてくれるかもしれないわ。まずは『DeadendGame』のプロモーションビデオの撮影か、テレビCMのテーマソングに使いたいって話から持ちかけてみようかしら。 平和な時代が続いたおかげですっかりやり手の実業家になっていた城戸沙織は、金の卵ならぬ銀の死神をどう『育成』していこうかと真剣に考えを巡らせ始めたのだった。 |
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| 書きたいネタが一杯だったのに何故か難産だった10話に比べて割とサクサク書けた11話目です。その代わりと言っては何ですが余り解説する事は無いかな…あ、バレンタインがクリスマス(サンタ)のコスプレしてる所は突っ込むところです(笑)。 神々と三巨頭が演奏&合唱しているクリスマスソングの具体名は決めてないです。お好きな曲をイメージして下さい。そして前半、歌ってるのが ハーデス、タナトス、ミーノスだけ?みたいな書き方なのですが。ヒュプはフルート、アイコさんはトランペットっぽい楽器で口が塞がってるので歌ってないで す。ラダはバイオリンじゃないかと思うのですが、バイオリン弾きながら歌うのは無理かなと。で、琴のタナトスとハンドベルのハーデスと、ピアノのミーノス が歌ってるイメージです。 そして当初の予定ではタナトスの『DeadendGame』生ライブはやらない予定だったのですが、ツイッターでよく私に構ってくれてる方 から『タナトス様DeadendGame歌って!』とコメントを頂いたので歌って頂くことにしました。多分、不意打ちにタナトスに歌わせよう!って話を持 ちかけたのはヒュプで、ハーデスが即座に了承、三巨頭も表面上だけ『ハーデス様のご命令だから…気は進まないけど仕方ないな。うん、仕方がない仕方がな い』って乗ったんだと思います。なのでDeadendGameはタナトスはボーカルに専念して(歌うつもりが全くなかったので譜面すら把握してないの で)、他の皆は演奏しながらコーラス参加してたんじゃないかなーと妄想してます。 本編中で自然に描写が出来なかったのですが、冥闘士達が二階、三階の観客にお菓子を配る時は天井から下がったロープにぶら下がって、サーカスの演目みたいな要領で長靴を配っていたんだと思います。しかし三巨頭以外の冥闘士達、本当に出番がなかったな…。 さて、次ヘカーテのトナカイ着ぐるみの話だ!(笑)。着ぐるみ話はタナトス+ヘカーテの多少甘めな話ですが、後半と言うか最後はハーデスを メインにしたかなり気に入ってるエピになったので、タナトスとヘカーテの甘め話が好きじゃない方は最後だけをお読みください。 |