双子神2012・聖夜
EPISODE 4


 冥界の神々と三巨頭が地上にやってきて三日目。
 名古屋で遊び倒し独自の文化を満喫した彼らは、新幹線に乗って東京に到着していた。21世紀の地上をきちんと訪ねるのは初めてだったハーデスや三巨頭 も、名古屋に滞在していた短い時間で新しい環境にすんなりと順応し、東京駅の人ごみに足を止められることもなく(只者ではないオーラをバリバリ放つ神々を みて自主的に道を開ける人間が多いせいもあるが)駅の案内図を見て迷わずに目的地に行けるようになっていた。
 数分置きに正確に運行する電車に感心しつつ無事に秋葉原に到着した一行は、予めアポを取ってあったメイド喫茶に向かった。




 駅から路地に入り、差し出されるチラシやチケットを笑顔で辞退しつつ歩くことしばし。メイド喫茶らしき店の前に立っていたメイド衣装の女性数人が、一行の姿を見ると小走りに近づいて来た。

「おかえりなさいませご主人様☆お帰りが待ち切れずに外でお待ちしておりましたっ!」
「おかえりなさいませご主人様♪寒い中お疲れ様でしたぁ」
「おかえりなさいませご主人様!さぁ、お入りくださぁい」

 まさか店の外で出迎えられるとは思っていなかった一行が戸惑いつつメイドの後をついて行くと、先頭のメイドが『ご主人様達がお帰りになりましたー!!』と言いながら店のドアを開けた。
 途端。

「おかえりなさいませ、ご主人様〜〜〜〜☆」

 黄色い声が綺麗にハモった。
 入口から店内に通じる短い通路の両側にずらりとメイドが並び、皆きらきらと目を輝かせ頬を染めて皆を…主に見目麗しい双子神を見つめている。
 このメイド喫茶には、城戸沙織から『城戸ブランドの企画で、イメージキャラタナトスとその友人がメイド喫茶の取材に行く』という建前的な連絡が行ってい たはずだが、それにしても店員が多すぎる気がした。店を貸し切った訳ではないので店内には他の客の姿もあったが、どう見ても客より店員の方が多い。
 一行が何かに気圧されて店の入口で突っ立っていると、リーダーらしいメイドが一歩前に出た。

「ご主人様がお友達を連れてお帰りになるって伺ったのでぇ☆今日はお暇を頂いていたメイドも自主的に出勤しておりますぅ♪さ、こちらへどうぞご主人様☆」

 握りこぶしを顎にあてて小首を傾げながらアニメの萌えキャラのような声で事情を説明したメイドは、ミニスカートの裾を翻すようにくるりと回って店の奥に一行を案内した。
 …店は白を基調にパステルカラーの調度品が整えられ、壁際にはステージまで設置してある。そして、そのステージの真正面の『特等席』が不自然に空いていた。皆を案内して来た店員が輝くような笑顔で椅子を引いた。

「さぁ、おかけ下さいご主人様☆」
「………。樹様、どうぞ」
「え?あ?あ、うん、ありがとう…」

 メイドのテンションにまだ付いていけないタナトスがハーデスに声をかけると、『イツキ』と呼ばれることにまだ慣れていないハーデスがワンテンポ遅れて頷いて椅子に腰を降ろした。椅子を引いたメイド は一瞬残念そうな顔をしたものの(恐らくタナトスに座って欲しかったのだろう)、すぐに笑顔になって一旦下がった。双子神と三巨頭も他の店員メイドに椅子 を引かれて腰を下ろすと、複雑な顔を見合わせた。

「何だか、予想以上に店員のテンションが高いですね」
「この寒い季節に店の外にまで店員が出迎えに出ているとは思いませんでしたよ」
「天下の城戸財閥からタナトス様がお越しになるんでしょ?そりゃあ張りきるしテンションも上がるでしょうよ」
「そうか。タナトスはすっかり人間達の人気者なのだな」
「人気者は大袈裟でしょう、ハーデス様」
「タナトス…お前、あれだけインターネットを満喫していながら、自分の名前で検索をかけたこともないのか?お前のファンを自称する人間のブログが大量に出てくるぞ」
「そうなのか?」
「そうなのだ!お前の了解を得ずに撮影したらしき写真も公開されていた故、地上に滞在する間は十分に立ち居振る舞いに気をつけろ。『タナトスが名古屋駅で友達と一緒にドーナツ食べてた』と晒されても私は知らぬからな」
「………。面倒な事だ」

 タナトスはテーブルに肘をついて頬杖をつき、ぶすっとぼやいた。
 …とりあえず、建前である『メイド喫茶の取材』らしい行動をしようとハーデスと三巨頭がバッグから筆記用具を出し始めた時、メイド達がメニューと水とお手拭きを持ってやってきた。

「お手拭きでございます、ご主人様☆」
「愛情たっぷりのお冷やでございます、ご主人様☆」
「本日ご用意できるお食事とお飲物のリストでございます、ご主人様☆」
「御希望の品が決まりましたらメイドをお呼びくださいませ、ご主人様☆」

 差し出されるお手拭きを受け取り、出された水を受け取り、メニューを受け取り、メイドの言葉に頷き、一行は冷たい水を口に含んで漸く一息つけた。
 ぶっちゃけ、張り切り過ぎている感のあるメイドのテンションについていけないのである。
 アイアコスが両手の拳でこめかみをグリグリしてからどこかうつろな眼で言った。

「…で、俺達はここに何をしに来たんでしたっけ」
「メイド喫茶の取材でしょう」
「それは建前だろ。本音の目的が何だったか思い出せないんだけど」
「執事喫茶の執事役をやらねばならぬから、どういう接客をするのか調査をする、だった気がするが…」
「あー、そうだったそうだった」

 どこか自信なさげにラダマンティスが言った言葉にアイアコスが漸く焦点の合った眼で頷いた。

「じゃー入店から水とメニューを出すまでをざっとおさらいしましょうか。間違ってたらツッコミお願いしますよ。まず、上客が来る時は店の前で待ってる」
「そこからですか」
「で、『ご主人様達がお帰りになりましたー!!』と言いながら店のドアを開けて中に客を入れる。他の店員は通路の両側に整列して『おかえりなさいませ、ご主人様☆』と出迎える、と」
「我々がやる時の客は女性だから『お帰りなさいませお嬢様☆』になるな」
「おかえりなさいませお嬢様、と…」
「そして椅子を引いて客を座らせて、水とメニューとナプキンを出す。あ、水には愛情がたっぷり入ってるらしい」
「水に愛情が入っているとアピールしながら出す…重要ポイントですね」

 タナトスとアイアコスの発言をラダマンティスとミーノスがせっせと記述した。
 ハーデスは興味深げにそっと他の客の様子を伺い、ヒュプノスはどこか現実逃避しているようにも見える顔で水を啜っている。
 そこまで確認して皆はやっとメニューを開いた。
 …これまた突っ込みどころ満載のネーミングが並んでいる。

「ひよこちゃんライスとは何だ?」
「写真を見るとオムライスの事らしいですね」
「ならオムライスって書けよ!ひよこじゃもう鶏じゃないか!」
「宇宙的ウマウマカレー…言うに事欠いて『宇宙的ウマウマカレー』…これで出て来たものがレトルトレベルの味だったら出オチも凄まじいぞ」
「『ピンク色すぱげってぃ↑』に比べれば宇宙的ウマウマくらい可愛いものだろう」
「つか、執事喫茶の執事って結局は喫茶店の店員なんですよね?ってことは、にっこり笑いつつ、このアイタタな名前を口に出して言わないといけないんですよね?『お待 たせしました、ひよこちゃんライスでございます。宇宙的ウマウマカレーでございます。ピンク色すぱげってぃ↑でございます。ケチャップで絵をお書きします かお嬢様?』とかって」
「………………」

 アイアコスがわざとらしい笑顔で料理を出すジェスチャーをして見せた途端、想像以上のアレっぷりにハーデス以外の全員が何とも微妙な顔で意識をあっち側に飛ばしかけたが。
 真っ先に意識を取り戻したタナトスが、いや!とアイアコスの言葉を否定した。

「以前も言ったが、執事喫茶の会場はエルミタージュ洋菓子店だ。オムライスもカレーもパスタも無いから、そんな痛い単語を言う必要もケチャップで絵を描く 必要もないぞ。出すものはケーキかパフェと飲み物しかないからな。イベント用に店に無いものを用意するにしてもワインかシャンパン程度だろう」
「ああ、そうでしたそうでした」
「ひよこちゃんライスは本気でご遠慮申し上げたいですからね…」
「あの…デザートの名前が『超カワイイわんちゃんパフェ』とか『ぴょんぴょんウサたんケーキ』って言うんですけど」
「…………」
 
 一難去ってまた一難。
 再びの沈黙を破ったのはハーデスだった。

「イベントに提供するケーキを作るのはベルセフォネーなのだろう?自分の作品である菓子をそんなふざけた名前で呼ぶことを、あいつが許可するとは思えぬが」
「そ…そうですね、言われてみればその通りです」
「ケーキやパフェを変な名前で呼ぶことは冥妃様に却下して頂くとしても、デザートも飲み物も一般的な名前で出すだけではイベントとして面白くない気がするのだが…」
「ちょ…ヒュプノス?優等生のお前まで地上のおかしな文化の影響を受け始めたのか?秋葉原の変な電波でも受信したのか!?」
「そんなもの受信するか!ひとの話は最後まで聞け、タナトス!私はな、『イベントとして面白くないとエリスやヘカーテ様が判断したら、あのふたりはどんな トンデモ提案をしてくるか知れたものではない、デザートを一般的な名前で出す尤もな口実を用意しておいた方がいいのではないか』と言いたかったのだ!」

 ヒュプノスの追加説明に皆が納得して頷くと、メニューを眺めていたアイアコスがデザートメニューの一つを指差した。

「そういうことなら、これはどうですか?『メイドの気紛れケーキorパフェ』。『メイドの気紛れオリジナルカクテル(お客様の目の前でシェイク致します)』っていうのがありますよ」
「客に提供する物に『気紛れ』は失礼では…」
「そうお固く考えるな、ラダマンティス。こういう店の『気紛れ』は『本日のお勧め』と同意義だ」
「…では客として参加する女性達には『クリスマスのお勧め』とかそういう名前のデザートを頼んでもらって、どんなデザートが出てくるかは実物が来てからのお楽しみ、という構成にすればイベントとして成り立つか」
「飲み物には素っ頓狂な名前はついていないようですし、それで乗り切れそうですね」
「そうなると、飲み物に絵を描くくらいはした方がいいでしょうか」
「いわゆるラテアートってやつか」
「そのくらいなら許容範囲であろう」
「デザートは『執事のお勧め(仮)』として、飲み物にはラテアート、と…」
「じゃ、何か頼みますか。ちょうど腹も減ってきたし」

 皆がメニューと睨めっこして頼みたいものを決めると、タナトスが最初に彼らを案内して来たメイドと視線を合わせて微笑と共に片手をあげた。





 注文を済ませて待つことしばし。
 メイドが大盛りのオムライスをハーデスの前に置いた。

「お待たせしましたぁ☆『メガ盛りひよこちゃんライス』でーす♪ケチャップでお絵描きしますよぅ〜何を描きましょうか?」
「ええと…では、犬を三匹描いて欲しい」
「ワンちゃん三匹ですね☆畏まりましたぁ☆」

 意外に絵ごころのある犬を器用にケチャップで描く様子に皆が感心している間に、他のメンバーが注文した料理や飲み物も運ばれて来た。
 ハンバーグプレートのライスやカレーにもケチャップで絵を書いたり、ミートソースのスパゲティを混ぜたり、コーヒーや紅茶にミルクや砂糖を入れてかき混ぜたりしながら、店員メイドがタナトスに話しかけて来た。

「そう言えばご主人様。私も城戸財閥のクリスマスイベントに応募したんですけど、未だに何も連絡が無いんですぅ☆これって落選しちゃったってことですかぁ?」
「残念ながらそういう事かと…当選した方には城戸ブランドから連絡が行って打ち合わせもしていると聞きましたので」
「あーん、残念〜」
「当日のイベントの様子はネットで生中継しますし、執事喫茶イベント後は別会場でお菓子を配りますから、よければ遊びに来て下さい」
「そうなんですか!?じゃあ行っちゃおうかなぁ〜♪」
「お待ちしていますよ」
「ところでこちらのおぼっちゃまはご主人様とどういう関係なんですか?」
「我々が仕える主の親戚…ということでお願いします」
「タナトス様のご主人様はぁ、冥王ハーデス様ですよね☆その親戚って言うと…どの神様かしら♪」

 営業用スマイルを浮かべたタナトスが当たり障りなくメイドと世間話をしていると、大盛りオムライスの三分の一、ちょうど犬一匹分が小皿に分けられてハーデスから差し出された。
 …レトルトレベルかと思ったら意外に美味い、けど『宇宙的ウマウマ』は大袈裟だろう…と感想を言いながら食事をしていると、不意に軽快な音楽が流れ始めた。
 一体何事かと食事の手を止めると、目の前のステージにスポットライトが当たってマイクを持ったメイド達がダンスを踊りながら登場し、同時に店内の客が手拍子を始めた。中にはメイドの名前を呼ぶ客もいる。

「何が始まったのだ?」
「人気メイドによるコンサートイベントのようですね。彼女達、どうやらCDデビューもしているようですよ」
「はぁ…メイドがCDデビュー…」
「今は聖闘士やら神やらがCDデビューしてる時代だからな、メイドがCDデビューしても別におかしくなかろう」
「………」

 ヒュプノスの言葉に、(城戸沙織と龍神秋乃にあれよあれよと乗せられて)CDデビューしたタナトスが何とも複雑な顔でオムライスに描かれた犬を崩していると、パンフレットを眺めていたアイアコスがふと首をひねって爆弾発言をした。

「って事は、俺らもイベント当日はコンサートするんですか?」
「………。エルミタージュ洋菓子店にコンサートが出来るような設備は無いわ」
「執事喫茶イベントが終わったら場所を移動するとかおっしゃってましたけど、その移動先はどうなんです?コンサートが出来る設備があったら、絶対にコンサートを開催しろ!と女神様達はおっしゃいそうですが…」
「……………」

 タナトスの表情と長い沈黙で、皆は『移動した先の会場』にコンサートが出来る設備がある事を否応なしに気付く羽目になった。
 渋々イベントに参加した彼らでも気付く事を、イベントにノリノリの女性達が気付かないはずがない。ならば無茶な要求をされる前に男性陣から先手を打って 無難な案を押し通した方がいくらかマシだ。どうやら女性達は冥妃でありイベント会場を提供する龍神秋乃の意見を尊重するらしいし、予め彼女を丸めこんでお いた方がいい…。
 無言のままで意思疎通した彼らは、顔を突き合わせて作戦会議を始めた。

「イベント当日はクリスマスイブだ、ここを利用しない手は無いぞ」
「クリスマスだからクリスマス絡みの曲を歌おう!と提案するわけですか」
「別に私達が歌わずとも良いでしょう。演奏だけして観客に歌わせるとか、そっちの方が受けるかもしれません」
「あるいはハーデス様がソロで歌うとか」
「ええっ!?お…お前達、余に異国の神を讃える歌を歌えと、そう言うのか!?」
「事情が事情です、そこは目を瞑ってですね…」
「聖域から子供を参加させてクリスマスソングの合唱などさせてはどうでしょう。我々は一歩下がって伴奏をするという事で…」
「良いアイデアだぞ、ミーノス。その方向性で冥妃様に提案するとしよう」

 盛り上がるメイドコンサートを綺麗に無視して、冥王と双子神と三巨頭の作戦会議は熱心かつ真剣に行われたのだった。



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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 名古屋で遊ぶエピソードをばっさりカットしてもまだクリスマス当日にならない「聖夜」4話目です。世間様はもうお正月ムードだって言うのに…orz
 メイド喫茶については、私は一度だけ秋葉原のお店に行ったことがあるのですが、運よくなのか運悪くなのか「メイド以外のコスプレの日」だったらしく、店 員さんはメイドさんではありませんでした。入店した時に「おかえりなさいませご主人様」と言ってもらえなかったのが残念でした(笑)。メイド喫茶のメ ニューやイベントについてはネットで色々調べて、適当にもじりました。しかし、メイド喫茶が出す女性専用メニューの名前は『レディースセット』じゃなく 『お嬢様セット』が適切じゃないかと思うのですがどうなんでしょう。
 閑話休題。
 メイド喫茶内でのやり取りは、執事喫茶の当日イベントを神様や三巨頭と一緒に考える気分でSS書いていました。それにしても難産だった。それに比べて5話目のラーメン屋のだべりがラクで楽しかったこと(笑)。今回のSS、名古屋駅やら シャチボンやらコメダ珈琲やらメイド喫茶やらラテアートやら、ネットで調べることに時間の大半を費やしていた気がします。お陰で雑学知識が増えました (笑)。