| 翌日。 神々と三巨頭は改めてエルミタージュ洋菓子店を訪ねていた。ハロウィンの時に挨拶程度の会話はしたものの、きちんと冥妃に会うのはこれが事実上初めての三巨頭が緊張で顔をこわばらせていると、双子神が微妙な顔で振り返った。 「そう緊張するな。今生の冥妃様は人間として生きて来たお方故、至って気さくな女性だ。…少々風変りではあるがな」 「タイプは違うがキャラの方向性としてはヘカーテ様やエリスにまあまあ近い。あのふたりに接するのと同じようにすれば特に問題は無い」 無茶言うなよ。 内心で思いつつも三巨頭が頷くと、時計を確認したタナトスが『CLOSED』の札が下がった店のドアを開けた。 来客を告げる鈴が鳴ると、喫茶スペースと販売スペースを仕切るカーテンを開けて店長の龍神秋乃が姿を見せた。 「いらっしゃいませ。お待ちしていました」 「お世話になります」 「よ…よろしくお願いします」 龍神秋乃には、今回の訪問の理由は『執事喫茶の具体的内容の相談』と言う事で話をしてある。イベントの会場を提供するのもケーキを作るのも彼女なのでこの訪問理由は決して嘘ではない。 礼儀正しく会釈する双子神と三巨頭、そしてぎくしゃくしているハーデスを見て彼女はにこりと笑った。 「沙織さんからお話は聞いてます、あなたが月桂樹君ね?昨日もお店に来てくれたから、初めましては変かしら」 「覚えていてくれた…ん、ですか?」 「ええ。外国の男の子がお使いに来るなんて初めてでしたから。…でもね」 秋乃は双子神を見てわざとらしく笑顔を引っ込めて小首を傾げて見せた。 「初めてのお使いが心配なのは分かりますけど、せめてお店の入口から見えない場所で見てるべきだと思いますよ?『親戚のお兄さん』」 「気付いておられたのですか」 「………。お二方、自分達がどれだけこの国で目立つか分かってないでしょう?」 「え?あ…。申し訳ありません」 「私に謝る事じゃないですけど…。ただ、ご自身で自覚している以上に見られてるって事は心に留めておいた方がいいと思います」 「分かりました。以後、気をつけます」 昨日の一件を思い出したタナトスが素直に頷くと、秋乃はにこりと笑って神々の後ろに控えた三巨頭に視線を向けた。 ハロウィンの時にさらっと紹介はされたものの、キャラを把握するどころか顔や名前も碌に覚えていない…と言いたげな顔だ。双子神は微かに微笑んで三巨頭を見遣ると秋乃に尋ねた。 「彼らが何者か覚えておいでですか?」 「冥王軍幹部の方ですよね。えっと、確か…冥界、冥界…。あ、そうそう!冥界四天王!!」 「……………」 「……………」 双子神は微妙に笑ったまま、ハーデスはただ妃に見惚れ、三巨頭は困り顔、曖昧顔、真顔でひたすら無言、名前を思い出せなかったので笑いを取りに行ったが見事にスベッた秋乃が笑顔を引っ込めて唇を尖らせた。 「あの…そこは『三人なのになんで四天王なんだよっ!』と突っ込むところでしょう?」 「厨二感溢れるネーミングですねぇ…フフッ、冥界四天王ですか…」 「日本人女性のボケが計算か素か分からない時はとりあえずスルー、と霊界で学びましたので。…で、お前達は何故突っ込まなかったのだ?」 「冥妃様に突っ込みを入れるなどそんな失礼な事出来ません」 「まぁ、フィーリングとしては合ってますから」 「四人目がいたっけ?って真剣に考えてたんですけど、ボケだったんですか」 「正解は『冥界三巨頭』です。こちらからラダマンティス、ミーノス、アイアコス。ちなみにヘカーテ様いわく、眉毛課長、腹黒事務官、バッテンバカです」 「…タナトス様。俺、抗議していいですか」 「ヘカーテ様相手に抗議できるならやってみろ。どんな二つ名をつけられても俺は知らんぞ」 「課長、事務官、バカですね。OK、ちゃんと覚えました!」 「いやいやいや!OKじゃないです!!」 お約束のボケ突っ込みをしながら喫茶スペースに通された冥界御一行はメイド喫茶で『取材』して来たノートを広げて作戦を確認した。 ケーキに痛い名前は付けない。現時点では『執事のお勧め』と仮名を付けたが、より良いネーミングがあれば意見を聞きたい。 エルミタージュ洋菓子店での執事喫茶イベントを終えた後、移動先の会場でコンサートライブをするなら(女神達はやれと要求するだろう)神々と三巨頭は演奏に徹して歌うのは遠慮したい。 女性陣の中で一番発言力がありそうな龍神秋乃の了承を得たいポイントはこの二つだ。 二つに絞れば何とかなるだろうと思っているところに、龍神秋乃がワゴンにティーセットとケーキを幾つも載せてやってきた。 「これ、クリスマスイベント用の試作品なんです。皆さんの感想を聞きたいと思って」 「………。名前はもう決まっているのですか?」 「試作段階だからまだ仮名なんですけど、これが『ホワイトクリスマス』、こっちが『サンタクロース』、これが『クリスマスプレゼント』…」 マトモだ。メイド喫茶基準では無く一般基準でも余裕でマトモの範疇に入る名前だ。 痛いとマトモの境界ギリギリのネーミングできたらどうしようと思っていた男性陣は内心でほっと安堵の息を吐き、テーブルに並べられた試作品のケーキの試食を始めた。 名前がマトモなだけでなく、どれも美味い。エルミタージュ洋菓子店のケーキを食べるのは初めてのハーデスと三巨頭が本来の目的を忘れて試食に夢中になっているので、双子神が当日の相談をする事にした。 「時に秋乃様。イベント当日の執事喫茶は、女性客がケーキと飲み物を注文して我々が提供する…という流れでしたね」 「ええ、そうですね」 「そこで我々からの提案なのですが。提供するケーキの名前は『執事のお勧め』にして、実物が来るまでどんなケーキか分からない、というのは如何でしょう」 「良いんじゃないかしら?絵的に面白そうですし」 「それから、『お絵描き』する食事メニューが無いのでラテアートをやろうかと思っているのです」 「あら…あなた方の方からそんな提案が出るなんて意外」 「何かに絵を描かないと、本来メニューにないオムライスやカレーを用意させてでも絵を描かせそうな方がおられるので」 タナトスが複雑な顔で紅茶に口をつけると、秋乃はクスリと笑った。 「その点はご心配なく。ヘカーテさんもエリスさんも沙織さんも、『執事喫茶を了解してくれただけで十分だからこれ以上贅沢な要求をするつもりはない』って言ってましたから」 「…そうなんですか?」 「はい。だから、ケーキと飲み物を無難に出して淡々と終わるか、サプライズを用意して盛り上げて終わるかは、『城戸ブランドモデル』タナトスさんのプロ意識次第って事ですね」 「………」 龍神秋乃の挑発とも取れる言葉にタナトスの眉がピクリと動き、神々と三巨頭はケーキを試食していた手を思わず止めて顔を見合わせた。 死神の性格から言って、挑発をスルーして無難に終わらせるなど有り得ない。周囲が止めようと聞く耳を持たず、売られた喧嘩は買うに決まっている。 女神の記憶は無くとも流石は冥妃、気紛れで天邪鬼なタナトスの扱い方を良く分かっているな…と、皆は諦め半分で話の行方を見守ることにした。 キリキリと眼差しをきつくするタナトスに、秋乃はにこりと笑って見せた。 「…で、ラテアート以外に何かサプライズの案はあるんですか?」 「………。この店で執事喫茶をした後、菓子を配るために会場を変えますね」 「ええ。ハロウィンで貰ったお菓子のお返しをする、という触れ込みでしたね。それが?」 「聖域あたりから子供の合唱団を招いて、我々が楽器を演奏してクリスマスソングのコンサートのような物でもしようかと」 黙ってればやらずに済んだかもしれないのに、自分からコンサート開催を提案しちゃったよ。 神々と三巨頭はケーキや飲み物を口に入れながら思った。 でも、コンサート開催は覚悟してたし、さりげなく歌を歌う役は他に押し付けてるし、このまま了解を取り付ければ結果オーライか。 …男性陣のそんな甘い予想はあっさりと裏切られた。 「クリスマスソングのコンサートは大賛成ですけど、他人を呼んで歌わせるならやらない方が良いです」 「え」 「えっ?」 「へ?」 バッサリと却下されて、タナトスだけでなく他の皆も目を丸くした。 だってそうでしょう?と、龍神秋乃はワゴンに置いてあった雑誌を開いて見せた。それは以前タナトスが企画段階で皆に見せた雑誌記事の正式版とも言うべき 企画のページだ。『あなたをもてなす執事達』の文字の下には、双子神と三巨頭の写真が掲載されている(ハーデスは仮の肉体作成が間に合わなかったので『秘 密のスペシャルゲスト』という文字だけだ)。 「企画に応募した人も、当日会場に来る人も、あなた達を見たくて来るんです。あなた達がお目当てなんです。少年少女合唱団を見たくて来るんじゃないんです よ。あなた方が裏方に回ったら何のためにクリスマスイブにわざわざ会場まで来たのか分かりません、ガッカリです。そんなことするなら楽器演奏だけのライブ にするか、トークコーナーでもやった方がずーっとマシです」 「…………」 言われてみれば彼女の言い分は御尤も過ぎて、ぐぅの音も出ない。 一瞬で気勢を削がれて動揺したタナトスが、この状況で一番言ってはいけない台詞を口にした。 「…では、秋乃様はどうするのが良いと思われますか?」 「どうって…あなた達が歌うのが最高です。タナトスさんもヒュプノスさんも楽器演奏できるんでしょう?奏でて歌う、最高のライブコンサートです!」 「……………」 絶句するタナトスの足を、卓の下でヒュプノスが踏みつけた。 そんな質問をすればこう返ってくるのが分かり切っていただろうに、これでは我々が歌う以外の選択肢が無くなってしまったではないか。この馬鹿兄貴が!! 皆の気持ちを視線に込めてヒュプノスが睨むと、地雷を踏んだ自覚のあるタナトスは冷や汗をかきながらそぉっと視線を逸らした。 そんな兄弟のやり取りを綺麗にスルーして、龍神秋乃は嬉々として話を続けた。 「私の個人的な意見なので参考程度に聞いて欲しいんですけど。『天使にラブソングを』みたいなスタイルにしたら面白いと思うんです」 「…と、おっしゃいますと」 「最初はオリジナルに忠実に、静かに厳かに歌うんです。使う楽器もバイオリンとかピアノとかクラシックな印象のものがいいでしょうね。そして次は現代風に アレンジした明るくポップなアレンジで歌うの。楽器もエレキギターとかキーボードに変えちゃう。タナトスさんはマジックの腕がプロ並みって設定になってる し、楽器の早変わりなんて神様パワーでちょちょいのちょい、でしょう?一瞬会場が暗くなって次に明るくなった時には楽器が変わってる!なんてマジック、 きっと大盛り上がりですよ」 「ふむ…『天使にラブソングを』ですか。参考に見てみます」 自分達で歌うのは抵抗があるが、楽器早変わりと言うライブの演出は確かに面白そうだ。 割と乗り気になって来た上司と同僚を見て、ラダマンティスが深刻極まりない顔で口を開いた。 「あの…俺は音楽などと風流な物を理解する耳は持ち合わせていないのですが…」 「音が聞こえて口から声が出せれば理解できなくともとりあえず問題なかろう」 「ちょ…タナトス様、もう既に歌う気満々ですか!?」 「え?あ、いや、そう言う訳では…。ただ、冥妃様のご提案ならば尊重せねばと思っただけだ」 「…………」 ラダマンティスの抗議のジト目から慌てて目を逸らして、タナトスは秋乃を見た。 「そ…それはそうと、俺のキャラ設定に『特技は手品』と言うのがありましたね。店でやることが飲食とカードゲームだけでは地味ですから、手品の披露でもしましょうか」 「それはそれでクリスマスっぽくていいんじゃないかしら。必要な小道具があれば大抵のものは用意できますよ。お約束の人体切断マジックに使う手術台とか。…あ、でもここは食品を扱ってるので動物を出されるのは困るな…」 「いくらお約束でも『帽子から鳩が!』のマジックはダメと言う事ですね。ジャックが俺の肩に乗っている程度なら構いませんか?」 「その程度なら大丈夫かな…一度オーナーに相談してみます」 「動物を使わないお約束の手品と言うと…人体切断の他にはどんなものがあります?」 「そうですね…人体浮遊とかかしら」 とりあえずコンサートの具体的内容は横に置いて手品の相談が始まり、ケーキの試食は『文句なしに美味しい』で皆の結論は一致し、プロのパティシエである龍神秋乃にラテアートの描き方を教わって練習がてら世間話をしていると、ふと龍神秋乃が言った。 「そう言えばタナトスさん、昨日ラーメン屋さんで坦々麺を頼んだら雲呑麺が来ちゃって、しかもファンの人に見つかったそうですね」 「え、ご存じなんですか」 「当たり前でしょう。タナトスさんのツイッターくらい私も見てますもん」 「あれは驚きました。ラーメン屋の店員は無反応だったから気を抜いていたら、呟いて十分もしないうちに店を突きとめられましたからね」 「名古屋では皆と一緒に、シャチボンの前でクリスピークリームドーナツ食べてたそうですね」 「……………」 秋乃が笑いながら言った言葉に、エスプレッソにミルクを流し込んでいたタナトスが手を止めて目を丸くした。 ヒュプノスが冗談半分に『タナトスが名古屋駅で友達と一緒にドーナツ食べてた』と晒されても私は知らぬ、と言っていたが本当に晒されていたとは…。 緻密なリーフを描ききって一息入れたヒュプノスが何とも言えない目で兄神を見遣った。 「先日、タナトスと一緒に地上を訪れた時にも話しかけてきたり写真を撮ったりする人間がいたもので私も忠告はしたのです。まぁ、現時点では流れてまずい情報は流れていないようですが…」 「ええ、流れてまずい情報は消してますから」 「………。え?」 龍神秋乃がサラッと言った言葉に神々だけでなく三巨頭も一瞬遅れてきょとんとした。 当たり前のような顔で何気なく発言されたので一瞬聞き流しかけたが、良く考えたらとんでもなくとんでもないことを言っている。 皆の怪訝そうな顔を見て龍神秋乃は持っていたミルクポットをワゴンに置いた。 「タナトスさんとヒュプノスさんにはお話ししましたが、この店のオーナー竜崎は世界的名探偵のLなんです。そして私はLの片腕、私の兄の龍神冬彦は裏社会 と関わりが深いLの連絡窓口。私達兄妹やL自身の安全の為にも、犯罪に対する抑止力としても、私達やLの情報が一般に流れる事は絶対に阻止しなくてはいけないん です」 「ああ、なるほど。俺が秋乃様に頻繁に会っていると、俺の情報から芋蔓式にあなたやLや兄上の情報が流れる可能性があると…」 「はい。このエルミタージュ洋菓子店はL専用のお店みたいなものですし、もともと一切の情報開示を禁止してましたから…ネット上に店の情報が流れたら即座 にLの手の者が消してきたんです。で、私のお店の情報を消すのも、タナトスさんの流れてまずい情報を消すのも手間は大差ないですから、ついでにちょいちょ い、っと」 「…俺が呑気に地上に遊びに来られるのは冥妃様のお陰だったと言う事ですね」 これからは地上訪問も自粛した方がいいかもしれない、と言いたげな顔で呟いたタナトスに、龍神秋乃はにこりと笑って見せた。 「そんな大袈裟な話じゃないから、気にしないでください。流れてまずい情報でも悪意があるものは滅多にないし、私もLも沙織さんもファンの皆も、タナトスさんがお友達を連れて地上に来てくれたらとても嬉しいですから」 「………」 「時代は変わったんです。今の地上の人間は死神を嫌ったり怖がったりなんてしないから、どんどん遊びに来て下さい。ね?」 冷たい死を司る冥界の神すらあたたかく包み込むような春の日差しのような笑顔。 記憶に刻まれた懐かしい微笑みに、タナトスは銀の眼を細めて柔らかく唇を綻ばせて頷いた。 そして。 冥府に帰還した彼らがラテアートの練習をしたり、手品の打ち合わせをしたり、『天使にラブソングを』のDVDを鑑賞したり、いつの間にか嘆きの壁の一角 にギターやキーボードやドラムセットが届いていたり、そんな事をしている間にあっという間に時は流れ、12月24日のクリスマスイブ…城戸財閥主催のイベ ントの日が訪れた。 |
| 星矢部屋 | 総合目次 | SS・2012時代 | SS・神話時代 | SS・蟹座達 |
| 最後まで読んで頂いた時に、「結局ライブやるのかよ!歌う気満々じゃねーか!(笑)」と突っ込んで頂きたいなぁと思いつつ書いた6話目です。 三巨頭の名前を思い出せない龍神秋乃が「冥界四天王!」と言うネタを消化しつつ、楽しく書けました。ヘカーテが三巨頭につけたあだ名、アイアコスは「ス ピード馬鹿」か「バッテン馬鹿」か「高い高い馬鹿」か、散々悩んでバッテンにしました。ちなみにハーデスが全然しゃべってないのは、妃がいるだけで感極 まって言葉が出ないのと、うっかり自分の正体がばれるような失言をしたら大変、と思って黙っているためです。三巨頭が「エルミタージュ洋菓子店のケーキを 食べるのは初めて」なのは、生ケーキは日持ちしないので神々がお土産に買ってくるのは焼き菓子ばかりだからです。 そしてクリスマスイベントの当日に何をやるかもここで予告。コンサートで神々と三巨頭が歌うかどうかは迷っていたのですが、ツイッターでお話してる方か ら「タナトス様、DeadendGame歌って!」というコメントを頂きまして。私の書く世界のタナトスファンの方もきっとそう思うんだろうな、と思って 二次会イベント会場で歌う、という話に持って行きました。タナトスはきっと、挑発されると罠だと分かっていてもハマっちゃうキャラなんだろうなーと思いま す。そして5話で書き忘れたのですが、神様がエリシオンからネットで注文した物は城戸家に一旦届き、神々が地上に行った時に受け取るか神様パワーでエリシ オンに送ってるんだと思います。 んで、地上に遊びに来たタナトスの情報がネットに流れてるけど、その管理はどうなってるか?の設定も公開。エルミタージュ洋菓子店の情報はLの部下が発見次第消している、という設定があったのでそれを引っ張ってきました。 そして「天使にラブソングを」は、2もあるけど1の方がやっぱり面白いと私は思います。 |