双子神2012・聖夜
EPISODE 7


 空は青く透き通っていたが、吐く息はははっきり白く見えるほど寒かった。
 本当にホワイトクリスマスになるかもしれないなぁ。
 星矢は空を見上げて思い、隣にいる姉の星華をちらりと見た。唇に笑みを浮かべ、頬を紅潮させて、どこか夢見るような眼差しで歩いている。目の前の信号が赤でも気付かず渡ってしまいそうで、見ていて危なっかしい事この上ない。

「姉さん、ちょっと落ち着きなよ。さっきからそわそわしすぎだよ」
「そ、そう?そんなにそわそわしてる?」
「してるしてる。歩く時に右手と右足を一緒に出しそうなくらいそわそわしてる」
「そうかぁ。でも、仕方ないよねっ!」

 輝くような笑顔で姉が言った言葉に、星矢は優しく苦笑した。
 何せ星華は城戸ブランドのイメージキャラタナトスの大ファンで、城戸財閥主催のクリスマスイベントである執事喫茶に特別ゲストとして招待されているのだ。しかも星華をもてなす役の執事はそのタナトス本人だと言うのだから、浮かれるなと言う方が無理だ。
 執事喫茶に招待された特別ゲストの中にはタナトスの彼女である女神ヘカーテもいるが、姉いわく『それはそれ、これはこれ。イベントなんだから楽しまなきゃ』なんだそうだ。実に御尤もな言い分である。
 …イベント会場であるエルミタージュ洋菓子店の最寄り駅に着くと、既に一輝・瞬兄弟が待っていた。天気予報で雪が降るかもしれないと言っていたし、予想外のトラブルで電車が遅れることも考えて早めに出てきたら何事もなく到着してしまったのだと言う。
 星矢は腕時計を見て、普段よりも混雑している駅の構内を見回して、うーんと唸った。

「集合時間までまだ時間あるけど、喫茶店とかで時間潰そうと思ってもどこも混んでそうだな。どうする?会場行っちまうか?」
「どうかなぁ…星華さんは招待客だし、僕達は一応観客でしょ。イベントの準備中だったら迷惑にならないかな?」
「準備してるなら手伝えばいいじゃないか」
「執事喫茶の何を手伝うんだ」
「手伝う事が無ければ邪魔にならないところで大人しくしてればいいだろ」
「そうね。混んでるお店に入って、注文した物を待ってる間に集合時間が来ちゃったら大変だわ」
「姉さんはタナトスサマに早く会いたいだけだろ」
「え?えへへ…」
「まぁ星華さんの言う通り、時間を気にしながら喫茶店でお茶って言うのも落ち着かないしね。会場に行ってみて、邪魔になりそうだったら近くのコンビニとかで時間潰せばいいんじゃないかな」

 瞬の提案に一輝が無言で頷き、星矢姉弟も異議が無かったので、少々時間は早かったが皆はエルミタージュ洋菓子店に向かう事にした。




 
 エルミタージュ洋菓子店は『隠れ家』というその名の通り、さりげなく目立たない店構えだ。どのくらい目立たないかと言うと、店の場所を知っている星矢達でさえうっかり店の前を通り過ぎてしまうほどだ。
 …店の前を通り過ぎたことに気付いて引き返して来た星矢達は、店の入り口をデンと塞ぐように停まっているトラックと隠れ家すぎる店を微妙な顔で交互に見た。

「いくら店の名前が『隠れ家』だからって、これは隠れすぎじゃないか?」
「クリスマスイブだからお客さんでごった返してると思ったのに…ガラガラを通り越して誰もいないね」
「エルミタージュ洋菓子店は、クリスマスとかのイベントの日は限られた常連客にオーダーメイドのケーキを作るためにお店を閉めるの。このお店を好きな人はイブに来ても無駄足になる事を知ってるから来ないのよ」
「へぇ〜」
「タナトスサマファンの野次馬くらい来てるかなと思ったけど、それもいないな」
「執事喫茶のイベント会場に関する情報は極秘扱いらしいからな。主催者も『ゲスト参加者』もみんな関係者だから本当に情報が漏れてないんだろう」
「万が一漏れても、城戸財閥の力でどうとでも対応できるんだろうね」

 そんな事を言いながら『CLOSED』の札が下がったドアを開けると、パリッと糊のきいた白いシャツにピシッと線の入った黒いスラックスと言う格好のミーノスといきなり出くわした。
 一瞬驚いた顔をした彼は、胡散臭い爽やか笑顔を浮かべて恭しく一礼した。

「おかえりなさいませお坊っちゃま、お嬢様」
「うっわー、似合ってるけど胡散くせぇ…」
「もう役作りに入ってるんですか」
「いわゆるリハーサルですよ。…さ、こちらにどうぞ。既に皆さんお集まりですよ」
「え、もう?」
「主催者と会場提供者がゲストより遅く来てどうするんです」

 整った眉をわざとらしくそびやかして皮肉っぽく尋ねるミーノスにムッとしつつ、反論できる余地もないので無言のまま彼の後をついて喫茶スペースに入ると、クリスマスイベント参加メンバーが既に全員集合して温かい飲み物を飲みつつクッキーをつまんでいた。
 双子神と三巨頭と夢の四神、そして月桂樹と言う名の男の子ら男性陣はミーノスと似た格好で、龍神秋乃と城戸沙織はクリスマスらしい白を基調にした服装、エリスは いかにも女子大生な格好で、どこかのゴージャス姉妹のようなドレスで来るかと思ったヘカーテは意外にもスーツ姿で眼鏡までかけて いる(相変わらず無駄に胸元を開けて谷間を強調しているが)。そして星矢達が初めて会う青白い髪をポニーテールにした娘は振り袖のような華やかな着物を着 ていた。
 星矢達の姿を見たタナトスは(主に星華に向かって)営業用スマイルを浮かべ、ヒュプノスは視線を曖昧に向け、夢の四神と三巨頭は片手を上げて軽く挨拶し、男の子はもじもじと会釈し、女性陣はにっこりと笑って見せた。
 星矢達が適当に席に着き、三巨頭がイベントの練習を兼ねて飲み物を用意しに行くと、タナトスが青白い髪の娘を指した。

「お前達は確か初対面だったな。…紹介しよう。閻魔の片腕にして三途の川の水先案内人、ぼたんだ」
「初めましてっ!只今ご紹介にあずかりました、ぼたんです!普段なら『西洋で言うところの死神だよ』って自己紹介するんだけど、本物の死神様がいるからそ の挨拶はマズイやーねぇ。死神サミットでタナトス様とヒュプノス様と知り合って、タナトス様に惚れた翌日に失恋して、現在はタダの友達やってまーす。ちなみに絶賛彼氏募集中だよ!よろしくねっ!」
「よ…よろしく…。あ、俺、星矢って言います」
「瞬です」
「一輝だ」
「タナトス様から話は聞いてますよー。神様に手を上げた罪で地獄行きが確定してる人間だ、って」
「…何かヤな紹介だな…」

 ぶつくさ言いながら星矢達が席に着くと、飲み物を運んできた三巨頭が厭味なほど丁寧にティーカップを置いた。
 …当たり障りの無い世間話をしながら出された飲み物とクッキーが無くなった頃、別室に行っていたオネイロスが戻ってきた。

「主催者側の皆さんはそろそろ準備をお願いします」
「ん、もうそんな時間か」
「俺らはどーすればいいんだ?沙織さんからは『映像チェックをお願いね』としか言われてないんだけど」
「聖闘士の皆さんも一緒にこちらに」

 促されるまま星矢達はぞろぞろと別室に移動した。
 喫茶スペースの個室の仕切りを外したらしい広いスペースの真ん中に円卓が置かれ、周囲にはなかなか本格的な撮影機材が準備されている。そしてカメラからは死角になりそうな場所に椅子とテーブル、そしてノートパソコンが三台置かれていた。
 どうもそこが自分達の『指定席』っぽいな…と星矢達が思っていると、オネイロスがその一角を指差した。

「執事喫茶の模様はネット上に生中継されますので、皆さんは映像のチェックをお願いします」
「映像チェックって?」
「秋乃様、エリス様、星華様の顔がネットに流れるのはまずいので…なるべく映さないようなカメラアングルで撮影しますが、はっきり顔が見えている時は、こ の…パソコンに用意してある顔アイコンを画像に被せて下さい。ほぼリアルタイムでネットに中継しますから、光速で作業して下さい。余裕があればサクラとし てコメント投稿をお願いします」
「さらっとスゲー無理難題言ってくれちゃってるよ、この神様」
「これはアテナの指示ですので悪しからず」
「………」

 オネイロスの言葉に反論の余地の無い星矢は、思い切りムクれつつ、ネクタイを締めてベストを羽織り始めた神々と三巨頭に視線を向けた。
 皆、揃いも揃って素材の良さが半端ないので、シンプルな服装が憎ったらしいほどかっこよく見える。
 床に膝をつき、月桂樹のネクタイやベストを丁寧に手直ししているタナトスを眺めながら星矢は声をかけた。

「しっかしタナトスサマ、いくら秋乃さんやヘカーテさんから頼まれたとはいえ、よく執事喫茶なんてOKしたな」
「出来れば拒否したかったのだがな…色々あって引き受けざるを得なかったのだ」
「ハーデスサマが正体隠して秋乃さんに会えるから?」
「…………」
「やっぱその男の子の中身、ハーデスサマか」

 カマかけに引っかかったことに気付いてタナトスが眼差しをきつくした。男の子は戸惑ったように視線を彷徨わせ、ヒュプノスと夢の四神、三巨頭も纏う小宇宙を緊張させた。
 星矢は悪意の無いことをアピールするように屈託の無い笑みを浮かべて見せた。

「そんな怖い顔しないでくれよ、メーヒサマに告げ口なんてしないって」
「………。いつ気付いた」
「だってさぁ、その子がマジで沙織さんの親類だったら、黄金聖闘士が護衛に来るのが筋だろ?あんたらが両脇をがっちり固めてせっせと面倒見てる時点で『城戸沙織の親戚』って肩書きは嘘だなって分かるよ」
「僕は気配と言うか雰囲気で分かりましたよ。一時的とはいえあなたの魂をこの身体に入れていましたからね」
「『今生はハーデスと会いたくない』という秋乃さんの言葉に反することなく、ハーデスが愛しの妃に会える舞台として執事喫茶イベントを提案されたから、あんたらも断りきれなかったと言う訳か」
「まぁ…そんなところだ」

 タナトスは曖昧に答えて立ち上がると、衣装ケースからコスプレ衣装らしい天使の羽と猫耳付きヘアバンドを取り出した。
 まさか猫耳執事をやる気なのか!?とぎょっとする聖闘士達の前で、死神はヘアバンドを月桂樹…ハーデスの頭にスポッと被せた。
 ぴるぴるぴる。
 猫耳を付けた執事姿のハーデスは実に満足げに微笑んだ。
 
「ハーデス様も以前から猫耳執事コスに乗り気でおいででな。女神達から執事喫茶のイベントを打診された時に二つ返事で了承されてしまった故、我々は拒否できない状況になってしまったのだ」
「冥王サマの保護者も大変だな」
「…まぁ、決まってしまったものは仕方がない。事情はどうあれ引き受けたからには我々も手抜きはせぬ」
「どこかの誰かが余計な事を言ったせいで、やらずとも済んだ事をやる羽目になってしまったがな」
「…………」

 ヒュプノスの皮肉な物言いにタナトスは不満気に唇を曲げたが、後ろめたいのか反論はせずにふいっとそっぽを向いた。
 そう言えば、『無難に執事喫茶をやって菓子を配るだけではイベントとして盛り上がらないだろう』と神々と三巨頭がオリジナルの企画を立てたらしいと沙織は言っていた。具体的な内容は当日のお楽しみと言う事で秘密だったらしいが…。
 何をするのか気にはなったが、先に聞いてしまっては面白くないだろうと星矢達は用意された席についた。
 

 


 一方その頃。
 女性達が残った控室にカメラマンや他のスタッフが入ってきて撮影の準備を始めた。城戸財閥主催のクリスマスイベントをネット中継した後は、映像を適当に編集して城戸ブランドのPRビデオとして使うらしい。
 エリスは忙しく動き回るスタッフを面白そうに眺めながら半ば独り言のように言った。

「にしてもさぁ、兄貴達がここまで乗り気になるとは予想外だったよ。執事喫茶をOKしただけで儲けもんだと思ってたのにさ」
「タナトスは変にプライドが高いからな。一度やるとなったらとことんやらないと気が済まないんだろ」
「どんなサプライズがあるのか楽しみですわね。秋乃さんは内容を御存知らしいけど」
「私も詳しくは聞いてないですよ。『こんなことやったら面白いんじゃないかしら』くらいの話をしただけで…うふふ」
「意味深な微笑みだねぇ。ま、先に種明かしされちゃったら面白くないから今は聞かないでおくけどさ」
「ああ、緊張します…星矢にも言われたけど、右手と右足が一緒に前に出ちゃいそう」
「だいじょーぶだいじょーぶ。転びそうになったら私達か兄貴が支えるから。…お、準備できたかな」

 カメラやマイク、ライトのセッティングが終わってスタッフが配置に着くと、『城戸家の執事役』になったラダマンティスが部屋に入ってきて丁寧に会釈した。

「お待たせしました、お嬢様方。準備が整いましたのでこちらにどうぞ」

 エリスがウキウキした足取りで真っ先にラダマンティスについて行き、星華がぎくしゃくと、その後ろをぼたんと秋乃と沙織が、最後にヘカーテが色っぽい仕草でカメラに目線を向けながら続いた。




 用意された部屋に通された女性達は、『お嬢様を迎えに出て来た執事達』の姿に思わず目を丸くしてほうっと溜息をついた。
 中央に猫耳ヘアバンドと天使の羽を付けた月桂樹ことハーデス、その両隣には背に翼を広げた双子神、双子神の両側にはアイアコスとミーノス、そして夢の四神が並んでいる。
 ぴるぴるぴる。
 蜂蜜色の髪から覗いた猫耳が動くと、ハーデスがにっこりと笑った。

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 おかえりなさいませ、お嬢様。
 ハーデスに続いて神々と三巨頭が恭しく一礼してお約束のセリフを復唱すると、ハーデスが一歩前に出た。

「お嬢様方に楽しんで頂けるようサプライズも用意しました。どうぞ心行くまでお楽しみください」

 可愛らしいボーイソプラノでイベント開始を宣言した冥王は、頬を紅潮させて丁寧にお辞儀した。



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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達



 漸く、漸く、クリスマスイベント当日の時間軸までこれました。イベントが始まったばかりでもう7話目だよ…!そして星華さんがタナトススキーになってる 経緯も私の脳内におさまったまま…後日きちんとSSにします、サーセン、本当サーセン。星華さんはタナトスに殺されかけた事はすっかり忘れてて(そもそも 『冥界の彼方から死神が神様パワーであなたを殺そうとしてたんだよ』と言われても普通の人は実感わかないですよねぇ)、城戸財閥系列の会社で働いている 弟・星矢の繋がりで城戸ブランドのアクセサリーを愛用していて、弟と死神が友人付き合いをしてるなんて全く知らずにタナトスファンになっていたのです。 星矢に頼んでタナトスに会わせてもらったこともあります。
 星矢達三人も出したいと思っていたのですがどういう役どころで出すか散々悩みました。タテマエは『アテナ達の護衛』でしょうが、実際の役回りは何か なぁと。悩みに悩んで、ネットに流す映像(動画)のチェックと修正を光速(高速ではないw)でやる、という役目で出て来ていただきました。多分、ニコニコ生放送みた いなことをしてるんだと思います(笑)。
 後は細かい解説など。
 ちなみにお店の前に停まってるトラックはカメラとかライトとかの機材を運んできたんだと思います。
 夢の四神はアシスタントとして参加しています。当初は三巨頭では無く夢の四神を執事役にしようかと思ったのですが、お嬢様役の女性キャラが足りないこと、キャラの書き分けが難しいことで三巨頭になりました。
 ヘカーテの服装は、『ネウロ』17巻でジェニュインが来てたような無駄にお色気バリバリなスーツだと思います(笑)。エリスの格好は弥子の私服みたいな感じかな。
 会場に集まったメンバーのほぼ全員が『月桂樹=中身はハーデス』と気付いていますが、その他の冥界・聖域関係者は知りません。本気で城戸沙織の親戚だと信じています。
 ハーデス様は猫耳装着に乗り気だったので、彼だけ猫耳付けてます(笑)。ハーデスの翼はコスプレ用の作りものですが、双子神の翼は自前です。対外的には『手品が得意なタナトスのイリュージョンです』とでも説明してるんだと思います。