双子神2012・ 聖夜
EPISODE 9


 執事喫茶の撮影 が一時中断されて、撮影スタッフ達と聖闘士達が協力してテーブルを動かし、部屋の半分に椅子を観客席のように並べた。残り半分はタナトスが手品を披露する ためのスペースらしい。

「タナトスサマ、あんたのショーの準備なんだろ?ちょっとくらいは手伝ってくれてもいいんじゃねーの?」
「馬鹿を言え。我々が今休憩せずいつ休憩するのだ。そもそも衣装に皺や汚れが出来たら興醒めであろうが」
 
 ゆったりと椅子にふんぞり返ってコーヒーを飲んでいるタナトスに文句を言ったものの、あっさりと反論の余地の無い言葉が返ってきて星矢は頬を膨らませる 羽目になった。
 まぁ確かに、双子神の淡く光を放つ翼は星矢達でも見惚れるほど美しいし、彼らを女性達から離そうものなら怒涛の文句を言われそうだ。それに秋乃とハー デスも何やら良い雰囲気で雑談しているし、ハーデスが失言した時にフォローしなくてはいけないから迂闊に彼の傍を離れるのは無理なのだろう。
 …椅子を並べ終わると、夢の四神が手品用のスペースの真ん中に身長計を運んできた。身体測定でおなじみの、足の形が描かれた板に目盛りのついた柱が立っ ている、身長を計るアレである。
 手品の小道具なのだろうが何に使うのだろう?
 星矢が怪訝そうな顔をしていると、手品スペースの片隅に三巨頭がバイオリンやトランペットを持ってやってきて、星矢はますます怪訝そうな顔になった。

「準備完了です、タナトス様」

 オネイロスが報告すると、タナトスは浅く顎を引いてカップを置いて立ち上がった。ヒュプノスとハーデスもその後に続き、双子神は身長計の両側に、ハーデ スは双子神の間に立った。
 カメラが回り始めると、月桂樹が大袈裟にネクタイを締め直して両手を広げた。

「レディース、アーンド、ジェントルメーン!お待たせしました、死の神タナトスのマジックショー開始です!拍手ぅ〜!」

 ハーデスの言葉に『観客席』に座った女性達と夢の四神が拍手して、放送が始まった動画コメントにも拍手の文字が流れた。
 月桂樹はタナトスを振り返って尋ねた。

「…と言う訳で。何の手品を披露してくれるのかな、タナトス?」
「定番を押さえて『人体浮遊』と『人体切断』の二つです」
「鳩は出さないのか?あれも定番だと思うのだが」
「出したかったのですが、会場が喫茶店なので…喫茶店で鳩を出すのはまずいと言われたのですよ」
「何だ、残念」
「んー…では、その代わりと言っては何ですが違う動物を出しましょうか」

 何だか台本に則ったような会話を交わしたタナトスは、背中に手を回して何やらごそごそしてからひょいとシルクハットとステッキを取り出した。
 シルクハットを逆さにして持ち、銀の神は帽子のつばを軽くステッキで叩いた。

「出番だぞ、ジャック」
「キキッ!」

 …シルクハットの中から蝶ネクタイとベストを付けた小さな猿が出て来た。
 タナトスの腕を伝って彼の肩に乗った猿がぺこりとお辞儀をすると観客席から歓声と拍手が起きた。特に星華は目を輝かせてひときわ熱心に拍手していた。 ジャックは彼女の勤めるペットショップで売れ残っていた猿で、タナトスが星華に会いに来た時にその場の話の流れで彼が引き取ったという経緯があったからで ある。
 観客の反応に満足げに微笑んだタナトスは、肩に乗った猿に声をかけた。

「さあジャック。この手品で宙に浮いてもらうお嬢様を呼んで来い」
「キャッ?」
「『誰?』って…ゲームの一回目で敗者になった人だ。ちょっと耳を貸せ」

 にゅーっと身体を伸ばしてタナトスの口元に耳を寄せると、猿はうんうんと頷いて彼の肩から飛び降りた。
 皆が微笑ましく見守る中、ジャックはちょこちょこと『観客席』に走って行ってひょいと星華の膝の上に乗った。

「え…私?」
「キキッ!」
「ではお嬢様、前にどうぞ」
「あ…は、はい…。罰ゲームってこれだったんですね」

 タナトスに促された星華は猿を抱いておずおずと前に出た。
 銀の神はそつの無い笑みを浮かべたまま恭しく星華を身長計の前に誘導すると、傍らに置いてあった底の厚いブーツを差し出した。

「ではお嬢様、こちらの靴に履き替えて下さい。履き替えたらこちらの身長計に乗って下さい」
「分かりました」
「………」
「兄貴、靴を履き替えることに何の意味があるの?」
「よくぞ聞いてくれた、妹よ。これはな…」

 星華が質問してくれることを期待していたのにアテが外れたらしいタナトスが、エリスの質問に嬉しそうに答えた。

「ハンドパワーの伝わりを良くするための特殊な靴だ!」
「………。兄貴さぁ、突っ込みどころはいっぱいあるんだけど、とりあえず…。マジックなのに種や仕掛けを用意してどーすんのよ」
「種も仕掛けもないぞ。これはあくまでも道具だからな」
「靴を履き替えましたか?ではこちらの台に乗って…そう、足の形に合わせて、柱に背を付けて立って下さい」

 このままエリスと素の状態で会話させては『ブランドモデル』のイメージが崩れかねないと判断したヒュプノスがさりげなく兄妹の会話を終わらせた。
 言われるまま星華が身長測定の要領で身長計に立つと、ジャックが柱に登ってスケールを星華の頭の位置まで下げて来た。カメラが測定値を映すと、 『170cm』の目盛を指している。
 タナトスは持っていたステッキをくるりと回すと星華に差し出した。

「ではお嬢様、この道具に種も仕掛けもない事をご確認ください」
「はい。…うん、何もないです。紐もついてないし、とても軽いから中に何か入ってることもなさそう」
「結構。ではその杖を両手で持ってバンザイのポーズを取って下さい」

 あからさまに胡散臭い指示を出された星華が素直に杖を持って両手を上げると、部屋の一角に控えた三巨頭が楽器の演奏を始めた。
 チャラララララ〜〜〜♪
 手品のBGMでおなじみの『オリーブの首飾り』だ。しかも無駄にレベルが高い生演奏である。
 タナトスは営業用スマイルを浮かべ、ヒュプノスは無表情のまま、片手で身長計の柱のてっぺんを指し、もう片方の手を星華の頭に乗ったスケールに軽く添え た。さすが双子と言うべきか、鏡に映した様な完璧な左右対称だ。
 …と。
 万歳ポーズで身長計に乗っていた星華の身体が台から少し浮いた。
 双子神がゆっくりと彼女の頭に乗っていたスケールを押し上げると、その分だけ星華の身体も浮いて行くのだ。
 観客と動画のコメントで拍手が起きると、星華も目を丸くした。

「え、ええーっ!?本当にこれ、浮いてるんですか?え、磁力とか?」
「種も仕掛けも有りません。ハンドパワーです」

 タナトスは得意気なドヤ顔で断言した。
 スケールの目盛りは180cmまで行っている。つまり星華の身体は10cm程浮いていると言う事だ。
 驚いた彼女は最早バンザイポーズを取ることも忘れて片手でステッキを持っていて、ステッキに種も仕掛けもない事を結果的にアピールしている。
 神様パワーで星華の体を浮かせているのだから本当に種も仕掛けもないのだが、小道具と演出でギリギリマジックに見えなくもない絶妙の匙加減だ。

「ではお嬢様、ゆっくりと腕を降ろして下さい。一応俺達も支えますが、しっかりと握っているようお願いします」
「はっ?あ、はい」

 言われて初めてステッキから片手を離していたことに気付いた星華が両手でステッキを握ってバンザイポーズを取り直すと、双子神がステッキの両端を持って ゆっくりと降ろし始めた。見た目的には体操選手が鉄棒の競技を始める体制に入った時のポーズに近いが、双子神はステッキに軽く手を添えているだけだし星華 も腕に力は入れてないし、良く見ると色々と物理法則的に不自然である。
 彼らが本物の神だと知っている星矢達でも感心していたのだから、『城戸ブランドモデルのタナトス=神様キャラを演じている手品が得意なガイジンサン』と いう認識で動画を見ている人間達は、予想以上の『マジック』に驚いたり感心したり疑ったりしているらしい。動画の実況画面に『いかにも胡散臭い演出してる けどさりげに凄いことやってるぞ』『プロのマジシャン顔負けだな』『いつの間にかシルクハットも消えてるし…すげぇ』『実は踏み台とかあるんじゃねーの? ネットに流す前に画像加工して見えなくしてるだけでさ』などとコメントが流れている。
 そんなコメントをちらりと見たタナトスは(マジック中の彼らでも見える位置にパソコンが置かれて動画が流れているのだ)ニヤリと笑うと、身長計を星華か ら離すように動かした。心得た夢の四神がさっさとそれを片づけると、星華は双子神が軽く手を添えているだけの軽いステッキを掴んだまま何もない場所に立っ ている形になった。

「さてお嬢様。つかぬ事をお伺いますが体操は得意ですか?」
「え…と、学生時代は体操部でしたから、それなりに…」
「それは好都合。ではこの杖を鉄棒に見立てて体操をどうぞ。大丈夫、ハンドパワーで支えていますから落ちる事はありません」
「え?え?あ。は、はい」

 タナトスの言葉をきちんと理解したとは思えないが、すっかり雰囲気にのまれたらしい星華は言われるままにステッキを鉄棒のように掴んでくるりと 前転した。数回くるくると前転して、次は逆上がりの要領で後ろにくるくると回る。その間、双子神はステッキに軽く手を添えて時折上下させるだけだ。
 場にいる観客と動画の観客が拍手喝采すると、双子神はひときわ高くステッキを掲げ、星華が勢いよく前転した瞬間にパッと手を離した。

「!?」

 途端、支えを失って落下する星華を、タナトスがお姫様抱っこで受け止めた。
 
「これにて人体浮遊のマジックは終了です。ご協力ありがとうございました、お嬢様」

 拍手の大きさに御満悦らしいタナトスは、満足げな笑みを浮かべて星華の頬に軽く唇を触れさせるとそっと彼女を床に降ろした。
 顔を真っ赤にした星華が靴を履き替えることも忘れてふわふわした足取りで『観客席』に戻ると、ハーデスがまた双子神の間に戻ってきた。

「はいっ、ありがとうございましたお嬢様!では続いて人体切断のマジックに移ります!…と言う訳でタナトス、ホワイトクリスマスを鮮血で真っ赤に染めてく れるお嬢様はどなたかな?」
「例によってジャックに連れて来て貰いましょう。…ジャック」
「ウキッ」
「二回目のゲームで敗者になったお嬢様を連れて来てくれ」
「キャッ!」

 タナトスの肩から飛び降りたジャックは観客席まで走って行って、ふと首を傾げて帰ってくると、スルスルと死神の肩まで登って耳に何か囁く仕草をした。

「何だ?…『二回目の敗者を聞き忘れた』だと?」
「キー」
「話を最後まで聞かずに行動を起こすところはお前にそっくりだな」
「………」

 タナトスは微妙な顔で猿に何かコソコソと囁き、ジャックはしきりにうんうんと頷いてタナトスの耳に何か囁く仕草をしてからぴょんと下りた。
 勿体ぶるように『観客席』を行ったり来たりする小猿を見ながらヒュプノスが兄神に尋ねた。

「ジャックは何と?」
「『非リア充が負け犬の遠吠えしてるよ』だそうだ」
「………」
「俺が言ったのではないぞ?文句を言う相手を間違えてもらっては困るな」

 睨みつけるヒュプノスにタナトスは片眉をそびやかしてとぼけて見せた。
 どこまでが台本でどこまでがアドリブなのか判別が難しい会話を双子神が交わしていると、客席を歩き回っていたジャックがぼたんの座った椅子の背もたれに 飛び乗って青白い髪を引っ張った。

「え?わ、私?イブに斬られちゃうお嬢様って私なの!?」
「キー…」
「いや、ちょ、そんな『御愁傷様です…』みたいな声で鳴かないでよっ!」
「お嬢様、猿相手の漫才は結構ですのでさっさと前に出やがって下さい。時間が押してますので」
「え…坊や、可愛い顔してキッツイねぇ…むしろその突っ込みはそこのイケメンさんに入れて欲しいとこだけど」

 月桂樹の毒舌に味のある返しをしつつ振袖姿のぼたんが立ち上がると、オネイロスとモルペウスが病院で患者を運ぶ時に使うような簡易なベッドを出して来 た。勿論と言うべきか、龍神秋乃の兄であるK病院院長龍神冬彦に無理を言って借りて来たものだ。
 ぼたんが大人しくベッドに乗ると、ふたりは簡易ベッドを双子神とハーデスの前に動かして下がった。
 タナトスはこほんと一つ咳払いしてベッドの隙間に手を入れるとシーツを取り出した。

「では人体切断のマジックにかかりますが…実はぶっつけ本番の初体験ですので、覚悟を決めておいて下さいお嬢様」
「へっ?」
「辞世の句などあれば今のうちに」
「いやいやいやいやいやいや!ちょ、死神のタナトス様に真顔でそういう事言われると本気で洒落にならないんですけど!?」
「さすがお嬢様、鋭い突っ込みです。その調子でお願いしますね」

 にこやかに微笑みながらタナトスとヒュプノスはシーツの両端を持ってカーテンのように広げた。そして何故か、月桂樹がシーツの後ろに潜って行った。
 怪訝そうな顔をする観客達を見遣って、双子神が同時にシーツを離すと…今さっき裏に潜って行ったばかりの月桂樹の姿が消えていた。無論、シーツで目隠し した裏側に通路などは無い。
 得意気な笑顔で両手を広げる双子神の姿に、簡易ベッドに乗ったぼたんも思わず拍手してふと我に返った。

「ちょいとタナトス様!時間が押してるって言いながらなーにを無駄な小技マジックやってんですか!やるならとっととやっちまってくださいよっ!」
「無駄とはお言葉ですね。これも人体切断マジックに必要な仕込みなのです。普通に退場して普通に登場しても面白くないでしょう?」
「はぁ…?」
「さ、彼が戻る前に準備をしましょう。ベッドに横になって下さいお嬢様」
「はいな。…ベルトで固定までするなんて、大掛かりですねぇ」
「ええ。麻酔は使いませんので、痛みで暴れられては困りますから。あ、痛かったら暴れずに左手を上げて下さいね」
「待った待った待ったぁぁぁぁ!一体どこの歯医者さんですかぁぁぁーーーー!!つーかこんだけガチガチに固定して左手上げるも何もないでしょーがぁぁぁぁぁ!!」

 ぼたんが盛大に突っ込むと『観客席』から笑いが漏れた。実況中継の動画にも『ナイスツッコミだお嬢様』『執事真顔で大ボケかますなw』『正に神がかり的 な超展開』『つかマジックしろよw』とコメントが流れている。
 ぼたんのベルト装着を終えると、双子神がにこやかに微笑んでふたり同時に部屋の入口を指した。

「さ、彼の準備が出来たようです」
「そう言えば坊やは何のために一旦退場したんです?」
「お嬢様を切断する準備をしに…」
「ちょいとーーー!!肝心カナメの切断シーンを他人にやらせるってアナタそれでもマジシャンですかーーー!!!」
「何をボケてるんですお嬢様。俺の本職は死神、手品はただの趣味ですよ」
「あうっ…」
「さぁ、ではお嬢様切断係の入場です!」

 タナトスの言葉にカメラが部屋の入口を向いてパンタソスがドアに手をかけると、同時に三巨頭が楽器の演奏を始めた。
 デンデンデン、ジャーン、デンデンデン、ジャーン。デンデンデン、デデデ、デデデーン。デーデーデン、デデデン、デデデーン♪
 …どこかの映画で聞いたことのあるBGMで、これまた無駄にレベルの高い生演奏である。
 皆の注目をたっぷりと集めてからパンタソスがドアを開けると。
 黒い仮面と黒い兜をかぶって黒いマントを羽織り、そしてチェーンソーを持ったハーデスが重々しい足取りで部屋に入ってきた。
 観客席の皆が腹を抱え涙を浮かべて笑い転げる中、ぼたんは思わず叫んだ。

「何でダースベイダーがチェーンソー持ってんのよぉぉぉ!そこはライトセイバーでしょうがぁぁぁぁぁ!!」



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星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達



 どこまで書くか 悩みつつ、切りのいいところまで…と思ったら随分と長くなってしましました9話目です。星華さん絡みのマジック部分は余りネタ要素が無 く、頭の中の絵をどう表現するかうんうん悩んで書いたのですが、ぼたんパートに突入してからは割とサクサク筆が進みました。ここから先は盛大に悪ふざけす るつもりです。ハーデス様コスプレネタは考えててニヤニヤしちゃうほど楽しかったです。
 人体浮遊に星華さん、人体切断にぼたん、という展開は最初から決めていました。カードゲームも双子神が神様パワーで操作して『敗者』を決めています。星 華さん人体浮遊ネタは、当初は『棒に掴まった星華さんが宙に浮く』という展開を考えていました。いかにも棒を紐で釣って持ち上げてます、的な絵なんだけ ど、棒に紐がついてないことは事前に確認してるし紐で吊ってるだけでは出来ない動きをする…みたいな。色々悩んで、そのシーンを文字で表現するのは難しい し淡々としすぎてるなーと思って身長計を小道具と言う流れになりました。けど、そのせいで星華さんのやり取りが没になったのでちょっと残念。
 ↓没になったやり取り
タナトス 「時にお嬢様。体操の経験があったりとか、懸垂が得意だったりとかしますか?」
星華 「ああ、はい。学生時代は体操部で懸垂もよくやってました」
タナトス 「お嬢様」
星華 「はい?」
タナトス 「空気読め(笑顔)」
星華 「はっ!?あああ、すすすすすいません〜〜!!」

ちなみに手品でおなじみのBGM『オリーブの首飾り』



別名T部長のテーマ『帝国のマーチ』