世界の中心でLを叫ぶ

  そこは、幼い子供の声がたくさん聞こえる建物。玄関のドアの上には『Wammy's HOUSE』の文字。恵まれない子供達を広く受け入れる、とある発明家の建てた養護施設だ。その施設の中庭、色とりどりの花が植えられた花壇のまん中に黒 い表紙のノートがぽつんと落ちている。
 地面に落ちてからかなり長い時間がたっているのに、そのノートはきれいなままで、誰かが拾ってくれるのを待っているふうだった。
 ぴちょん。
 黒い表紙に紫陽花の葉にたまった水滴が落ちた。小さな男の子が赤い花の陰から顔を覗かせ、ノートを見つけて小首を傾げた。
 何だろう?
 幼さ故の好奇心で男の子はノートに近付き、拾い上げた。地面に落ちていたのに泥も汚れもついていない。ぱらぱらとめくってみたが文字も絵も書かれていない。
 男の子はノートの裏も表も中身もじろじろと眺めた。黒い表紙も隅から隅まで見たが、どこにも名前は書いていない。院では自分の持ち物には必ず名前を書くことになっているから、誰かの落とし物でもないらしい。
 男の子は納得したようににっこりと微笑んだ。

(誰のものでもないなら僕が貰っちゃおう)

 院では『他の子とは違う自分だけの物』を持つのは難しい。先生はみんなに同じ物を同じ数だけあげるし、おもちゃはみんなのものだからひとりじめは出来ない。『他の子とは違う自分のもの』を持てるのはすごく嬉しいことだった。
 男の子は上機嫌で自分の部屋(といっても二人で一つの部屋を使っているのだが)に戻り、机の引き出しからペンを取り出した。誰かに見つかって取られてし まう前に名前を書いておかなくては。早速ノートの表紙に名前を書こうと思ったが、真っ黒なのでどの色のペンで名前を書いても全く見えない。

「しかたないや、じゃあ最初のページに名前書いとこう。それでもいいよね」

 自分で言って自分で納得。男の子は表紙をめくって最初のページに自分の名前を書いた。書き終わってからしげしげと眺めたが、昨日先生から教えてもらった自分の名前のつづりと何か違う気がする。

「ここはこうだったっけ」

 もう一度書いてみたがこれも違うようだ。今度こそと思って書いた3回目もどこか違うような気がする。男の子は腕を組んでノートを睨み付けた。どこがどう違うのか悩んでいると、バタンとドアが開いてルームメイトのケイが戻って来た。

「あれっ、お前もう戻ってたんだァ」
「あ、ケイ。ほら、これ見てよ。僕のノートだよ、こんな真っ黒でかっこいいの、誰も持ってないだろ」

 早速男の子は拾ったノートを見せた。予想通りケイは羨ましそうな顔で近付いて来た。

「何それ?貰ったの?」
「拾ったんだ、庭に落ちてた」
「いいなぁー」
「上げないよ、僕の名前書いちゃったから、もう僕のものだよ」
「見るだけ、見るだけならいいだろ?」
「…しょうがないなぁ…」

 さっき拾ったばかりの、真っ黒い表紙のかっこいいノート。他の子だったら絶対に触らせないけど、ケイは院での一番の仲良し、だから特別。渋々ノートを差し出した。ケイは羨ましそうにノートを眺め、表紙をめくってあれっと言った。

「お前、自分の名前書いたって言ったけど、間違ってるじゃん」
「え、そうなの?」
「これじゃあ『名前を書いたから自分のもの』とは言えないよ。だって間違ってるもん」
「ええーっ?」
「だからこれはお前の物じゃないよ。僕にちょうだい!」
「ダメだよ、拾ったのは僕なんだから!」
「じゃあ最後のチャンスをやるよ。もう一回お前が名前を書いて、それが合ってたら僕はそのノートを諦めるよ」
「……約束だからな」

 男の子はもう一度、必死に昨日教わったつづりを思い出して自分の名前を書いた。
 どうだとばかりに差し出したノートを見て、ケイはニンマリと笑った。

「残念、違うよ。これでこのノートは僕の物だね」
「ちょっと待てよ、そういうケイは自分の名前ちゃんと書けるのか?」
「書けるさ。じゃあ一回で僕が自分の名前を正しく書けたらこのノートは僕の物ってことでいい?」
「うん、いいよ」
「男の約束だぞ」

 もう一度念を押して、ケイは男の子の名前の下に『Kei.Wammy』と自分の名前を書いた。絶対に間違っていないと言う自信に満ちた笑みを浮かべてケイはノートを見せた。

「どうだ?」
「う…」
「合ってるだろ?これでこのノートは僕の…」

 ばさり。
 ケイの手からノートが落ちた。ノートを掴んでいた手が胸を掴み、ケイが床に倒れ込んだ。男の子は慌ててケイを助け起こした。ケイは真っ青な顔でぜぇぜぇと息をしている。

「ケイ!?ケイ、どうしたの!?」
「く…るし………」
「ケイ!…誰か、誰か来てぇ−っ!ケイが大変だ!誰かァ−ー−ーッ!!」

 男の子は部屋の外に飛び出して大声で叫んだ。自分の声の余韻が消えた時には、ケイの苦しそうな息遣いも聞こえなくなっていた。

 

 

 男の子はベッドの上で膝を抱えて、部屋の反対側に置かれた空っぽのベッドを見つめていた。今朝までそこに寝ていたケイは、もういない。青白い月の光が窓枠で切り取られ部屋の中を四角く照らし出している。彼の傍らに置かれた黒いノートはうっすらと光っているようだった。
 救急車が来て倒れたケイを運んでいった後、警察の人が来て、院長先生と話をして、男の子にケイが倒れた時のことを教えてと言って来た。
 彼は『おもちゃの取り合いをしていたら急にケイが倒れた』とだけ答えた。ノートに名前を書いたら倒れたなんて、きっと信じてもらえないと思ったから。
 警察の人は不思議そうな顔をして帰っていった。それからしばらくして、院長先生はみんなを集めてこう言った。
 ケイはね、天に召された。神様のところに行ったんだよ。
 男の子は今日からこの部屋に一人きりになった。この部屋を独り占めしたいといつも思っていたのに、いざ独り占めしてみると全然楽しくも嬉しくもなかった。
 彼はそっとノートを摘まみ上げて最初のページを開いた。
 ところどころ間違えた自分の名前が4つ、間違いなく書かれたケイの名前が一つ。

「…このノートに間違えずに名前を書いたからケイは神様のとこに行っちゃったのかな…。これって、神様のところに行きたい人がちゃんと名前を書くと、神様に召してもらえるノートだったとか?でも真っ黒って変だなぁ…ひょっとして悪魔のノート?」

 呟いた途端に月明かりが遮られた。男の子の上に落ちる大きな影。
 喉が震えて声が出ない。怖くて振り向くことも出来ない。
 だって、窓に寄り掛かってる僕の後ろにそいつはいて、人間とは思えないほど影は大きくて、しかもその身体からは羽が生えているんだ!

「ん、とてもいい読みだ。お前は頭がいいなぁボウズ」
「………」
「それは悪魔のノートじゃなくて神様のノートだ。ただし、死神だがな」

 男の子は恐る恐る振り向いた。満月を背負った無気味な影。人とは懸け離れた異形の姿。骸骨のような顔から布のような髪を生やし、手足は異常に長く、背中からはコウモリのような羽が生えている。
 彼は恐怖と驚きですくみ上がり、悲鳴すらあげることが出来なかった。
 『それ』…死神は、ひょろ長い指でノートを摘まみ上げて表紙をめくった。最初のページに書かれた名前と彼の顔を交互に見て、ふーんと鼻を鳴らした。

「4回も自分の名前を間違えて書いたのか…全く運のいいガキだぜ。友達の名前は間違えずに書いてあの世に送っちまったくせに」
「え…」
「え、じゃねーよ。お前もさっき言ってただろう?『きちんと間違えずに名前を書くと神様のところにいけるノート』って」
「じゃあ、本当なの?ケイはそのノートに間違えずに名前を書いたから、神様のところに行っちゃったの!?」
「大、正、解〜」

 死神はおどけてノートをひらひらさせて男の子の前に落とした。
 男の子は恐怖も忘れて死神にしがみついた。

「そんなこと僕もケイも知らなかったんだ!ねぇお願い、ケイを返して!神様ならできるでしょう!?」
「神様は神様でも俺は死神だからな。奪うことはできても返すことは出来ない。残念だったなぁ、まぁ諦めてくれや」
「そんな…」
「坊主、そんなに落ち込むな。考え方を変えてみろ…顔を知っている人間の名前を間違えずにこのノートに書くだけで、その人間を神様の元に送ってやることが できるんだぞ?お前は神様になれるんだ。素晴らしいことだと思わないか?お前の友達はお前がこのノートを拾ったせいで死んだ。ひとり殺すのもたくさん殺す のも同じことじゃないか」
「ケイは…僕のせいで死んじゃったの?」
「そう、お前が殺したんだ。お前がな」

 死神はニヤニヤ笑いながら言った。男の子は目に涙を一杯溜めて首を横に振った。

「僕じゃない。ケイは自分で名前を書いたんだ、僕が書いたんじゃない!僕が悪いんじゃない!」
「いいねぇ、そのガキの理論。死神の資格は十分だ。さぁ、お前も死神の仲間入りをしろよ。手始めに誰を天国に送る?」
「いやだ、僕は死神じゃない!死神になんかなりたくない!このノートは返す、だからケイを返して!」

 男の子は目に一杯涙を溜めてノートを差し出した。
 死神は赤く光る瞳でじぃーっと男の子を見つめ、地獄の底から響いてくるような声を出した。

「…坊主。ノートを俺に返してもお前の友達は戻らねぇ。お前が友達を殺したってことをきれいに忘れるだけだ。それに、このノートは恐らくもう二度と手に入らないぜ。本当にそれでもいいのか?」

 男の子は半べそをかきながらうんうんと何度も頷いた。死神は差し出されたノートを受け取って、残念そうに呟いた。

「はぁ…こんなに素晴らしいものを手に入れたのに…人間ってのは分からねぇもんだな。あーあ、苦労して2冊目を手に入れたってのに無駄足だったか…まぁグダグダ言っても仕方ねぇ、おとなしく帰るとするか。じゃあな、坊主。せいぜい達者でな」

 死神の赤い目がピカリと光り、その巨大な身体は窓も開けずに夜空へと消える。
 …男の子は目をぱちぱちし、濡れた頬を擦り、空っぽのベッドに目をやった。

(ああ、そうか…僕、ケイが神様のところに行っちゃって悲しかったから泣いてたんだ)

 本当に?
 ふいにそんな疑問が心をよぎった。
 何だろう、この、とても悪いことをしてしまったような気持ちは。
 男の子は膝を抱えて親指をくわえ、幼い頭脳で一生懸命考えたが、答えは出なかった。そのかわり、男の子の中である決意が固まった。
 彼はぽんとベッドから降りて、ケイのベッドの横に置かれた写真を手に取った。ほんの数日前にケイと一緒に院の庭でとった、ケイの最後の写真だ。

「ケイ。僕、大きくなったら正義の味方になるよ。警察なんかメじゃないくらいすっごい正義の味方に絶対なるよ。だから神様のところから、ちゃんと僕のこと見ててね!」

 …男の子の決意は十数年の後に現実のものとなる。
 世界の警察の影のトップ、最後の切り札と呼ばれる存在、『L』となって。


『世界の中心でLを叫ぶ』第一話

『世界の中心でLを叫ぶ・If』第二話


 
デスノ部屋
総合目次


 レムに名前を書かれても竜崎が生きているとしたら…と色々考えていた 時に、『竜崎が過去にデスノートを持っていたのでは』という仮説から話が膨らんでこんな感じになりました。これなら『4回名前を間違えて書くとノートの効 果が効かなくなる』というルールによって竜崎は殺されずにすむぞ、と。
 コミックス1巻でリュークが『過去にデスノートが人間界に出回った話は何度か聞いたが…』と言っていたので、こう言うのもありかなと思いました。
 デスノートの記憶は消えたけど、『自分が友達を殺した』っていう思いは深層心理に残っていて、その後のLは無意識に友達を作らないようにしていたので は、という含みも持たせてみました。ちなみに紫陽花は紫じゃないの?と突っ込まれそうですが、欧米では土の中のpH値がどうとかこうとかで、赤い花が咲く のだそうです。
 あと、 竜崎のルームメイト『ケイ』の名前は、アルファベットから。Lの後継者としてメロ(M)とニア(N)が出て来たので、Lの一個手前の『K』から取りました。