| タナトスとヒュプノスは小柄なコエンマの後ろから円卓に腰かけた神々と人間をさっと見回した。 新たな死神の登場に特に動じる様子も見せないのは各国の死神達だろう。好奇心が見え隠れする顔で遠慮がちに双子神を見つめているのは神を気取った犯罪者…確か『キラ』という通称だったか。そして龍神秋乃が帰還報告をした男が、キラ事件を解決したという噂の名探偵L…。 「ささ、どーぞかけてくださいな!」 「…ああ、ありがとう」 ぼたんに椅子を勧められ、二柱は他の神々に軽く会釈をして腰を下ろした。 主宰席に戻ったコエンマは、さて!と皆を見回した。 「これで全員集合というわけじゃな。前回のサミットから大分間が開いてしまったし、ここは改めて自己紹介をして頂こうかの」 異議を唱える声はない。 コエンマは軽くうなずいて双子神に目を向けた。 「ではまず初参加のギリシア代表からお願いしようかの。ああ、座ったままで結構ですぞ」 「…我は死を司る神タナトス」 「我は眠りを司る神ヒュプノス」 「本来なら我らが主冥王ハーデスが出席すべきなのだろうが、彼は訳あって今は冥界から動けぬ身。よって冥王直属の臣下である我々が代理で参加させて頂いた。個人的な事情で参加が遅れ皆様に迷惑をかけたことはギリシア代表として深くお詫びを申し上げる次第だ」 「参加の遅れにも代理出席にも不満はないが」 低い声で口を開いたのは犬の頭を持つ半獣の死神アヌビス。 「死の神は分かるが眠りの神が何故『死神サミット』に?…これは素朴な疑問、他意はない故お気を悪くされぬよう」 「質問は尤も。…我々は原則としてふたり一緒に行動し、寿命を迎えた人間にまず眠りを、そして死を与えて冥界へと導く。我らは表裏一体、一心同体ということでご理解を頂きたい」 「なるほど、納得した」 アヌビスが頷くと、コエンマは自分の正面にいる女神をさした。 長い黒髪を天女のように美しく結い上げ、目元に朱を差した高貴な女性は、慎ましく扇で口元を隠すようにして上品に会釈した。 「私は日本代表のイザナミ。この国では黄泉大神という別名がございます」 「即ちジャパニーズ冥王じゃな。では次、お隣の…」 「南米代表、ミクトランテクートリ。死の神にして冥府ミクトランの王だ。よろしくな、ギリシア代表」 フクロウの羽と紙の旗を頭に飾って人間の目玉を首飾りにした死神は、歯をむき出してケケッと笑った。幻海が言っていた『猿みたいな死神』とは恐らく彼のことだろう。 次に口を開いたのは先ほどヒュプノスの参加理由を尋ねたアヌビスだ。 「エジプト代表のアヌビスだ。本来は我が国も冥王である父オシリスが参加すべきであったのだが、彼は多忙な身ゆえ…私も冥王の代理だ。死者の魂を冥界に導き、その罪を決める役割を担っている」 口を閉じたアヌビスが隣に座った漆黒のローブの老人を見遣った。 つばの広い帽子を被り、長い白ひげを蓄えた独眼の男は威厳に満ちた声で短く名乗った。 「北欧の主神、オーディーン。死と戦争、そして詩文を司っておる」 「…以上の六神が本来この世界におわした神々じゃな。そして彼が今回の議題である『キラ事件』の発端を作った死神」 コエンマが差したのは、神々と人間達の境界に置かれた椅子に形ばかり腰かけてにやにや笑っていた異形の死神。 「死神界代表、死神ランク6、リューク。退屈しのぎにデスノートを人間界に落としたら、山あり谷あり事件あり、はては死神サミットにお呼ばれときた。死神界の掟もあるが、それ以上に退屈と無縁でいられるからそこの人間と一緒に行動している」 そこの、とリュークが指したのは、彼と大差無い容姿の年齢不詳の男だ。双子神と似ていなくもない、瞳孔が見えないぱかっと開いた目、その目の下にはくっ きりと隈があり、黒髪は好き放題に流れて跳ね、サミットだというのに服装は白いダボダボのシャツにブルージーンズ、さらに椅子の下には踵を踏み潰したス ニーカーが無造作に置いてあって、靴下も履いていない。ついでに膝を抱えて椅子に座るという意味不明な行動までとっている。 …冥妃の転生体が『ずっと一緒に生きて行こうと思える大切な人』がこいつなのか…と、双子神は何とも言えない複雑な思いでその人間を見つめていた。 その視線の意味するところを多少誤解したらしいコエンマは、では…とその『珍獣』に掌を上に向けて手を差し出した。 「人間の皆様の自己紹介はあなたからが妥当かのう?L」 「…私がLです」 指名された男はその短い言葉で自己紹介を終えたつもりだったようだが、皆が続きを待っている雰囲気に気付いて言葉を付け足した。 「世界警察の影のトップ、最後の切り札。キラ事件を解決した探偵です。そしてこちらが私の片腕」 「Lのお抱え運転手兼パティシエ、龍神秋乃です」 龍神秋乃の自己紹介に双子神は微かに顎を引いた。彼女に関してはその短い言葉だけで十分だった。 次にコエンマに目で指されたのはそれなりに知能の高そうなスーツ姿の人間の男と、頭の螺子がどこか緩んでいそうな人間の女だった。 先に口を開いたのは男の方だった。 「夜神月。リュークの落としたデスノートを最初に拾った人間です。世界を良くしたいという信念に則り世界中の悪人を裁い…あ、いえ、殺したことで『キラ』と呼ばれていました。Lに負けたことで目が覚めて自分の愚かさに気付き、深く反省し、今は罪を償う日々を送っています」 背筋を伸ばして真摯な顔つきで発言する夜神月にタナトスはわずかに目を眇めた。いかにも誠実そうな言葉と態度だが、作り物の匂いがどうにも鼻につく。どこまで意図的で自覚があるのかまでは分からないが。 月に視線で促された女がおずおずと口を開いた。 「弥海沙です。キラに憧れて上京して、色々あって、リュークとは別の死神からデスノートを貰って、『第二のキラ』になって、月に一目惚れして、彼女になって、それで…ええと…」 「彼女は事件解決に伴う私との取引において、『第二のキラだった自分の記憶』を失いました。詳細は以前お渡しした資料でご確認ください。記憶は失いました が、自分がキラだった時の行動記録も含めて事件に関する知識は所持しているので、話が通じないという不都合はあまりないかと思います」 「そ…そう、そういうことです!ミサはライトのおまけみたいなものだし、記憶があってもなくてもあんまり関係ないかなって気もしますけど!」 あくまでもメインは男の方ということだな、と双子神は解釈することにした。この女に真面目に何か聞いたところで頭が痛くなるような言葉しか返ってこないだろうという気がする。 客人達の自己紹介が一通り終わると、コエンマがこほんとひとつ咳ばらいをした。 「そしてワシが霊界の現在の最高責任者、コエンマじゃ。十年か二十年前に父の跡を継いだので閻魔と名乗るべきかもしれんが、まだ若輩者という自覚があるゆ 故な、あえて『コエンマ』を名乗っておる。主な職務内容は死者の生前の罪に応じて、罰や行くべき地獄を決める…まぁ裁判官じゃな。他にも外交官的なことや 軍事の責任者っぽいことも一応やっておる。そしてこいつが…」 「三途の川の水先案内人、ぼたんでーす!死んじゃった人間の霊体…つまり魂の入れ物だね、を霊界に案内するのが私の役目。普段なら『西洋で言うところの死 神だよ』って自己紹介するんだけど、マジモンの死神様を前にこの自己紹介はまずいやーねぇ。ちなみに、彼氏絶賛募集中だよ!我こそはと思う者はガンガンア プローチしちゃって頂戴っ!」 ぼたんが満面の笑みで自己紹介を終えたが。 会場はシーンと静まり返っていた。誰もクスリとも笑わないし、突っ込みも入れないし、かといってスルーするわけでもなく、何とも微妙な顔で曖昧な目をぼたんに向けている。この場合どのような反応をするのが適切なのか分からなくて皆の反応をうかがっている…そんな空気だ。 つまりぼたんは盛大にスベッたわけである。 コエンマもフォローする気はないらしく、笑顔を凍りつかせて固まっているぼたんなど素知らぬ顔だ。 微妙な空気が流れる中、ミサがライトの袖をそっと引っ張った。 「ねぇねぇライト、これって笑うとこ?それとも突っ込むとこ?」 「僕に聞かれても困る。ギャグのつもりかもしれないけど、超美形のギリシアの神様が来た途端にあんなこと言ったから案外本気かもしれない」 「え、これってサミットでしょ。サミットでナンパってありえないんですけど」 「じゃあ人間の僕達には理解できない神様レベルの高度なギャグなのかもしれない」 キラ二人の声は十分小さかったが、会議室はたいして広くもなく静まり返っていたので、しっかりみんなに聞こえていた。 が、そこまで頭が回らないらしいミサはますます声を潜めて続けた。 「え、でも神様達、クスッとも笑ってないよ?」 「笑いのツボが日本とは違うんじゃないのか」 「イザナミ様も笑ってないけど」 「う、うーん…」 「突っ込むにせよ笑うにせよ、タイミングを逃した感は否めませんね」 「竜崎さん、それってつまりぼたんさんがハズしたってこと?」 「スベッたと言ってもいいかと」 「ちょっと…竜崎さんも月さんもミサさんも、内緒話のつもりかもしれないですけどみんなに聞こえてますよ?神様達が無反応なのは、何も聞かなかったことにして次に行こうって配慮かもしれないじゃないですか」 「じゃあここは一周回ってスルーが正解か」 人間達の内緒になっていない内緒話に、ぼたんがテーブルに手をつき俯いてプルプルと肩を震わせていた、その時。 クスッ…。 微かな笑い声に皆の視線が声の主に向いた。 こみ上げる笑いを腹を押さえて必死に堪える余り、肩を震わせているのはギリシアの死神タナトス。冷めた目で一連の流れを見ていたヒュプノスは、兄の姿に何とも言えない微妙な顔になった。 皆の視線を集めていることに気付いたタナトスは、笑いを堪えながら謝罪の言葉を口にした。 「あ、失礼、一連の流れがあまりにも…クッ、ククク…」 「ねぇライト、ギリシアの死神様ってば笑ってるじゃない。やっぱり笑うとこだったんじゃない?」 「そ…そうかな…」 複雑な顔をする人間達、ニヤニヤ笑うリュークとミクトランテクートリ、微かに笑顔を浮かべたイザナミとアヌビス、相変わらず無表情のオーディーン、素知らぬ顔続行中のコエンマと絶賛硬直中のぼたんを順番に見て、ヒュプノスはどう兄をフォローしたものかと考えていたが。 タナトスは笑いをこらえるあまり浮かんだ涙をこすって言葉を続けた。 「我々は、今までずっと日本の神々は生真面目で冗談など言わぬと認識していた故…まさかサミット会場で冗談を言えるほどユーモアのある方々だったとは…い や、嬉しい驚きというやつだ。間違っても羽目は外せぬと緊張していたが、おかげで程よく肩の力が抜けた。同席者の反応まで予測して場を和ませるとは大した ものだ、日本の死神は流石だな」 「え?あ、いやぁ、それほどでも…」 思わぬ褒め言葉にぼたんは照れ臭そうにテヘヘと笑い、他の参加者はタナトスの発言に『場を和ませるためにわざと言った冗談だったのか』と(とりあえず表面上は)納得したようだった。 (ふむ…ぼたんのスベりをうまくフォローしつつ場の緊張感をといて存在感を示すとは…ギリシアの死神殿はなかなかのお方のようじゃな) コエンマがタナトスに向ける意味深な視線に、ヒュプノスだけが気付いていた。 「では、自己紹介が終わったところで事件とサミットの経緯をざっとおさらいといこうかの。…ぼたん」 「はいな」 ぼたんは傍らから黒い表紙のノートを取り出して双子神に差し出した。表紙には銀色の『DEATH NOTE』の文字。 タナトスは差し出されたそれを受け取りパラリと表紙をめくった。表紙の裏側には英語でノートの使い方が書き込まれ、中身は様々な人間の名前がびっしりと書き込まれている。 「なるほど、これが異世界の死神が人間に与えた神の力か。興味深い」 「命を奪いたい相手のもとに直接出向かなくとも良いとは便利な道具だな。こんなにも便利な神の道具を得ながら人間に捕まるなどというミスを犯すとは…やはり人間はどうしようもなく愚かだ」 タナトスからノートを受け取ったヒュプノスは浅く嘆息してぼたんに返した。 明らかに不服そうな顔で唇を引き結ぶ月を見てタナトスは薄く笑った。 「…何か言いたそうだな、人間よ」 「あ、いや…」 「主張したいことがあるなら言ってみるがよい。お前の主張が俺やヒュプノスの考えを動かせるものならば、刑罰を軽くするようハーデス様に進言してやるぞ。どうせ黙っていても一番重い罪が科せられるのだ、ダメもとで言ってみたらどうだ?」 「………」 月はサミット主宰のコエンマを見遣った。 コエンマは神々を見回し、しばしの沈黙を挟んで口を開いた。 「夜神月。お主が死んだ後はお主を裁く意思のある神のもとで順番に罰を受けるという暫定決定が引っくり返ることはまずなかろう。ただし、発言内容によって はそれぞれの神がお前に与える罰の重さが変わるかもしれん。軽くなる可能性もあるが重くなる可能性もある。それを踏まえて発言するがよいぞ」 「………」 「お前は先ほど、『世の中を良くしたい』という信念で人間を殺していたと言ったな」 発言を躊躇う月にヒュプノスが尋ねた。 質問の意図がわからない…と言いたげな顔で頷く彼の眼には、ずる賢い人間特有の狡猾な色が宿っている。 「人間を殺すことが世の中を良くすることに繋がる理由が分からぬのだが」 「…大抵の人間は死を恐れます。悪事を働けば何者かに殺されると思えば、悪に手を染めなくなるだろうと考えたためです」 「つまり死の恐怖によって人間を押さえつけようとしたわけか」 「馬鹿馬鹿しい」 タナトスが一言のもとに月の主張を切り捨てると、彼は不快感を隠しきれず微かに眉根を寄せた。 死神すら恐れず反抗的な目を向けてくる人間の姿にタナトスは片眉をそびやかし、片手で彼の発言を促した。 「馬鹿馬鹿しいとおっしゃいますが、一定の効果はありました」 「下らん。それはつまり一定以上の効果は無かったということだろうが」 「………」 「そもそも」 なおも食い下がろうとする月の発言を封じるように死の神は高慢な態度で言葉をかぶせた。 「悪事悪事とお前は言うが、一体どこのどの国の神の教えを基準にしているのだ?日本の大神、天照大御神か?」 「それ…は…。現在日本の法律を基準に…」 「………」 「い…今は神がどうこうという時代ではない!神の教えではなく法律を基準にした方が合理的だと僕は判断したのです!」 「日本の人間が、日本の人間が作った規則を元に、異なる神の管理下にある人間までも自分ひとりの判断で命を奪っておいて『世の中を良くするために一定の効果があった』だと?フッ…片腹痛いとはこのことか」 タナトスはあからさまに見下した冷ややかな目で吐き捨て、他の神々もちっぽけな者が足掻く姿を面白そうに眺めている。 月は屈辱に拳を握りギリギリと歯を食い縛ってタナトスを睨みつけた。 ちっぽけな人間の分際で身の程をわきまえぬその態度が死神の神経をいちいち逆撫でた。 自分の愚かさに気付いて目が覚めたなどと抜かしていたが、全く覚めていないではないか。反省しているという言葉も本心ではあるまい。人間を騙し続けた仮 面と詭弁で神すらも欺くつもりか。今、自分の隣にいる人間一人欺き切れなかったくせに、そんなことが出来ると本気で思っているのか。 銀色の神の唇の端がすっと持ち上がった。 この人間の死を待つ前に、この場で軽くお灸を据えてやろう…そんな兄の考えを察したヒュプノスが卓の下でそっとタナトスの袖を掴んだ。 やりすぎるな。 弟の無言の忠告に、分かっているさと目顔で答えてタナトスはキラに視線を向けた。 「そもそも、『世の中を変えるのに一定の効果があった』という発言は先の『間違いに気付いて反省している』という言葉と矛盾するように思うが…俺は余り論理的に思考するのは得意ではない故、皆様のご意見を伺いたい」 「確かに。自己の正当性を主張する言葉に聞こえるな」 「こいつが気付いた間違いってーのは自分の作戦ミスって意味だったりしてな。ケケッ」 死神同士で思考的に通じ合うものがあったのか、アヌビスとミクトランテクートリはタナトスの意図を察した様子で微かに笑みを浮かべて頷いた。 神々の挑発的とも言える言動に月は唇をわなわなと震わせ、激しい怒りが見え隠れする目を彼らに向けた。 化けの皮がはがれ始めた月の姿に、それまで黙っていたオーディーンが重々しい雰囲気で口を開いた。 「確かに一部の愚かな人間はこの男に殺されることを恐れて犯罪を思い留まった。しかし多少なりとも知恵のある人間は、己の犯罪が露見せぬよう、そもそも犯 罪にならぬよう罪を犯した。主観ではあるが、この男の愚行により世の中はむしろ悪化したと私は考えている。…不幸中の幸いというべきか、この男が捕獲され た以降は元に戻りつつあるがね」 「日本人であるこの男が神をも恐れぬ愚行を重ねる度、日本人はここまで愚かになってしまったのか、神を敬う敬虔な心はどこに行ってしまったのかと、私達日 本の神々は心を痛めておりました。異世界の神といかに交渉すべきか相談している間にそこの人間の手で事件が解決して…お恥ずかしいばかりです。今更ですけ れど、皆様にご迷惑をおかけしたこと、日本代表として心よりお詫び申し上げます」 イザナミは扇を卓に置いて深々と頭を下げた。 美貌の女神が心底申し訳なさそうに謝罪するその姿に、各国の男神達はいやいやと手を振り、あなたが悪いわけではないし咎めるつもりもない、悪いのはそこの愚かで馬鹿な人間だと口々に言った。 …月の苛立ちが限界に近づいていることにその場の全員が気付いていた。そしてとどめを刺すのが誰なのかも。 タナトスは完璧に整った顔に最大の侮蔑の色を浮かべて月を見遣り、唇の端を嫌味たっぷりに持ち上げてフンと鼻を鳴らした。 「冥王であられる神、しかも女性が、取るに足らぬ人間であるお前の所業を謝罪しておられるというのに礼の一つも言えぬのか。全くもって救いようのない愚か さよな。こんな屑に神の力の一端を使われるなど、俺にはそのような屈辱は耐えきれぬ。異世界の死神もさぞ忸怩たる思いでお前の愚行を眺めていたのだろう な」 「こ、の…」 「ライト、ダメ!相手は神様だよ!この世界を支配してる、本物の神様なんだよ!怒らせるようなこと言っちゃダメ!!」 「黙れ!黙れ黙れ黙れ!!」 激しい怒りの色にその目を染めた月はミサを突き飛ばすように振り払い、卓を両手で叩いてタナトスに噛み付いた。 「黙れ、無能な死神風情が!死にかけの人間をあの世に連れて行くしか能のない、冥王でもなければ裁判長でもない、人間に何度も騙された馬鹿な死神が、知った風な口を叩くな!!」 「ライト!ダメ!!」 「いいか、僕は新世界の神だ。犯罪者のいない理想の世界、すなわち新世界の創世を為すべき存在だったんだ!そうだ、僕は新たな神となるはずの存在だったん だ!僕の崇高な考えを理解できない馬鹿な人間共がこぞって僕の邪魔をして…そこのLも、パティシエの女もそうだ!たかが菓子職人の分際で新世界の神の邪魔 を…」 龍神秋乃を指さして口角泡を飛ばして捲くし立てていた月は、不意に冷たくなった双子神の気配にハッと息を呑み言葉を切った。 死と眠りの神の透明すぎるほど透明な目は、人間の彼でもはっきりと認識できるほど激しい怒りを宿して冷たく揺らめいている。 タナトスは笑みの欠片も残っていない顔で立ち上がり、低く言った。 「愚かな人間よ。本当に、愚かな人間よ。知らぬなら教えてやろう。そこにおわす龍神秋乃様は冥王ハーデスの妃であられるベルセフォネー様が転生されたお姿。訳あって今は神の記憶も力も封じておられるがな」 「冥王の…妃の転生体…?」 蒼白になる月に銀の神がゆっくりと近づいた。恐怖を煽るように、殊更にゆっくりと。 日本人にしては長身の月よりも更に高い位置から、凍りつくような銀の目が見降ろしてくる。 謝罪の言葉すら震える喉に張り付いて出てこない。 …タナトスはゆっくりと月の頭に手を伸ばし、物理的なダメージを与える一歩手前の力で掴んだ。 「…タナトス」 壊すなよ。 弟の無言の念押しに銀色の目を細めることで分かっていると伝え、タナトスは自称・新世界の神に視線を戻した。 「どうした人間よ。演説はもう終わりか?馬鹿で無能な死神風情の俺に頭を掴まれたところで、『新世界の神』とやらのお前にはさしたる影響はあるまい?さぁ、演説はどうした。遠慮はいらぬぞ、続けるがよい」 頭を掴んだ手から流れ込む冷たい死の小宇宙。死神と言ってもリュークと大差ない存在だろうと思っていた侮りをあっけなく吹き飛ばす絶対的な力。 タナトスは死に特化した神だからこそ、他の誰よりも純粋で濃密な死の気配を纏っていた。 卓の上に投げ出された手は誰の目にもはっきり分かるほど震えていた。月は本能的な恐怖に心底震え上がりながら、消え入りそうな声で言葉を押し出した。 「………。そ、そんな、馬鹿げた考えを、持っていた時期が、あったんです…人間の身で、自分を神だと思うなんて、あの時の僕はどうかしていた、あの時じゃない、さっきの僕も…」 「つまり今のお前は自分を人間だと認識しているわけだな」 「そう、です」 「その割には、先ほどのお前の態度は神の御前で人間がとるべきとは思えぬものだったが。日本ではあのような分を弁えない態度を何と言うのかな、イザナミ殿?」 「『頭が高い』でありましょうか」 「なるほど、『ズガタカイ』と言うのか。ならばお前は頭を低くせねばならないな」 「あの、さっきは…」 ガン!! タナトスに対する暴言を月が謝罪しようと口を開くと同時に、銀の死神は彼の頭を卓に叩きつけた。 …バキッ。 キラの顔面が卓にぶつかった瞬間に何かが折れる音がして、タナトスは『しまった』という表情になった。 恐らく前歯が折れたのだろう、タナトスに頭を押さえられて卓に突っ伏した月の口元から血が流れていた。 ヒュプノスは眉根を寄せて兄を睨んだ。タナトスは悪戯を見つかった子供のようにバツの悪そうな顔をしている。 「タナトスよ、冥妃様と異国の神々の前で流血沙汰を起こすなど…」 「分かっている。す…少しばかり力加減を間違えただけだ」 「ケケッ、ギリシアの死神殿は紳士的だなァ。俺だったら卓を割る勢いで叩きつけてやってるのによ」 「ラッキーだったな、ライト。暴言吐いた相手が他の神だったらお前は今頃半殺しか死体になってたぜ?」 ミクトランテクートリは月の頭をコンコンと叩き、リュークは面白そうに彼の顔を覗き込んだ。 ミサだけがオロオロし、イザナミとアヌビスは見世物を面白がるような顔で微かに微笑んだまま、オーディーンとLは素知らぬ顔で紅茶を飲み、ぼたんと秋乃はどう反応したものか決めかねる表情だったが。 コエンマはケロリとした顔でぼたんを見た。 「なんだか予定外のハプニングが起きたようじゃ。ぼたん、ちょいとあの男を治療してやってくれんか」 「はいな、お安いご用ですよ」 ぼたんは快く了解して立ち上がると、卓に頭を押さえつけられたままの月に近づいた。タナトスの手から解放された月が口を押えて顔を上げると、ぼたんはハンカチを取り出して彼の口の周りの血と唾液を拭き取った。 「ちょいと失礼しますよー。あらら、こちらの神様ほどじゃないけどイケメンが台無しだねぇ。ちょいとジッとしてておくれよ」 軽口を言いながらぼたんが月の口元に手を翳すと、柔らかな小宇宙が傷口を包み(後に彼女は心霊治療だと説明した)、大した時間もかからずに折れた歯や切れた唇の治療を終えた。 治癒能力を持つ死神ぼたんに感嘆の目を向けつつ礼を言ったタナトスは、改めて月の頭を卓にぐりぐりと押し付けて自分の席に戻った。 「神の御前では頭を低くするのが日本の礼儀なれば、その姿勢が適切というわけだ。さぁ人間よ、話を続けるが良いぞ」 「………」 「どうした?まだ話は途中であろう?」 「それで、その、Lに負けたことで目が覚めて、自分の愚かさに気付き、深く反省し…」 「それはもう聞いた。他に言うことは無いのか?」 「さっきの演説はなかなか面白かったがな。…ギリシアの神々に対する侮辱がなければ愉快な見世物だったが」 「ケケッ。暴言吐いて顔面叩きつけられるまでが予定通りの見世物だったんだろう?なぁタナトス殿」 「………」 「コエンマ殿。人間達に弁明の意思が無いのなら彼らの処遇に関する決を採ってよいのではないかと思うが」 オーディーンの言葉にコエンマは月とミサを見た。卓に額を擦り付けたままの月も、ただオロオロするばかりのミサもこれ以上何かを言う気はなさそうだ。 そう判断した彼は手元の槌をコンと叩いた。 「では決を採らせて頂く。『キラ二人は人間界で罪を償った後、彼らを罰する意思のある神々の元で罪を償った後、最終処分はその時の閻魔の判断に任せる』…この案で意義がなければ沈黙を持ってお応え頂きたい」 …異議を唱える者はいない。 コエンマはコンコン!と音高く槌を叩いた。 「ではこの案でキラ二人の処遇は最終決定じゃ!では次の議題はキラを罰する順番じゃが…既に帰国済みの神々からは『順番にはこだわらないので決定方法は任せる』と言付かっておる。順番の決め方に提案のある方、もしくは順番にご希望がある方はいらっしゃるかな?」 「提案というほど大袈裟ではないのだが…」 軽く片手をあげて発言したのはエジプトの犬頭の死神、アヌビスだ。 「ギリシアを最後にしてはどうか、と私は思う」 「?」 「あの男は冥王の妃だけでなく死の神タナトス殿も侮辱した。このような無礼を働いたにもかかわらず、有限の罰で済ませるのは軽くはないだろうか?最終判断 はその時の閻魔に任せるしかないが、少なくともその男が最後に…つまり永遠に罪を償う場所はギリシアの神の元が適切ではないだろうか」 「そう言えばあんたらの冥界ではなかなかエグい罰があるらしいな。生きたまま内臓を鳥に喰わせるとか、腹ペコなのに目の前にある飲み物食い物に絶対に手が届かないとか」 「穴の開いたスプーンで水を掬い続けるとか、山の上に大岩を延々運び続けるとか、そんな罰もあるらしいですねぇ。その人達、まーだその単純作業やってるんですか?」 「ああ、やっている」 「先日タルタロスに帰還した時にもシジフォスは岩を運んでいたぞ」 「うっへー。地味にきっついな、それ」 死神達はクラス会の出し物でも相談するような気軽さで物騒な会話を交わしている。 コエンマはさっさと採決に入った。 「んー、では、もう一度お尋ねしよう。『夜神月が最後に罪を償いに行く場所はギリシアの冥界』、この案に意義がなければ沈黙を持ってお応え頂きたい!」 …沈黙。 では決定、とコエンマが槌を叩いた。さっそくぼたんが議事録に記録する。 「他にご希望はおありかな?なければ籤かじゃんけんで順番を決めようと思うが」 「じゃんけんでいいんじゃないですか?お手軽だし公平だし」 「…では勝った順にキラを罰するということでよろしいかな。欠席の神の分はタナトス殿ヒュプノス殿か我々が代理になるということで」 コエンマとぼたんの提案に異議を唱える者はなく、世紀の大犯罪者の贖罪の順番はじゃんけんで決められることとなった。 神様達が『最初はグー!じゃんけんぽん!!』と盛り上がる姿はなかなか壮観だったという。無論、一番熱くなっていたのがタナトスだったことは言うまでもない。 |
| 星矢部屋 |
総合目次 | SS・2012時代 |
SS・神話時代 |
SS・蟹座達 |
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ぼたんの盛大なスベりが書きたかっただけかもしれない話です。漠然と話を考えていた当初は、ぼたんがタナトスに熱を上げて、ひょっとしたらふたりが友人以
上の親密な仲になるかもしれない的な雰囲気を匂わせようかと思っていたのですが、予想外にヘカーテが出張ってきたので、『仲の良い死神友達』の関係で留ま
りそうです。その辺のもろもろのイメージは『双子神2012・対価』の続きを書くことがあったらそっちでまとめたいところ。 当サイトでは、『キラ事件はデスノ原作とは違う展開で解決した』という独自設定のもとに話を作っています。詳しく知りたい方は当サイトデスノコーナーの 『セカL・If』を読んでいただければ。ざっくり解説すると『Lは月の目を欺いて生き延び、龍神秋乃やアイウエコンビと共に月=キラと言う証拠を集めて事 件を解決(=月を逮捕)した』って感じです。 「僕は新世界の神だーー!」と演説した月がタナトスにボコられる展開は当初の予定通りです。最初はもっと、殴ったり膝 蹴り入れたりボコボコにする予定でした。月の電波演説真っ最中に、タナトスが「ちょっと失礼」と立ち上がって月をボコボコ→「失礼しました」としれっと席 に戻る→他の死神達「自分もぶん殴ってやりたかったけど閻魔とイザナミに遠慮して我慢してた、良くやってくれた」、イザナミとコエンマ「張り倒したかった けど他の死神の前で事を荒立てるのは…と我慢していた、よくやってry」と拍手喝采…という展開の予定でしたが、割と控えめな表現に落ち着きました。… と、ここまで書いて当初の予定通りでも良かったかもと思い始めました。ピクシブはこのまま、サイトの方は書き直すかもしれないなぁ。 そしてデスノのキャラは、龍神秋乃含めてここで実質退場です。Lの出番(セリフも)、少なかったなぁ。 そして各国の死神様達、セリフだけでどう差別化するかかなり悩みました。セリフ内に「ケケッ」と笑い声があるのがミクトランテクートリ、ガラの悪い男性 口調がリューク、丁寧な淑女口調がイザナミ、姉御口調がぼたん、ジジイ口調がコエンマ、時代がかった話し方が双子神で、ややガラが悪めなのがタナトス、慇 懃なのがヒュプノス。オーディーンとアヌビスは区別つかない…orz ちなみに誰がどのセリフを言ったかは下記の通り。 ヒュプノス 「タナトスよ、冥妃様と異国の神々の前で流血沙汰を起こすなど…」 タナトス 「分かっている。す…少しばかり力加減を間違えただけだ」 ミクトランテクートリ 「ケケッ、ギリシアの死神殿は紳士的だなァ。俺だったら卓を割る勢いで叩きつけてやってるのによ」 リューク 「ラッキーだったな、ライト。暴言吐いた相手が他の神だったらお前は今頃半殺しか死体になってたぜ?」 タナトス 「神の御前では頭を低くするのが日本の礼儀なれば、その姿勢が適切というわけだ。さぁ人間よ、話を続けるが良いぞ」 月 「………」 タナトス 「どうした?まだ話は途中であろう?」 月「それで、その、Lに負けたことで目が覚めて、自分の愚かさに気付き、深く反省し…」 ヒュプノス 「それはもう聞いた。他に言うことは無いのか?」 アヌビス 「さっきの演説はなかなか面白かったがな。…ギリシアの神々に対する侮辱がなければ愉快な見世物だったが」 ミクトランテクートリ 「ケケッ。暴言吐いて顔面叩きつけられるまでが予定通りの見世物だったんだろう?なぁタナトス殿」 月 「………」 オーディーン 「コエンマ殿。人間達に弁明の意思が無いのなら彼らの処遇に関する決を採ってよいのではないかと思うが」 アヌビス 「ギリシアを最後にしてはどうか、と私は思う」 双子神 「?」 アヌビス 「あの男は(ry)」 ミクトランテクートリ 「そう言えばあんたらの冥界ではなかなかエグい罰があるらしいな。生きたまま内臓を鳥に喰わせるとか、腹ペコなのに目の前にある飲み物食い物に絶対に手が届かないとか」 ぼたん 「穴の開いたスプーンで水を掬い続けるとか、山の上に大岩を延々運び続けるとか、そんな罰もあるらしいですねぇ。その人達、まーだその単純作業やってるんですか?」 ヒュプノス 「ああ、やっている」 タナトス 「先日タルタロスに帰還した時にもシジフォスは岩を運んでいたぞ」 リューク 「うっへー。地味にきっついな、それ」 |