双子神2012・祭典
前編

 西暦2012年12月初旬。
 仕事の相談をするために兄神の神殿を訪ねた眠りの神ヒュプノスは、真顔でパソコンに向かっている死の神タナトスの姿を認めて目を瞬いた。
 文明の利器とは長らく無縁だったこのエリシオンにデジタル機器が持ち込まれてそれなりに経つが、娯楽の為にパソコンを利用するタナトスが、まるで仕事で大問題が発生した時のような真剣な顔でパソコンと向かい合う姿など初めて見る気がする。
 見慣れない兄の姿にヒュプノスは不穏に眉を潜めた。

(…ひょっとして城戸ブランドモデルの仕事に関係して問題でも起きたのだろうか。今、地上で何かと話題の『ブログやツイッターが炎上』などというトラブルでも発生したとか…)

 城戸ブランド関係の仕事はタナトス本来の職務ではないが、アテナや聖域との良好な関係を築き、冥界の神々に対する人間の信仰心を高める重要なツールに なっている。何よりタナトス自身がその仕事をいたく気に入っていて、辞めることなど露ほども考えていない。もし城戸ブランド関係の仕事でトラブルが起きた のなら、内容によっては本来の仕事より優先して解決すべき問題かもしれない。
 そんな事を一瞬で考えたヒュプノスは、眉間に皺を寄せてパソコンの画面を睨みつけている兄神に歩み寄って静かに声をかけた。

「…タナトスよ。随分と難しい顔をしているが、何かトラブルでも起きたのか」
「ああ、ヒュプノスか。丁度いいところに来た!本気で悩んでいたのだ、お前の意見を聞きたい」

 やはりトラブルが起きたのか。タナトスが自分に意見を求めるほど悩む厄介事が。
 何を聞いても驚かないよう腹を括ったヒュプノスが無言で兄を促すと、タナトスは真剣この上ない顔で言った。

「パーティーリーダーの適任者が足りぬのだ!」
「…………は?」

 思わず間抜けな声が出た。
 パーティーリーダーの適任者が見つからない?何だそれは。仕事のチームリーダーの事か?お前の仕事はチームを組むようなものだったか?そもそもリーダー 適任者を探すなど何故お前がやらねばならぬのだ…と思いながら金の神は何気なくパソコンの画面に目をやり、ネットゲーム『TheWorld』が起動し ているのを見て一気に脱力した。
 ヒュプノスは急にズキズキと痛みだした頭を押さえて声を押しだした。

「タナトス…お前の悩み事とは『TheWorld』のボス討伐イベントに関する事か?」
「何だその、『たかがネトゲのイベント企画で悩んでいたのか』と言いたげな顔は。言っておくが、俺は至って真剣だぞ、ヒュプノス。それに俺が悩んでいるのはボス討伐イベントに関する事ではない」
「そうなのか…」

 流石の兄神もそんな馬鹿馬鹿しいことでそこまで真剣には悩まぬか…とホッとしかけたヒュプノスに、タナトスは大真面目に言い放った。

「クリスマス限定ボス討伐イベントに関することだ!!」
「同じではないか!!」
「違うわ!!」

 思わず大声で突っ込むと、即座に大声で反論された。
 ヒュプノスは次に発する言葉を決めかねて口を噤んだ。
 ここで『一体どこが違うのだ』と尋ねようものなら兄は『ボス討伐とクリスマス限定ボス討伐の違い、そしてパーティーリーダー適任者が見つからなくて悩ん でいる事との因果関係』を熱く語りだすだろう。正直そんな話に興味はないし聞きたくもない。かと言って尋ねなければ話は先に進まず、この話題を横に置いて 本来の仕事の相談をしようとしても無駄だろう。今の兄の頭の中はクリスマス限定ボス討伐イベントの事で一杯で、それ以外の事を考える隙間が無いからだ。
 つまり、ヒュプノスに与えられた選択肢は『聞きたくもない話を聞いた後に仕事の相談をする』か、『何も聞かず、仕事の相談もせずに帰る』の二つしかな い。仕事の相談は今でなくてはならぬ!と言うほど急を要するものではないが、兄神の悩み解決をのんびり待っていられるほど悠長な案件でもない。
 …結局、選択の余地はないわけか。
 せめてもの抵抗で盛大な溜息をついて、ヒュプノスは兄神の隣に腰を降ろした。

「…一体どこが違うのだ」
「よくぞ聞いてくれたヒュプノスよ!まずはこれを見ろ、今日公式サイトで公開されたクリスマス限定イベントの告知だ」
「今日?」
「そしてこれが、12月24日に出現する『クリスマス限定ボス・甦ル最古ノ邪神コルベニク』だ。12月24日から31日の間にしか 出現しないボス、しかも『神』という設定だけあって、倒せばレアアイテムを大量にドロップする。ドロップする可能性のあるアイテムの一部が紹介され ているが、確かに魅力的なものばかりだ。特にこの参加人数分ドロップする『サンタ帽子』と言う装備は凄くてな、なんと属性攻撃に対する防御力が…」
「つまりお前は、その『クリスマス限定ボス』を討伐するイベントを主催したいのだな?」
「主催したいのではない、主催するのだ。ああ勿論、お前は主催である俺のパーティーに入れるから心配はいらぬぞ」
「……………」

 軽く目眩がした。
 いや、まぁ、ヒュプノスとてネットゲーム『TheWorld』を楽しく遊んでいるし、いちプレイヤーとして皆と協力したり交流したりしながら強大なボス を討伐するイベントも好きだし、レアアイテムと聞けば心を惹かれるし、クリスマス限定のボス討伐イベントを兄が主催すると聞けば自分も参加してみたいと言 う程度には夢中になっている自覚はある。
 が、どうして事前の相談が無いのだ。相談した時に返ってくる答えが予想できるとはいえ、どうしていつも事後報告か決意表明から話を始めるのだ、この馬鹿兄貴は。
 …とは思ったが、その辺を抗議しても無駄なのは分かり切っているので、ヒュプノスは自分の中で色々な諸々に折り合いをつけて兄神の悩み相談にのることにした。

「話を纏めると、だ。お前はクリスマスボス討伐イベントを主催しようと思いついたが、『未知のボスが相手でもこいつなら安心』という確信を持ってパーティーリーダーを任せられる人材が足りないので、討伐隊編成の目処が立てられずに悩んでいる…と言う事だな?」
「その通りだ!」

 ヒュプノスが自分の悩みを素早く正確に分かってくれたので、タナトスは輝くような笑顔で頷いた。

「クリスマスボスの討伐に参加できるのは最大90人だから、10パーティー編成するのが妥当であろう。故にパーティーリーダーは10人必要なのだが、まだ7人しか決まっていないのだ」
「7人決まっているなら残りは3人だろう?その程度なら応募してきたプレイヤーの中からボス討伐イベントに慣れている者を選べば良いではないか」
「それでは駄目だ。何と言っても相手はクリスマス限定の未知のボス『甦ル最後ノ邪神』…『神』を名乗るからにはとんでもなく手強く、公式に紹介されていな い攻撃もしてくると思ってよかろう。何が起きるか分からぬ故、何かあった時は即座に指示を出せるようパーティーリーダー全員が俺の隣ににいるのが 望ましい。つまり、俺の神殿に入れても問題ない奴をパーティーリーダーにしたいのだ!」
「……………。では逆に聞くが、現時点でリーダーに決まっている7人とは誰なのだ」

 兄神の主張は余りにも無茶苦茶すぎて真っ当な突っ込みをする気力が根こそぎ奪われて、いっそ清々しくなってきた…と思いながらヒュプノスが尋ねると、タナトスは至って真面目な顔で答えた。

「まず主催の俺、エリス、イケロス、パンタソス、そして冥界三巨頭だ」
「ほう…冥界三巨頭まで『TheWorld』で遊んでいたのか。アイアコスは分かるが、ミーノスとラダマンティスは少々意外だな」
「面白いから是非やってみろと勧めたのだ!」
「要するに強制したのだろう」
「そのような細かい事、今はどうでも良かろう。それよりもリーダーの残り3人だ、3人。誰か心当たりはないか?『TheWorld』に精通していて、12 月24日に予定がなくて、部下を統率して指示を出すのが得意で、俺とそれなりに親しく、俺の神殿まで入れても問題ない誰か」
「…オネイロスやモルペウスでは駄目なのか」
「あいつらは…お前やハーデス様やヘカーテ様もそうだが、レベルや装備は申し分ないが、ボス討伐イベントでリーダーを務めた経験がほとんどないからな。未知のボス敵を相手にしたぶっつけ本番のイベントでリーダーを任せるわけにはいかん」
「…………」

 ヒュプノスは複雑に沈黙した。
 兄神の言い分は尤もだが、パーティーリーダーに求める条件が厳しすぎる。前半はともかく後半をクリアできる者などかなり限られてくる。冥王配下の冥闘士であってもエリシオンに足を踏み入れることが赦される者はほ んの一握りしかいない。ごく一部の例外を除けば、冥界三巨頭と冥界の神々の主治医であるドリュアスのルコくらいだ。それ以外の人間でエリシオンを訪れたことがあるのは、タナト スと親交のあるアテナの聖闘士くらいしか…。
 そこまで考えてヒュプノスはハッとした。

「ならばタナトスよ、サガと蟹座達に声をかけてみてはどうだ?」
「ん?」
「アテナの黄金聖闘士の彼らなら、部下を統率して指示を出すのはお手の物だろうし、お前とそれなりに親しいからエリシオンに入れてやっても問題なかろう。つ いでにサガやマニゴルドはクリスマスイブに仕事以外の予定が入っているとは思えんし、シラーはお前の誘いなら先約を蹴ってでも来ると思うぞ」
「ふむ…サガと蟹座共か。そう言えば奴らは高レベルのキャラを複数持っていたはずだし、装備も経験も申し分ない…確かに適任だな」

 タナトスは銀色の眼をくるりと回してにっこりと笑った。思い立ったら即行動、そして出来るだけ早く答えが欲しい彼はメールで連絡など悠長なことはしない。早速携帯を取って電話をかけ始めた。

「蟹座共なら先約など蹴らせても差し支えないだろうが、サガは流石にまずいだろうからな…まずは奴から予定を押さえるとしよう。…サガか?俺だ。取り急ぎ 確認したい事があってな、24日のイブの予定は入っているかそれだけ聞きたい。…無い?ならばその日は俺の為に空けておけ。…理由?皆で遊ぶためだ!」

 電話の向こうでサガが笑う声が聞こえた。ここまでストレートに言われては確かに笑うしかないだろう。
 どうやらサガは『皆で遊ぶ』の内容を尋ねたらしい。タナトスは嬉々として先程ヒュプノスに話した内容を説明し始めた。ヒュプノスは『TheWorld』 の公式サイトを見ながらタナトスの会話を聞くでもなく聞いていたが、案外サガもボス討伐イベントに乗り気らしく熱心に相談しているのが聞こえて来た。
 サガを相手に散々イベントの話題で盛り上がったはずのタナトスは、意外に真面目な顔で電話を切った。

「ヒュプノスよ、やはり最初にサガに連絡を取ったのは正解だったな。俺が考えていなかった部分を指摘して来たぞ」
「…後衛職が不足する懸念か?」
「良く分かったな。その通りだ」
「『クリスマスボスが現れるダンジョンは討伐隊の数だけ出現する』と記載されているからな。討伐隊が多数編成されれば、なり手の少ない後衛職が取り合いになった結果あちこちの討伐隊で不足するのは予想が付く」
「後衛職は守りの要になるからな、不慣れな奴を入れては不測の事態ひとつで総崩れになりかねん。頼りになる後衛職の奴には先に打診メールを送って押さえておくとするか。パーティーリーダーだけでなく後衛職まで探すのは大変だからな」

 ヒュプノスが感心するほどのフットワークの軽さでネットゲーム内のメールを送信したタナトスは、携帯を手にして少し悩んでから、まぁ良かろうと呟いて発信ボタンを押した。
 …二回目のコール音が鳴り終わる前に相手が出た。

『はい、シラーです!』
「…………」
『タナトス様?』
「…ああ、サガが『シラーは任務中ですので電話が繋がらなくてもご容赦を』と言っていたのでな、こんなにすぐお前が出るとは思わなくて驚いていた。任務はもう終わったのか?」
『現在進行形ですよ。でも、学生の実戦訓練を引率する程度の簡単な任務ですから、タナトス様のお話を伺いながら片手間でできますので問題ありません!あ、イヤホンマイクを繋ぐので少々お待ちを』
「そうか」

 学生の引率程度の任務でサガも大袈裟なことだな…とタナトスが思っていると、電話の向こうからタナトスに聞こえるように意識したとしか思えない怒鳴り声がした。

『おいシラー、何をふざけたこと言ってるんだ!黄金二人が派遣されてるとは言え、お前は…』

 シラーが電話口を押さえたらしく声は途中で途切れたが、漏れ聞こえた言葉にタナトスは思案顔になった。
 『黄金二人が派遣されてる』と聞こえたが、それはつまり、シラーが現在進行形で遂行している任務は黄金二人が派遣されるほど厄介なものということではないのか。それとも、黄金がもう一人いるからシラーは片手間で良いということか?
 彼が遂行している任務にタナトスが少なからずの興味を引かれていると、シラーの声が聞こえた。

『失礼しましたタナトス様。それで、どのようなご用件でしょう?』
「お前の今月24日の予定を聞きたいのだが」
『24日の予定ですか?聖域かエルミタージュ洋菓子店でクリスマスパーティーでもやろうか程度の話は出ていますが、はっきりした事はまだ何も』
「合コンやデートの予定とかは無いのか?お前ならあちこちから声がかかりそうだが」
『お誘いはありましたけど、応じる理由も特にないので全部お断りしていますよ』

 タナトスが冗談半分に尋ねると、マニゴルドが聞いたら憤慨しそうな言葉がナチュラルに返ってきた。
 ああ、やはりこいつも面白い。
 喉の奥で微かに笑いながらタナトスは本題を切り出した。

「前置きが長くなったな。ここからが本題なのだが…結論から先に言おう。24日のイブだが、朝から晩まで俺の遊びに付き合え」
『畏まりました、タナトス様。では24日はそのように予定を入れておきます』

 即座に了承の言葉が返ってきてタナトスは銀色の目を細めた。
 初めてきちんとシラーに会った時はその行動の奇矯振りに驚いたものの、『憧れのタナトス神に謁見した嬉しさのあまり舞い上がって羽目を外してし まっただけで、舞い上がりが沈静化すればさほど変な奴ではなくむしろ味わい深く興味深い人間』と分かってからは、彼に対するタナトスの印象は概ね好意的 だった。ちょっと呼んでやれば尻尾を振って走って来る犬が可愛いのと同じような感覚である。
 タナトスは上機嫌で言葉を続けた。

「お前の予定を押さえたことで俺の用件の半分は済んだのだが、残り半分も今聞いておくか?遊びの内容に関することだが」
『伺います。準備する物事があれば早い方が良いでしょうし』
「実はな、今日『TheWorld』の公式サイトでクリスマスイベントの告知が出されたのだ。その告知によると、クリスマス限定のボスが登場するらしい。このような面白いイベント、楽しまない手はあるまい?」
『公式サイトの告知…クリスマス限定ボスは…こいつですか、『甦ル最後ノ邪神・コルベニク』。出現ダンジョンに入る条件がキャラクターレベル80以上と言 う事は相当な強敵ですね。しかも最大討伐人数がたったの90人とは、少数精鋭で挑んで来いと言うことですか。確かにこれは倒し甲斐があって面白そうです ね』

 公式サイトを見なくては分からない内容に関する返事が返ってきて、タナトスは『こいつは任務中ではなかったか?』と疑問を感じたが、屋内でパソコンを繋いでいるのだろうと自己解決して口を開いた。

「その通りだ。クリスマスボスのコルベニクとやらが強敵なのは間違いない故、主催の俺がパーティーリーダーとの連携を緊密に確実に取るためにも、俺とリア ルで会話をしながらゲームをプレイできる者にリーダーを任せようと思ってな、お前に声をかけたと言う訳だ。お前なら未知の敵が相手でもパーティーリーダー として統率を執れるであろう?」
『ももももも勿論です!タナトス様にそう思って頂けるなんて、光栄です!』
「ついでと言っては何だが、もうひとつ頼みたい事があるのだ」
『何なりと』
「後衛職の不足が予想される故、参加条件を満たし、かつスキルの高い後衛職を持っているプレイヤーに心当たりがあれば打診を入れておいて欲しいのだ。俺の方でも探すがな」
『承知いたしました。聖域にもパライストラにも『TheWorld』をプレイしている者はそれなりにいますし、早速声をかけてみます。早ければ今日中にある程度の御報告は出来るかと』
「期待しているぞ、シラー。…ところで、先程から気になっていた事があるのだが」
『何でしょう?』
「お前は今、一体何の任務を遂行しているのだ?サガがわざわざ俺に知らせて、黄金がふたりも派遣されているのだろう?単なる学生の実戦訓練とは思えぬが」

 他の 黄金聖闘士なら任務の内容を尋ねても口を閉ざすだろうが、シラーは『隠さねばならない合理的な理由』が無ければあっさりと情報を『漏洩』して悪びれること も無い。何事も損得勘定と合理性で判断する彼の価値観はアテナの聖闘士らしくないが、その『らしくなさ』がシラーが蟹座の黄金聖闘士である所以なのだろ う。 無論、『隠さねばならない合理的な理由』があれば言葉を濁したりせずはっきりと拒否するので、タナトスとしては分かりやすく与しやすい相手だった。
 任務の内容は特に秘匿する必要はなかったらしく、尋ねられたシラーはあっさりとタナトスの質問に答えた。




 …………
 シラーの任務の内容を聞き出しただけでなく、『アテナに敵対する勢力の首魁、悲劇の騎士を気取った愚か者を双子神に献上させる』事まで約束させたタナトスは、実に満足げな笑みを浮かべて電話を切った。そんな兄神を見てヒュプノスはクスリと笑った。

「お前もさりげなく狡賢いな、タナトスよ?シラーをお前の神殿に招くのは当初の予定通りだったろうに、さも褒美として与えてやるような言い方をして。黄金聖闘士がアテナの敵を我々に献上したなどとバレたら、あの男が処分を受けるかもしれぬぞ?」
「ク ク…そんな四角四面なことを言うな、ヒュプノスよ。お前とて分かっているだろう?その程度の事に頭が回らぬほどシラーは馬鹿ではないし、その程度の事で黄金 を処分するほどアテナは狭量ではない。それにお前も見てみたいだろう?『悲劇の騎士を気取った愚か者』とやらを」
「フフッ…」

 ヒュプノスは微かに唇に笑みを浮かべて飲み物を用意するために立ちあがった。
 正直なところ悲劇の騎士を気取った人間などヒュプノスにはどうでも良かったが、兄と一緒に黄泉比良坂まで何かをしに出かけると言うのは楽しみだったのだ。
 その背中を見遣って、タナトスはマニゴルドの携帯に電話をかけた。
 留守番電話に繋がるかと思うタイミングで漸く電話が繋がった。

『へーい、こちらマニゴルド』
「タナトスだ。時間が勿体ないから早速本題に入るが、24日のクリスマスイブに『TheWorld』のクリスマスボス討伐イベントを主催することにした。お前 はパーティーリーダーとして参加しろ。ついでに参加条件を満たしてボス討伐イベントに慣れている後衛職が知り合いにいたら参加の意思を確認しておけ」
『ちょっと待てやクソ神!俺の予定も聞かずに一方的に決めんじゃねーよ!!』
「お前の事だ、どうせイブには仕事以外の予定など入っていないだろう?仕事の予定ならずらせば良いし、確認する必要の無いことを確認するために貴重な時間を割くことはあるまい?」
『こ…これから入るかもしれねーだろ!!』

 苦しい反論にタナトスはフフンと鼻を鳴らした。
 電話の向こうでマニゴルドがぐっと怯む気配を感じながらタナトスは厭味たっぷりに続けた。

「全く…同じ蟹座なのに、あちらの赤い蟹と比べてこの青い蟹の可愛気の無さと言ったら…。教皇も泣いているだろうな」
『赤い蟹?…シラーの事か?』
「あの赤い蟹は実に感心だな。重要な任務の最中でありながら俺の電話に即座に出て、任務を完璧にこなしながら俺の話を聞き、俺が説明する前に公式サイトで イベントの詳細を確認してスムーズに話を進め、パーティーリーダーだけでなく後衛職探しも即座に引き受け、しかも俺とヒュプノスを興じさせるために敵 の首魁を無傷で黄泉比良坂に送りこむそうだ。しかも30分以内に、だぞ?実に感心な心掛けではないか」
『…ケッ。あいつはアンタの事が大好きなだけのド変態だってのに、随分な持ち上げようだな。尻尾を振ってまとわりついてくるワンコはそんなに可愛いかよ?』

 マニゴルドの言葉は皮肉たっぷりで刺々しいが、シラーを意識して少なからずの対抗意識を持っているのは伝わってきた。どうのこうの言ってマニゴルドも、タナトスがシラーばかりに目をかけるのは面白くないのだ。
 それを十分に分かっているタナトスは実に楽しげな笑みを浮かべて言葉を返した。

「ああ、可愛いぞ。最近はその変態もなりを潜めているし、少々羽目を外したところで俺を崇拝する故の事なら微笑ましいものだ。それに、先ほど言ったことは事実だぞ?アテナの聖 闘士にしては考え方の方向性が相当異端ではあるが、それを差し引いても聖域が奴を手元に置いておきたいと思うのも頷ける有能さだ」
『ふ、ふーん…』
「それはそうとマニゴルド、24日には予定が入る予定もないのか?シラーはデートや合コンの誘いがあったが『全部』断ったとか言っていたが」
『〜〜〜〜〜っ!!!分かった分かった分かりましたよ!イブはアンタに付き合ってネトゲのパーティーリーダーやればいいんだろ!ついでに後衛職の心当たりに声かけてやるよ、これでいいのかクソ神!!』

 タナトスがわざとらしく『全部』という言葉を強調すると、一番痛いところを突かれたマニゴルドが逆切れの勢いで大声を張り上げた。その反応に銀の神はしてやったりと言いたげな笑みを浮かべた。
 
「ああ、上出来だ。シラーは有能だが動揺しやすいからな、肝の据わっているお前を頼りにしているぞ?マニゴルド」
『…………。はいはい、そりゃどーも』

 タナトスの言葉は満更でもなかったらしい。わざとらしく脱力した声にどことなく嬉しそうな響きを残してマニゴルドは電話を切った。
 実に満足げな顔で携帯を卓に置く兄神の姿に、飲み物と茶菓子を用意して来たヒュプノスはクスリと笑った。

「…策士め」
「その言われようは心外だな。俺は事実しか言っていないぞ?ヒュプノス」
「フフッ…そう言う事にしておこう」

 クリスマスイブのイベントについて相談しながら双子神が兄弟だけの茶会をする事しばし。
 卓に置いていたタナトスの携帯が鳴りだした。着信画面を見ると『シラー』の文字があり、時計を見ると彼との電話が終わってから丁度30分ほど経っていた。

「タナトスだ」
『シラーです。先程の件でご連絡を』
「上手くいったか?」
『首魁の部下も多少巻き込んでしまいましたが、ほぼ無傷で黄泉比良坂に送り込みました』
「そうか。ならば連中が変に動き回って冥界の穴に落ちられる前に見に行かねばな」
『それから、『TheWorld』の後衛職ですが、現時点で条件を満たす聖闘士や候補生が複数名乗り出ていますので、タナトス様の名前でボス討伐隊の募集が出たらそれに僕の名前を記載して応募するよう指示しておきました』
「上出来だ、シラー。追って連絡する故、24日を楽しみに待つが良い」
『はい!』

 タナトスが携帯を閉じると、横で聞いていたヒュプノスは感嘆のため息をついた。

「驚いたな。あの男、本当に30分でここまでやるとは…。以前冗談で言っていたが、蟹座の黄金をマニゴルドに戻してお前のマネージャーをシラーに交代させることをアテナに提案してみてはどうだ?」
「いや、このままで良い。シラーは頭が切れるが今ひ とつ肝が据わっていないからな。今のところ頭脳担当はサガで十分間に合っているし、荒事担当は肝の据わっているマニゴルドが適任であろう」
「…なるほど。適材適所と言う訳か」
「そう言う事だ。さぁ、シラーが送りこんだ『悲劇の騎士』とやらの顔を見に行ってやろうではないか、ヒュプノスよ」

 兄神の言葉にヒュプノスは笑顔で頷いて立ち上がり、銀と金の双子神は連れ立って部屋を出て行った。


NEXT


星矢部屋
総合目次
SS・2012時代
SS・神話時代
SS・蟹座達


 今年はクリスマスネタのSSは書けないだろうなぁ、ネタも無いし…と思っていたのですが。ツイッターの診断メーカーで双子神のクリスマスを診断したとこ ろ、タナトスは『24日も25日もデート』、ヒュプノスは『24日デート、25日は寝る』みたいな結果が出まして(厳密にはもう少し色々あった気がします が)。そこからアイデアを膨らませてこの話が出来ました。2012年時間軸のクリスマスネタを書くのはこれが2回目ですがその辺はナァナァでお願いします (笑)。
 双子神は、クリスマス前=黄泉比良坂でデート、クリスマスイブ=ネトゲでデート、クリスマス後=自分の神殿でデート、と言う事で。

 そして、ネトゲを遊んだことの無い方にはネトゲパートの会話は少々ピンと来ないかもしれないのですが…。ざっと解説を。
・クリスマスなどのイベントがある時は、ゲーム内でもそのイベントに絡んだ企画が実施されることが多いです。クリスマスはサンタのNPCが出て来てプレゼント(キャラクターが一時的にパワーアップするアイテムなど)を配るとか。
・ボス討伐イベントの主催、及びパーティーリーダー云々ですが、『主催=総司令官=ハーデス』、『パーティーリーダー=部隊長=三巨頭』みたいに考えて下さい。
・私の遊んだことのあるネトゲでは、後衛職(回復・補助をメインにする職業。ドラクエで言うところの僧侶)は不人気でなり手が少なかったので、後衛職必須のボス討伐イベントではいつも後衛職が不足していました。
・パーティーの最大人数はゲームによりまちまちですが、私の遊んだことのあるゲームの最大パーティー人数は9人だったので作中でも9人にしました。 『.hack』のゲーム内では『TheWorld』の最大パーティーメンバー数は3人となっていますが、その辺もナァナァで(笑)。
・通常のネトゲでは、プレイヤー同士の『会話』はチャットで行います。ボス討伐イベントでリーダーがメンバーに指示を出す時もチャットです。タナトスは、 『速攻で指示を出したいのに、キーボードで文字を打つなどまどろっこしい事やってられるか』と思っているので、メインメンバーだけでもオフラインで会話を して指示を出したいと思っているわけです。

 で、皆がネトゲで遊ぶ会場は別にエリシオンでなくても…とは思ったのですが、地上を会場にするとハーデス様がまた一人で留守番になってしまうので、エリシオンで遊ぶと言う設定にしました。
 そしてシラーさん絡みの設定を紹介するSSを書き上げないまま、サラッとシラーさんとタナトスが仲良くなっててスイマセン…。『溜息』後半SSで、シ ラーさんがタナトスや冥界の神様達と会って交流を始めるまでの話を書きます…何だかんだで今はシラーさんも地上に遊びに来る冥界の神様とは交流していると お考えください。
 それから、シラーさんとの会話がかなりぶった切りで終わっていますが。本当はこのSSにシラーさんが任務をこなすエピも入れるつもりだったのです。が、 余りにも長くなったので別のSSで公開しようと思います。別SSはシラーさん視点で話が進みますので、タナトス視点で書いていたエピ(没になった)を最後 に入れておきます。
 んで、マニさんとシラーさんはノリは似てるけどソリは合わない、顔を合わせる機会はそこそこあるし嫌いではないけど、余り好感は持ってない…という感じ です。マニさんはシラーさんのことが何となくいけ好かない。自分は女運ゼロなのにシラーさんが女性にモテるのが気にいらないと言うのも多分にありますし、 タナトスにすっかり気にいられてるのも何となーく面白くない。シラーさんはマニさんの『偉大な実績』とタナトスのマネージャーやってることに少なからずの 羨望や劣等感を持っている。そんな感じです。
 タナトスはマニさんもシラーさんも同じくらい気にいっています。マニさんはツンデレの猫、シラーさんはデレデレの犬みたいな感覚。マニさんもタナトスのその認識は知っているので、シラーさんを評して『尻尾を振ってまとわりついてくるワンコ』と言っているわけです。
 あと、後編では冥界の神であるエリスとヘカーテが当サイト独自の設定で登場します。
『エリス=双子神の妹で、人間の振りをして地上で暮らしている』『ヘカーテ=双子神の上司で、タナトスの彼女の振りをしている』と言う事だけ分かっていれ ば、SSを読むことに特に支障はないと思います…が、SS『戯事』『視察』ネタが入っていますので、後編の前にお読みになると良いかもしれませ ん。

以下、没になった部分↓  『任務の内容は特に秘匿する必要はなかったらしく、尋ねられたシラーはあっさりとタナトスの質問に答えた。』の続きです。

『そう、ですね…。パライストラで聖衣を与えられた聖闘士候補生が本格的に聖闘士となって聖域に所属するか、いわゆる補欠になるか、あるいは聖闘士を諦め るかを決める最終試験ですので、訓練と言うより卒業試験を兼ねた実戦と言った方が適切かもしれません。事実、別の試験で命を落とした者も何人かいますし ね』
「先程、『何かあったらどうする』と喚いていたのはそう言う訳か。俺は…」

 ガキィン!!!
 金属と金属がぶつかり合うような重い音が電話口から飛び出してきて、タナトスは思わず言葉を切った。
 シラーが何か言っているようだが、通話口を押さえているらしく何を言っているのか聞き取れない。彼が『片手間でできる簡単な任務』と言っていたから特に気にかけていなかったが、状況が変わったのだろうか。
 遊びの相談に付き合わせていたらアテナの聖闘士が任務遂行に失敗しました、などと言う事になったら笑い話では済まされない。流石のタナトスも眉根を寄せ ると、隣でパソコンを触っていたヒュプノスも不穏な雰囲気を感じたのか怪訝そうな顔を向けた。弟にも会話が聞こえるように携帯を耳から離してタナトスはシ ラーに尋ねた。

「シラー?何かあったのか?」
『学生のミスをフォローしただけです、お気になさらず。どうぞお続け下さい』
「…ふむ。俺は地上の事情には疎いのだが、アテナに敵対しようと言う勢力がいまだ存在するのか?」
『明確にアテナに敵対する意思が無くとも、その勢力を面白く思わない権力者の依頼があれば『地上の愛と平和の為に』討伐を引き受けるのが聖域ですから。当事者達がアテナではない神の名を掲げているのなら、尚更』

 シラーの口調は皮肉めいて飄々としている。
 何事も損得勘定と合理性で判断する彼の価値観はアテナの聖闘士らしくないが、その『らしくなさ』がシラーが蟹座の黄金聖闘士である所以なのだろう。他の 黄金聖闘士なら任務の内容を尋ねても口を閉ざすだろうが、彼は『隠さねばならない合理的な理由』が無ければ簡単に情報を『漏洩』して悪びれることも無い。 無論、『隠さねばならない合理的な理由』があれば言葉を濁したりせずはっきりと拒否するので、ある意味安心して遠慮のない質問が出来る相手だった。
 隣で話を聞いていたヒュプノスも興味深げに身を乗り出した。

「それで?学生の試験とは言え黄金二人を派遣させた『アテナ以外の神を名乗る勢力』とは何者だ?」
『討伐対象である勢力はケルト神話のフィアナ騎士団を、首魁はディルムッド・オディナを名乗っています。よりによってディルムッドを名乗るなど、自虐的 ジョークが大好きな愚か者か、悲劇のヒーローを気取った大馬鹿者なのかどちらかでしょう。まぁ、学生の相手なら丁度いいレベルですがね』
「ディルムッドと言うと…主君の妃を奪って駆け落ちしたは良いが、最終的にその主君に見殺しにされた男だったか」
『ええ、そうです。首魁は自分の容姿に相当な自信があって、上司の妻を略奪したか、泣きほくろがあるか、あるいは武器が槍か剣の二刀流か…その辺の条件をいくつか満たしているから安易な気持ちでディルムッドを名乗っているのだろうと僕は睨んでいますが』
「ふむ…なかなか興味深いな。我々もその自意識過剰な愚か者を見たくなってきたぞ。写真の一枚くらい送れぬか?」
『タナトス様が御所望なら、僕の積尸気冥界波で本人をそちらにお送りしますが…如何致しましょう?』

 タナトスはヒュプノスと顔を見合わせた。
 そう言えばシラーは蟹座の黄金聖闘士だから、やろうと思えばその『ディルムッド・オディナ』とやらを黄泉比良坂に送ることが出来るのだった。
 …確かに面白そうだ。最近はこれと言って面白い出来事が起きなかったから、良い話のネタになるだろう。
 タナトスはにやりと笑って通話口に唇を寄せた。

「シラーよ、俺は『ディルムッド』とやらを所望する。どんな奴かじっくり観察したい故、なるべく無傷に近い状態で黄泉比良坂に送りこめ。良い成果を出せば、褒美としてクリスマスイブにはエリシオンの俺の神殿に招待してやるぞ」
『ほほほほほ本当ですか!本当に、僕、エリシオンのタナトス様の神殿に招待して頂けるんですか!!』
「安心しろ、神は嘘を言わぬ。ジョークは言うがな」
『承知しました!仰せの通り、首魁ディルムッドを無傷で黄泉比良坂にお送り致します!30分後くらいでよろしいでしょうか!?』
「分かった、では任務が完了したら電話するが良い」
『畏まりましたっ!!』